第3話 絶対押すなよ!
文字数 2,083文字
庭園のベンチで話しする王妃イルミ・ランタサルにアイリ・ライハラは言い含められて母親が猿だと言わなくなった矢先に走ってくる足音に2人は言葉を止め庭園を回り込む回廊を見つめた。
鉄靴をやかましく踏み鳴らし女騎士ヘルカ・ホスティラが近衛兵数人を引き連れ駆けて行くのが見えた。
いきなりイルミ・ランタサルはスカートの左右をつまみ上げ立ち上がりアイリはポカンと見上げた。
「さあ、アイリ! 何事かあったみたいですよ。行きましょうぞ!」
「えぇ!? 嫌だなぁ──慌ててたじゃん。何かまずいことがあったんだよ」
だだをこねるアイリへ振り向いた王妃が蔑んだ視線を向けるのでアイリは渋々立ち上がるとイルミがすたすたと急ぎ足で女騎士達が走って行った方へ歩きだした。
「イベントです。変化は大事ですよ!」
あ────そうですか。
イルミに大事だと言われてもアイリはただの野次馬根性じゃんと思って彼女を追いかけた。
女騎士達が正門の方へ向かって行く後ろ姿が遠くに見えた。
宮廷の居館繋ぐ廊下を抜けイルミとアイリが正門の近くに行くと門が開かれ跳ね橋が下ろされており跳ね橋に多くの兵士らの後ろ姿が見えた。
それを見てアイリは面倒くさいと思って歩みを緩めるとイルミ・ランタサルが兵へ声をかけた。
「何事ですか!?」
「あぁ、これは王妃様。正門からヴァンパイアが城内に入り込もうとしておるのです」
ヴァンパイアと聞きイルミ・ランタサルは瞳煌めかせた。
「それは珍しい────じゃなかった。日中に現れるヴァンパイアは首領クラスの危険な魔物。でもなぜに陽に燃えないのでしょうか?」
「太陽に焼かれないから危険なのです。王妃様くれぐれも前に出ようなど──」
兵が言ってる傍から王妃はわりわりと掻き分け跳ね橋の中ほどまで来てすし詰めの兵士らに身動きできなくなった。
「アイリ! アイリ・ライハラ! 私を押しなさいな!」
なんて身勝手な女だとアイリが眉根寄せた寸秒、名を耳にした兵達が一斉に左右に分かれ皆振り向いた。その間にアイリとイルミがぽつんと残され跳ね橋の先で甲冑を着たヴァンパイアとひっつかみ合ってる女騎士ヘルカ・ホスティラも振り向いて叫んだ。
「騎士団長! 早く────!? 誰だ貴様ぁ!? アイリ・ライハラのまがい物かぁ!?」
まがい物と言われアイリは自分を指さして小首傾げた。
「貴様ぁ、青髪の鬘被っても上背が全然違うではないかぁ! ちょっと待ってろ! このへっぴりヴァンパイアを捕縛したら貴様ぁを吊し上げてやる──かぁらぁ!」
ヘルカ・ホスティラが見下したヴァンパイアの甲冑を眼にしてアイリは青ざめた。
親父が作った甲冑じゃん! そいつテレーゼ・マカイだぞぉ!
顔を押しのけるヘルカの手に頭を仰け反らすテレーゼもアイリ・ライハラに気づき細工物の面越しに叫んだ。
「手を貸せアイリ・ライハラぁ! この馬鹿力の脳筋女騎士を蹴り飛ばせぇ!」
「だ、だぁれが脳筋だぁ! このヴァンパイア風情がぁ! 掘りに突き落として油注いで火をつけてくれるわ!」
跳ね橋の先の方でつかみ合う2人を眼にして王妃はどうやら兵達がヴァンパイアと言ってる甲冑の女騎士がテレーゼ・マカイらしいと気づいて腕組みしアイリに問うた。
「アイリ、あなたならどちらに加勢します?」
アイリは顎を落として両腕を振り上げ引いてしまった。
ヘルカに手を貸せば、後でテレーゼにあの呪いの声をしこたま浴びせられそうだし、テレーゼに手を貸せばヘルカは後々遠まわしな嫌みをネチネチ言いそうだ。
う、うう、どっちを選んでも噛みつかれる。
「さあ、アイリ・ライハラ、お選びなさいな剣竜騎士団長」
王妃が声をかけているヘルカ・ホスティラ並みの上背がある女が騎士団長とは髪や顔立ちが似ているものの、どう見ても少女には見えず兵達がざわつき始めそれも気になりだしキョロキョロしていたアイリは呟いた。
「めんどくせぇ!」
いきなり女騎士2人へ駆けだしたアイリは掘りにテレーゼ・マカイを突き落とそうとしているヘルカ・ホスティラに勢いよくぶつかった。
「き、きさまぁあああああ!」
「ば、馬鹿ものがぁ!」
叫ぶヘルカ・ホスティラに押しきられテレーゼ・マカイも大声をあげながら跳ね橋の下に消え派手な水柱が上がり兵達が恐るおそる掘りを覗き込むと掘りの水面に大きな波紋が広がり2人の姿が見えなかった。
「ほら、何をしてるの! 甲冑を着てると溺れるわよ。助けなさい!」
そう言いながら氷の女王と陰口をたたかれる王妃が次々に兵達の尻を蹴り飛ばし掘りに落としだすと、松明と油樽を持って駆けつけた数人の兵らが門の間で唖然となり立ち止まって見つめる姿に王妃は気づき右手を振り上げ指を怪しく蠢かせ立ち止まっている兵らを招き寄せようとした。
「ちょっと来てその樽の油を掘りにぶちまけなさいな」
王妃イルミ・ランタサル──悪魔のように火を放つつもりはない。
ぬるんぬるんのつるんつるんで這い上がれぬ男らを楽しもうと思っていたりするド級変態だと付き合いの長いアイリ・ライハラは気づいて苦笑いを引き攣らせながら後退さってしまった。
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