第14話 侍女(じじょ)長
文字数 1,689文字
呪いの中心が侍女長のレニタにあると半堕天使のイラ・ヤルヴァに教えられ、アイリ・ライハラはレニタを探して城内をうろうろし始めた。
侍女は決して下位層のものでなく彼女たちの下にさらに役割分担した使用人らがいるので、お嬢様や奥様と呼ばれることも多い。
その居館には騎士であっても入り込むことはできず用があるときは居館外の侍女に頼んで呼び出すことが常だった。
離れた場所から侍女用の居館から出入りする侍女を見続け、馴染みの侍女がいないか待ち続けること二時──4時間も待ち続け、いい加減投げだそうとしたときに知っている侍女が出てきたのでアイリが声をかけた。
「エルサ────」
すぐにその侍女は物陰にいるアイリに気づき頭を下げた。
「これはこれは騎士団長様、この様なところでどうなさいました?」
「侍女長のレニタはいるかな?」
「奥様ですか? さあ、ここ数日お見受けしませんが?」
いないと知ってアイリは落胆したが、エルサに尋ねた。
「ちょっと部屋を覗いてどこに行ってるか置き書きでもないか見てきてくれるか」
アイリが頼むとエルサは頭振った。
「とんでもない。留守中の侍女長のお部屋に入るなんて。知られたらクビになります」
「ちょっと覗くだけだよ。クビにはさせないから」
若き騎士団長の頼みとあってエルサは断り辛いのか俯いてしまった。
「お願いだ────エルサ」
その侍女はコクリと頷くと付け加えた。
「ちょっとだけ────見てくるだけです────」
アイリが同じ女性だからか、それとも騎士団長という立派な地位にいるからなのかエルサは踵返し居館へととぼとぼと歩いていった。
「アイリ、お前さんできないことをどうして確約する?」
ノッチが不思議そうに尋ねた。
「え? ああクビにさせないからって言ったことか? 彼女に何かあったらデアチにいるくるんくるんの元で働かさせるさ」
「簡単に言うなぁ」
「そうでもないさ。あの侍女長を思うとちびりそうになるよ。イラが見に行ってくれたらもっと簡単にことが進むけどな」
そう言ってアイリが傍を見上げるとぷいと半堕天使が顔を背けた。
「アイリ、もしその侍女長がことの発端なら斬り捨てるのか?」
ノッチに問われアイリは頭振った。
「悪辣な魔女じゃないんだ。呪いを撒き散らすように操られているだけなら、何とかしてやらないと」
「何とかってどうするんだ。剣を振るう以外に?」
「何かできるかはその時に考えよう。まず本人の口から何が出るか次第さ」
そう告げアイリ・ライハラはエルサが戻るのを待った。
居館に戻ったエルサは真っ直ぐに階段へ向かった。
侍女長の部屋は2階奥にあった。
館は静かで床板を踏む足音が気になった。
もしも侍女長が部屋におられたらその時に返す言い訳をあれこれ考えながら階段を上った。
エルサは2階に上がると足をゆっくりと踏みだして足音を殺した。それでも侍女長には誰が来たのかドア越しにバレてしまいそうだ。
侍女長の部屋の前に立ちエルサは一呼吸おいてノックした。
しばらく待って返事がないのを良しとするか不吉とするかは結局運次第だった。
エルサは思い切って扉を押し開いた。
覗いた部屋は雨戸を閉め切られ薄暗かったが、人の気配がなかったことでエルサは幾分、胸の動悸がおさまった。
ベッドにはきちんと寝具が整えられて、調度品も乱れておらずレニタの几帳面さがうかがい知れた。
エルサは部屋に入る前に振り返り誰かに見られていないか確かめた。
廊下には誰もいない。
彼女は素早く部屋に入りドアを押し閉じた。
ドアの陰に侍女長が隠れているなどなかった。
エルサはまず真っ直ぐに机へ向かった。
文鎮の載せられた紙があったからだった。
何か書いてある。
部屋が薄暗いので字を判読できなかった。
かといって雨戸を上げるわけにはゆかず、ランプを灯すことも気が引けた。
エルサは文鎮をどかしその紙を雨戸の隙間から差し込む日差しの方へ持って行ってかざした。
書かれている文面を読み始め、最初は意味が理解できなかったがすぐにその重大さに震えが走って文字がぶれ始めた。
呪いの言葉がびっしりと書かれていた。
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