第8話 ヒロインズ
文字数 1,543文字
躯中の血液を槍にして張りださせる。
火刑人のヴェラの手下ローデリヒの得意手はそれだけではなかった。
その海胆の如く広がった凝固した血液の槍を敵の方へ自在に居館数軒の長さまで突出させる。
一気に延びてきた赤黒いスピアをヘルカ・ホスティラは驚いて長剣の刃叩きつけ逸らし横へ跳び退いた。
この魔物の武具の間合い恐ろしく長い──と女騎士は警戒し回り込みながら少しでも隙がないか大きな海胆を睨みつけた。
その回り込む先へ立て続けに赤黒い槍が伸びてヘルカに襲いかかった。
その一槍が女騎士の左肩を穿った。
顔をしかめ歯を食いしばるヘルカ・ホスティラへ火刑人のヴェラの手下ローデリヒは冷徹に告げた。
「人が我が浴びせを躱すなどできまいて」
左肩を貫くスピアをヘルカは左手でつかんだ。
「無駄だ。抜くことなぞできぬ」
ローデリヒの顔が曇った。これまで刺し貫いた人間はことごとくそれを抜こうと足掻いた。だが大柄の女騎士は抜こうともせず仁王立ちでいた。
なんだこの女──まるで軽い一太刀が掠ったような反応。
人の兵団の先陣を切る勇者だからか!?
俯いた顔で上目遣いの青い瞳で睨み据えてくる。
その赤い唇を吊り上げていることに火刑人のヴェラの手下ローデリヒは顔を強ばらせた。
「この槍はお前の躯の一部だよな」
それが意味するのはただ一つ。
妖魔の貴公子は己が捕まってしまったことに愕然となった。
「だが刺し貫いた先端、それより太い我の元までは来れまい!」
そう魔物が言い放った寸秒、肩貫かれたままヘルカ・ホスティラは足を踏みだした。
こいつ────命に関わる傷口を開いてまで攻めるというのか!?
呆れかえる妖魔ローデリヒへヘルカ・ホスティラは言い切った。
「アイリ・ライハラは我の頑丈さに舌を巻くのさ」
すでに拳大の太さの部分まで女騎士は押し切り重い長剣を右腕一つで振り上げた。
火刑人のヴェラの手下ローデリヒは蒼白となり血を凝固させた三槍で女騎士の大柄な身体をさらに刺し貫いた。
その激速の三撃が人の兵団の勇者の腹と右肩、それに右胸を穿った。
それでもその四本のスピアを押し切りなお踏みだしてくる女騎士の鬼気迫る眼差しに妖魔の貴公子は数百ぶりに恐怖を抱いた。
振り下ろされてくる黒い刃がスローモーションに見えていた。
アイリ・ライハラは砂地を巻き上げ振り上げる長剣を最短軌道で妖魔兵団の指揮官の顎元に爆速で送り込んだ。
その刃を寸前で躱せたのは人でない能力だった。
躱せた。そう目で追った長剣の帯が踊り上がり一瞬で返り戻り振り下ろされた。
火刑人のヴェラは躰に衝撃を感じ跳び退いて見下ろしたものに愕然となった。
顔サイズの巻いた右の一角が砂地にめり込んでいた。
「おのれ貴様ぁ!!!」
千年余りかけて伸ばした大切なものが────力の象徴が────誇りが地面に転がっている。
怒鳴った妖魔の火刑人へさらに青髪振り上げ駆け込む少女は振り回した長剣を横様に送り込んだ。
その雷光のような速さで迫る刃に目を丸くした妖魔の少女は後退さる足をもつれさせ砂地に尻落とし両腕を後ろについて青髪の少女を見上げた。
とっさに唱えた爆炎の魔法が間合いと呼べない狭い間で焔膨れ上がらせ火刑人ヴェラは己の顔を長い年月の中で初めて焼き焦がし細めた赤い目で産み落とした攻撃魔法が左右に裂かれるのを目の当たりにした。
炎割った爆速の刃が躱しようなく額に落とされた。
一斉に千体以上の骸骨兵が崩れ落ち、アイリ・ライハラは長剣の血糊を振り払った。
命堕としたものへ背を向け戻ってくるアイリ・ライハラへ狼娘リーナは両腕広げ駆け寄った。
目の当たりにしたイルベ連合の兵士達は愕然となって言葉を失っていた。
その戻ってくる伝説に男らは一斉に広がり道を開けた。
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