第4話 高括(たかくく)る
文字数 1,691文字
ヨハネ・オリンピア・ムゼッティ教皇の肝いりで十字軍総大将となったアイリ・ライハラの真の実力を見極めようと魔族討伐隊に参戦した東の辺境の島国グレート・ウグルセの騎士の一人────アレクサンダー・センシブルは死の峡谷ドセビローに52騎の騎士のみで乗り込んだのは評価するが、蛮勇だと鼻で笑った。
渓谷半ば行かずしてさっそく下級の魔物が待ち構えているなど想定通り。
子鬼に取り囲まれ、殆どの騎士が子鬼とオークに手を焼き始めた中でアレクサンダーは次々に魔物を斬り捨て、混乱の場で団長の姿を探した。
どうせ怯えてどこかの岩陰にでも身を潜めているとの思いが外れ、十字軍総大将は一体の岩石戦士と一騎打ちしていた。
人間離れした恐ろしい速さで小娘の振るう刃は頑強そうな岩の怪物に刃が立たず一見して圧されているように見えた。
だが、とアレクサンダーは思い直した。
アイリ・ライハラは躯の大きさで数倍の魔物と立派に戦って────ああ、剣を奪われ踏みつけられてしまった。
あれではどうすることもできまい。
助けに行こうと馬の向きを変えた刹那、小娘は自分に投げつけられた木の幹ほどもある石棒を跳び上がり避けるとその横に飛び下りて石棒に両腕を回し腰を落とした。
いやお前さんにそれは無理だと襲ってきた二体の子鬼を連斬りしてアレクサンダーは思った直後眼を丸くして固まってしまった。
少女は自分の身長の倍以上ある岩の棍棒を振り上げてしまった。
なっ、なんなのだ!? あの岩の棍棒はどう見ても馬一頭の目方があるはず。それを小娘は足を震わせているが持ち上げ構え岩石戦士と殴り合おうとしている。
滅茶苦茶だ! もうそれだけでアイリ・ライハラがただ者でないという思いにアレクサンダーはとらわれた。
「さぁ! 殴り合おうじゃん!」
そうアイリ・ライハラが言い放った直後、岩石戦士は残る岩の棍棒を振り上げ突っ込んできた。
少女は歯を食いしばり大木のような棍棒を両腕で振り回した。
どがぁ、と鈍い音が響き石棒が激突し割れた岩片が飛び散った。
弾き返された岩の棍棒に振り回されアイリは後ろにひっくり返りそうになり、片足を下げて思いっきり踏ん張った。
その後ろへ傾いた石棒をアイリは勢いつけて後ろに振り下ろし地面に激突させるとその反発を利用して一気に振り上げ岩石戦士へと駆け込んで魔物の額へ叩きつけた。
頭を強打された魔団の長は後ろへ倒れそうになり岩の棍棒を後ろに突き出し地面にぶつけ支えとして堪えた。
その前で岩の棍棒を振り回したアイリ・ライハラは仰け反っている魔物の顔面に石棒を叩き下ろした。
自分の得物である岩の棍棒をまさか人間が、それも大人でない小娘が振り上げ襲ってくるなどヴァロは思いもしなかった。
その石棒どうしが二人の間で激突し、それぞれが弾き返された。
小娘が後ろにした岩の棍棒に振られたと思った直後あろうことか石棒を背後の地面に叩きつけその反動で振り上げると一気に振り下ろしてきてヴァロは額を強かに打ちつけられ後ろへよろめいて手持ちの棍棒を後ろの地面に突いて仰け反った身を支えた。
生を授かりこれまで石棒で打ちつけられたことなど一度もなかった。まさかその自分が人間の小娘に打たれてしまうなど混乱の極地だった。
怒りに上半身を振り戻そうとした刹那、もう一発顔面に叩き込まれ大魔族終焉の六災厄が一人──残虐の侯爵バザロフ様直属の辺境の楯をになう配下は大きな音を立て岩の尻を地面に落とした。
魔石の赤い両眼は色が薄れ意識が跳びかかった。
その胸にさらに一撃喰らいヴァロは地面に大の字になってしまって思った。
こいつは本当に人なのか!?
開いた両脚の間を駆け込み胸に走り上がってきた青髪の小娘が蔑んだ下目遣いで叫んだ。
「うりゃぁぁぁあ!!!」
さらに顔面へ岩の棍棒の重い一撃が叩き下ろされ岩石戦士の顔が割れ双眼の赤い輝きが消え失せた。
その率い主の有り様に気づいた子鬼やオークが一斉に峡谷の南へ向かって逃げ始めた。
アイリ・ライハラが棍棒を手放し手のひらを叩き合わせ埃払い振り向くと騎士ら全員が驚き顔で少女を見つめていた。
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