第19話 決戦の終楽曲 その4

文字数 5,755文字

 ハッキリ言うと、緑祁には未だ勝利への道筋が見えていない。近づいても距離を取っても、苦戦を強いられるのだから無理もない。

(………やはり、待ちか!)

 しかも修練は最初と変わらず、自分からは攻めてこない。あくまでも相手……緑祁の攻撃を跳ね返す戦術を取るのだ。そこに電霊放が加われば、もはや攻略は不可能。諦めるのに十分すぎる要素が揃っている。
 しかし、その誰だって匙を投げるであろうこの状況に陥っても、緑祁は立っている。修練のことを真っ直ぐ見ている。

「うおおおおおおおおおおお!」

 自分で吹かせた旋風に乗る。

「何をする気だ、緑祁?」

 風のおかげで機動力が上がった。スピードも上昇し、修練に近づいて霊障を構えた。

「無意味なことを…」

 彼が繰り出そうとしているのは、鉄砲水だ。だがそれでは修練の水蒸気爆発で跳ね返されてしまう。それは二人ともわかっている。だから修練はその先に何かがあると予感。

「それっ!」

 水が緑祁の手のひらから放たれた。

「そうはいかない!」

 勢いはあるが、跳ね返せないほどではない。修練は親指と中指を合わせ、水蒸気爆発を起こし、爆風で鉄砲水ごと吹き飛ばす。

(ここ、だっあ!)

 この一手が、緑祁が最も欲しかった隙だ。水蒸気爆発で生じる爆風は旋風とは違うので、後から方向を変えられない。今、彼の機動は早い。修練の霊障合体よりも一瞬でも早く、横に動くことができれば……。

「避けろおおおおおおっ!」

 自分で自分に叫んで言い聞かせる。紙一重。水滴が頬をかすった。避けることができたのなら、次にすることは頭も体もわかっている。今度は鉄砲水と鬼火を同時に使う。修練にはまだもう片方の手が残っているので、どちらかは防げるだろう。言い換えれば、どっちかはさばき切れない。

「っぐ!」

 修練は電霊放で電磁波のバリアを張り、鬼火は防いだ。鉄砲水の方は守り切れずに被弾し、上半身が後ろにのけ反った。足が後方に動いていなかったら、転んでいた。
 初めて緑祁の霊障が、修練に届いた。

(い、行ける!)

 確信する緑祁。修練の周りをグルグル回りながら今と同じことをすれば、攻撃が通る。素早く動いて反撃を受けないようにすれば、地味だが勝利にたどり着ける。

(次は霊障合体を叩き込むぞ!)

 体を反転させ動く向きを変えた。こうして修練を惑わしつつ、最初の一撃はあえて跳ね返させ、第二の矢で射抜く。火災旋風を生み出し囮にし、台風を撃ち込む機会を待つ。修練は鉄砲水で火災旋風を風ごと消火した。

「今だっ!」

 両手からそれぞれ台風をけしかける。

「それをすると思っていた。私がさっき、君から一撃もらった時にね」
「…!」

 なんと、修練も旋風を使い始めた。しかもその用途は、自分を風に乗せて素早く動く……緑祁と同じだ。台風を二つとも、かわされた。

「経験は時に自分を悪い方向に導いてしまう。その身に刻んで覚えておくのだ」

 そして緑祁の後ろに回り込むと、ペンライトを光らせた。四方八方に飛ぶ命中率の高い拡散電霊放で、彼がどう動いて逃げようが関係ない。

「グラアアアっ……!」

 当たる。幸い威力は低めだったために、致命的な一撃にならずに済んだが、

(踊らされていた……!)

 修練の戦術に驚愕する。
 もし自分の戦法が通じたのなら、次も同じ手を使うだろう。しかもそれは、この勝負で初めて与えることができた一撃なのだから、かなり自信がある。

(だからさっき、ワザと僕の鉄砲水を受けたんだ……。この、背後から電霊放を撃ち込む! その状況を成立させるために!)

 修練がへし折ろうとしたのは、緑祁の闘志だった。どんな戦術を考えても、どのように攻め込んでも、それを上回れては心が砕ける。相手を負かすのに、身体的な外傷などいらない。精神的な大ダメージだけで十分。諦めさせることが、修練のゴールなのだから。

「どうした、緑祁? 君の言葉は所詮そこまでなのか?」
「……まだ、だ…!」

 強く言い返したが、どうするかは何も決まっていない。思い描いていた戦況は全て水の泡となり弾けて消えたが、では残ったのが敗北かと言われれば違う。

(修練は拡散電霊放を使える! でも、辻神みたいに曲げることはできないらしい…。命中率を考えて使ったんだから、そのはずだ)

 推測でしかないが、実証している暇もない。今は自分を信じることだけを考え、負の方向への思考は捨てる。

(動きを、止める瞬間を作らせる! 集束電霊放も多分、使えるだろうけど。あんな動き回りながらじゃ無理だ! 紫電もそうだったけど、電霊放は力を貯めれば貯めるほど、反動も大きくなるんだ。足で地面にどっしり構えなきゃ撃てない! そこを突くしかない!)

 もし修練が集束電霊放を撃てなかったら……そもそも力を貯めることすらしなかったら、緑祁は敗北に直結することになる。危険すぎる賭けだった。問題はどうやって威力の高い電霊放を使わせるか。チラッと周囲を見回す。隠れられそうな物はない。

(電信柱じゃ細すぎる! 電霊放を使うまでもないと判断されたら無意味なんだ……)

 ならば、影に隠れてその物ごと貫かせる手法はやめる。がむしゃらに攻め込んでみよう。痺れを切らし呆れた修練は、戦いを終わらせるためにデカい一撃を放つかもしれない。正直、電霊放ではなくても動きが止まるのなら、それでいい。

「二度も通じるわけはない、なら!」

 と言い、足を止めた。すると修練も風を止ませる。

(よし、いいぞ! 動きを止めたということは! 電霊放をチャージすることができる状態だ。いつでもスタンバイってわけだ)

 右手を暗い天に向かって挙げ、指を開く。手のひらに鬼火を生み出した。これを大きく成長させる。ピンポン玉程度の火球が、あっという間にバスケットボールくらいの大きさになった。

(もっともっとデカくすれば…!)

 鉄砲水で防ぎきれないほどにする。そうすれば修練は必然的に、電霊放を使うだろう。撃ち込んでくるか、電磁波のバリアかはわからないが、こちらの鬼火の大きさに応じた威力になるはずだ。

「何か企んでいるな、緑祁?」
「さあね…?」

 修練に察知されても今更作戦は変えられない。それに修練だって鬼火に対応しなければいけないことは、曲げられない。
 今、修練の足が少しだけ後ろに動いた。ここから移動したいというよりは、踏ん張ろうとする動作だ。

「しかしそれも、意味のないこと! 君は知っているはずだろう? 鬼火ではどうやっても、電霊放には勝てないということを! その相性の関係性すらも、覆してみせると言うのなら、一度だけ乗せられてやろう」

 ペンライトの先端が、黒ずんだ光を集め始めた。みるみるうちに大きくなっていく。

「撃ち抜く! 君が抱く、儚い希望すらも!」

 圧縮された電気の太さは、鉛筆程度だった。そんな細い稲妻が輝いた瞬間、放たれた。一瞬で緑祁の鬼火を貫通し、そして干渉し中和し無力化してしまった。
 だが、緑祁は集束電霊放が発射される瞬間を見逃さなかった。動くなら、ここしかない。

「ぬううぐおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 全体重を腕に乗せる。その腕には、火災旋風と台風を通してある。これをぶつけるのだ。

「やはりな、緑祁!」

 だが修練はその動きを見抜いていた。大きく育てた鬼火はただの囮で、本命の攻撃が別にある。電霊放はそっちを吐き出させるために繰り出しただけ。緑祁の動きはシンプルなので、こちらも体を横に滑らせれば簡単に避けられる。

「……!」

 動きが鈍い。足が思ったよりも早く動かない。この感覚で、修練は悟り察した。緑祁が欲しかったものを。動いて生じる隙が欲しいのではなく、機敏に動けない瞬間の方だったのだ。

「っぐ!」

 緑祁の拳が、動けない修練の胸に当たった。パンチとしての威力は低いだろうが、腕に渦巻いていた二つの霊障合体は強い。がら空きの胴体にそれが叩き込まれたのだから、流石の修練でも痛みが走り、後ろにのけ反る。

(今だ!)

 畳みかける。今、修練が怯んだこの一時が最大の攻撃のチャンス。

「だああああぁああああああああああ!」

 腕を振って旋風を生み出し、風のカッターで修練を切り裂く。皮膚や服を切り裂くほどの強さじゃないが、鋭利な痛みは味わうはず。そしてさらに鉄砲水を撃ち出す。

「させるか!」

 修練は確かに痛みを感じ、怯んでいた。目を守るために勝手に瞼が閉じていた。が、反撃の手は休められない。ペンライトを彼に向け、電霊放を放つ。

「この距離だ、逃げられるとは思わない方がいい」
「誰が逃げるかい、ここまで来て!」

 ライトの光が、あらゆる方向に黒い雷を撃ち出した。

(拡散電霊放……! やはり!)

 修練は威力よりも命中率を選んだ。これは当たり前で、緑祁の正確な位置がわからない都合上、数撃てば当たる方を選ばなければいけなかったからだ。

(でも……! その、威力が低いことが僕にとっては都合がいい!)

 一歩後ろに下がって、流し込んだ鉄砲水と間を取った。そこで両手を合わせ、霊障合体を使う。

「霊障合体・水蒸気爆発っ!」

 タイミングは完璧だ。何かに濡れていない鉄砲水は純水なので、電気は効かない。これを爆風で吹き飛ばす。

「…っ! むう……!」

 決まった。修練が使った電霊放が、鉄砲水に絡め取られた上で跳ね返された。しかも彼の体に付着したら、そこから感電。緑祁の霊障が混じっているためか、電霊放の循環のコントロールが効きにくい。

(終わらせられる……!)

 不覚にも緑祁はそう確信した。今、流れは自分にある。ここから勝負を決めてしまえば、もう覆す手段はない。心臓の鼓動も早まる。緊張している。

「よし、いっけぇ………!」

 ドクン、と大きな音がした。それは修練が出した音ではない。自分の心臓の音だ。

(な、何だ……?)

 頭脳は、ここで霊障を使えば自分の勝利だ、と言っている。だが、本能の意見は違う。止まれ。警告音が最大ボリュームで鳴っている。

(待つ理由なんて、ないはずだ……)

 目の前の修練は攻撃に移るどころか、態勢を立て直すことすらできていない。次の攻撃は確実に通せる。しかしそう考えて霊障を使おうとすればするほど、心臓の鼓動は内側から緑祁の脳を大きく揺さぶるのだ。
 何か、やってはいけない決断を自分は選ぼうとしている。しかしそれは何だ? 理由はわからない。
 ほんの一瞬、周囲の街灯や信号機の電気が消えた。

(…! 間違いない! 修練は何かをやろうとしている!)

 一秒にも満たないわずかな時間だけ、月明かりがハッキリとわかった。修練が次に繰り出そうとしている一手は、何か別にある。ここにいてはマズい。緑祁は素早く横に飛んだ。

「勘が鋭いな、緑祁……! 霊的な本能も鍛え上げられているということか!」

 喋る修練。その口調はダメージを負ったとは思えないほど強い。

「これはっ!」

 周囲を見回した際、信じられないものを見た。
 信号機の電球から、電霊放が伸びていたのだ。

「緑祁……? まさか精神病棟で私が、何も考えずただ日常を過ごしていたとは思っていないよな? あそこでは霊障は使えない。だからイメージするしかないのだが、初めてがこんなに上手くいくとは自分でも驚いているよ」
「あ、新しい電霊放を生み出したのか……!」

 常識を打ち破ったのは、修練の方だった。
 本来、電霊放は自分が身に着けている電力があるものから撃つ。紫電や辻神は、ダウジングロッドやドライバーの柄に電池を入れているし、病射は電子ノギスや腕時計を使っている。他にもスマートフォンや、今戦っている修練だってペンライトから撃ち出している。たまに、そういう外部の電力を必要としない場合もあるらしいが、その場合は自分の体に静電気を貯める必要がある。
 だから、電霊放は自分からしか放てない。しかし修練が今使って見せた全く新しい電霊放は、その固定概念を見事に破壊していた。原理は不明だが、なんと自分が身に着けていない物……周囲の光を放つ物に、電霊放を出させているのだ。

「でも、この電霊放の軌道では自爆……」

 しかし目標は、使用者……つまり修練に向けて放たれている。緑祁がその場所から動いたので、これは修練に当たる。

「……違う! 修練には、電霊放の循環があるのか!」

 恐ろしい方程式が頭の中で出来上がった。信号機や街灯等のランプから、電霊放を撃つ。そのターゲットは修練自身。着弾した電霊放は体を回って、彼が持つペンライトに集まる。

「素晴らしい正解だよ、緑祁! 見ろ! そしてくらえ! これが集光(しゅうこう)電霊放(でんれいほう)だ!」

 ペンライトがまた、黒い光を解き放った。

「ぐがっ!」

 集光電霊放を受け、緑祁の体は後方に吹っ飛んだ。

(何てことだ………。せっかく修練の思惑に気づけたというのに……。逆転、された…!)

 地面に体が落ちる。幸い、痛みや痺れはそこまでではない。予想外の手法に面食らった衝撃の方が深刻なくらいだ。

「この集光電霊放を成立させるには、自分の電霊放で自分が傷つかないことが条件だ。つまり電霊放の循環は、本命ではなく、補助的なもの。もっとも君には、循環の方が効いたみたいだが?」

 立ち上がる緑祁を見て、修練が説明した。

「何で教えたんだい? 黙っていれば、攻撃し放題だったのに?」
「逆に聞こう。わかった上で、攻略ができるかい、君に?」

 彼は精神的に優位に立つために、あえて解説したのだ。それに今言った通りで、緑祁は初めて見る電霊放の攻略方法を即席で思いつかなければいけない。その前に緑祁を倒してしまおうというのが、修練の狙いだ。それは緑祁もわかっていて、

(何とかしないと負ける! 終わってしまう……!)

 焦りに繋がる。擦れる心がミスを誘ってしまう。

「ぬううおおおおお! 霊障合体・火災旋風っ!」

 何とか反撃を試みるも、

「無駄だ。私は台風を使わせてもらう」

 緑祁の繰り出す炎の風は、修練が操る水を乗せた風にぶつかる。二つの風は相殺されて消えた。直後に生じた水蒸気の白い煙を貫いて、電霊放が飛び出す。

「何ぃっ! 既に……」

 次の手を打っていた。これは避けられず、緑祁の胸に直撃する。

「ぐはっ!」

 痺れが心臓に達し、血流に乗って全身に流れ出す。一瞬で緑祁は体中を感電させられたかのような感覚に落とされる。
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