第10話 因果応報の結果 その1

文字数 2,793文字

「負けた、だと? あの幽左衛門が?」

 蛭児が外の花火を見た時の、率直な感想がこれである。建物に振動が伝わっていたので、戦っていることはわかっていた。しかし返り討ちに遭ったとなると、

(思いもよらぬ強力な霊能力者がここに派遣されている?)

 当然の疑問がわき出し、ここで判断を迫られる。
 この廃墟ホテルを捨て、逃げるべきか。それとも最初の計画通り、蜃気楼を使って誤魔化し切るべきか。

(呪いの谷に置いてきた人員を動員すれば、排除はできるだろうが……時間が足りない)

 防衛は無理そうだ。ならばここは一旦逃げ、態勢を立て直す必要がある。

「國好、敦子。ここを去るぞ。あの谷へ戻って……」

 彼は二人に話しかけたが、それを途中で打ち切った。それは二人の顔を見たためである。
 迫りくる【神代】を前にして、尻尾を巻いて逃げる。【神代】に対する恨みが大きい國好も敦子も絶対に選びたくない一手だ。

「……訂正しよう。ここは籠城に決める。それでいいね?」

 コクン頷く二人。

(最初から三人をまとめて送っていれば、こうはならなかったかもしれない。だがもう遅い。幽左衛門は死んだ。これ以上の敵の進軍は、國好と敦子に止めてもらうしかないな…)

 蜃気楼を発動した。これで彼らがいるこの部屋の存在を隠ぺいする。

「絶対にバレない保証はない。もしもその時が来たら、やってくれるな? 國好、敦子?」
「お任せあれ」

 流石に二人がいれば大丈夫だと蛭児は思った。


 一方その頃の絵美たちは、まだホテルのロビーにいた。

「来ないわね……」

 ホテルの外にある踊り水に、何も引っかからない。だから蛭児は逃げてない。

「既にここにいない、という可能性は?」

 赤実が呟いた。それもある。

「私は信じたいわ、大刃と群主の言葉を」

 全く返事になっていないことを彼女は返した。
 呪いの谷で出会ったあの二人の思いを無駄にしたくない。彼らを穢した蛭児を絶対に捕まえたい。そして悪事の贖罪をさせるのだ。そうしないと自分たちの罪の意識も晴れない。

「今日はここを徹底的に探してみようぜ? 他の場所の心当たりもないし、万が一見逃したー、なんてことがあったら大変だ」

 代わりに返答をしたのは骸。赤実は、

「今から移動となると、時間が……」

 時計を気にしている様子。逆に言えばそれ以外に反対材料がないということ。彼女たち皇の四つ子も、一連の事件の犯人を捕らえたい一心なのだ。

「逃げた様子はないわ。ならそろそろ、始めた方がいいわね……」
「何をじゃ?」

 朱雀が聞くと、

「犯人を探し出すのだ――」

 まず刹那が、行動で答える。手で仰いで風を生み出すと、ホテル全体に運ばせる。

「念のため、骸と絵美もやってくれ。僕の業火は、これには適してないから」
「ああ、任せろ!」

 骸が壁をノックすると、そこから植物が芽生えた。また絵美が踊り水を使って、床を這わせる。廊下一つ、部屋一室すらも逃さないつもりなのだ。

「絶対に蛭児はここにいるわ! いるからこそ、さっきの大男に私たちを襲わせたし、撃破したら外で花火が上がったのよ」

 状況証拠は揃っている。後は居場所の特定だけだ。
 しかし、それが中々見つからない。

「どういうこと? 蛭児はここにいるんじゃないの?」
「慌てるな、絵美! 確か蛭児の霊障は……」
「シンキロウ。だから、バショをイツワっているのかも」
「でもさ……。確か蜃気楼では、感覚までは騙れない。骸たちは霊障を使っているんだ。手応えがない場所なんて、ないだろう?」
「あるとしたら……――?」

 刹那が呟いた。それは、

「蛭児の側近である死者は、あの大男だけじゃないってことね? ソイツが霊障を使って、誤魔化している。考えられるわ!」

 こうなると、全ての壁や天井を実際に触って確かめるしかない。しかしそんな非効率的なことをしていては、夜が明けてしまう。その間に蛭児が次の行動に出る……ここから逃げられる可能性が高いのだ。

「いいえ、やってみせるわ!」

 ここで前に出たのは、絵美だ。自分の踊り水なら、隠された場所を探し出せると確信している。これは自信ではなく、執念だ。

「ここで諦めたら、どうするのよ! 大刃や群主の思いは? 他の死者たちの安息は? 私たちが諦めることは、決して許されないわ!」

 もっと水を使って調べるのだ。自分の霊力の残量に気を配りながら、踊り水を使った。

「俺たちも見習うべきだ。自分たちの無実は、自分で証明する!」

 続いて骸の狂い咲き、刹那の眩暈風がホテル中に放たれる。

「刹那、感じたか?」
「うむ。一点だけ、不自然な場所がある――」

 どうやら見つけたようだ。ホテルの最上階、十七階だ。彼ら曰く、

「おかしいぞ、ここは。狂い咲きで触れた感触が、新しいんだ。このホテル、確か廃墟になったのは三十年前? 建設されたのはもっと昔のはずだ。でも、この植物で触れた感覚は、真新しい感じだ」
「同様。我が風も不自然な凹凸を捕えた。他の部屋の扉とは明らかに異なるこのズレ。何か鉄板のようなもので、扉を二重に塞いだようだ――」

 しかもこの二人が抱いた違和感を発生させている場所は、同じところ。

「じゃあ、そこに踊り水を送るわ」

 聞く感じだと、扉を隠そうとしているらしい。でも完璧ではないようで、かすかな違いを彼女たちは感じ取ったのである。

「………これ、ね……」

 掴んだ。

「変ね? 壁みたいだけど、わずかな隙間があるわ。流し込んでみようかしら?」
「やってみろ」

 範造が言ったので、絵美は決行した。すると、

「ドンピシャ! 誰か、いる!」

 この廃墟には似合わぬ人の温もり。それが水を伝わって彼女に流れ込んでくる。

「すると、そこに真犯人がおるのか?」

 半信半疑な緋寒たちだが、率先して動いた。絵美たちの監視も大事だが、それ以上に真犯人の確保が【神代】にとって重要。今は範造と雛菊が側で見張っているので、逃げられる心配もないと判断したのだ。ちょうど絵美たちも少し後ろを遅れてついて来る。

「待ってよ!」
「待たぬ! 時の流れは命より重い!」

 けれども皇の四つ子たちは、前に出過ぎた。

「ここ、じゃな?」

 絵美たちが特定した場所。普通の壁にしか見えないがそれは蜃気楼のせいであり、確かにこの奥に部屋がある。その微妙な自然の空気の流れを感じ取った朱雀は、

「観念するのじゃ! そなたの場所はもう掴んだ! 絶対に逃がさん! 今出てくれば、命だけは勘弁してやろうぞ!」

 四人でその壁を取り囲んで、叫ぶ。
 すると、バーンと鉄板が飛んだ。

「ぐぎゃ?」

 四人は逃げるよりも先に驚いてしまい、反対側の壁に押し付けられた。すぐに立ち上がれないところを見るに、気を失っているらしい。

「な、何が起きた……?」

 一見すると、普通の壁から鉄板が飛び出すという異常事態。いいやそこに部屋があるとわかっていても、何故そうなったのか不明だ。

「ハエが、うるさいわね……」
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