第1話 罪悪の前奏曲 その1
文字数 4,564文字
天王寺修練には幼い頃……生まれた時から、それを見ることができた。他の人には見えず、言っても信じてもらえないが確かにそこに、目の前に存在している者だ。こちらが顔を向ければ、向こうも目を合わせてくれる。
俗に、それを幽霊ということを成長してから知った。友人たちは、そんな彼のことを不気味がった。中には、我が子を修練に近づかせないようにした人もいたし、実際に友人たちも彼とよく距離を置いて接した。そんなこともあってか、修練には親しい人がほとんどいなかった。
(どうして僕には、幽霊が見えるんだろう?)
彼は小さいながら、悩んだ。周囲の大人は孤立しがちな彼のことを案じて言う。
「修練君、そういうことは言わないでさ、みんなと仲良くしましょう! 君はきっと、変な子じゃないから!」
だが修練としては、自分が見えるものが見えない人と交流するつもりがない。自分とわかり合えるはずがない、そんな人たちに心を許せない。だから増々、独りぼっちになってしまう。
「きっと僕は、一生一人なんだ。僕のことをわかってくれる人なんて、世界にはいないんだ」
幼いながらも早々にネガティブな発想を持っていた。
「君は霊能力者なんだ」
修練が小学生のころ、彼にそんなことを言ってきた人がいた。その人は【神代】という組織の一員で、修練の噂を聞きつけて彼のことを調べるために近づいたのだ。
「おじさんにも見えるの?」
「ああ、そうだよ」
その人は、修練と同じ方向……他の人には何もない空間だが、幽霊がいる方を一緒に向いて言った。だから修練は彼のことを信じ、自分も【神代】の一員になることに頷いたのだ。
自分が霊能力者であることを自覚し、そして【神代】の一員となると、修練の生活は少し変わった。一日本人としては今まで通りだ。
「時間が空いているなら、手伝ってほしい。週末に、町外れの霊園に来てくれ」
でも一人の霊能力者として、【神代】という組織の歯車を回すことになった。
「こうして夜、墓場を見回るんだ。幽霊がいたら、成仏か除霊させてやる。人手はいくらあっても足りないよ。修練君が来てくれて良かった、助かる! あ、もちろん小遣いも少し出るよ」
この初めての夜は特に何も起きなかった。それでもお金が入った封筒を渡される。
「いいんですか? 僕がもらって。ただ歩いていただけで、何もしていない僕が?」
「そういう決まりなんだ。素直に受け取りなさい」
修練はここで知ることになる。霊能力者は表の社会には全く出て来ない。ではどうやって生活をするのか? その答えが、【神代】という組織なのである。
(秘密結社と言ってもいいかもしれない。霊能力者が生活に困らないように手回ししているんだ。社会の表から頼まれて、それで普通の人から見たら不思議としか思えない問題を解決する。そういうシステムが、既に出来上がっている……)
一般人と同じ生活を送ることもできる。だがその場合は自分のこと……霊能力者であることを隠して生きなければならない。
(世間は僕のこと、受け入れてくれるんだろうか……? 僕はどう、生きるべきかな?)
修練は考えた。自分を押し殺して生活するか、それとも霊能力者として【神代】の中で生きるか。
彼は短いが今までの人生を振り返った。同級生や先生、両親すら、修練が幽霊を見ることができることに理解を示さない。
答えは火を見るよりも明白だった。
「僕、霊能力者として働きたい、生きたいです!」
「おお。よく言った!」
次の週末に修練は自分の決意を述べた。それを聞いたのは、奥羽神社の神主、鎌村 亨 。修練が霊能力者であることに最初に理解を示した……言い換えれば彼が生まれて初めて出会った霊能力者だ。
「これからはどうすればいいの? 学校は転校するの?」
「そんな必要はないよ。いつも通り普通に、学校生活をしなさい。でも私が呼んだら、すぐに来なさい」
【神代】は霊能力者をまとめ上げてはいるものの、社会の表から特段隔離しているわけではない。普通の人間社会に溶け込ませている。
修練もそれに習って、今まで通り生活だ。でも一度亨に呼ばれれば、夜の町に飛び出して幽霊の相手をする。両親があまりうるさくないこともあって、修練は夜でも一人で出かけることができた。
「私の仲間を紹介しておこう!」
修練の周りには同年代の霊能力者がいなかった。これ以上寂しい思いをさせたくないと思った亨は、自身の霊能力者の友人を紹介したのだ。年齢で見ればみんな、修練よりも大人だ。
「俺は凸山 未知夫 だ。よろしくな!」
でも、彼らは膝を崩して修練と握手する。
「凹谷 将 です。僕が幽霊についてお教えしましょう」
中には彼のように、知識を共有しようとする人もいた。
「まだ子供? でも立派な霊能力者だね! よろしくね、私は平川 穂香 !」
しかしやはり、大人からすればやはし修練は子供だ。穂香には頭を撫でられた。
「じゃ、今夜の任務を始めるぞ……」
揃ったところで車に乗り込み、出発。一時間ほど走った先にトンネルがある。そこで不可解な事象が起きているのを解決するのが彼らに出された指示だ。
(大人でも……)
少し修練は不信感を抱いていた。必ずしも大人が子供よりも優れているとは限らない。そんな慢心から、
(もし亨さんの仲間が弱かったら、除霊は僕がしよう)
高をくくっていた。
しかしそんな甘い予測は早々に裏切られることになる。
「着いたぞ。降りよう」
「おいおい、結構長いんじゃないか? 面倒なことになるかもだぜ……」
トンネルの全長は二キロメートルもある。暗く、トンネル内の照明も点滅していて役に立ちそうにない。
(怖い……)
車から降りた修練が真っ先に感じたこと、それは恐怖だった。町中の墓地とは全然違う、本物の心霊スポット。その怪しく暗い雰囲気に包まれてしまい、足が勝手に震え出した。
「大丈夫?」
そんな彼に声をかける穂香。強がりたかった修練だが、表情が嘘を吐けていない。結局彼女の手を握って進むことに。
「どうだ、将? 何か見えるか?」
「もっと奥に行かないといけないです」
未知夫と将が先陣を切って、懐中電灯で前を照らしながらトンネルに入った。その後ろに、亨と穂香と修練が続く。
「怖いかい、修練?」
「こ、怖くなんか……!」
強がる声すら震える。後ろに何かの気配がするのだ。それを伝えると穂香が、
「亨さん、います」
修練の代わりに振り向いて確認した。
「やはりか。対処は任せよう」
ここで穂香は霊障を使った。手のひらから火炎が飛び出し、それが幽霊を焼き払ったのだ。
「え、何……」
後ろを見てはいない修練だが、何か熱い物が動いたことは肌で感じた。それに後ろから、赤く揺らめく光が背中を照らし影を作る。
「霊障だよ」
「れ、れいしょう……?」
幽霊が使う力を、霊能力者も使えることがあるのだ。
「修練君にも何か使えるかもしれないね。なくても特には問題はないけど」
急に、三人の前に大きな幽霊が割って入った。
「うわああああ!」
悲鳴を上げたのは修練だ。この世のものとは思えないほど、肌が白い。目は充血して、赤い涙を流している。そんな異形な存在が、
「シネ!」
人語を喋っているのである。
「亨さん!」
「ああ。ここは私が!」
亨はペンライトを取り出した。その電球が何度か瞬き、前方に稲妻を放出する。電霊放だ。ピカッと光ったと思えば、即座に幽霊を貫いて消滅させる。
「凄い……!」
恐怖の次に修練が抱けた感情が、憧れだった。霊障を操り幽霊を撃退する亨と穂香が、テレビ番組に出てくるヒーローよりも格好よく彼の目には映った。
前を歩いている未知夫と将も幽霊と遭遇していたようだ。
「結構な数だな!」
迫りくる霊たちを将が、激流で押し流す。それすらもかいくぐって来る霊には未知夫が突風で切り裂く。
「でも想定通りに任務が行えていますよ。ここまでは」
彼らは感じている。このトンネルの奥に存在する、大きな幽霊のプレッシャーを。
「気をつけろ! 相手は幽霊だ、何をしでかすかわからない」
慎重に進む。
やがて見えてくる、このトンネルのボス。それは、
「ひえええええ!」
思わず声が出てしまうほどに奇妙な体をしていた。
体全体は、クモのようだ。だが人の上半身が生えていて、しかもその上半身からはサソリのような鋏がある大きな腕がある。それにコウモリのような翼も二対背中に。顔は眼球が八つ横に並び、その下に口が三つ開いていて顎にも二つ目があるという、非常に醜く思わず目を逸らしてしまうほど。
「人間、食ベル」
修練たちを認識したらしい。動き出した。結構俊敏で、一気に距離を詰めてくる。
「来い! 除霊してやるぜ!」
構えた未知夫。しかし彼には近づかない。その隣で幽霊を睨みつけている将のことも無視している。
「あっ!」
この幽霊は卑怯なことに、戦う意思がない人物……修練のことを真っ先に狙った。八本ある足で天井を動くと、鋏を器用に動かして彼の腕を掴んだ。
「修練君!」
「わああああああ!」
無理矢理彼と目を合わせる幽霊。三つの口が開くと、血に濡れた牙が見えた。奥には棘だらけの舌も見える。喉の奥から、
「助けてくれ………」
「死にたくない……」
「嫌だ…」
悲痛な叫び声が聞こえた。
(この幽霊に殺された人たちの、声なのか!)
食われれば魂を奪われ、この幽霊の腹の中に永遠に囚われる。
(嫌だ、そんなの!)
必死に抵抗する修練だったが、まるで意味を成していない。
(だ、駄目……なのか!)
もはやここまでか。
しかし次の瞬間、修練の体は地面にボトッと落ちた。
「いて!」
何が起きているのか、理解が追いつかない。上を見ると、
「人間ガ、マサカ……?」
業火、突風、激流そして電霊放をくらった幽霊の体がバラバラに崩壊していくのが見えた。亨たちが瞬時に、修練だけを巻き込まないように霊障を使ったのである。
「大丈夫か、修練君!」
凄まじい威力と速度だ。それに全く気づけなかった。
「あ、はい……」
修練はここでわかった。亨たちの霊能力者としての実力、経験値は、自分以上だ。今体験した通り次元が違い過ぎる。
トンネルのボスを倒すと、中にいた幽霊たちもどこかに去っていった。
「これで任務は完了だ。将、【神代】に連絡を入れておいてくれないか?」
「任せてください。レポートをすぐに書きます」
端の方まで探索し、他に強力な幽霊がいないことを確かめると一行は来た道を戻って車に乗り込んだ。
その際に修練は、
「お願いです! 僕に霊障を教えてください!」
強くなりたいことを叫んだ。トンネルで彼は、あまりにも無力だった。それが恥ずかしく悔しい。そして目の前で見事に幽霊を退治した亨たちが、輝いて見えた。
亨たちもそんな修練の願いを理解し、
「何が使えるかどうかは、調べてみないとわからない。でも、強くなりたいと思う君の意志は、決して無駄にはしないよ。厳しい道のりだろうけど、最後まで来れるかい?」
手を差し伸べることに。修練も、
「わかりました!」
その手を握った。まだ小学生の修練だが、自分を鍛錬することを選んだ。ハードな訓練もあるだろう。だが彼は怖気つかない。
(僕は試練を乗り越える! 絶対に亨さんたちのように強くなるんだ!)
彼の心は硬く、決心と覚悟を忘れなかった。
俗に、それを幽霊ということを成長してから知った。友人たちは、そんな彼のことを不気味がった。中には、我が子を修練に近づかせないようにした人もいたし、実際に友人たちも彼とよく距離を置いて接した。そんなこともあってか、修練には親しい人がほとんどいなかった。
(どうして僕には、幽霊が見えるんだろう?)
彼は小さいながら、悩んだ。周囲の大人は孤立しがちな彼のことを案じて言う。
「修練君、そういうことは言わないでさ、みんなと仲良くしましょう! 君はきっと、変な子じゃないから!」
だが修練としては、自分が見えるものが見えない人と交流するつもりがない。自分とわかり合えるはずがない、そんな人たちに心を許せない。だから増々、独りぼっちになってしまう。
「きっと僕は、一生一人なんだ。僕のことをわかってくれる人なんて、世界にはいないんだ」
幼いながらも早々にネガティブな発想を持っていた。
「君は霊能力者なんだ」
修練が小学生のころ、彼にそんなことを言ってきた人がいた。その人は【神代】という組織の一員で、修練の噂を聞きつけて彼のことを調べるために近づいたのだ。
「おじさんにも見えるの?」
「ああ、そうだよ」
その人は、修練と同じ方向……他の人には何もない空間だが、幽霊がいる方を一緒に向いて言った。だから修練は彼のことを信じ、自分も【神代】の一員になることに頷いたのだ。
自分が霊能力者であることを自覚し、そして【神代】の一員となると、修練の生活は少し変わった。一日本人としては今まで通りだ。
「時間が空いているなら、手伝ってほしい。週末に、町外れの霊園に来てくれ」
でも一人の霊能力者として、【神代】という組織の歯車を回すことになった。
「こうして夜、墓場を見回るんだ。幽霊がいたら、成仏か除霊させてやる。人手はいくらあっても足りないよ。修練君が来てくれて良かった、助かる! あ、もちろん小遣いも少し出るよ」
この初めての夜は特に何も起きなかった。それでもお金が入った封筒を渡される。
「いいんですか? 僕がもらって。ただ歩いていただけで、何もしていない僕が?」
「そういう決まりなんだ。素直に受け取りなさい」
修練はここで知ることになる。霊能力者は表の社会には全く出て来ない。ではどうやって生活をするのか? その答えが、【神代】という組織なのである。
(秘密結社と言ってもいいかもしれない。霊能力者が生活に困らないように手回ししているんだ。社会の表から頼まれて、それで普通の人から見たら不思議としか思えない問題を解決する。そういうシステムが、既に出来上がっている……)
一般人と同じ生活を送ることもできる。だがその場合は自分のこと……霊能力者であることを隠して生きなければならない。
(世間は僕のこと、受け入れてくれるんだろうか……? 僕はどう、生きるべきかな?)
修練は考えた。自分を押し殺して生活するか、それとも霊能力者として【神代】の中で生きるか。
彼は短いが今までの人生を振り返った。同級生や先生、両親すら、修練が幽霊を見ることができることに理解を示さない。
答えは火を見るよりも明白だった。
「僕、霊能力者として働きたい、生きたいです!」
「おお。よく言った!」
次の週末に修練は自分の決意を述べた。それを聞いたのは、奥羽神社の神主、
「これからはどうすればいいの? 学校は転校するの?」
「そんな必要はないよ。いつも通り普通に、学校生活をしなさい。でも私が呼んだら、すぐに来なさい」
【神代】は霊能力者をまとめ上げてはいるものの、社会の表から特段隔離しているわけではない。普通の人間社会に溶け込ませている。
修練もそれに習って、今まで通り生活だ。でも一度亨に呼ばれれば、夜の町に飛び出して幽霊の相手をする。両親があまりうるさくないこともあって、修練は夜でも一人で出かけることができた。
「私の仲間を紹介しておこう!」
修練の周りには同年代の霊能力者がいなかった。これ以上寂しい思いをさせたくないと思った亨は、自身の霊能力者の友人を紹介したのだ。年齢で見ればみんな、修練よりも大人だ。
「俺は
でも、彼らは膝を崩して修練と握手する。
「
中には彼のように、知識を共有しようとする人もいた。
「まだ子供? でも立派な霊能力者だね! よろしくね、私は
しかしやはり、大人からすればやはし修練は子供だ。穂香には頭を撫でられた。
「じゃ、今夜の任務を始めるぞ……」
揃ったところで車に乗り込み、出発。一時間ほど走った先にトンネルがある。そこで不可解な事象が起きているのを解決するのが彼らに出された指示だ。
(大人でも……)
少し修練は不信感を抱いていた。必ずしも大人が子供よりも優れているとは限らない。そんな慢心から、
(もし亨さんの仲間が弱かったら、除霊は僕がしよう)
高をくくっていた。
しかしそんな甘い予測は早々に裏切られることになる。
「着いたぞ。降りよう」
「おいおい、結構長いんじゃないか? 面倒なことになるかもだぜ……」
トンネルの全長は二キロメートルもある。暗く、トンネル内の照明も点滅していて役に立ちそうにない。
(怖い……)
車から降りた修練が真っ先に感じたこと、それは恐怖だった。町中の墓地とは全然違う、本物の心霊スポット。その怪しく暗い雰囲気に包まれてしまい、足が勝手に震え出した。
「大丈夫?」
そんな彼に声をかける穂香。強がりたかった修練だが、表情が嘘を吐けていない。結局彼女の手を握って進むことに。
「どうだ、将? 何か見えるか?」
「もっと奥に行かないといけないです」
未知夫と将が先陣を切って、懐中電灯で前を照らしながらトンネルに入った。その後ろに、亨と穂香と修練が続く。
「怖いかい、修練?」
「こ、怖くなんか……!」
強がる声すら震える。後ろに何かの気配がするのだ。それを伝えると穂香が、
「亨さん、います」
修練の代わりに振り向いて確認した。
「やはりか。対処は任せよう」
ここで穂香は霊障を使った。手のひらから火炎が飛び出し、それが幽霊を焼き払ったのだ。
「え、何……」
後ろを見てはいない修練だが、何か熱い物が動いたことは肌で感じた。それに後ろから、赤く揺らめく光が背中を照らし影を作る。
「霊障だよ」
「れ、れいしょう……?」
幽霊が使う力を、霊能力者も使えることがあるのだ。
「修練君にも何か使えるかもしれないね。なくても特には問題はないけど」
急に、三人の前に大きな幽霊が割って入った。
「うわああああ!」
悲鳴を上げたのは修練だ。この世のものとは思えないほど、肌が白い。目は充血して、赤い涙を流している。そんな異形な存在が、
「シネ!」
人語を喋っているのである。
「亨さん!」
「ああ。ここは私が!」
亨はペンライトを取り出した。その電球が何度か瞬き、前方に稲妻を放出する。電霊放だ。ピカッと光ったと思えば、即座に幽霊を貫いて消滅させる。
「凄い……!」
恐怖の次に修練が抱けた感情が、憧れだった。霊障を操り幽霊を撃退する亨と穂香が、テレビ番組に出てくるヒーローよりも格好よく彼の目には映った。
前を歩いている未知夫と将も幽霊と遭遇していたようだ。
「結構な数だな!」
迫りくる霊たちを将が、激流で押し流す。それすらもかいくぐって来る霊には未知夫が突風で切り裂く。
「でも想定通りに任務が行えていますよ。ここまでは」
彼らは感じている。このトンネルの奥に存在する、大きな幽霊のプレッシャーを。
「気をつけろ! 相手は幽霊だ、何をしでかすかわからない」
慎重に進む。
やがて見えてくる、このトンネルのボス。それは、
「ひえええええ!」
思わず声が出てしまうほどに奇妙な体をしていた。
体全体は、クモのようだ。だが人の上半身が生えていて、しかもその上半身からはサソリのような鋏がある大きな腕がある。それにコウモリのような翼も二対背中に。顔は眼球が八つ横に並び、その下に口が三つ開いていて顎にも二つ目があるという、非常に醜く思わず目を逸らしてしまうほど。
「人間、食ベル」
修練たちを認識したらしい。動き出した。結構俊敏で、一気に距離を詰めてくる。
「来い! 除霊してやるぜ!」
構えた未知夫。しかし彼には近づかない。その隣で幽霊を睨みつけている将のことも無視している。
「あっ!」
この幽霊は卑怯なことに、戦う意思がない人物……修練のことを真っ先に狙った。八本ある足で天井を動くと、鋏を器用に動かして彼の腕を掴んだ。
「修練君!」
「わああああああ!」
無理矢理彼と目を合わせる幽霊。三つの口が開くと、血に濡れた牙が見えた。奥には棘だらけの舌も見える。喉の奥から、
「助けてくれ………」
「死にたくない……」
「嫌だ…」
悲痛な叫び声が聞こえた。
(この幽霊に殺された人たちの、声なのか!)
食われれば魂を奪われ、この幽霊の腹の中に永遠に囚われる。
(嫌だ、そんなの!)
必死に抵抗する修練だったが、まるで意味を成していない。
(だ、駄目……なのか!)
もはやここまでか。
しかし次の瞬間、修練の体は地面にボトッと落ちた。
「いて!」
何が起きているのか、理解が追いつかない。上を見ると、
「人間ガ、マサカ……?」
業火、突風、激流そして電霊放をくらった幽霊の体がバラバラに崩壊していくのが見えた。亨たちが瞬時に、修練だけを巻き込まないように霊障を使ったのである。
「大丈夫か、修練君!」
凄まじい威力と速度だ。それに全く気づけなかった。
「あ、はい……」
修練はここでわかった。亨たちの霊能力者としての実力、経験値は、自分以上だ。今体験した通り次元が違い過ぎる。
トンネルのボスを倒すと、中にいた幽霊たちもどこかに去っていった。
「これで任務は完了だ。将、【神代】に連絡を入れておいてくれないか?」
「任せてください。レポートをすぐに書きます」
端の方まで探索し、他に強力な幽霊がいないことを確かめると一行は来た道を戻って車に乗り込んだ。
その際に修練は、
「お願いです! 僕に霊障を教えてください!」
強くなりたいことを叫んだ。トンネルで彼は、あまりにも無力だった。それが恥ずかしく悔しい。そして目の前で見事に幽霊を退治した亨たちが、輝いて見えた。
亨たちもそんな修練の願いを理解し、
「何が使えるかどうかは、調べてみないとわからない。でも、強くなりたいと思う君の意志は、決して無駄にはしないよ。厳しい道のりだろうけど、最後まで来れるかい?」
手を差し伸べることに。修練も、
「わかりました!」
その手を握った。まだ小学生の修練だが、自分を鍛錬することを選んだ。ハードな訓練もあるだろう。だが彼は怖気つかない。
(僕は試練を乗り越える! 絶対に亨さんたちのように強くなるんだ!)
彼の心は硬く、決心と覚悟を忘れなかった。