第5話 勝負への想い その1
文字数 3,340文字
直談判の結果、緑祁と勝負することが決まった。でも喜んではいられない。これから四人の霊能力者と手合わせを行い、勝利しなければいけないのである。
「紫電…。霊鬼を使う?」
雪女はそう尋ねた。だが彼は、
「いいや、流石にそうはならないと思うぜ?」
【神代】の思惑を知らない紫電は、呑気なことにそんな大事ではないと感じているのだ。
「【神代】はちょっとした刑罰と腕試しがしたいだけだろうからよ、件の四人は俺の実力のチェックになるだろうな」
三日後、小岩井家に郵便が届く。
「紫電、お前宛てに荷物だ。何かネットで注文したのか?」
「知り合いからだぜ、【神代】の」
「そうか。そう言えば今度病院の霊安室の霊を弔ってやってくれないか?」
「いいぜ、父さん。何なら今日行く!」
封筒を開けると、種類が一枚と数珠が一つ入っていた。
「この数珠は、競戦の日まで取っておくこと。また同時に、永露緑祁にも同じ内容の郵便が送られている……」
現物を手に持つと、実感が湧いた。その数珠を自室の机の上に置き、それから彼は雪女を連れて病院に行くために玄関を出た。
「あ……」
その時、客人と目が合った。
「何か用か? 言っておくがセールスはお断りだぜ? 番犬の餌にされたくないなら真っ直ぐ帰れよ」
「売り込みに来る人に見えるか間抜け! おれは【神代】から派遣されてきたんだぜ?」
「な、何……?」
もう、最初の一人がやって来たのだ。名は、西鳥 空蝉 。坊主頭の青年である。
「四人って言われたからてっきり皇の四つ子が来ると思ったがよ、全然違うぞ…」
「君を負かせば【神代】からファイトマネーも手に入る。早速始めようか!」
「待ってくれ、今忙しいんだ」
「説得力の欠片もないな、ボケ!」
今の紫電の格好はと言うと、軽装で重そうな荷物を持っていない。しかも雪女と一緒なので、どう見ても遊びに行く人間なのだ。
「実は、病院で亡くなられた方々の霊を定期的に俺が弔ってやってるんだ。それを今からするんだよ!」
「そういう重要なことは先に言え馬鹿! それ、おれも手伝おう。ボランティアでいいぜ」
執事の運転する車に三人は乗り込む。十数分すると大きな総合病院に着く。私立の八戸大空病院 だ。
「でけえな。こりゃあ幽霊も多そうだぜ」
空蝉の言う通り。いつも紫電は一日かけて全ての霊を成仏させる。
早速霊安室に向かった。地下二階にあることもあって日が差さず、昼間なのに不気味な雰囲気の漂う場所だ。
「まずこのお香を焚いて……」
取り出したのは、幽霊に効くという線香。だが苦しめるのではなく、慰めるタイプだ。幽霊に襲われる可能性もゼロではないが、紫電なら大丈夫という自信がある。それに弔うのに苦しめる意味はない。
次に札と盛り塩も用意。蝋燭にライターで火をつけた。
「俺、雪女、それとお前…空蝉だっけ? 三人いるんだからそう苦戦はしないはずだ」
三人とも霊能力者なので、今日はいつもよりもスムーズに事が運ぶと予想。
「回りくどいな、君は」
しかし空蝉、そういう面倒な手順を踏む気がない。
彼は手と手を合わせた。そして少しずつズラす。すると、虫の音のような音が霊安室に広がるのだ。まるでヴァイオリンを演奏しているかのようだ。
「リンリン、リリリンリンリン……」
その音色はここにいる霊に安らぎを与える。自分の死を拒む者、死んだことにすら気づけていない者、死を受け入れても未練があってこの世に残っている者……。皆、心地よい表情をして黄泉の国へ召される。
「これは、噂に聞く応声虫 …!」
虫や音に関する霊障だ。今のような聞き心地の良い音色も、耳を塞ぎたくなるようなノイズも自由自在に操れる。ただし、共振して物理的な破壊をもたらすことはない。だからこの霊安室でも問題なく発動することができるのだ。
空蝉は音に、経を混ぜていた。効力が強いのか、あっという間に成仏は終わる。
「さあ何も問題ない。さっさとバトルして負けてくれアホ!」
空蝉は一足先に霊安室を出た。
「何してるの紫電? 早く出るよ?」
雪女もその後を追う。だが紫電は少しの間、動けなかった。
(俺が頑張っても一日かかる成仏を、ほんの一分足らずで終わらせやがったぞコイツは! どういう実力の持ち主なんだ……?)
図らずも見せつけられた圧倒的実力に戦慄しているのだ。震えて足が思うように動かない。
「足でも痺れてるの? なら手、貸そうか?」
「いや、大丈夫だぜ……」
何とか無理矢理足を動かし、紫電も部屋を出た。
三人は病院の屋上にいる。本来ならば立ち入り禁止だが、紫電なら顔パスで扉をくぐれる。紫電は空蝉との手合わせの場所に、この屋上を選んだ。理由は簡単で、広くて誰の目も届かなさそうな場所が付近にはなさそうだからだ。
病院の屋上階は大体十二階ぐらいの高さ。フェンスを越えて落ちれば間違いなく死ぬが、今回は命の奪い合いではないのでそれはない。だが、言い換えると走っても逃げ場がないところである。
「一二、三四…」
準備運動をする空蝉。彼曰く、体を軽くほぐした後が筋肉も伸びているし熱もちょっと生じているので動きやすいらしい。汗をかかず息も上がらない程度で終わらせるのがコツだ。
(体をほぐしている真意は何だ……?)
勝負するから予め動かしておくというのは、理にかなっている。だが紫電はそれ以上の理由を探った。
(さっき応声虫を見た…というより聞いたが、それ以外に扱える霊障がない? だから自分の体を温めているんじゃねえのか?)
この発想が鋭いのか鈍いのかは、今はわからない。
「オッケーお待たせ。ささっと始めようぜ、紫電!」
簡単にルールを決める。殺めることは当然ご法度で、気絶したら負け。または降参しても。大きい怪我を負わせるのも反則だ。
「どうせ君が泣きわめくことになるぜ? 言っておくがおれ、手加減だけは苦手なんだよな」
「それは俺もだ。さあ、始める!」
二人は十メートルほど距離を取った。両者の準備が完了したことを雪女は二度見て確認し、
「二人とも、いいね? では……始め」
言った。
「うおおおおおお!」
同時に紫電、駆け出す。至近距離戦に持ち込んで電霊放を叩き込むのだ。
対する空蝉の行動はというと、何も動かない。ただその場に立っているだけだが、手を合わせている。それをズラした時、
「っぐが! な、なんだこの音は……!」
思わず耳を塞ぎたくなるような高周波が、紫電の鼓膜を揺さぶった。
「フフフ紫電! おれはここから一歩も動かずに君に勝てるぞ?」
雑音はさらに激しくなる。紫電は走るどころか立つことすら難しくなってきた。
(耳を押さえながら電霊放を撃つしかねえ! だ、だが! 狙いが定まらねえぜ…!)
ダウジングロッドの先端が上を向いてしまっている。この状態で電霊放を撃っても意味がない。今日は雲がない晴れ空。落雷に期待できない。
(そもそもそれだと殺してしまうだろうが、俺! 駄目だその選択肢は!)
だけれどもこの状態で電霊放を撃つ術が一つだけある。
紫電は頭を下げた。
「むっ!」
姿勢が正しい場合、ロッドの先端は上を向く。だからワザと頭を空蝉へ向け倒したのだ。
「くらえ!」
目では捉えれていないが、紫電は撃った。電霊放の青白い輝き。それが空蝉に走る。
「どうだ? 手応えはあったぞ!」
顔を戻す。
「危ないところだった。応声虫が音だけじゃなく虫も支配していなかったら、今の一撃で深くダメージを受けていた!」
空蝉の体は無事だ。
「馬鹿な? 確かに当たったはずだ!」
「ああ、その通り。当たったよ」
彼は足元に視線を落としながらそう言った。
つられて紫電もそこを見る。カブトムシの残骸が散らばっている。
「……? この季節だからあり得なくはねえが、こんな偶然があるか?」
「いいや必然さ。応声虫は嫌な音だけではない。魂はないが虫も生み出せるのだよ。今君がおれから目を離した隙に、カブトムシを出現させた! それが代わりに電霊放を受け止めたのさ! わかったか、ボケ!」
だから、空蝉は一歩も動かずに戦えると思っているのだ。天に向かって手を仰げば、その軌跡からスズメバチが出て来る。
「毒はない。毒に関する霊障は毒厄の役目だからな。だから刺されても痛いだけだ。さあ、行け!」
「紫電…。霊鬼を使う?」
雪女はそう尋ねた。だが彼は、
「いいや、流石にそうはならないと思うぜ?」
【神代】の思惑を知らない紫電は、呑気なことにそんな大事ではないと感じているのだ。
「【神代】はちょっとした刑罰と腕試しがしたいだけだろうからよ、件の四人は俺の実力のチェックになるだろうな」
三日後、小岩井家に郵便が届く。
「紫電、お前宛てに荷物だ。何かネットで注文したのか?」
「知り合いからだぜ、【神代】の」
「そうか。そう言えば今度病院の霊安室の霊を弔ってやってくれないか?」
「いいぜ、父さん。何なら今日行く!」
封筒を開けると、種類が一枚と数珠が一つ入っていた。
「この数珠は、競戦の日まで取っておくこと。また同時に、永露緑祁にも同じ内容の郵便が送られている……」
現物を手に持つと、実感が湧いた。その数珠を自室の机の上に置き、それから彼は雪女を連れて病院に行くために玄関を出た。
「あ……」
その時、客人と目が合った。
「何か用か? 言っておくがセールスはお断りだぜ? 番犬の餌にされたくないなら真っ直ぐ帰れよ」
「売り込みに来る人に見えるか間抜け! おれは【神代】から派遣されてきたんだぜ?」
「な、何……?」
もう、最初の一人がやって来たのだ。名は、
「四人って言われたからてっきり皇の四つ子が来ると思ったがよ、全然違うぞ…」
「君を負かせば【神代】からファイトマネーも手に入る。早速始めようか!」
「待ってくれ、今忙しいんだ」
「説得力の欠片もないな、ボケ!」
今の紫電の格好はと言うと、軽装で重そうな荷物を持っていない。しかも雪女と一緒なので、どう見ても遊びに行く人間なのだ。
「実は、病院で亡くなられた方々の霊を定期的に俺が弔ってやってるんだ。それを今からするんだよ!」
「そういう重要なことは先に言え馬鹿! それ、おれも手伝おう。ボランティアでいいぜ」
執事の運転する車に三人は乗り込む。十数分すると大きな総合病院に着く。私立の
「でけえな。こりゃあ幽霊も多そうだぜ」
空蝉の言う通り。いつも紫電は一日かけて全ての霊を成仏させる。
早速霊安室に向かった。地下二階にあることもあって日が差さず、昼間なのに不気味な雰囲気の漂う場所だ。
「まずこのお香を焚いて……」
取り出したのは、幽霊に効くという線香。だが苦しめるのではなく、慰めるタイプだ。幽霊に襲われる可能性もゼロではないが、紫電なら大丈夫という自信がある。それに弔うのに苦しめる意味はない。
次に札と盛り塩も用意。蝋燭にライターで火をつけた。
「俺、雪女、それとお前…空蝉だっけ? 三人いるんだからそう苦戦はしないはずだ」
三人とも霊能力者なので、今日はいつもよりもスムーズに事が運ぶと予想。
「回りくどいな、君は」
しかし空蝉、そういう面倒な手順を踏む気がない。
彼は手と手を合わせた。そして少しずつズラす。すると、虫の音のような音が霊安室に広がるのだ。まるでヴァイオリンを演奏しているかのようだ。
「リンリン、リリリンリンリン……」
その音色はここにいる霊に安らぎを与える。自分の死を拒む者、死んだことにすら気づけていない者、死を受け入れても未練があってこの世に残っている者……。皆、心地よい表情をして黄泉の国へ召される。
「これは、噂に聞く
虫や音に関する霊障だ。今のような聞き心地の良い音色も、耳を塞ぎたくなるようなノイズも自由自在に操れる。ただし、共振して物理的な破壊をもたらすことはない。だからこの霊安室でも問題なく発動することができるのだ。
空蝉は音に、経を混ぜていた。効力が強いのか、あっという間に成仏は終わる。
「さあ何も問題ない。さっさとバトルして負けてくれアホ!」
空蝉は一足先に霊安室を出た。
「何してるの紫電? 早く出るよ?」
雪女もその後を追う。だが紫電は少しの間、動けなかった。
(俺が頑張っても一日かかる成仏を、ほんの一分足らずで終わらせやがったぞコイツは! どういう実力の持ち主なんだ……?)
図らずも見せつけられた圧倒的実力に戦慄しているのだ。震えて足が思うように動かない。
「足でも痺れてるの? なら手、貸そうか?」
「いや、大丈夫だぜ……」
何とか無理矢理足を動かし、紫電も部屋を出た。
三人は病院の屋上にいる。本来ならば立ち入り禁止だが、紫電なら顔パスで扉をくぐれる。紫電は空蝉との手合わせの場所に、この屋上を選んだ。理由は簡単で、広くて誰の目も届かなさそうな場所が付近にはなさそうだからだ。
病院の屋上階は大体十二階ぐらいの高さ。フェンスを越えて落ちれば間違いなく死ぬが、今回は命の奪い合いではないのでそれはない。だが、言い換えると走っても逃げ場がないところである。
「一二、三四…」
準備運動をする空蝉。彼曰く、体を軽くほぐした後が筋肉も伸びているし熱もちょっと生じているので動きやすいらしい。汗をかかず息も上がらない程度で終わらせるのがコツだ。
(体をほぐしている真意は何だ……?)
勝負するから予め動かしておくというのは、理にかなっている。だが紫電はそれ以上の理由を探った。
(さっき応声虫を見た…というより聞いたが、それ以外に扱える霊障がない? だから自分の体を温めているんじゃねえのか?)
この発想が鋭いのか鈍いのかは、今はわからない。
「オッケーお待たせ。ささっと始めようぜ、紫電!」
簡単にルールを決める。殺めることは当然ご法度で、気絶したら負け。または降参しても。大きい怪我を負わせるのも反則だ。
「どうせ君が泣きわめくことになるぜ? 言っておくがおれ、手加減だけは苦手なんだよな」
「それは俺もだ。さあ、始める!」
二人は十メートルほど距離を取った。両者の準備が完了したことを雪女は二度見て確認し、
「二人とも、いいね? では……始め」
言った。
「うおおおおおお!」
同時に紫電、駆け出す。至近距離戦に持ち込んで電霊放を叩き込むのだ。
対する空蝉の行動はというと、何も動かない。ただその場に立っているだけだが、手を合わせている。それをズラした時、
「っぐが! な、なんだこの音は……!」
思わず耳を塞ぎたくなるような高周波が、紫電の鼓膜を揺さぶった。
「フフフ紫電! おれはここから一歩も動かずに君に勝てるぞ?」
雑音はさらに激しくなる。紫電は走るどころか立つことすら難しくなってきた。
(耳を押さえながら電霊放を撃つしかねえ! だ、だが! 狙いが定まらねえぜ…!)
ダウジングロッドの先端が上を向いてしまっている。この状態で電霊放を撃っても意味がない。今日は雲がない晴れ空。落雷に期待できない。
(そもそもそれだと殺してしまうだろうが、俺! 駄目だその選択肢は!)
だけれどもこの状態で電霊放を撃つ術が一つだけある。
紫電は頭を下げた。
「むっ!」
姿勢が正しい場合、ロッドの先端は上を向く。だからワザと頭を空蝉へ向け倒したのだ。
「くらえ!」
目では捉えれていないが、紫電は撃った。電霊放の青白い輝き。それが空蝉に走る。
「どうだ? 手応えはあったぞ!」
顔を戻す。
「危ないところだった。応声虫が音だけじゃなく虫も支配していなかったら、今の一撃で深くダメージを受けていた!」
空蝉の体は無事だ。
「馬鹿な? 確かに当たったはずだ!」
「ああ、その通り。当たったよ」
彼は足元に視線を落としながらそう言った。
つられて紫電もそこを見る。カブトムシの残骸が散らばっている。
「……? この季節だからあり得なくはねえが、こんな偶然があるか?」
「いいや必然さ。応声虫は嫌な音だけではない。魂はないが虫も生み出せるのだよ。今君がおれから目を離した隙に、カブトムシを出現させた! それが代わりに電霊放を受け止めたのさ! わかったか、ボケ!」
だから、空蝉は一歩も動かずに戦えると思っているのだ。天に向かって手を仰げば、その軌跡からスズメバチが出て来る。
「毒はない。毒に関する霊障は毒厄の役目だからな。だから刺されても痛いだけだ。さあ、行け!」