第1話 常闇の森 その2
文字数 3,933文字
指定された森とは、大字沢山にあるらしい。集合場所であるコンビニに、緑祁は原付バイクで向かう。
「来てくれたわね」
「引き受けたからには、行かないと」
時刻は正午で、今日は雲一つない青空。しかしここから先の道を外れたところにある森は、夜のように薄暗い。
「ここは、常闇の森よ」
「曰くがあるの? 僕は聞いたことないけど……」
「太陽光が届かない暗黒故に、霊もわんさかいるってこと。そこに、屍亡者が紛れ込んだらしいわ」
この発言に、緑祁は違和感を抱く。
「それ、現れるのは決まって病院って聞くよ? 何かの間違いじゃない?」
「いいえ。見たって話を聞いたわ。それで私が処理にあたることになったのだけど、正直、私はそれほど腕が立つわけじゃないわ」
「で、僕かい?」
「そうよ」
今、【神代】にはとある通達が出されている。そのせいで、実力者は駆り出されているのだ。だから香恵はこの案件、緑祁に任せようと判断したのである。
「では出発よ」
「香恵さんも行くのかい? ここで待っていればいいじゃないか」
「緑祁の腕を疑うようで悪いんだけど、確かめたいの」
「僕の実力を?」
「屍亡者の最期を、よ。あと、さん付けはよして。同い年なんだし、気分も悪いわ…」
二人は緑の道を進む。
「なるほど、確かに多いね。これは森が荒れている証拠だ…」
霊が多い。種類は様々だが、緑祁の故郷近くの森よりも段違いにいる。そしてこれだけ霊がいると、空気も悪い。空気が良くないと、さらに悪い霊が寄り付きやすい。言わばここは、負のスパイラル。
「何故屍亡者がこんな森に出現するようになったのか。それは私も疑問に思うわ。でもそれは、見つければハッキリすること」
言い換えるなら、見つからなければ帰れない。それは緑祁も香恵も承知の上だ。
数十分歩いたが、いない。見なくてもわかる。気配を感じないからだ。
「もうちょっと奥に行こう。ここは少し日が差しているみたいだから」
「わかったわ」
地面は乱れており、香恵は転びそうになった。が、緑祁が彼女を受け止めた。
「危ないよ。ハイヒールで来るのは、ちょっと……ね?」
「……そうみたいね、不覚だわ」
何とかさらに奥へと進む二人。生い茂る草木が日光を遮断し、まだ午後一時頃なのに辺りはもう暗い。
「止まって!」
突然、緑祁が手を伸ばして香恵を制した。
「いる、の?」
「違う……。でも近い。これは…」
指差す先にある物は、クマの死骸だ。若い個体なのか、そこまで大きくはない。そして右前足が不自然に千切れて無くなっている。
「屍亡者の仕業ね。まさか、人間以外にも手を出すなんて…」
「驚きだよ。そういう習性は持ってなかったと思ったから」
大胆にも、緑祁はその死骸に触れた。
(まだ温かい。死んで間もないんだ)
つまり、目標は近くにいるのだ。
「香恵、気をつけ…」
振り向こうとしたその瞬間だ。上から屍亡者が、二人の間に降りて来たのだ。
「きゃあ!」
驚いて悲鳴を上げたのは香恵だ。同時に尻餅をついてしまった。
「香恵!」
すぐに助けに行こうとする緑祁だったが、屍亡者が振り向いて彼のことを睨んだ。
「テ…ヲ…ダ…ス…ナ…」
今、その歪な体は緑祁の方を向いている。目も合ってしまった。
(屍亡者が、僕を認識してる? でも、襲い掛かることは……)
普通ならあり得ない。だがこの個体はその常識から外れていた。なんと、クマの右手で緑祁に襲い掛かったのだ。
「うわっ!」
瞬時に横に飛んでその一撃をかわす。あと数秒反応に遅れていたら、爪で切られていた。
「緑祁……! 早く仕留めて!」
「わかった」
流石に緑祁でも、屍亡者の相手はできる。一番面倒だと思っていたことは、除霊させずに捕獲することだ。だが香恵は、トドメを刺していい、と言った。こうなれば全力でこの世から排除するのみ。
(鬼火は駄目だ。森が燃えてしまう。となると鉄砲水 は?)
緑祁の指先から、多量の水が押し寄せる。これで屍亡者を洗い流してやる作戦だ。
「グ…オ…オ…」
動きの鈍い相手なら、確実に命中する。ただ香恵が側にいることを配慮し、押し流す程度に威力はとどめた。
「大丈夫かい?」
先に、尻餅をついている香恵に手を差し伸べる。
「あ、ありがとう…」
緑祁の手を取って彼女は立ち上がってから、そう言った。そして緑祁の後ろに回った。
「まだアイツは健在だ。これから倒すよ」
水で攻めるのもありだが、ここは旋風も選択肢に加えてみる。ちょちょいと指を振れば風が吹いて、鎌鼬のように屍亡者のことを切り裂いた。
「ブ…ア…ア…ア…」
あとは、カバンから札を出して押し付けるだけだ。それで除霊が完了する。だから緑祁は勝利を確信した。そしてそれが、油断を生んだ。
「グ…ワ…」
腕を自ら千切り、飛ばしてきたのだ。それも子熊から奪った腕だ。
「…っく!」
それを緑祁は左腕に受けた。鋭い爪が皮膚を突き破り深々と刺さっている。避けるには時間的な余裕があったのだが、今彼がここを動けば、香恵にそれが当たる。それは何としても避けなければいけない。
流れ出る血が、足元の雑草を赤く染めた。
(マズい…。このままだと血の匂いを嗅ぎつけて、悪霊が寄ってくる! それよりも先に、屍亡者を除霊しないと!)
もう手段を選んでいる暇はない。正面。緑祁は真っ直ぐ屍亡者に向かって走った。対する相手は、残った腕を振り下ろそうと動かす。
「させないよ!」
それよりも緑祁の方が速かった。屍亡者に札を押し付けると、その存在が一瞬で粉微塵になる。
「ふうう…」
主目標は何とか達成した。
「大丈夫、じゃないわね緑祁…」
「う、うん…。傷の手当てをしないと。救急車来てくれるかな…?」
しかし香恵は緑祁の左腕に突き刺さっている爪を抜いた。
「い、いた……」
当然、血はさっきよりも多く出る。
「刺さってると邪魔よ」
この時、緑祁は何故香恵が、同じ霊能力者でありながら自分から屍亡者の退治に赴こうとしないのかがわかった。
香恵は手のひらで、緑祁の傷口を撫でた。すると傷は瞬く間に塞がっていく。
「癒しの霊能力じゃ、屍亡者には勝てないよね」
「だから緑祁に頼んだのよ」
痛みも引いていく。
「ありがとう。じゃあ、後始末をしないと」
緑祁はそう言って香恵の前に出て、読経した。自分の血のせいで集まって来た悪霊たちを、成仏させるのだ。
「いい感じだわ」
常闇と言われた森が、徐々に明るくなっていく。香恵は白い短パンと紫のタイツについた渇いた土を手で払うと、
「じゃ、帰りましょう。もう用事は済んだわ」
歩き出そうとする。しかし
「待って。香恵、これは……何だろう?」
屍亡者がいた場所に、何か光る物が落ちている。明るくなって初めてその存在に気がついた。
「水晶玉、かな? でもこんなところにどうして?」
「それはわからないわ。でも、持ち帰りましょう」
落とし物を香恵は拾った。それを額に当ててみる。
「感じるわね。何かよからぬ念が込められているのよ」
「となると、それが屍亡者の核だったってことかい?」
鋭い指摘だ。香恵も頷いた。
帰り道で緑祁は香恵にあることを聞いた。
「腕のいい霊能力者が駆り出されている、とある事情って何? 僕にはお呼びがかかってないみたいだけど……」
「それはね、裏切り者の話よ」
「何だって…?」
霊能力者たちの動向に疎い緑祁ですら、これには驚きを隠せない。
「【神代】を裏切る者が出たってこと?」
「そう。一人はもう確保したわ。なんと岐阜県の病院に、患者として潜伏してた。その人物が白状したの。その首謀者の名前を」
誰だか教えてくれるか、と聞くと、
「天王寺修練、って聞いてるわ」
「う~ん、やっぱり知らない名前だな」
この時、緑祁の頭にはどんな人物か、全く思い浮かばなかった。
しかし、この後嫌と言うほど修練と関りを持つことになるのだ。今名前を知ったのは、その始まりに過ぎない。
「とにかく、見つけ次第捕えろ、って言われてるのよ。だから腕利きの霊能力者はみんなそっちに従事してるわ」
「そりゃ、【神代】の命令は従わなきゃだもんね。黒い歴史は僕でも知ってるよ。裏切り者、従わぬ者に命はない。そういうことを繰り返してきたのが神代だ」
ところで、もう一つの疑問が緑祁の頭にはある。
「僕を選んだ理由は? 暇な霊能力者は他にもいるよね? そもそも香恵は青森の人じゃなさそうだし…」
「そうね…。一つは地理的な要因よ。この森の近くにいる霊能力者が、緑祁しかいなかったの。もう一つは、そちらの実力をハッキリさせたかったこと。これは私の意見じゃなくて、【神代】の指示よ。全然活動してない様子だから、生きてるのかどうかをまず確かめてくれって」
「活動してないわけではないよ…」
緑祁はそう返事をした。照明できるものがあるわけではないが、彼は【神代】の目に入らない小さな活動を一応してはいるのだ。それは葬式の手伝いであったり、厄除けの依頼であったりもする。ただ、霊能力者でないとできないようなことではないので、香恵の耳に届いていないだけだ。
「それで、お金をもらうのはちょっとね…。今までも普通のバイト以外で賃金が発生しても、全部両親に送ってる。だから僕の親の方に回してくれないかな?」
「謙虚ね。いいじゃない、そういうところ。気に入ったわ」
そんな会話をしながら歩いていると、二人は森を抜け道路に出た。
その様子を木の上から見ている人物が一人。
「中々やるじゃない。私の用意した屍亡者をこんなにあっさりと。しかもコアまで取られた……」
彼女の名前は、凹谷 蒼 。もちろん修練の部下で、この森に屍亡者を解き放った張本人。
「連絡しておかないとね。で、潰すかどうかは修練次第…」
蒼は木から降りて、反対側の道を進む。
「来てくれたわね」
「引き受けたからには、行かないと」
時刻は正午で、今日は雲一つない青空。しかしここから先の道を外れたところにある森は、夜のように薄暗い。
「ここは、常闇の森よ」
「曰くがあるの? 僕は聞いたことないけど……」
「太陽光が届かない暗黒故に、霊もわんさかいるってこと。そこに、屍亡者が紛れ込んだらしいわ」
この発言に、緑祁は違和感を抱く。
「それ、現れるのは決まって病院って聞くよ? 何かの間違いじゃない?」
「いいえ。見たって話を聞いたわ。それで私が処理にあたることになったのだけど、正直、私はそれほど腕が立つわけじゃないわ」
「で、僕かい?」
「そうよ」
今、【神代】にはとある通達が出されている。そのせいで、実力者は駆り出されているのだ。だから香恵はこの案件、緑祁に任せようと判断したのである。
「では出発よ」
「香恵さんも行くのかい? ここで待っていればいいじゃないか」
「緑祁の腕を疑うようで悪いんだけど、確かめたいの」
「僕の実力を?」
「屍亡者の最期を、よ。あと、さん付けはよして。同い年なんだし、気分も悪いわ…」
二人は緑の道を進む。
「なるほど、確かに多いね。これは森が荒れている証拠だ…」
霊が多い。種類は様々だが、緑祁の故郷近くの森よりも段違いにいる。そしてこれだけ霊がいると、空気も悪い。空気が良くないと、さらに悪い霊が寄り付きやすい。言わばここは、負のスパイラル。
「何故屍亡者がこんな森に出現するようになったのか。それは私も疑問に思うわ。でもそれは、見つければハッキリすること」
言い換えるなら、見つからなければ帰れない。それは緑祁も香恵も承知の上だ。
数十分歩いたが、いない。見なくてもわかる。気配を感じないからだ。
「もうちょっと奥に行こう。ここは少し日が差しているみたいだから」
「わかったわ」
地面は乱れており、香恵は転びそうになった。が、緑祁が彼女を受け止めた。
「危ないよ。ハイヒールで来るのは、ちょっと……ね?」
「……そうみたいね、不覚だわ」
何とかさらに奥へと進む二人。生い茂る草木が日光を遮断し、まだ午後一時頃なのに辺りはもう暗い。
「止まって!」
突然、緑祁が手を伸ばして香恵を制した。
「いる、の?」
「違う……。でも近い。これは…」
指差す先にある物は、クマの死骸だ。若い個体なのか、そこまで大きくはない。そして右前足が不自然に千切れて無くなっている。
「屍亡者の仕業ね。まさか、人間以外にも手を出すなんて…」
「驚きだよ。そういう習性は持ってなかったと思ったから」
大胆にも、緑祁はその死骸に触れた。
(まだ温かい。死んで間もないんだ)
つまり、目標は近くにいるのだ。
「香恵、気をつけ…」
振り向こうとしたその瞬間だ。上から屍亡者が、二人の間に降りて来たのだ。
「きゃあ!」
驚いて悲鳴を上げたのは香恵だ。同時に尻餅をついてしまった。
「香恵!」
すぐに助けに行こうとする緑祁だったが、屍亡者が振り向いて彼のことを睨んだ。
「テ…ヲ…ダ…ス…ナ…」
今、その歪な体は緑祁の方を向いている。目も合ってしまった。
(屍亡者が、僕を認識してる? でも、襲い掛かることは……)
普通ならあり得ない。だがこの個体はその常識から外れていた。なんと、クマの右手で緑祁に襲い掛かったのだ。
「うわっ!」
瞬時に横に飛んでその一撃をかわす。あと数秒反応に遅れていたら、爪で切られていた。
「緑祁……! 早く仕留めて!」
「わかった」
流石に緑祁でも、屍亡者の相手はできる。一番面倒だと思っていたことは、除霊させずに捕獲することだ。だが香恵は、トドメを刺していい、と言った。こうなれば全力でこの世から排除するのみ。
(鬼火は駄目だ。森が燃えてしまう。となると
緑祁の指先から、多量の水が押し寄せる。これで屍亡者を洗い流してやる作戦だ。
「グ…オ…オ…」
動きの鈍い相手なら、確実に命中する。ただ香恵が側にいることを配慮し、押し流す程度に威力はとどめた。
「大丈夫かい?」
先に、尻餅をついている香恵に手を差し伸べる。
「あ、ありがとう…」
緑祁の手を取って彼女は立ち上がってから、そう言った。そして緑祁の後ろに回った。
「まだアイツは健在だ。これから倒すよ」
水で攻めるのもありだが、ここは旋風も選択肢に加えてみる。ちょちょいと指を振れば風が吹いて、鎌鼬のように屍亡者のことを切り裂いた。
「ブ…ア…ア…ア…」
あとは、カバンから札を出して押し付けるだけだ。それで除霊が完了する。だから緑祁は勝利を確信した。そしてそれが、油断を生んだ。
「グ…ワ…」
腕を自ら千切り、飛ばしてきたのだ。それも子熊から奪った腕だ。
「…っく!」
それを緑祁は左腕に受けた。鋭い爪が皮膚を突き破り深々と刺さっている。避けるには時間的な余裕があったのだが、今彼がここを動けば、香恵にそれが当たる。それは何としても避けなければいけない。
流れ出る血が、足元の雑草を赤く染めた。
(マズい…。このままだと血の匂いを嗅ぎつけて、悪霊が寄ってくる! それよりも先に、屍亡者を除霊しないと!)
もう手段を選んでいる暇はない。正面。緑祁は真っ直ぐ屍亡者に向かって走った。対する相手は、残った腕を振り下ろそうと動かす。
「させないよ!」
それよりも緑祁の方が速かった。屍亡者に札を押し付けると、その存在が一瞬で粉微塵になる。
「ふうう…」
主目標は何とか達成した。
「大丈夫、じゃないわね緑祁…」
「う、うん…。傷の手当てをしないと。救急車来てくれるかな…?」
しかし香恵は緑祁の左腕に突き刺さっている爪を抜いた。
「い、いた……」
当然、血はさっきよりも多く出る。
「刺さってると邪魔よ」
この時、緑祁は何故香恵が、同じ霊能力者でありながら自分から屍亡者の退治に赴こうとしないのかがわかった。
香恵は手のひらで、緑祁の傷口を撫でた。すると傷は瞬く間に塞がっていく。
「癒しの霊能力じゃ、屍亡者には勝てないよね」
「だから緑祁に頼んだのよ」
痛みも引いていく。
「ありがとう。じゃあ、後始末をしないと」
緑祁はそう言って香恵の前に出て、読経した。自分の血のせいで集まって来た悪霊たちを、成仏させるのだ。
「いい感じだわ」
常闇と言われた森が、徐々に明るくなっていく。香恵は白い短パンと紫のタイツについた渇いた土を手で払うと、
「じゃ、帰りましょう。もう用事は済んだわ」
歩き出そうとする。しかし
「待って。香恵、これは……何だろう?」
屍亡者がいた場所に、何か光る物が落ちている。明るくなって初めてその存在に気がついた。
「水晶玉、かな? でもこんなところにどうして?」
「それはわからないわ。でも、持ち帰りましょう」
落とし物を香恵は拾った。それを額に当ててみる。
「感じるわね。何かよからぬ念が込められているのよ」
「となると、それが屍亡者の核だったってことかい?」
鋭い指摘だ。香恵も頷いた。
帰り道で緑祁は香恵にあることを聞いた。
「腕のいい霊能力者が駆り出されている、とある事情って何? 僕にはお呼びがかかってないみたいだけど……」
「それはね、裏切り者の話よ」
「何だって…?」
霊能力者たちの動向に疎い緑祁ですら、これには驚きを隠せない。
「【神代】を裏切る者が出たってこと?」
「そう。一人はもう確保したわ。なんと岐阜県の病院に、患者として潜伏してた。その人物が白状したの。その首謀者の名前を」
誰だか教えてくれるか、と聞くと、
「天王寺修練、って聞いてるわ」
「う~ん、やっぱり知らない名前だな」
この時、緑祁の頭にはどんな人物か、全く思い浮かばなかった。
しかし、この後嫌と言うほど修練と関りを持つことになるのだ。今名前を知ったのは、その始まりに過ぎない。
「とにかく、見つけ次第捕えろ、って言われてるのよ。だから腕利きの霊能力者はみんなそっちに従事してるわ」
「そりゃ、【神代】の命令は従わなきゃだもんね。黒い歴史は僕でも知ってるよ。裏切り者、従わぬ者に命はない。そういうことを繰り返してきたのが神代だ」
ところで、もう一つの疑問が緑祁の頭にはある。
「僕を選んだ理由は? 暇な霊能力者は他にもいるよね? そもそも香恵は青森の人じゃなさそうだし…」
「そうね…。一つは地理的な要因よ。この森の近くにいる霊能力者が、緑祁しかいなかったの。もう一つは、そちらの実力をハッキリさせたかったこと。これは私の意見じゃなくて、【神代】の指示よ。全然活動してない様子だから、生きてるのかどうかをまず確かめてくれって」
「活動してないわけではないよ…」
緑祁はそう返事をした。照明できるものがあるわけではないが、彼は【神代】の目に入らない小さな活動を一応してはいるのだ。それは葬式の手伝いであったり、厄除けの依頼であったりもする。ただ、霊能力者でないとできないようなことではないので、香恵の耳に届いていないだけだ。
「それで、お金をもらうのはちょっとね…。今までも普通のバイト以外で賃金が発生しても、全部両親に送ってる。だから僕の親の方に回してくれないかな?」
「謙虚ね。いいじゃない、そういうところ。気に入ったわ」
そんな会話をしながら歩いていると、二人は森を抜け道路に出た。
その様子を木の上から見ている人物が一人。
「中々やるじゃない。私の用意した屍亡者をこんなにあっさりと。しかもコアまで取られた……」
彼女の名前は、
「連絡しておかないとね。で、潰すかどうかは修練次第…」
蒼は木から降りて、反対側の道を進む。