第9話 月輪の精神 その2

文字数 3,693文字

「どうする、緑祁?」

 辻神はここで挑発を入れる。

「おまえはさっき、過去を抜け出せば明日を掴めるとか何とか言っていたな? それは、私の先祖のことをまるで考えない発言だった。でも状況が変わった。今のおまえには、私を倒す理由が十分にある」

 それは、復讐だと彼は指摘する。

「式神をこんな目に遭わせた人物を許せるわけがない。だからおまえは復讐心に駆られ、私と戦うはずだ。違うか?」
「………」

 確かに緑祁の心の中には、彼女たちが受けた傷を辻神に与えてやりたいという気持ちがないわけではない。

「だがな緑祁! その式神たちのことを振り返るというのならそれは、おまえ自身に矛盾が生じるぞ? おまえにとって過去にこだわるは馬鹿げていることじゃないのか? 式神を倒されたから私に復讐する、では……完全に過去に囚われた状態ではないか」

 鋭い指摘が緑祁の心に刺さった。

「それでも僕は、辻神! そっちと戦う!」
「やはり復讐か」
「いいや、違うよ! 止めるためだ!」

 しかしその突き刺さった言葉を緑祁は抜いた。

「復讐が目的じゃない。僕は未来を掴んで欲しいんだ、辻神たちに! だから戦う! 同じ人間なんだ、必ずわかり合えるはずなんだ!」

 これ以上会話をしていても意味はないと辻神も悟る。だから、

「いいだろう。おまえの言葉と行動で、その未来とやらを掴んでみろ!」

 と言った。

「それは違うよ」

 異議を唱える緑祁。

「未来を掴むのは、辻神! そっちたちだ! 僕はその助け舟をするんだ!」

 これは、緑祁のための戦いではない。[ライトニング]と[ダークネス]のためでもない。

 辻神と山姫と彭侯のためのバトルなのだ。彼ら三人のために、緑祁は戦うのである。


 緑祁はまず辻神から距離を取った。

(さっきの風神雷神……。まともにくらえば十分にあの世に逝ける威力だ……)

 さっき使用された電池は地面に落ちた。だから辻神がもう一度旋風を起こせば、また発動することが可能となるのだ。

(でも、臆しちゃ駄目だ! その程度の弱腰じゃ、紫電に笑われるぞ! ここは勇気を振り絞って、前に出るんだ!)

 だが同時に、風が起きなければ風神雷神が彼を襲うことはない。ならば先に……辻神の起こす旋風よりも速く動いて、彼を叩く。それが一番手っ取り早い。しかし忘れてはいけないのが、辻神の他の霊障だ。

(また蜃気楼を使う可能性だってある。油断は禁物だ。それに電霊放! もうアース線はない、これ以上体で受けるのは辛い……)

 考えれば考えるほど、自分が劣勢になっているのに気づかされる。普通の人ならこの時点で勝負を投げ出すだろう。

(それをしない。緑祁のこの、勝負にかける情熱と想いだけは本物だな。トラウマから抜け出せただけでは説明ができない。きっと何か……あったということか!)

 辻神はその点を、純粋に心の中で褒めた。

(だが、負けてやる理由にはならない。悪いが勝たせてもらうぞ、緑祁!)

 勝負を諦めないのは辻神も同じ。ここで逃げ出せば、無念を抱いて死んでいった先祖たちに顔向けができないのだ。何のために彼は、【神代】によって貼られた裏切り者のレッテルを今日まで受け継いだのか? それは自分の代でその悔しい思いにピリオドを打つためだ。
 緑祁は旋風をまず起こした。電霊放に干渉されないのなら、これしかない。だが辻神も同じ霊障を使え、しかも威力が彼の方が高いようだ。緑祁の起こした風は、瞬く間もなくかき消されてしまった。

「…!」

 これはマズい。

「緑祁! 今のを見てわかったはずだ! おまえは私には勝てない。おまえ程度の旋風では、私の風を貫くことは不可能」

 それはつまり、辻神の風神雷神は止めようがないのである。

「しかも! おまえに残された霊障は二つ。一つは鉄砲水だが、私の電霊放なら簡単に撃ち落とせる。そして鬼火では電撃には勝てない」

 さらに残された選択肢も、腐る。
 辻神の言葉によって浮き彫りにされる、敗北の未来。

「これでも諦めないと? 悪あがきと何が違う?」

 それだけではない。辻神には蜃気楼がある。

「全然、違うんだよそれは」

 しかし緑祁は彼の言葉を否定した。

「屁理屈を並べるつもりか?」
「そうじゃないんだ。諦めることは、自分の可能性に蓋をしてしまう悲しいこと! 自分の歩める未来を潰してしまい、道を折り曲げてしまうこと! それをしなければ、僕は絶対に辻神に勝てる!」

 宣言すると同時に、火災旋風と台風を緑祁は繰り出した。

「霊障の合わせ技を二つ、か。だがな緑祁、それでは意味がないことは、おまえが一番わかっているはずだ。あの式神たちと同じようになりたいのか?」
「[ライトニング]と[ダークネス]の負傷は無駄じゃないさ! 彼女たちは僕に、あることを教えてくれたんだ」
「私には勝てないことだろう?」
「風神雷神の存在だ! それが辻神、そっちの切り札。それさえ攻略すれば、僕に勝機がある!」

 できるわけがない、と辻神は笑う。

「できていたら、そんな手は打たないだろう? もう一度見せてやろう……風神雷神を!」

 辻神を中心に、風が渦巻いた。それは地面に転がっていた電池を持ち上げ、その電池が黄色い稲妻を放電しながら宙を舞う。

「っ……!」

 緑祁は離れていたから、直撃はしなかった。けれどもさっき生み出した火災旋風と台風は、風神雷神に飲み込まれて消された。

「これは、どうだ!」

 それでもめげずに鬼火を使ってみる。しかしやはり電霊放との相性は最悪であり、少し触れただけで消滅した。

「どうだ緑祁? これでも勝負を諦めるつもりがない、と?」

 辻神には、今の緑祁の心境が全くわからない。

(私とおまえの力の差は歴然のはずだ。なのにどうして、諦めない? 逃げない? 戦う? この男の心を支えているものは、何だ? 何故私の風神雷神では、折ることができないのだ?)

 操れる三つの霊障は、自分には通じない。それがわかったのなら、もう敗北は避けられないはず。にもかかわらず、緑祁の目は死んでいない。輝きを失っていない。諦めていない。辻神を倒し……そして過去から救うつもりなのだ。

「呆れて笑うことすら起きないな……。おまえ」

 それは緑祁がまた、火災旋風と台風を出したからだ。

「それではさっきと同じ。そしてその二つでは私には、勝てない。少しは学習したらどうだ?」
「どうかな?」

 と、緑祁は返した。

(芸がない奴め! ならもう終わりにしてやる!)

 まず辻神はドライバーの先端を緑祁に向けた。電霊放を撃つのだ。

(さっきから緑祁には何故か通じづらい。だが今度はどうだ?)

 放たれた電霊放。

「うわ!」

 緑祁はその軌道を見切り、避けた。だが安心するのは早かった。辻神の電霊放は曲がる。だから避けたと思ったその横腹に直撃。

「ぐ、ぶわああああ!」

 全身を電撃による痺れが襲う。

(効いているな? ならばよし)

 電霊放でも十分だった。だが辻神は、

「おまえを打ち砕くのには、私の霊障の合わせ技……風神雷神が相応しい! ここまでだ、緑祁! その火災旋風と台風ごと、おまえの心を葬り去ってやる!」

 両手を挙げる。すると風が電池を運び、また電撃の網目が出来上がる。電池が風に乗って浮いているので、それが動く。

「終わりだ! くらえ、風神雷神っ!」

 挙げた手を前に伸ばし、風向きを変えた。風神雷神が緑祁に襲い掛かる。

(これだ! この瞬間を僕は待っていた!)

 緑祁は、知っていた。自分の霊障では辻神を倒せないであろうことを。ではどうするか? 答えは簡単だ。

(紫電との競戦の時のように! 電霊放はとても強力だ、それこそ僕だって欲しいぐらいに! でもそれが、そのまま弱点なんだ。僕の方から利用する!)

 ここで緑祁は風神雷神が襲い掛かる前に、火災旋風と台風を合体させた。

「見せてやる! 鬼火と鉄砲水の合わせ技!」

 水蒸気爆発だ。それを起こすために、あえてまた火災旋風と台風を出していたのだ。
 水も炎も十分な量であり、爆風が緑祁の前で起きた。

「な、何……! 何だこれは…!」

 驚きを隠せない辻神。凄まじい量の白い水蒸気が周囲に爆発的に広がり、彼の視界を遮った。

「蜃気楼の真似事か! だがこんなことで私が負け………」

 その時、彼は感じた。空気の流れだ。緑祁に向けたはずの旋風だったが、何故が今は自分の方に向かって吹いている。

(これは……! 風が、向きを変えた?)

 それに気を取られた辻神。この一瞬が、勝負を分けた。
 煙を貫いて辻神に迫って来たものがある。それは、電池だ。電霊放を四方八方に放ちながら浮遊していた電池が、水蒸気爆発の爆風に押し負けて彼の方に吹っ飛んできたのである。

「し、しま……っ…!」

 気づいた時には遅い。遠隔で操作している分、すぐに解くことはできない。
 風神雷神が、主である辻神に命中したのだ。

「ぎょおおおおおおおおお!」

 式神を半壊させるぐらいの威力なのだ。まともにくらえば辻神であっても、ひとたまりもない。しかも飛んできた電池は一つや二つではないのだ。

「き、決まった……!」

 見事なカウンターである。煙が晴れた時、辻神の体は地面に崩れていた。
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