第8話 真実の光

文字数 2,894文字

「ええ、高師さんが……!」

 午前中に仕事をこなし、昼を食べるために戻って来た緑祁に香恵がその情報を教えた。すると彼は二つの意味で驚いたのだ。

 一つは、純粋に高師が殺されたこと。骸と雛臥ですら、ヤイバを止めることができなかったのだ。
 そしてもう一つ。これは、罪の告白である。文与が見せたあの態度から、緑祁は彼らの方から情報を教えてくれることは絶対にないだろうと思っていた。しかし音声データの声は高師のもので、嘘を言っているようには思えない。

「……この情報に、皐がヤイバの持っていた式神を欲した、って加えれば……理由付けがちゃんとできるわ」

 香恵の推測はこうだ。


 八年前に出会った、ヤイバと皐たち。ヤイバはその仲間の中で唯一式神を持っていた。それが特別なチカラを持っていたのか、それとも純粋に強力だったのか、はたまた霊能力者でも式神を作れることをしていなかったのかは不明だが、皐は彼の式神が欲しかった。だが、ヤイバがそう簡単に譲るわけがない。
 そこで皐は謀った。仲間である霜子に、破壊工作を行わせた。文与に虚偽の証言をさせた。それらを基に高師に書類をでっち上げさせた。その書類を、神奈が精査せずに【神代】に、事実として通した。
【神代】はこのことを受け、ヤイバを拘束する。そしてその式神を没収。慰謝料代わりに皐に渡してしまう。


「………点と点で、線ができちゃったね。多分この通りだと思うよ」

 この、皐たちの罪。当人たちは当時、何を思ったのだろうか? 皐が正しいと感じたのか。脅されたのか。騙されたのか。今となっては皐に協力してしまった人は誰も生き残っていないので不明だが、罪の意識に苛まれていたと信じたい。

「そうじゃないと、まともな人間とは言えないわ。にしても皐、ずる賢い女ね……」

 彼女の行ったことは、周りの人間を焚きつけたことだけ。だから彼女自身が工作をしたり、実際に動いたりしたわけではない。だから白を切ろうと思えば、切り続けられる。

「アタシはそんなこと言ってない」

 と、【神代】に尋問されても答えるだろう。そして証拠がないので、頷くしかない。仮に誰かが罪に耐え切れずに告白しても、その人は何かしら悪事をしてしまっているので罰せられるだろうが、皐だけにはダメージが入らないのである。

「そして一番怖いのは、僕の周りで同じことが起きようとしている点だよ……」

 緑祁が一番恐れていること。それは過去の再来だ。

「大丈夫よ。私が緑祁の無実を主張しておくわ」

 だが彼には、ヤイバにはなかったものがある。それは味方だ。香恵は絶対に緑祁を裏切らないから、少なくとも皐の言い分が一方的に通ることはない。

「ちょおいと失礼するぜ!」

 このタイミングで、範造と雛菊が緑祁たちの部屋に入って来た。

「……ノックぐらいしてよ?」
「したけど、ハンノウがなかった。それぐらい、ハナシにムチュウだったんじゃない?」

 彼らも会議に加わる。もちろん貴重な情報を持って。範造は当時ヤイバたちの周りにいた人に話を聞いた。雛菊は【神代】で、事件の捜査を担当した人に話を伺った。

「でも、できない。それはフカノウ」
「どういう意味?」
「シんでる。タントウシャはもう、このヨにいない」

 それは、当時既にご高齢だった者が捜査したのではない。

「そもそも【神代】はジケンについて、ソウサしてない。佐倉神奈というジンブツが、自分が現場検証をした、ってイってるけど、そんなコンセキどこにもない」

 神奈が書類を通したというのは、そういう意味だ。【神代】に、詳しい調査をさせなかったのである。

「理由はもちろん、詳しく…いいや大雑把に調べても嘘がバレるからだよね?」

 これに頷く雛菊。一応彼女は【神代】の捜査係や監視役にも聞いてみたのだが、

「みんな、事実と確認が取れたと聞いた、としか。つまりはダレも、ジッサイにシラべたわけじゃない」

 記憶にないという感じではなく、していないという風に曖昧な返事だったのでそう確信した。

「俺は当時、同じ大学にいたっていうヤツらから話を聞いてみたぜ」

 範造はメモ帳を開き、取材した内容について説明する。

「まずはヤイバの人物像だが、みんな一貫して、秋から大学に来なくなった、と。次の年には名簿から名前が消えた、とも。それぐらい突然いなくなったわけだが、どういうわけかヤイバの周りにはアイツを悪くいうヤツは全然いねえ」

 事実、範造が一番驚いたのが、ヤイバは中学高校の六年間、ボランティア活動に精を出していたことである。また遅刻欠席もしたことがなく、模範的な優等生だったと当時の担任から聞いた。悪事を働くような人間には見えないと、誰もが口をそろえて言うのだった。

「でも人間、本当の自分は誰にも見せたくないものだ。だから実は、ヤイバも陰に隠れて何かしていたんじゃあねえかと思い、調べてみた。んだがよ、これがちっとも出てこねえ。巧みに隠されたわけじゃあねえ、被害者がいねえんだ」

 八年前に提出された、高師が偽造した報告書には、自動車や電信柱の破壊の他に窃盗や暴力など傷つく者がいるはずの悪事があった。でもその被害に実際に遭った人物は、探しても誰も出てこない。唯一名前があったのは、皐だけ。

「でも、皐が嘘を言っているのではなかというのはこの前香恵から聞いた。だからコイツを除外すると……なんと、被害者ゼロ! これじゃあいくら頑張っても見つからねえわけだ」

 ここまでくると、皐の言い分には無理がある。

「もう決まりだな! 皇の奴らの力は借りたくはなかったが、仕方あるまい!」

 範造が判断を下す。

「【神代】に報告だ。重要参考人……深山ヤイバ、日影皐! この二名をただちに確保せよ!」


 その知らせは、紫電の脳を揺さぶった。

(日影皐……って、ああ? 今俺の目の前にいる奴だろう? な、何で、一連の事件の参考人に? 寧ろコイツは、被害者じゃねえのか?)

 信じられないというのが、彼の感想である。
 確かめる術はある。

「これ、どういうことだ?」

 皐に聞けばいいだけなのだ。だがそれをすると、マズいことが起きそう。彼は本能で察した。

(この女は、関わり合いを持たない方がいい! 一緒にいる俺まで悪者扱いは御免だぜ…)

 だから、

「皐、喉渇かねえか? 俺はちょっとトイレ済ませるためにコンビニ行きたいから、何か注文があれば買ってくるぜ?」
「気が利くじゃん。じゃあ、飲み物で一番値段が高いの買って来て」

 紫電はワケを作ってコンビニの中に消えた。そのまま皐の下には戻らなかった。

(あ、怪しまれずにバックレることができたぜ! ふ、フウ…)

 従業員に説明し何とか裏口から店内を飛び出したのだ。


「これで、良かったんだよな?」

 だが、責任感を抱いた。
 もしも皐が本当に重要な人物……何かしらの情報を握っているのなら、有無を言わせず【神代】に連行するべきだったはず。しなかったのは、自分が怖かったから。

「いいや、俺は臆病なんかじゃねえ!」

 来た道を戻る。捕まえるのだ、彼女を。
 しかし、待たせた場所には既に皐の姿がない。

「逃がさねえぜ……! 俺の手で【神代】に突き出してやる!」
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