第7話 零氷の故郷 その1
文字数 3,170文字
ディスはスマートフォンの画面を立ち上げ、メッセージアプリを起動。そこには、
「ゼブの救出はどうするの?」
と疑問が投げられていた。
「これ以上、労力を割けない。二人には悪いが、救い出すのは後回しだ」
非常に厳しい態度だが、そうするしかない。ディス本人としては今すぐにでも助け出したい気分なのだが、今の彼には上司としての態度が求められているのだ。
「ガガ! お前は四国で待機。ザビも九州で待っていろ」
この二人は、いざという時のために温存しておきたい。
「ジオ、お前の方はどうだ?」
残る一人に指示を出す。
「いつでも大丈夫でちよ?」
「そうか。なら行動に出てくれ」
「了解でち! 対象は……陸奥神社で、いいんでちよね?」
「ああそうだ。シデン・コイワイの故郷で霊能力者の間では影響力が強い神社らしいじゃんか。今シデンは呉にいる。故郷を守れなくて悔しいに決まっている」
この時ディスは、紫電のことを警戒し始めている。既に仲間が二人も負けたので無理もない。そんな相手に悔しい思いをさせてやろうという魂胆なのだ。
「見てろシデン! お前たち【神代】がどれだけ無力か、わからせてやるぞ? 言っておくが今頃交渉して穏便に済まそうとしても遅い! そっちから売った喧嘩だ、もう買ったんだぞ【UON】は!」
「では情報を教えてもらうか。次の刺客は誰になる? どんな霊障を持っている?」
「次?」
ギルとゼブは頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。
「次なんて、ないねぇ」
「は?」
曰く、二人の救出作戦は計画されていないらしいのだ。それどころか、
「仲間は今、青森にいるよ。確か八戸周辺じゃなかったっけぇ?」
「オレッチに聞くなよ、ゼブ! こっちからは何も聞けないんだから!」
「待て!」
ここで紫電、会話の中に見られた違和感を突いた。
「何も聞けない? 通信機は没収したはずだが?」
「ギクッ!」
ここでようやく二人は白状した。実は盗聴器を隠し持っていたことを。すかさずそれを雪女は没収し、
「盗み聞きなんて褒められる趣味じゃないね?」
と言ってから雪の氷柱で壊す。これでこちらの情報が漏れる心配はない。
「しかしそこで話は終わらねえぞ、二人とも。八戸が何だって?」
「ああ、確か……陸奥神社 を攻撃するんだっけかなぁ?」
「な、にぃ!」
これに驚く紫電。
「どうかしたの?」
雪女が聞くと、
「俺の故郷の、神社だ。八戸周辺の霊能力者の、心の拠り所……」
そこが攻撃対象になっているというのである。
雪女はタブレット端末で検索し、
「でもそこ、彩羽姉妹が防衛担当になってるよ。ちゃんと守られてるじゃん?」
そんなことでは紫電の変わった血相が治まらない。
「答えろ、ゼブ! 誰が来るって言うんだ!」
彼女の肩を掴んで揺さぶる。
「ユルユルユル……」
「それがコードネームか?」
当然、違う。
「何を知っている、ギル! 答えろ!」
段々と口調と態度が荒々しくなる。それを見て雪女は氷の氷柱を紫電の首の後ろに当てた。
「ひえぇ!」
「冷静になって、紫電。そんな怒りのこもった尋問じゃ、誰も心を開いてはくれないよ」
だが、冷静になれない理由がある。
「故郷の大切な場所が攻撃されるかもしれねえってのに、落ち着いていられるか!」
彼は今すぐにでも出発して防衛に行きたい気分だ。
でも、
「それは、いけない熱だよ」
雪女はその思いを咎める。
「無意味に熱くなってはあっちの思うつぼ。ここは冷静に、彩羽姉妹のことを信じよう」
「できるか! 俺だけでも行く!」
「いい加減にして」
雪女は怒鳴った。
「………」
その声に驚いている紫電。
「みんな、故郷が恋しいのは同じだよ。でも紫電、今のきみはその思いが強すぎて周りを見れてない」
「周り……?」
今の彼には、任務がある。それはこの海神寺を守り抜くこと。その肝心の紫電が任務をすっぽかして故郷に戻る? 許されるわけがない。
「だから、私たちはここに残って【UON】と戦う。わかった? 紫電がいないと多分ここを襲う相手には勝てないの」
「わかってるぜ。だがよ……」
しかし紫電もしぶとい。故郷のことを思えば当たり前か。
痺れを切らした雪女はあることを彼に提案した。
「じゃあ、私が行ってくる」
「え?」
それは、紫電の代わりに自分が八戸に戻って戦うというもの。
「な? 意味わかんねえぞそれ! どうして雪女、お前が……?」
「私にだって、八戸を守りたい理由はあるよ」
その真っ直ぐな瞳を見て、紫電は思った。
(雪女になら、任せてもいいか。信頼できるんだ、雪女は)
ならばいっそのこと、好きにさせようと。
次の日に一度二人で広島の空港に行き、紫電が飛行機のチケットを買って雪女に与えた。
「これで三沢空港まで行ける。実家には電話で迎えに来させるから、車で陸奥神社に行くんだ。そんで帰りは俺がチケットを買った時を真似て帰って来い」
雪女の前で一度、成田行きの便を購入している。それと同じ手順を踏めば、素人の雪女でも一人で飛行機には乗れる、と説明。
「任せて」
全てを託し、彼女を故郷である八戸に送り出した。紫電はすぐに呉に戻ってあるかもしれない敵襲に備えるのだ。
「今日も来ないね」
「そうだね」
彩羽姉妹は陸奥神社の本殿で、団子を食べていた。【UON】が最初に攻め込んだと聞いた時から今まで、誰もここを襲ってこないのだ。このまま何もないのが一番いいのだが、
「今日はあるかもね」
「そうだね」
そうはいかないと感じている。
翡翠の霊障は礫岩であり、だから彼女は地面を伝わる霊感が読める。危険そうな人物は誰も近づいていない。
「ないかもしれないね」
「そうだね」
このまま今夜が終わればいいと二人は思っていた。
この二人とは違い、【UON】にはちょっと焦りがあった。
「【神代】には結構やる霊能力者がいる」
戦果は全然上がっていない。果敢に攻める【UON】であったが、返り討ちに遭うことも少なくなかった。少数精鋭と言えば聞こえはいいかもしれないがそもそも派遣されたチームの絶対数が少なく、これで日本全土を攻撃し尽くすのは不可能に近い。
だから、【UON】は不要な戦闘を避けて早い段階で強さを見せつけて【神代】を屈服させる必要があった。
しかしその戦略にも綻びが見え始めていた。狙い通りの戦果を全く得られていないのである。
「ボクチンのチーム、ギルとゼブが捕まってしまったでちか……」
ディスが率いるチームは他の七つのチームとは違い、団体行動を選ばずに単独で各地に散らばった。当初これは悪手だと思われていたのだが、
「富山の三色神社を攻めた総勢二十人のチームが、一晩で壊滅。次の朝にはオーストラリアに逃げた」
というような一気に起きる全滅の危険性を軽減できている。それでも仲間は捕まったので、成功とは言い難い。
「正直、マスター・ハイフーンはどうやって収拾つけるつもりなのか? ワタシも疑問だ。だが今は作戦通り、動け! ジオ、目の前の陸奥神社を攻撃しろ!」
それでも【神代】を倒している人たちも少なからずいる。塵も積もれば山となるだろう、今はそれを【神代】に突きつけて、交渉のテーブルに引きずり下ろすしかないのだ。
「任せるでち! 敗戦国民には負けないでちよ?」
ジオ・フリーデルは元気よく返事をした。
「頼んだぞ!」
そして夜道を堂々と歩いて目的地へ向かう。
「あっ!」
それに翡翠が気づいた。
「来たの?」
「そうだね」
珊瑚と共に靴を履いて外に出た。
「あっちに、いる」
その指差す先に、ジオがいる。
「おやおや、こんばんは! こんな夜遅くに外出歩いてるのは危ないでちよ?」
この、猫なで声で話しているのが彼だ。趣味でハムスターを大量に飼育しており、その影響だと本人は言う。
「【UON】、ですね?」
「正解でち!」
ならば話は早い。三人は戦闘態勢に突入。
「ゼブの救出はどうするの?」
と疑問が投げられていた。
「これ以上、労力を割けない。二人には悪いが、救い出すのは後回しだ」
非常に厳しい態度だが、そうするしかない。ディス本人としては今すぐにでも助け出したい気分なのだが、今の彼には上司としての態度が求められているのだ。
「ガガ! お前は四国で待機。ザビも九州で待っていろ」
この二人は、いざという時のために温存しておきたい。
「ジオ、お前の方はどうだ?」
残る一人に指示を出す。
「いつでも大丈夫でちよ?」
「そうか。なら行動に出てくれ」
「了解でち! 対象は……陸奥神社で、いいんでちよね?」
「ああそうだ。シデン・コイワイの故郷で霊能力者の間では影響力が強い神社らしいじゃんか。今シデンは呉にいる。故郷を守れなくて悔しいに決まっている」
この時ディスは、紫電のことを警戒し始めている。既に仲間が二人も負けたので無理もない。そんな相手に悔しい思いをさせてやろうという魂胆なのだ。
「見てろシデン! お前たち【神代】がどれだけ無力か、わからせてやるぞ? 言っておくが今頃交渉して穏便に済まそうとしても遅い! そっちから売った喧嘩だ、もう買ったんだぞ【UON】は!」
「では情報を教えてもらうか。次の刺客は誰になる? どんな霊障を持っている?」
「次?」
ギルとゼブは頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。
「次なんて、ないねぇ」
「は?」
曰く、二人の救出作戦は計画されていないらしいのだ。それどころか、
「仲間は今、青森にいるよ。確か八戸周辺じゃなかったっけぇ?」
「オレッチに聞くなよ、ゼブ! こっちからは何も聞けないんだから!」
「待て!」
ここで紫電、会話の中に見られた違和感を突いた。
「何も聞けない? 通信機は没収したはずだが?」
「ギクッ!」
ここでようやく二人は白状した。実は盗聴器を隠し持っていたことを。すかさずそれを雪女は没収し、
「盗み聞きなんて褒められる趣味じゃないね?」
と言ってから雪の氷柱で壊す。これでこちらの情報が漏れる心配はない。
「しかしそこで話は終わらねえぞ、二人とも。八戸が何だって?」
「ああ、確か……
「な、にぃ!」
これに驚く紫電。
「どうかしたの?」
雪女が聞くと、
「俺の故郷の、神社だ。八戸周辺の霊能力者の、心の拠り所……」
そこが攻撃対象になっているというのである。
雪女はタブレット端末で検索し、
「でもそこ、彩羽姉妹が防衛担当になってるよ。ちゃんと守られてるじゃん?」
そんなことでは紫電の変わった血相が治まらない。
「答えろ、ゼブ! 誰が来るって言うんだ!」
彼女の肩を掴んで揺さぶる。
「ユルユルユル……」
「それがコードネームか?」
当然、違う。
「何を知っている、ギル! 答えろ!」
段々と口調と態度が荒々しくなる。それを見て雪女は氷の氷柱を紫電の首の後ろに当てた。
「ひえぇ!」
「冷静になって、紫電。そんな怒りのこもった尋問じゃ、誰も心を開いてはくれないよ」
だが、冷静になれない理由がある。
「故郷の大切な場所が攻撃されるかもしれねえってのに、落ち着いていられるか!」
彼は今すぐにでも出発して防衛に行きたい気分だ。
でも、
「それは、いけない熱だよ」
雪女はその思いを咎める。
「無意味に熱くなってはあっちの思うつぼ。ここは冷静に、彩羽姉妹のことを信じよう」
「できるか! 俺だけでも行く!」
「いい加減にして」
雪女は怒鳴った。
「………」
その声に驚いている紫電。
「みんな、故郷が恋しいのは同じだよ。でも紫電、今のきみはその思いが強すぎて周りを見れてない」
「周り……?」
今の彼には、任務がある。それはこの海神寺を守り抜くこと。その肝心の紫電が任務をすっぽかして故郷に戻る? 許されるわけがない。
「だから、私たちはここに残って【UON】と戦う。わかった? 紫電がいないと多分ここを襲う相手には勝てないの」
「わかってるぜ。だがよ……」
しかし紫電もしぶとい。故郷のことを思えば当たり前か。
痺れを切らした雪女はあることを彼に提案した。
「じゃあ、私が行ってくる」
「え?」
それは、紫電の代わりに自分が八戸に戻って戦うというもの。
「な? 意味わかんねえぞそれ! どうして雪女、お前が……?」
「私にだって、八戸を守りたい理由はあるよ」
その真っ直ぐな瞳を見て、紫電は思った。
(雪女になら、任せてもいいか。信頼できるんだ、雪女は)
ならばいっそのこと、好きにさせようと。
次の日に一度二人で広島の空港に行き、紫電が飛行機のチケットを買って雪女に与えた。
「これで三沢空港まで行ける。実家には電話で迎えに来させるから、車で陸奥神社に行くんだ。そんで帰りは俺がチケットを買った時を真似て帰って来い」
雪女の前で一度、成田行きの便を購入している。それと同じ手順を踏めば、素人の雪女でも一人で飛行機には乗れる、と説明。
「任せて」
全てを託し、彼女を故郷である八戸に送り出した。紫電はすぐに呉に戻ってあるかもしれない敵襲に備えるのだ。
「今日も来ないね」
「そうだね」
彩羽姉妹は陸奥神社の本殿で、団子を食べていた。【UON】が最初に攻め込んだと聞いた時から今まで、誰もここを襲ってこないのだ。このまま何もないのが一番いいのだが、
「今日はあるかもね」
「そうだね」
そうはいかないと感じている。
翡翠の霊障は礫岩であり、だから彼女は地面を伝わる霊感が読める。危険そうな人物は誰も近づいていない。
「ないかもしれないね」
「そうだね」
このまま今夜が終わればいいと二人は思っていた。
この二人とは違い、【UON】にはちょっと焦りがあった。
「【神代】には結構やる霊能力者がいる」
戦果は全然上がっていない。果敢に攻める【UON】であったが、返り討ちに遭うことも少なくなかった。少数精鋭と言えば聞こえはいいかもしれないがそもそも派遣されたチームの絶対数が少なく、これで日本全土を攻撃し尽くすのは不可能に近い。
だから、【UON】は不要な戦闘を避けて早い段階で強さを見せつけて【神代】を屈服させる必要があった。
しかしその戦略にも綻びが見え始めていた。狙い通りの戦果を全く得られていないのである。
「ボクチンのチーム、ギルとゼブが捕まってしまったでちか……」
ディスが率いるチームは他の七つのチームとは違い、団体行動を選ばずに単独で各地に散らばった。当初これは悪手だと思われていたのだが、
「富山の三色神社を攻めた総勢二十人のチームが、一晩で壊滅。次の朝にはオーストラリアに逃げた」
というような一気に起きる全滅の危険性を軽減できている。それでも仲間は捕まったので、成功とは言い難い。
「正直、マスター・ハイフーンはどうやって収拾つけるつもりなのか? ワタシも疑問だ。だが今は作戦通り、動け! ジオ、目の前の陸奥神社を攻撃しろ!」
それでも【神代】を倒している人たちも少なからずいる。塵も積もれば山となるだろう、今はそれを【神代】に突きつけて、交渉のテーブルに引きずり下ろすしかないのだ。
「任せるでち! 敗戦国民には負けないでちよ?」
ジオ・フリーデルは元気よく返事をした。
「頼んだぞ!」
そして夜道を堂々と歩いて目的地へ向かう。
「あっ!」
それに翡翠が気づいた。
「来たの?」
「そうだね」
珊瑚と共に靴を履いて外に出た。
「あっちに、いる」
その指差す先に、ジオがいる。
「おやおや、こんばんは! こんな夜遅くに外出歩いてるのは危ないでちよ?」
この、猫なで声で話しているのが彼だ。趣味でハムスターを大量に飼育しており、その影響だと本人は言う。
「【UON】、ですね?」
「正解でち!」
ならば話は早い。三人は戦闘態勢に突入。