第8話 毒雷を貫け その3
文字数 2,741文字
「追いつけるかな……?」
「わからない。もう既にタクシーを拾ってしまっているかもしれない。もしそうなら間に合わないが……」
緑祁たちは蜃気楼を使って姿を誤魔化しながら進んでいる。
「最後まで希望を持ちましょう。まだ近くにいる可能性の方が高いわ」
二人が逃げて行った道を辿る三人。もちろん緑祁と辻神は旋風を使って周囲の空気の流れを読む。
「む?」
「あ、気づいた辻神? 変だよね……。何かがこっちに走って向かって来るんだ」
息づかい的に、男だろう。蜃気楼でこちらの姿は見えていないはずなので、
「無関係な人なら、無視しよう。でもそうじゃないなら……」
「わかっている。だが、あの二人は私たちと遭遇した時、逃げることを選んだ。戻ってくるとはとても……」
しかし辻神の表情が変わる。何と、前から近づいて来るのは病射だ。
「何……? どうして戻るんだ?」
「辻神、ここまででいいよ」
緑祁は彼に、自分の分だけ蜃気楼を解くように言った。
「病射の相手は僕がする。辻神、そっちは朔那を追いかけてくれ!」
「わかった。気を付けろ、緑祁!」
「うん! そっちも!」
香恵も一緒に、ここで止まる。二人は辻神の蜃気楼の中から出た。
「ここにいやがったか!」
「病射……!」
思えば、自己紹介をしていなかった。相手のことを全然理解しないまま、青森から京都、そして名古屋にまで来たのだ。
「てめー! ここで潰すぜ! あのもう一人はどこだ?」
「僕は緑祁……永露緑祁だ。青森に住んでいる末端の霊能力者の内の一人だ」
「私は、藤松香恵よ。病射、そちらを求めてここまで来たわ」
「何だ、コイツら?」
突然名乗ったために、混乱する病射。だが、
「おれのことは、知っているんだろう? 姉谷病射だ」
冷静に、礼儀よく言い直す。
「病射、どうして逃げるんだい?」
「決まってんだろ。おれはやってはいけないことをした。【神代】は、おれを指名手配している。捕まればそれこそ人生の終わりだ」
「どうして、そう思うんだい?」
「てめーにはわからねーだろうな。お利口さん貫いているような坊ちゃんじゃあよ、誰かの苦悩なんてわからねーし理解してもらいたいとも感じない」
「いいや、わかるよ……! 誰だって悩みがある。苦しい過去があるんだ」
緑祁は病射のことをわかろうとした。どこまで共感できるかはわからないが、どうして朔那の復讐に協力しているのか、それを知りたい。そして知ることができれば、きっとわかり合える。
「うるせーぞ! てめーさっきからネチネチと! 退くか死ぬか、どっちかにしろ!」
「なら、退かない! 病射、そっちが僕と一緒に歩んでくれるまで、何度でも受け止めてみせる!」
痺れを切らした病射は、電子ノギスの先端を緑祁に向ける。
(………何をする気だ、病射? もしや……!)
紫電がダウジングロッドの先端から、辻神がドライバーの金属部分から、磐梯洋次がカブトムシの角から、それぞれ電霊放を撃ち出した。その光景が瞬時に頭の中に蘇る。
(電霊放か!)
その予想は的中していた。桃色の稲妻が、電子ノギスの先端から四方八方に放たれたのだ。
(こ、このタイプはまさか……拡散電霊放?)
前に【UON】の霊能力者に見せてもらったことがある。紫電や辻神とは違う、命中率に重みを置いた電霊放だ。悪く言えば、数撃てば当たるだろうという算段。一発一発の威力は低めである。
(なら、耐えられるか!)
緑祁は自分に、電撃の耐性があると思っていた。紫電や辻神、洋次に何度も電霊放を体に撃ち込まれたのだから、痺れるのはもう慣れている。だから、威力が低い拡散電霊放をわざわざ全部避けようとは思わない。寧ろ逆で、数発程度なら当たってもいいと思っていた。
その思い込みが、病射によって砕かれることとなる。
「うっ……!」
急に胸が苦しくなった。手足が痺れ、言うことを聞かない。体が熱くなり、頭痛と吐き気も生じる。立っていられず、地面に落ちた。
(まさか、これは……。確か!)
毒厄だ。緑祁は確信する。前にも彭侯に毒厄を盛られたことがあった。あの時は鉄砲水と融合して汚染濁流となっていたが今回は、
「どうだ、霊障合体・嫌害霹靂の味は! てめーの、拡散電霊放は一発一発の威力は低いから多少当たっても耐えられる、っていう判断は何も間違っちゃいねーぜ。しかしな、てめーはおれの霊障を知らなかった! 敗因はそれだ!」
流石の緑祁もまさか電霊放に毒厄が混ざっているとは想像できなかった。
しかし、
「何も焦ることはないわ! これで……」
香恵が藁人形を取り出した。それに薬束を使うのだ。
「呪縛と薬束の合わせ技、薬物 投与 ……!」
呪いの代わりに薬束を藁人形に流し込み、対象の毒や病を祓う。
「ありがとう、香恵…!」
その効果があって緑祁は立ち上がることに成功。
「何……! コイツも薬束を持っていやがるのか!」
この場合、病射としては自分の嫌害霹靂を無効にできる香恵を優先的に狙いたいところだ。しかし緑祁が邪魔である。
(あの電霊放は、避けないと駄目だ! 香恵の援護があっても、面倒な効果を持っている!)
緑祁としては、香恵を守りながら戦う。
「藤松香恵とか言ったな、この女! 邪魔するつもりなら今ここで仕留めてやる!」
怒鳴って脅す病射だったが、香恵には、
「声が大きくても、相手を倒せるわけではないわよ?」
効いていない。
(あの香恵、さっき藁人形を持ってやがった! 呪縛を使われたら、おれの方が不利になる……。もしかしてあまり狙わない方がいいのかもな……。だったらこの緑祁! コイツを潰すまでだ!)
一瞬、ターゲットを香恵に変えた病射だったがすぐに緑祁に戻す。離れている状態では、呪縛はかなり厄介だ。しかし緑祁さえ倒してしまえば、後でじっくりと相手ができる。
「おい緑祁! 女を侍らせて戦うなんてだらしねーぞ! 一対一で来い!」
「ああ、いいよ……!」
緑祁はあえて病射の挑発に乗る。一歩前に踏み出すと同時に、
「火災旋風!」
霊障合体を使った。手のひらから赤い渦が解き放たれた。
「甘いぜ! 炎くらい、電気で消せる! 電霊放だ!」
その自分に向かって来る風に乗った火炎を、病射は電霊放を拡散させて防ぐ。干渉され中和され無効化されるために、鬼火は電霊放を乗り越えることはできない。だが緑祁もそんなことは百も承知だ。
「しまった!」
だが今回の彼の作戦は、無駄に終わる。というのも電霊放が拡散しているために、近寄れないのだ。
(鬼火は電霊放で消せる。それは当たり前だけど、その隙を突いて近づくっていう僕の思惑は、今回は駄目か……!)
紫電も辻神も洋次も、拡散するタイプの電霊放を使っていなかった。先入観を利用しようとしたら、逆に先入観で墓穴を掘ってしまった。
「わからない。もう既にタクシーを拾ってしまっているかもしれない。もしそうなら間に合わないが……」
緑祁たちは蜃気楼を使って姿を誤魔化しながら進んでいる。
「最後まで希望を持ちましょう。まだ近くにいる可能性の方が高いわ」
二人が逃げて行った道を辿る三人。もちろん緑祁と辻神は旋風を使って周囲の空気の流れを読む。
「む?」
「あ、気づいた辻神? 変だよね……。何かがこっちに走って向かって来るんだ」
息づかい的に、男だろう。蜃気楼でこちらの姿は見えていないはずなので、
「無関係な人なら、無視しよう。でもそうじゃないなら……」
「わかっている。だが、あの二人は私たちと遭遇した時、逃げることを選んだ。戻ってくるとはとても……」
しかし辻神の表情が変わる。何と、前から近づいて来るのは病射だ。
「何……? どうして戻るんだ?」
「辻神、ここまででいいよ」
緑祁は彼に、自分の分だけ蜃気楼を解くように言った。
「病射の相手は僕がする。辻神、そっちは朔那を追いかけてくれ!」
「わかった。気を付けろ、緑祁!」
「うん! そっちも!」
香恵も一緒に、ここで止まる。二人は辻神の蜃気楼の中から出た。
「ここにいやがったか!」
「病射……!」
思えば、自己紹介をしていなかった。相手のことを全然理解しないまま、青森から京都、そして名古屋にまで来たのだ。
「てめー! ここで潰すぜ! あのもう一人はどこだ?」
「僕は緑祁……永露緑祁だ。青森に住んでいる末端の霊能力者の内の一人だ」
「私は、藤松香恵よ。病射、そちらを求めてここまで来たわ」
「何だ、コイツら?」
突然名乗ったために、混乱する病射。だが、
「おれのことは、知っているんだろう? 姉谷病射だ」
冷静に、礼儀よく言い直す。
「病射、どうして逃げるんだい?」
「決まってんだろ。おれはやってはいけないことをした。【神代】は、おれを指名手配している。捕まればそれこそ人生の終わりだ」
「どうして、そう思うんだい?」
「てめーにはわからねーだろうな。お利口さん貫いているような坊ちゃんじゃあよ、誰かの苦悩なんてわからねーし理解してもらいたいとも感じない」
「いいや、わかるよ……! 誰だって悩みがある。苦しい過去があるんだ」
緑祁は病射のことをわかろうとした。どこまで共感できるかはわからないが、どうして朔那の復讐に協力しているのか、それを知りたい。そして知ることができれば、きっとわかり合える。
「うるせーぞ! てめーさっきからネチネチと! 退くか死ぬか、どっちかにしろ!」
「なら、退かない! 病射、そっちが僕と一緒に歩んでくれるまで、何度でも受け止めてみせる!」
痺れを切らした病射は、電子ノギスの先端を緑祁に向ける。
(………何をする気だ、病射? もしや……!)
紫電がダウジングロッドの先端から、辻神がドライバーの金属部分から、磐梯洋次がカブトムシの角から、それぞれ電霊放を撃ち出した。その光景が瞬時に頭の中に蘇る。
(電霊放か!)
その予想は的中していた。桃色の稲妻が、電子ノギスの先端から四方八方に放たれたのだ。
(こ、このタイプはまさか……拡散電霊放?)
前に【UON】の霊能力者に見せてもらったことがある。紫電や辻神とは違う、命中率に重みを置いた電霊放だ。悪く言えば、数撃てば当たるだろうという算段。一発一発の威力は低めである。
(なら、耐えられるか!)
緑祁は自分に、電撃の耐性があると思っていた。紫電や辻神、洋次に何度も電霊放を体に撃ち込まれたのだから、痺れるのはもう慣れている。だから、威力が低い拡散電霊放をわざわざ全部避けようとは思わない。寧ろ逆で、数発程度なら当たってもいいと思っていた。
その思い込みが、病射によって砕かれることとなる。
「うっ……!」
急に胸が苦しくなった。手足が痺れ、言うことを聞かない。体が熱くなり、頭痛と吐き気も生じる。立っていられず、地面に落ちた。
(まさか、これは……。確か!)
毒厄だ。緑祁は確信する。前にも彭侯に毒厄を盛られたことがあった。あの時は鉄砲水と融合して汚染濁流となっていたが今回は、
「どうだ、霊障合体・嫌害霹靂の味は! てめーの、拡散電霊放は一発一発の威力は低いから多少当たっても耐えられる、っていう判断は何も間違っちゃいねーぜ。しかしな、てめーはおれの霊障を知らなかった! 敗因はそれだ!」
流石の緑祁もまさか電霊放に毒厄が混ざっているとは想像できなかった。
しかし、
「何も焦ることはないわ! これで……」
香恵が藁人形を取り出した。それに薬束を使うのだ。
「呪縛と薬束の合わせ技、
呪いの代わりに薬束を藁人形に流し込み、対象の毒や病を祓う。
「ありがとう、香恵…!」
その効果があって緑祁は立ち上がることに成功。
「何……! コイツも薬束を持っていやがるのか!」
この場合、病射としては自分の嫌害霹靂を無効にできる香恵を優先的に狙いたいところだ。しかし緑祁が邪魔である。
(あの電霊放は、避けないと駄目だ! 香恵の援護があっても、面倒な効果を持っている!)
緑祁としては、香恵を守りながら戦う。
「藤松香恵とか言ったな、この女! 邪魔するつもりなら今ここで仕留めてやる!」
怒鳴って脅す病射だったが、香恵には、
「声が大きくても、相手を倒せるわけではないわよ?」
効いていない。
(あの香恵、さっき藁人形を持ってやがった! 呪縛を使われたら、おれの方が不利になる……。もしかしてあまり狙わない方がいいのかもな……。だったらこの緑祁! コイツを潰すまでだ!)
一瞬、ターゲットを香恵に変えた病射だったがすぐに緑祁に戻す。離れている状態では、呪縛はかなり厄介だ。しかし緑祁さえ倒してしまえば、後でじっくりと相手ができる。
「おい緑祁! 女を侍らせて戦うなんてだらしねーぞ! 一対一で来い!」
「ああ、いいよ……!」
緑祁はあえて病射の挑発に乗る。一歩前に踏み出すと同時に、
「火災旋風!」
霊障合体を使った。手のひらから赤い渦が解き放たれた。
「甘いぜ! 炎くらい、電気で消せる! 電霊放だ!」
その自分に向かって来る風に乗った火炎を、病射は電霊放を拡散させて防ぐ。干渉され中和され無効化されるために、鬼火は電霊放を乗り越えることはできない。だが緑祁もそんなことは百も承知だ。
「しまった!」
だが今回の彼の作戦は、無駄に終わる。というのも電霊放が拡散しているために、近寄れないのだ。
(鬼火は電霊放で消せる。それは当たり前だけど、その隙を突いて近づくっていう僕の思惑は、今回は駄目か……!)
紫電も辻神も洋次も、拡散するタイプの電霊放を使っていなかった。先入観を利用しようとしたら、逆に先入観で墓穴を掘ってしまった。