第5話 魂の合流 その1

文字数 5,828文字

 思い出すことがある。それは幼い日のキャンプだ。朝、自分だけが寝坊してしまった。そのせいで家族は家に帰るのが遅れ、帰り道で事故に遭った。自分以外の家族……父、母、弟はその事故で死に、自分だけは助かって孤児院に行った。
 自分は生き延びた。家族は死んだ。自分のせいで遅れ、巻き込まれた事故で。
 その事故以降、自分の心の中に悪の感情が芽生えた気がする。そして奇妙なことに、善良心と共存しているのだ。


「【神代】の予備校には何時ごろ行くの?」
「昼頃だ。予定は一時からだから、予備校の食堂で昼を食べよう」

 辻神たち一行は、郡山市内のホテルにいた。

「日本食、食べれるのか?」

 そう聞いたのは、トルーパーという人物だ。彼は【UON】が無理矢理派遣した霊能力者であり、今回辻神たちは一緒に行動することになった……というよりも神楽坂満に押し付けられた。

「無理だと思うヨ? だって学生食堂みたいなものでしょ、予備校のそういう場所って。寿司とか餅とか懐石料理とかは誰も作らないし注文もしないんじゃないかナ?」
「はああ、ガックリ……」
「アンタは飯を食いに日本に来たのかよ……」

 まだ時間があるので、チェックアウト後はホテルのロビーにあるソファーに腰かけ作戦会議をする。この時の四人には、まだ寛輔が降参したことは伝わっていない。

「あの五人を裏で操っている誰か! ソイツの本拠地がどこなのか! 虎村神社はもう消え失せたから、別の場所に移動しているに違いない」
「福島で、人か寄り付かないところって意味? なら、第一原発の二十キロ内とか? でも流石にそこは選ばないか! 慰療や薬束があっても、放射能には勝てないヨ」
「山姫……。放射線、な? 放射能は放射線を出す性質のことを言うんだ」
「理系は黙ってて!」

 そう言われ思わず黙ってしまう辻神。

「じゃあその周辺はなしとしても。福島って結構デカいぜ? 虱潰しに探そうにも、【神代】の霊能力者を全員動員してもそんなの不可能だ」
「【UON】に来てもらおうか?」
「それは絶対に駄目だ!」

 辻神、山姫、彭侯の三人は口を揃えてトルーパーの発言を否定した。理由は簡単で満に、

「【UON】に恩を売るようなことだけはしないでくれ」

 と言われているからである。

「そもそも、そんな黒幕的な人物はいるのかい? その件の五人が勝手に動いているとかは?」
「可能性としてはあり得るかもしれないが。だが紫電が、そうではないと報告しているんだ」
「シデン? ああ、噂は聞いてるよ。強いんだろう、ソイツ? マスター・ハイフーンが欲しがる人材だ」

 虎村神社跡地を捜索した紫電が提出した報告書。そこには正夫と関りがありつつ今現在連絡が取れていない霊能力者の名前が記載されていた。

「茂木剣増に、淡島豊雲…。この二人が背後にいることは大体確定している。五人は多分今、指示に従って動いているだけだ。そして剣増と豊雲はどこかから命令を飛ばしているはずなんだ」

 問題はその、どこか、である。心霊スポットかもしれないし、普通の神社や寺院かもしれない。はたまた、オフィスビルの一角かもしれないのだ。

「県外って可能性は?」
「あるだろうネ。この福島にこだわる理由はないと思うから」

 その場合は本当に収拾がつかなくなる。

「そんなに大きい島国じゃないんだから、別に深刻に考えなくても。いざとなれば【UON】がいくらでも手を貸すのに」
「だから、黙っててくれ!」

 しかし黒幕の確保は辻神たちの任務ではない。彼らの主目標は、洋次たち五人の孤児院に帰すことなのだから。

「だがよ辻神、全てが上手くいった場合だが、洋次たちはどうなるんだ? 本当に孤児院に戻されるだけ……罰則とかはないのか?」
「今のところ実害自体はあまり出ていないから、裁くのは難しい? いや待てよ、既に【神代】への背信行為を……。ん、後から霊能力者になった場合、そんなルールわからないよな? どうなるんだ……?」

 それは辻神たち末端の霊能力者が判断すべきことではない。もっと上の立場の者が何かしらのペナルティーを課すはずだ。

「まだ若いのに、かわいそうだヨ…」
「そうだよな」

 彼らは思っていた。洋次たちは【神代】の法を知らずに手伝わされているだけ。ならば罪を軽くしてやることができるはずではないだろうか、と。実際にそういう処置を受けた辻神たちならではの発想だ。

(緑祁ならどう思う、どうする? 香恵に直接手を出した洋次は論外だとしても、その他の四人はどうにか救おうとするんじゃないのか? ただ単純に捕まえて事件を解決し終わらせていいのか? 私たちだからこそできることがあるのではないのか?)

 彼らが重い罰則を受けるのを防ぐには、やはり早急に保護する必要がある。
 時刻が迫ってきたので、予備校に移動を開始。四人で自動車に乗り込む。

「やっぱり軽自動車かよ…? 一日経てば違う車種になってるとか、ないか……」
「秀一郎に前の車をスクラップにされたから仕方ない。ただでさえ借りてる車なんだ、文句は言えない…」

 狭いが四人なら問題なく乗れる。


 三十分ほど道路を走れば、その予備校にはたどり着ける。付近の駐車場に車を停め、外に出る。

「ん……?」

 辻神たちは裏道を通っていたので気づかなかったが、表通りに何と巨大なキリンがいる。

「目がおかしくなったか?」

 彭侯が目を擦ってみたが、どうやら幻覚ではないらしい。そしてそれは、首が長くて四足歩行であるというだけで、キリンではない。

「ブラキオサウルス?」

 それは豊雲が生み出した幽霊、業戒(ごうかい)だ。周囲の人はその存在を認識できていないことから、確信が持てる。

「ヤバそうだな……」

 別に幽霊が町中に出現したのが悪いとは言っていない。問題なのはあの業戒は、明らかに予備校をターゲットにしている点だ。それはつまり、【神代】への攻撃を意味している。

「除霊してしまえばいい! ヨーロッパではあの程度の幽霊なんぞよくあることだ」
「じゃあトルーパー、おまえに任せていいのか?」
「ツジガミ、キミの協力があれば大丈夫だ」
「そうか。それで解決できるなら簡単だ。山姫、彭侯! おまえたちは二人で予備校を守れ!」
「了解!」

 業戒の討伐は辻神とトルーパーに任せ、山姫と彭侯は予備校のガードをする。
 突如二人の後ろから、

「あなたたちは緑祁の仲間だったよね? 秀一郎から聞いているわ!」
「はい!」

 声が聞こえる。振り向くとそこには二人の同じ顔をした少女。猪苗代紬と絣である。どうやら予備校の中に隠れていたらしい。

「アンタら! こんなところで何している?」

 彭侯が叫んだ。予備校に用がある人物は大学受験を控えている者だけだ。しかし孤児院から行方不明になった人は全員、春から大学進学が決まっていた。

「用はない、そのはずだヨ?」
「用事ならあるわ!」

 しかし彼女たちには明確な目的があった。

「この予備校を破壊することよ! あの、業戒を使って!」
「ごうかい……? それがあの幽霊の名前なのか!」

 それがもし、この予備校に到達したら、

(間違いなく建物が吹き飛ぶ!)

 それを察知した山姫と彭侯。紬と絣は、

「ここを守るつもりなら、あなたたちは私たちの敵!」
「はい!」

 敵意を露わにした。

「ほう! なら逆に捕まえてやるぜ! なあ、山姫!」
「そうだネ。そうすれば謎も事件も解決だワ!」

 戦うとなった途端に、彭侯が動いた。

「くらえ!」

 指の先から水を繰り出す。だがこれは避けれる動き。紬も絣も、横にジャンプして逃げる。

(いいのさ、それで! これはただの鉄砲水じゃない! 汚染濁流なんだ! その水溜りに足を突っ込んで一滴でも跳ねて肌に触れれば……! ゲームセット!)

 これは作戦である。相手の行動範囲を潰しておくのだ。

「今度は私から行かせてもらう! 霊障合体!」

 紬の攻めが来る。旋風と機傀の合わせ技、

鎌鼬(かまいたち)!」

 カミソリや丸ノコ、ハサミやメスなど切れ味のあるものを機傀で生み出し、それを旋風に乗せて相手に放つ。

「おおおあ!」

 何の防御も持っていない彭侯は焦った。一つや二つなら当たっても痛いだけだろう。しかしかなりの数だ。あっという間に血塗れになる。

「彭侯!」

 そこで山姫が礫岩を使った。彭侯の目の前に岩を飛び出させて盾を生み出したのだ。流石の霊障合体・鎌鼬も岩には敵わない様子。

「ふ、ふう。助かったぜ! ありがとな、山姫!」

 一旦彭侯は山姫の側に戻る。

「仕留め損なったわね。でもまあいいわ! 絣、あなたの霊障合体を使って!」
「はい!」

 蜃気楼と礫岩の霊障合体・幻影(げんえい)砂漠(さばく)。それは大量の砂を生み出し、それに幻影を投影するのだ。

「な、何!」

 山姫と彭侯はその幻覚に視界を奪われた。映し出されたのは、ごく普通の一般人のビジョン。大勢いる。

「落ち着いて彭侯、これはただの蜃気楼だヨ。全部偽物の映像!」

 半分は山姫の指摘で正解だ。だがもう半分を彼女は理解していなかった。

「触れられないから、幻なの……」

 鬼火を撃ち込んだ時に、それを感じた。

「え……?」

 何と、感覚があるのだ。今、鬼火で人を燃やした手応えを感じた。幻覚の人も炎で燃えているが、視覚ではなく第六感でわかる。

「邪魔だ、退け!」
「待って彭侯」

 駆け出そうとした彭侯を手で制する山姫。

「ぼくたちを囲むこの人混み……。今ぼくが攻撃したのは間違いなく幻覚の方だけど、本物が混ざってるかも……」
「馬鹿な?」

 しかし、あり得る話だ。手応えのあるなしで判断できない以上、本当に一般人がそこにいる可能性がある。多少の感覚を幻覚に持たせられるのが、幻影砂漠なのだ。

「手が出せない、ってことかよ?」

 コクンと頷く山姫。今二人の前に男の人が現れたが、それも幻影砂漠が生み出した偽りの視覚情報なのか、それとも本当にそこにいるのか判断ができない。無暗に攻撃してみるのは、論外だ。

「落ち着け山姫……! オレたちの勝利条件は、アイツらを倒すことじゃないだろう?」

 二人の勝利。それは彭侯の汚染濁流を通すことだ。毒厄さえ決まれば、相手の動きを制限できる。一度、一瞬、一滴でもいい。それさえ通すことができれば、もう勝ったも同然。

「今はそれだけを考えろ!」

 この幻影砂漠を突破して、紬か絣のどちらかに汚染濁流を浴びせる。

(オレの毒厄はインフルエンザ程度の威力だが、それでも十分脅威になり得る。今、上に撃ち出して雨のように降らせるのはマズい…か)

 彼はこの幻覚が砂に映し出されていることを知らない。だから水で処理することを思いつけない。

(混乱してる、してるわ!)

 二人のことを見ている紬と絣。今彼らを囲っている人は全部、幻覚だ。しかし感触があるせいで、どれかは本物かもしれないという疑心暗鬼に陥っている。

(さて、絣の霊障合体で騙せているから、今が攻めるチャンス! 私の鎌鼬でズタボロにしてやるわ!)

 手を前に出し構え、鎌鼬を繰り出す。
 だがこの一手が、悪手だった。

「そこだネ!」

 機傀は金属を生み出せるのだが、それは自分の体……主に手からだ。周囲の何もない空間に、突然出現させることはできない。つまり今、機傀を使った人物が紬であるということ。

「火炎噴石!」

 その、手のひらからカミソリを繰り出した人物目掛けて山姫は火炎噴石を撃ち出した。

「えええ!」

 自分が攻撃されるとは思っていなかった紬。地面から噴き出した岩石は小さかったが、それでも彼女に負傷をさせるには十分すぎた。太ももから出血。きっと骨も折れている。

「ぐぅ! やる、わね……!」

 鎌鼬の方は、また外れた。山姫と彭侯が立っている地面だけが礫岩によって陥没したからだ。

「彭侯、紬の方に目印をつけたヨ。足から血を流しているのが、彼女! あれじゃあもう動けないはず! さあ、汚染濁流を!」
「任せな!」

 陥没した地面から這い出た彭侯は、すぐさま汚染濁流の準備をした。しかし少し、

(どっちが紬だ? 二人とも、足から流血してるんだが……? 両方に山姫の火炎噴石が当たったのか? ま、どっちにしろどうでもいいぜ!)

 違和感に気づいたが、気にしないことに。
 焦った紬は、防御を絣に頼む。

「はい!」

 自分たちの周りに大量の岩石を出現させた。

「無駄だな。オレの霊障合体・汚染濁流は鉄砲水の中に毒厄を混ぜている。一滴にでも触れればそれだけで毒厄が発現できる! そんな粗く隙間だらけの岩の壁で、防げるかよぉ!」

 それに上に向けて雨を降らせることだって可能だ。だから今の彼女たちの防御は、本当に無意味。

「くらわせてやる!」

 消防車の放水のように、斜め上を狙って汚染濁流を撃ち出した。

「つ、紬!」
「はい!」

 何とか、絣は幻影砂漠を解いて砂を上にまき散らした。砂に水分を吸収させるのだ。これは偶然にしては中々良い発想で、汚染濁流は直接水に触れないと意味がないからだ。

「よし! そのままもう一度幻影砂漠を……」

 紬のことを引っ張って動く絣だったが、この時の彼女の注意は目の前の彭侯に向いていた。だから、足元にある水溜りに気づけなかったのだ。
 バシャンとその水溜りを、思いっ切り踏んでしまった。

「はっ?」

 水しぶきが二人にかかる。紬は足の傷に、絣は口の中に。

(掴んだ!)

 彭侯は勝利を確信。触れたのなら、もう終わりだ。

「うっ!」

 突然紬と絣を頭痛が襲う。悪寒がしてしかも節々を動かすとそこに激痛が。

(前に緑祁は動いていたが、それは本当に少しだけだった! 今、二人とはこの距離を保ててるし、山姫だって見張っている。もう打つ手はないだろう)

 命を奪うことはしないが、動けない程度には発病している。

「く、こんな……!」
「はい……」

 地面に崩れたが最後、立ち上がれないほどだ。

「もう、降参したらどうだ? これ以上何もできないだろう? オレはアンタらに色々と聞きたいことがあるし、それに答えてくれれば罪には問わないってオレの仲間が言ってる」

 どうにか白旗を揚げさせたい。それが無理なら意識を一時的に奪って確保するだけだ。

「何もできない……? いいえ、私たちには、最後の手段があるわ!」
「はい…!」
「最後って?」
「さあ?」

 強がっているだけだと、山姫と彭侯は思う。しかし、紬と絣の目は本気の輝きを放っている。

「いくよ、絣!」
「はい!」

 紬と絣は這いずって近づき、お互いの手と手を合わせる。

「な、な! なんだってええええええ!」

 次の瞬間、信じられないことが起きた。
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