第8話 冥界の遁走曲 その2

文字数 4,974文字

 病射は周囲をまず、見回した。朔那と弥和は他の霊能力者の相手をしており、手は借りれそうにない。しかし自分には慰療があるので、スタミナが切れることがなければ戦い続けることができる。予備の電池も十分に持って来ているから電力にも困らないだろう。

「では、やるか……」

 空狐が少し動いただけで、人間サイズの昆虫が大量に生み出される。恐鳴だ。ただでさえ人数差で勝っているのに、さらに数の暴力で叩こうという魂胆。横にいる魑魅は魂械で日本刀を生み出し両手で持つ。

「ぬおおおお!」

 そこで病射は電子ノギスを構え、空狐に向かって突撃した。

(コイツから叩く! じゃないと無尽蔵に巨大な虫が出されちまうぜ…!)

 当然、魑魅が間に割って入る。

「させんぞ!」
「邪魔だ、退け!」

 電子ノギスを振り下ろしたが、刀で防がれてしまう。さらに魑魅はもう一方の日本刀を横に振り、病射の胸を切った。

「無駄死にだったな、小僧!」
「そう、かな?」

 これも計算の内だ。電子ノギスで日本刀に勝てるとは彼も思っていない。相手は切りかかってくるだろう。それがいい。
 胸から噴き出した血が、魑魅にかかった。

「ん、何だ……? 急に腹が痛くなったぞ……?」
「引っかかったな! 毒厄って言うんだぜ? おれの体に触れたら、流し込める! 血でも行けるんだよ! てめーの脳みそに書いておきな!」

 受けた傷は左手で撫で、慰療で塞ぐ。反対に病で膝を折り曲げている魑魅に、

「くらえ!」

 嫌害霹靂を全弾撃ち込んだ。

「ぐおおおお、うが!」

 一発一発の威力は低いが、全て当たればかなりのダメージだ。後方に吹っ飛ばされる魑魅。地面に落ちる時変に首を打ってしまったようだ。腕や足もあり得ない方向に曲がっている。

「よし! まずは一人……」

 倒せた、と本来病射は続けたかった。しかし全く意識していなかった蛟が魑魅に駆け寄り手を差し伸べると、魑魅は何と何事もなかったかのように立ち上がる。

「ば、馬鹿な……! あの怪我じゃ、完全にアウトだったはずだろう……。どうして、こんな……」

 聞いていた話と違う。蛟の完治がまさかここまで強力……それこそあと二、三秒で死ぬという人間すらも瞬時に完全回復させられるとは、流石に想像できなかった。
 混乱する頭をまとめる。空狐が生み出した虫がすぐそこまで迫っている。

「まずはこっちか!」

 幸いにも恐鳴の巨大な昆虫でも、病射の電霊放で十分に倒せる。

「それもいつまで続くかな?」

 当然それは空狐もわかっている。だから、相手の体力が尽きるまで続けるのだ。

(マズい……)

 病射は電霊放を撃てば、電力と霊力が少しずつ減っていく。対する空狐は、体をほんのちょっと動かすだけで恐鳴が発動可能だ。おまけに彼の仲間も病射を攻めてくる。これが続けばその先には敗北しか待っていない。

「誰が負けるか!」

 心の中でそう叫んだ。不利だからといって負けるとは限らない。

「拡散しろ、電霊放!」

 電子ノギスの先端から放たれる、桃色の稲妻。的確に大きな虫に当たり、発病させて倒す。

「それしかできないようだな?」

 もう病から立ち直ったのか、魑魅が機敏に動き切りかかった。同じ手が二度も通じるとは思えないが、

「撃ち込む! てめーの心臓に!」

 狙うは胸だ。撃った後に蛟を近づけさせなければ、倒せる。

「っな……!」

 突如、病射の足元の地面が崩れた。

「僕のことを忘れていたか?」

 震霊だ。そのせいで足を崩されたのである。

「あっ!」

 だが、それは予期せぬ幸運だった。魑魅の太刀筋はしゃがんでしまった病射を捉えきれておらず、刃は彼に当たらなかった。

「しかし! 俺には日本刀は二本ある!」

 もう一方が、振り下ろされようとしている。動きは縦方向。

「おおおおおおおおっ!」

 立ち上がるのではなく、低い姿勢のまま前に突き進む。魑魅の足元をくぐって、後ろに回り込んだ。

「無駄だ」

 ここで魂械の本領発揮だ。自分の周囲ならどこでも金属を出現させることが可能なので、魑魅は自分の後方を釘だらけにした。

「死んだか?」

 後ろを向いた魑魅だったが、信じられないものを見た。病射が立っている。体に多くの釘が刺さったまま、だ。

「痛みを感じないのか? そんな馬鹿な?」

 これは病射の根性論ではない。痛みを感じずに傷を治せる慰療と毒厄の霊障合体・魔酔。

「まずはてめーからだ!」

 ノギスの先端が光る。そこから発せられた稲妻が、蛟に当たった。

「ぐっ!」

 完治は怪我を治せても、病気までは無理だ。まずは動けないようにして、それから、

「ぬああああああ!」

 全力で走り出した。自分でも消極的になれるほど、かなり鈍い動きだ。しかし、呆気に取られている魑魅の動きはもっと遅かった。

「だりゃあああああああああああ!」

 電子ノギスを魑魅の胸に押し当て、そこで嫌害霹靂を使う。ゼロ距離発射だ。

「がふっ……!」

 威力の低いはずの拡散電霊放の一発一発が、彼の体を貫いた。蜂の巣のように開いた穴から、血液と一緒に電流が漏れ出ている。

「ば……か、な……」

 力を失った魑魅の体が崩れていく。手に持った日本刀、病射に刺さったままの釘も、空気に溶けて消えていく。体は地面に落ちると同時に、消滅した。
 だがガッツポーズをしている暇すらない。尖った岩が地面から出て来るのだ。

「ぬう……」

 網切の震霊だ。

「……要するに、近づかせなければいいんだろう?」

 遠距離から攻めれば、病射の電霊放には当たらない。それに仮に命中したとしても、一発だけなら殺傷能力は低い。毒厄を流し込まれても、少し待てば立ち直れるくらいの病にしかならないのなら、恐ろしくもない。怪我をしたら蛟に治してもらえばいいだけのこと。

「ならば私も」

 空狐も恐鳴を存分に発揮する。

(電霊放は岩石でシャットアウトか! 接近戦に持ち込まねーと、おれに勝ち目は……)

 一瞬、絶望する。しかし病射はそこから希望の糸を掴み取った。ポケットに手を突っ込み電池を取ると、それを網切や空狐、蛟目掛けて投げた。

「何だ、あれは?」

 三人の反応が遅れるのも計算の内だ。生きた時代に存在していないのなら、それがどういう役割なのかわかるわけがない。

「世界的に見ても、十八世紀の末の話だぜ? 日本で生まれたのも江戸末期! 大昔のてめーらには、わからねー話だろうけどな」

 放り投げた大量の電池に向けて、嫌害霹靂を発射した。すると全ての電池が稲妻を帯電し、その状態で三人に向かって落ちる。

「こんなことが…!」
「だが! 私の恐鳴なら…!」

 虫を盾にして防ぐのだ。大きなガが翅を広げた。

「これで安心……」

 視線を上から横に戻した時、既に空狐の眼前には病射が迫っていた。彼は尖った岩肌になった地面の上を、負傷を承知で走ったのだ。

「つうりゃあああ!」

 さっき魑魅に対しやったことと同じことを、空狐相手にも行う。密着していれば障害物はなく、さらに全弾命中する。

「二人、倒した! 後はてめーらだけだ!」

 あと、網切と蛟だ。ばら撒いた電池は、先ほどまで二人が立っていた場所に転がっている。彼らは距離を取って逃げたようだ。病射は電池を拾おうとしたが、地面がぱっくりと割れて飲み込まれてしまった。

「戦況は何も変わってないぞ、このガキが! 君の雷は、僕には届かない」
「届かせ通すのが、おれの戦いだぜ」

 できると確信している。ポケットに電池はもうないが、彼には奥の手が残されているからだ。だがやはり、接近するのが条件だ。

「さっさと終わりにしてやるぜ!」

 電霊放をチャージする。眩い光がどんどん強くなる。

(まずいな。力が強まっていくぞ……)

 危機感を覚えた網切。同時に今までの戦いを観察していて、あることにも気づく。

(アイツは稲妻を操れるが、それはあの棒? の、ようなものからしか放つことができないらしい。ならば!)

 そしてさらに閃く。ノギスを叩き落としてしまえばもう戦えない、と。よく病射の手元を見て、そこ目掛けて、岩石を飛ばす。

「どわっ!」

 野球ボールくらいの大きさで鋭く尖った石が病射の右手に命中した。手首を攻撃されたので、握る力が一瞬弱まった。その隙を網切は見逃さなかった。二発目の石が、彼の手から電子ノギスを弾き飛ばした。

「しまった!」

 ため込んでいた光は手を離した瞬間に消えてしまう。病射は手を伸ばし足も動かして何とか近づき、上手くキャッチしようとした。

「危ねー……」

 もう指を動かし曲げれば、握ることができる。しかし、

「もらった!」

 網切が動いていた。鋭利な岩を握り、それで病射がノギスを握る瞬間を狙ったのだ。

「……っ!」

 掴んだ瞬間、岩で病射のノギスを攻撃。一撃でへし折った。

「て、てめー……!」

 さらにもう一撃加える。これで完全に叩き落としが完了し、地面に落ちたノギスは穴を開いてその中に埋める。

「終わったな? それがなければ、これ以上戦うことはできないわけだ」

 勝利を確信し、言い放つ網切だったが、病射はまだ諦めていない。寧ろ逆に、瞬時に勝利の方程式の解答を脳細胞が弾き出していた。
 病射は左腕に巻いている腕時計から稲妻の形のブレードを生み出すと、それを一気に振り上げる。

「近づかなければよー、危なくはなかったのにな。勝ちに目がくらんだな?」

 網切の体は縦に真っ二つだ。
 残るは蛟だけで、しかも攻撃的な霊障は持たない。だが病射の足は前に進まない。いや、進めないのだ。電池は全部投げてしまったし、電子ノギスは破壊されてしまった。最後の手段である腕時計も、充電していた電力を一気に放出しなければいけないので電霊放を使えるのは一度切りだ。
 トドメと言わんばかりに、疲労感が体を襲った。立っていることができずその場に座り込んでしまう。

(あと、アイツだけだ……。おれの体、もう少しだけ言うことを聞いてくれ………。アイツの完治は、野放しにはできねーんだ……)

 睨みつけることしかできない。気づけば呼吸もかなり粗くなっている。さっきまでの三人との戦いで、予想以上に体力を削られていたのである。
 でもまだ毒厄が残っている。それを使えば、蛟は倒せるだろう。だから闘志は捨てない。
 一方の蛟は仲間がやられたことに結構怒りを感じていた。生きている間に直接面識はなかったが、共に『帰』で蘇り【神代】へ復讐を誓った仲だ。

(もうボロボロだ。これなら私だけでも十分にやれる!)

 直接手を下すことを選んだ。

「死ね!」

 病射の顔を蹴り飛ばし、さらに追いかけて踵落としを彼の腹に加える。

「がっ! うげっ!」

 攻撃的な霊障を持たない分、体術に優れている蛟。ここまで弱った相手なら素手で殺せるだろう。

「苦しんで、苦しんで……死ね!」

 病射の首を掴んで絞め上げた。

「ぬううう…………」

 対する病射も、蛟の腕を掴んで抵抗する。同時に毒厄を流し込むが、

「わかっているよ、そんなこと。ここまで来たら執念が勝つ! 私とあなた、どちらがこの世に未練があるかな?」

 病でやられる前に、絞め落とす自信がある。毒厄のせいで徐々に弱る腕の筋肉を何とか総動員し、指先にまで神経を集中させた。
 数秒後、先に体が崩れたのは蛟の方だった。病射を窒息死させる前に、毒厄が全身を蝕んだのだ。

「ゴホ、ゴホ! ガホ!」

 しかし病射も、あと一秒でも長引いたら死んでいた。本当にギリギリの駆け引きだった。
 二人の勝敗を分けたのは、霊障の強さや筋肉の質ではない。

「この世に未練? あるわけねーだろ。この世のために生きてるんじゃねーんだ、おれは。みんなそうさ。人間は一人じゃ生きていけねーから、誰かのために生きるんだろう。自分勝手なヤツから絶滅していくのが、自然の摂理だぜ……」

 思いの強さと質だ。自分のために戦う蛟よりも、他の誰かのために抗う病射の方が、精神面で勝ったのである。
 勝利こそした病射だったが、これ以上はもう戦えない。体を動かすことすら不可能だ。幸いにも朔那と弥和が駆け付けてくれて、

「病射、お疲れだったな。あんな四人を一人で相手して……。気を配れなかった、すまない!」
「でも安心して! ここからは私たちが、戦うわ!」
「ああ、サンキュー……! ホントに頼りになるぜ………」

 そして今病射は、その他の誰か……朔那と弥和に守られる。そこに梅雨と咲も合流し、より強固な陣営を敷いた。
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