第1話 戦う相手は その1

文字数 3,035文字

「緑祁、行くぜ! 俺たちのバトルに挨拶なんて必要ねえだろう?」
「そうだね、紫電……。僕は最初から本気でいくよ!」

 夜のサッカースタジアム、その渇いた芝生の上に小岩井紫電と永露緑祁は立っている。だがここにボールを蹴りに来たわけではない。

「さあ今日は優劣をつけるぜ。終わるまでここからは出さない! わかったな?」
「いいよ。じゃあ始めの合図を決めよう」

 緑祁は観客席の一角を指差した。そこにはタイマーがある。

「あれがゼロになったら、チャイムが鳴る。そうしたら、勝負開始だ」
「おう!」

 火蓋の切り方が決まった。しかし二人とも、その時計は見ない。耳だけをタイマーのチャイムに集中させ、それ以外の感覚は面と向き合う相手に送る。指のかすかな動き、呼吸による胸の膨らみすらも見逃さない。

 ジリリリ、と鳴った。

「いくぜぇええ!」

 先制したのは、紫電だ。手に握るダウジングロッドから電霊放を撃ち込んだ。だが緑祁はそれを待っていたようで、鉄砲水により水柱を出現させて防いだ。この時、電霊放が当たった水が弾ける。

(くっ! これだとスタジアムのどこからでもまた柱が上がるぜ……。野郎、攻守一体の動きだな…!)

 一手で二つの駒を取るかのような行動だ。当然紫電の方も黙ってはいない。今度はロッドを二つ合わせて大きめの電霊放を撃つのだ。

「させないよ!」

 緑祁が鬼火を繰り出した。

「それは効かねえぜ? 電霊放で電磁バリアだ! 干渉! 中和! そして……無効!」

 選んだ動きをキャンセル。一旦重ねたロッドを広げ、電霊放のバリアを張る。炎はこの伝記によってかき消されてしまう。

(俺が鬼火を無力化できること承知の上で、あえて炎で攻め込んでくる! 流石の俺も、襲い掛かってくる火の粉はこうして消さないといけない。そうしたら、直前の攻撃には移れねえ! ワザと消させるために鬼火を放つんだよコイツは!)

 届かないとわかった上で、紫電に防御の姿勢を取らせるために、鬼火を使う。緑祁からすると次に何をするか考える時間も稼げるし、移動も自由。おまけに電霊放を事前に処理できる。やはり一筋縄ではいかない相手で、紫電が己のライバルと認識するだけある。

(たった一個の石で鳥を三羽落としたな!)

 だが、同じ手を何度もくらう紫電ではない。彼も芝生の上を走りながら、ダウジングロッドを構える。

「くらえ!」

 二発、撃ち込んだ。片方は鉄砲水に当たって相殺されたが、もう片方は緑祁の右肩に命中した。

「ぐわわわ……!」

 しかし、浅い。相手を倒せる威力……意識を飛ばせるほどではないのだ。

(もっと高威力の電霊放を撃たないといけねえぜ! でもよ、移動しながらだと命中精度が下がる。だが立ち止まれば鬼火が飛んできて俺はそれを防がないといけねえ……。二つを両立することはできない!)

 それがネックなのだが、ここで紫電は前向きにことを考える。

(いいじゃねえか! 俺が成長してそれを可能にできれば、それは勝利に繋がるってことだろう? 方程式が書けるぜ!)

 己の殻を打ち破った者にのみ、勝機は訪れる。

「うおおおおあああああああ!」

 ダウジングロッドの先端を緑祁に向けながら、走る。揺れ動く手をどうにかして最小限にし、狙いを定めて電霊放を撃つのだ。

「おりゃあああ!」

 その一閃は、目標に命中した。

「うわっあ!」

 結構な火力が出せたに違いない。緑祁の膝が勝手に曲がり、彼は地面に伏した。

(よし、いいぞ!)

 後は近づいて直に電流を流し込む。そうすれば紫電の勝利だ。
 だがここで緑祁は足掻く。

「それっ!」

 賭けに出た。スタジアムの天井…ドームに向かって鬼火、鉄砲水を撃ち込んだ。最初紫電はその行為の意味がわからず、対処に遅れてしまう。

「コイツ…! ドームを破壊して瓦礫を! だが今、足を動かせないほど痺れてるお前が避けれんのかよ?」

 紫電の予想とは裏腹に緑祁、目の前の地面に手を置くとそこから勢い良く鉄砲水を繰り出す。反動で彼の体は、安全圏まで飛んで行く。この時旋風も操っており、体のバランスの取り具合は絶妙だった。

「どうだい、避けてみせたよ?」
「らしいな」

 ならば紫電も真似をする。自分の後ろにロッドを向けて電霊放を撃ち、反動で緑祁の前まで駆け出す。

「これで決めてやる!」

 ダウジングロッドの金属部分を帯電させた。それを振り上げ緑祁を攻撃するのだ。この際、振り上げ終えた際には腕をクロスさせている状態となり、攻撃と同時に防御も行える。

「そう簡単に上手くいくかな?」

 対する緑祁は、自分と紫電の間に鉄砲水で水の壁を築いた。壁は薄いが、もし紫電がこれを強引に突破しようものなら、彼の手はダウジングロッドごと濡れる。そうなった状態で電霊放を使えば、自分の体にも電気が流れる。

「いかせるんだよ、俺は!」

 それは既に対策済みだ。アース線がズボンの中を通っており、常に地面に接している。だからもしも自分の体に電気が逆流しても、自分だけは感電しない。

「せいっ!」

 ロッドを振り上げた。これで水の壁は消滅し、緑祁の防御はがら空きとなる。そして紫電はクロスさせた腕を振り下ろし、開く。この時にも攻撃できるという寸法だ。

「ぐぶっ! わわわ……!」

 胸に電気で刻んでやった。今のはかなりダメージが入った。実際に受けた緑祁はそう感じたし、与えた紫電も手応えでわかった。電気に耐えられず緑祁の体は完全に地面に倒れる。

「勝負あったな……。ん?」

 いや、違う。緑祁は倒れた後にまだ腕を動かしたのだ。紫電のズボンの裾から飛び出ているアース線を引っ張り、抜いた。

「これがあるから、そっちは感電しないんでしょう? でも、そういうわけにはいかないよ?」

 次の瞬間には旋風でバラバラに切り裂いたのだ。

「野郎……。まだ戦えるのか?」
「当たり前だよ、紫電。僕はそっちには負けない! いつだって勝つんだ!」
「いいぜ、望むところだ!」

 アース線という保険を失った紫電は、緑祁と距離を置くべきだ。普通ならそう考え足を後ろに動かす。

(普通の考えじゃ、いつまで経っても勝てねえ。それは捨てるぜ)

 しかし、逆に前に一歩踏み出す。もちろん緑祁も。

「鉄砲水と旋風の合わせ技……台風だ!」

 渦巻く風に水の粒を乗せ、スタジアムに放った。小型の台風は周囲に風圧に乗った水のカッターをまき散らしながら、紫電に迫る。

「上だ!」

 天井目掛けて電霊放を撃った。それはドームを破壊し、瓦礫の雨を降らせた。コンクリートを壁にするつもりである。しかも紫電は恐るべき跳躍を見せ、落ちる瓦礫を蹴って上に登る。

「な、何だって…!」

 緑祁の方はそこまで動けるほど回復していないので、台風を自分のところに戻して体を風で動かして逃げている。

「上を、盗られた…!」

 緑祁の頭上に紫電がいる。これがマズいのだ。

「大自然の雷が、お前を襲う! いくぞ緑祁ぇぇぇええええええ!」

 片方のロッドを天に向け、電霊放を撃った。それはドームに開いた穴を通って天空の雲に到達し、そこに電気を叩き込む。

(俺が中継する! 落雷を、緑祁に!)

 無理矢理活性化された雲は、下に雷を落とした。丁度紫電に当たるように。それを上に向けたままのロッドで受け止め、もう片方のロッドで緑祁に狙いを定め、そっちに送ってやる。

「がっ! ああ……」

 稲妻に貫かれた緑祁の胸。傷口は焦げ、血が流れ出す。

「今度こそ、終わりだ」

 綺麗に着地を決めた紫電は、動かなくなった緑祁の体を見下ろしてそう言い捨てた。
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