第4話 月明かりの残光 その2
文字数 3,280文字
「でもそれって、満さんの憶測じゃ……。あ、でも、実際に彼らは行動に出ている。それを考えると、辻褄は合う…?」
「だからこうしてはいられない! すぐに霊能力者を招集だ! 被害が出る前に捜索する!」
数分後、ちょうどこの日に予備校に居合わせた四人の霊能力者が教室に入って来た。
「おや、緑祁。久しぶりだな」
「え、誰ですか?」
「おいおい覚えてないのか、ボケ! 巌流島で顔、会わせただろう? 薄情者が、おれたちの顔は印象にすら残らなかったのか?」
本当に誰だかわかっていなさそうな緑祁に、香恵は耳打ちをした。
「今怒鳴った人は、西鳥空蝉よ。隣のちょんまげ頭の人が、東花琥珀。それからあっちの女性陣は南風冥佳に北月向日葵……。全員紫電と修行した人物って聞いたわ」
「あーそう言われれば、いた気がしなくもない……?」
緑祁とは関りが薄い上に会った日に自己紹介もしていないので、覚えている方が不自然である。
「では今から方針を発表する! この辻神、彭侯、山姫の三人は【神代】に何らかの攻撃を与えようと企んでいる。もちろん事前に防ぎたい。そこでだ、お前たち六人にこの一件を頼みたい!」
「ちょっと待って!」
しかし異議を唱える緑祁。
「ういうのは、人数が多い方がいいですよね? なら紫電に協力を仰いだ方が……」
「小岩井紫電のことか? 残念だが彼は今、別の任務に就いている。だからこの作戦に混ぜるのはできない」
「でも、絵美や刹那たちが……」
います、と答える前に満に言われる。
「廿楽絵美、神威刹那、大鳳雛臥、猫屋敷骸の四人だろう? 彼女らは今、それどころではない」
どうやら四人は何かをやらかしたようで、それが原因で参加はできない。
「………」
その四人が駄目なら、皇の四つ子や【神代】の処刑人にも協力してもらえそうにないので、緑祁は挙げた手を下ろした。しかしまだ何か不満そうな表情をしていたのを、満は見逃さなかった。
「何だ? 言ってみろ、緑祁君」
その曇りに隠れた心境を暴露する。
「僕は……。僕が彼らを止めるべきだと思っています」
「どういう意味だ?」
満は思った。緑祁は昨日、辻神たちに負けて逃げた。だからその汚名を返上したいのだろう、と。リベンジをして逆に打ち負かそうと思っているのだ、とも。
しかしどうやら違うようで、
「満さんの話が正しければ、辻神、彭侯、山姫の三人はずっと、過去の出来事に囚われ未来を見ることができなかったんだと思います。僕はそんな彼らを救いたいんです!」
過去のしがらみから脱却できた緑祁だからこそ、そういう発想を抱けたのだ。
「救う……だと?」
満は迷う。緑祁の思いは十分にわかるが、危険を冒す理由にはならない。
(一度負けて逃げた緑祁君にそれができるか……? 難しいんじゃないか? だが緑祁君以外の霊能力者では、純粋に辻神たちを物理的に負けに持って行くことしかできない……)
天秤にかけても傾かない。だからここで視点を変えた。
(富嶽様なら、どう考える……?)
今の【神代】のトップである富嶽なら、きっとこう言うだろう。
「わたった。ではチャンスを与えよう」
と。
(緑祁君はあの紫電の挑戦状を受け取り、実際に戦って相打ちに持って行った人物だ。それに修練を追い詰めたこともある。我儘を言う資格はある!)
だから、
「わかった。ではそういう作戦にしよう。緑祁君が辻神たちを捕まえ、ここまで連れてくること! もしも失敗したらその時は別の霊能力者に任せる。それでいいな?」
「は、はい!」
自分の希望が通ったので、緑祁は明るい返事をした。
「待つでござる! 満、拙者たちは何をすればいいで候? まさか呼び出しておいて出番なし、だなんてごめんでござるぞ?」
「そうだな……。琥珀たちには、防衛を頼みたい」
「何を守るのよ?」
冥佳が聞くと、
「辻神たちは過去を払拭したいと思っている可能性もあるから、『月見の会』の慰霊碑の守備に就け! 房総半島と富山の二か所だ。だから二手に分かれて。これは緑祁君よりも【神代】が信頼を置いている、お前たちが適任だ」
【神代】の信頼はそれイコール強さの尺度だ。また緑祁と四人が手合わせをしたことはないので、ここで優劣を決めることもできない。
「了解! じゃあ冥佳は私とコンビ組んで、房総半島の方に! 空蝉と琥珀は富山の方に行ってね」
向日葵が言うと他の三人は納得。
「ところで緑祁君? あの三人とどうやって見つけ出すつもりなんだ?」
「そうですね……」
少し考える。
「実はいまいち、どうすればいいのかはわからな………いいや待って! 一つだけ手があります」
それは、緑祁が辻神に挑戦状を送るというもの。紫電が前にしたように、最初の一回目なら誰でもできる。だから【神代】のデータベースに情報を流すのだ。
「緑祁が辻神に対し、リベンジマッチを望んでいる。それで釣るわけね?」
「そうだよ。でも、確実に三人が見つかるわけではないから、捜索の方にも重みを置かないといけない」
不確定な要素はできるだけ排除したいが、三人が今現在どこにいるのか不明のためにそれに賭けるしかなかった。
「とりあえず……。香恵、夏に泊まった民宿にまた行ってもいい?」
「もう手配はしてあるわ」
既にスマートフォンでメールを送っている。今度は宿泊客として行く。
「よし、作戦はただいまより開始する! 行くんだ、みんな!」
それぞれ自分たちの行くべき場所に向かった。
とある山中に存在する無人のペンション。彭侯の親が死ぬ前に購入した別荘に彼らは本拠地を移した。ここは【神代】に報告してないので、絶対にバレない場所だ。
「昨日のアイツ? もう死んでるだろう?」
彭侯はそう言った。彼の毒厄ではインフルエンザ級の症状が限界だが、それでも十分に死へ導けるのだ。
「そう思うよな、普通は。しかしアイツはその物差しには収まらないらしい」
しかし、辻神の持つタブレット端末には、とある文面が表示されている。
「永露緑祁から俱蘭辻神へ。勝負を……白黒を決めよう。場所は………」
これが更新されたのは、一時間前。
「別の人が書き込んでいるんでは? 本人って確証はないワ! それにこれは罠かもヨ、だってアイツはぼくたちの目的に勘付いて……既に【神代】に報告しているんじゃないの?」
山姫の言うことももっともだ。
「でも、これは逆にいい機会だ」
と、辻神は言う。
そのワケを説明する。
「あまりに大きく私たちが動けば、【神代】も本命の霊能力者を派遣するだろう。おそらく私たち三人では、そいつらには勝てない。だがこの緑祁とかいう小僧一人なら話は別だ。コイツを捕まえて人質にし、【神代】を交渉のテーブルに座らせる。私たちの目的は【神代】への報復でも、復讐でもない。跪かせ頭を下げさせ謝罪させることだ」
だから行動は大きすぎず小さすぎない方がいい。辻神は今、緑祁について調べてみた。
「四月に修練という曰く付きの霊能力者を捕まえている。実績は十分。そんなアイツが私たちに負ければ、【神代】の面子に少し泥がつく。そうなればこちらの要求を通す材料になり得る」
人質として十分な人材だ。
「じゃあ辻神、アンタが今日中に行って終わりか? だってアンタなら絶対に負けないだろう?」
「いいや私はちょっと出かける。だからこれはおまえたちに任せたい」
意外にも、辻神は消極的な発言をした。
「スー、スー……。はっ! ああ、何? 何か用事でもあるの?」
「仕入れておきたい品がある。私はそれを探す。それは【神代】との交渉で絶対に必要な物だ」
その何か……かつて彼の父が健在だった時に、存在が【神代】に発覚して没収されるのを恐れて富士の樹海に隠した物……を探すために辻神は、緑祁の元にすぐには行かないと言う。
「だったら僕に任せてヨ! 緑祁を倒してここまで連れてくればいいんでしょう? ぼくにだってできるワ!」
「オレは心配だが……」
「ここは山姫に任せようじゃないか、彭侯? おまえはここに残っていろ」
「わかったぜ!」
動きが決まったので、山姫がまずペンションを出た。次に辻神が出発した。
「だからこうしてはいられない! すぐに霊能力者を招集だ! 被害が出る前に捜索する!」
数分後、ちょうどこの日に予備校に居合わせた四人の霊能力者が教室に入って来た。
「おや、緑祁。久しぶりだな」
「え、誰ですか?」
「おいおい覚えてないのか、ボケ! 巌流島で顔、会わせただろう? 薄情者が、おれたちの顔は印象にすら残らなかったのか?」
本当に誰だかわかっていなさそうな緑祁に、香恵は耳打ちをした。
「今怒鳴った人は、西鳥空蝉よ。隣のちょんまげ頭の人が、東花琥珀。それからあっちの女性陣は南風冥佳に北月向日葵……。全員紫電と修行した人物って聞いたわ」
「あーそう言われれば、いた気がしなくもない……?」
緑祁とは関りが薄い上に会った日に自己紹介もしていないので、覚えている方が不自然である。
「では今から方針を発表する! この辻神、彭侯、山姫の三人は【神代】に何らかの攻撃を与えようと企んでいる。もちろん事前に防ぎたい。そこでだ、お前たち六人にこの一件を頼みたい!」
「ちょっと待って!」
しかし異議を唱える緑祁。
「ういうのは、人数が多い方がいいですよね? なら紫電に協力を仰いだ方が……」
「小岩井紫電のことか? 残念だが彼は今、別の任務に就いている。だからこの作戦に混ぜるのはできない」
「でも、絵美や刹那たちが……」
います、と答える前に満に言われる。
「廿楽絵美、神威刹那、大鳳雛臥、猫屋敷骸の四人だろう? 彼女らは今、それどころではない」
どうやら四人は何かをやらかしたようで、それが原因で参加はできない。
「………」
その四人が駄目なら、皇の四つ子や【神代】の処刑人にも協力してもらえそうにないので、緑祁は挙げた手を下ろした。しかしまだ何か不満そうな表情をしていたのを、満は見逃さなかった。
「何だ? 言ってみろ、緑祁君」
その曇りに隠れた心境を暴露する。
「僕は……。僕が彼らを止めるべきだと思っています」
「どういう意味だ?」
満は思った。緑祁は昨日、辻神たちに負けて逃げた。だからその汚名を返上したいのだろう、と。リベンジをして逆に打ち負かそうと思っているのだ、とも。
しかしどうやら違うようで、
「満さんの話が正しければ、辻神、彭侯、山姫の三人はずっと、過去の出来事に囚われ未来を見ることができなかったんだと思います。僕はそんな彼らを救いたいんです!」
過去のしがらみから脱却できた緑祁だからこそ、そういう発想を抱けたのだ。
「救う……だと?」
満は迷う。緑祁の思いは十分にわかるが、危険を冒す理由にはならない。
(一度負けて逃げた緑祁君にそれができるか……? 難しいんじゃないか? だが緑祁君以外の霊能力者では、純粋に辻神たちを物理的に負けに持って行くことしかできない……)
天秤にかけても傾かない。だからここで視点を変えた。
(富嶽様なら、どう考える……?)
今の【神代】のトップである富嶽なら、きっとこう言うだろう。
「わたった。ではチャンスを与えよう」
と。
(緑祁君はあの紫電の挑戦状を受け取り、実際に戦って相打ちに持って行った人物だ。それに修練を追い詰めたこともある。我儘を言う資格はある!)
だから、
「わかった。ではそういう作戦にしよう。緑祁君が辻神たちを捕まえ、ここまで連れてくること! もしも失敗したらその時は別の霊能力者に任せる。それでいいな?」
「は、はい!」
自分の希望が通ったので、緑祁は明るい返事をした。
「待つでござる! 満、拙者たちは何をすればいいで候? まさか呼び出しておいて出番なし、だなんてごめんでござるぞ?」
「そうだな……。琥珀たちには、防衛を頼みたい」
「何を守るのよ?」
冥佳が聞くと、
「辻神たちは過去を払拭したいと思っている可能性もあるから、『月見の会』の慰霊碑の守備に就け! 房総半島と富山の二か所だ。だから二手に分かれて。これは緑祁君よりも【神代】が信頼を置いている、お前たちが適任だ」
【神代】の信頼はそれイコール強さの尺度だ。また緑祁と四人が手合わせをしたことはないので、ここで優劣を決めることもできない。
「了解! じゃあ冥佳は私とコンビ組んで、房総半島の方に! 空蝉と琥珀は富山の方に行ってね」
向日葵が言うと他の三人は納得。
「ところで緑祁君? あの三人とどうやって見つけ出すつもりなんだ?」
「そうですね……」
少し考える。
「実はいまいち、どうすればいいのかはわからな………いいや待って! 一つだけ手があります」
それは、緑祁が辻神に挑戦状を送るというもの。紫電が前にしたように、最初の一回目なら誰でもできる。だから【神代】のデータベースに情報を流すのだ。
「緑祁が辻神に対し、リベンジマッチを望んでいる。それで釣るわけね?」
「そうだよ。でも、確実に三人が見つかるわけではないから、捜索の方にも重みを置かないといけない」
不確定な要素はできるだけ排除したいが、三人が今現在どこにいるのか不明のためにそれに賭けるしかなかった。
「とりあえず……。香恵、夏に泊まった民宿にまた行ってもいい?」
「もう手配はしてあるわ」
既にスマートフォンでメールを送っている。今度は宿泊客として行く。
「よし、作戦はただいまより開始する! 行くんだ、みんな!」
それぞれ自分たちの行くべき場所に向かった。
とある山中に存在する無人のペンション。彭侯の親が死ぬ前に購入した別荘に彼らは本拠地を移した。ここは【神代】に報告してないので、絶対にバレない場所だ。
「昨日のアイツ? もう死んでるだろう?」
彭侯はそう言った。彼の毒厄ではインフルエンザ級の症状が限界だが、それでも十分に死へ導けるのだ。
「そう思うよな、普通は。しかしアイツはその物差しには収まらないらしい」
しかし、辻神の持つタブレット端末には、とある文面が表示されている。
「永露緑祁から俱蘭辻神へ。勝負を……白黒を決めよう。場所は………」
これが更新されたのは、一時間前。
「別の人が書き込んでいるんでは? 本人って確証はないワ! それにこれは罠かもヨ、だってアイツはぼくたちの目的に勘付いて……既に【神代】に報告しているんじゃないの?」
山姫の言うことももっともだ。
「でも、これは逆にいい機会だ」
と、辻神は言う。
そのワケを説明する。
「あまりに大きく私たちが動けば、【神代】も本命の霊能力者を派遣するだろう。おそらく私たち三人では、そいつらには勝てない。だがこの緑祁とかいう小僧一人なら話は別だ。コイツを捕まえて人質にし、【神代】を交渉のテーブルに座らせる。私たちの目的は【神代】への報復でも、復讐でもない。跪かせ頭を下げさせ謝罪させることだ」
だから行動は大きすぎず小さすぎない方がいい。辻神は今、緑祁について調べてみた。
「四月に修練という曰く付きの霊能力者を捕まえている。実績は十分。そんなアイツが私たちに負ければ、【神代】の面子に少し泥がつく。そうなればこちらの要求を通す材料になり得る」
人質として十分な人材だ。
「じゃあ辻神、アンタが今日中に行って終わりか? だってアンタなら絶対に負けないだろう?」
「いいや私はちょっと出かける。だからこれはおまえたちに任せたい」
意外にも、辻神は消極的な発言をした。
「スー、スー……。はっ! ああ、何? 何か用事でもあるの?」
「仕入れておきたい品がある。私はそれを探す。それは【神代】との交渉で絶対に必要な物だ」
その何か……かつて彼の父が健在だった時に、存在が【神代】に発覚して没収されるのを恐れて富士の樹海に隠した物……を探すために辻神は、緑祁の元にすぐには行かないと言う。
「だったら僕に任せてヨ! 緑祁を倒してここまで連れてくればいいんでしょう? ぼくにだってできるワ!」
「オレは心配だが……」
「ここは山姫に任せようじゃないか、彭侯? おまえはここに残っていろ」
「わかったぜ!」
動きが決まったので、山姫がまずペンションを出た。次に辻神が出発した。