第5話 始まった侵略 その2

文字数 2,914文字

 次に訪れたのは、東京だ。それも二十三区内ではなく、北西のはずれの方である。なぜこんな辺鄙な場所に用事があるのか? それは藍山大社がそこにあるからである。

「こういう目立たない場所を攻撃し、こちらの力を見せつける。宵闇宮では楽勝だったんだ、今回も苦戦しないだろうな」

 二日前に行った宵闇宮とは違い、こちらは神社の一部を破壊しても構わないと言われている。あまり大事にすると問題も色々ありそうなので、適当に鳥居でも崩して誇示しようと彼は企んでいるのだ。

「ストーップ!」

 この夜道、あと数十メートルというところで、そんな声が飛んできた。

「誰だ君は? 俺の記憶にある顔じゃないなあ? でも聞いたことがある顔だ」
「賢治、この人はアレです! 一昨日に宵闇宮に現れた【UON】の実力者です! 確か名前はディス・ラウージャ。檀十郎さんをボロクソにして内臓をえぐり出して骨をぐちゃぐちゃに砕いて血を啜ったという人です!」

 ここの守備を任されている、賢治と柚好だ。ディスの接近にすぐに反応したのである。

「知っているのなら、話は早い。だがキサマ、ワタシはそこまでしてないし、なんならダンジュウロウの怪我はちゃんと治したぞ!」
「論点ズラすなよ? 君が侵略を開始していることには変わんないんだ。悪いがここで君を撃退する!」
「ほう」

 そんなことができるものか、とディスは鼻で笑った。

「キサマらは知っているのだろう、ダンジュウロウの悲劇を? 悪いがあのダンジュウロウよりも全然強そうに見えない。それなのに、ワタシに善戦する……どころか、勝利するだって?」
「できるさ! 既に紫電がしてくれたんだから!」

 しかし自信を失わない賢治。彼の霊障は機傀で、手元に釘を出現させた。
 また、彼のこの発言を聞いたディスの眉が少し動いた。

(ギルの救出はゼブに任せてはいるが、上手くいっただろうか?)

 それが気がかりなのだ。賢治の言葉のせいで心配事を思い出してしまった。

「隙あり、です!」

 このわずかな隙を突いたのは、柚好の応声虫。カブトムシが地面から出現し、ディスの足に角を突き立てた。

「……ッ!」

 痛みを感じる。角が皮膚を貫き肉に突き刺さったのだ。二匹目が空を飛んで首元に迫るが、それをディスは捕まえた。

「このカブトムシ……角の形が独特だ! ワタシの故郷にはいないタイプ! 返しの機能を持っていて、引っこ抜けない…!」
「当たり前じゃないですか!」

 柚好は言う。

「あんたの霊障はもう把握済みです。慰療と薬束と霊魂! 戦術も聞きましたよ。だから私たちは、回復されないように戦うのです」

 その言葉通りで、彼女は応声虫を解く気がない。今、カブトムシの角はディスの足……ふくらはぎに刺さっている。それが邪魔で、この場合は抜かないと慰療で治せない。しかも賢治が持っている釘も、先端に返しがついているのだ。

「くらいな!」

 その釘を投げる。狙いは正確で、ディスの胸目掛けて直進。

「グウ! だが……!」

 ここは機転を利かせ、捕まえたカブトムシを突き出して防御する。ちょうど両者は相殺されて崩れて消える。

「なるほど、勉強しているな。それが功を奏し、ワタシは移動にちょっと苦戦しているわけだ……」

 力を入れようと踏ん張れば踏ん張るほどに、角が刺さった場所が泣き叫ぶのだ。

「乱舞があったらよ、筋肉の強化で弾き出せたかもしれないが、君にはないらしい。だからこれで攻める!」

 いやらしい戦術であることは二人も承知だ。だがこれは日本を守るための戦い……言い換えれば戦争だ。だとしたら手段を選んでいる暇はない。

(まあいい。動かなくてもワタシは戦える。ダンジュウロウの時も、一歩踏み出す必要すらなかったんだからな!)

 けれども余裕を崩さないディス。その態度の表れか、左の懐に右手を入れる。おもちゃの拳銃を取り出そうとした。

(今! この時が最大のチャンスだ!)

 だが、その瞬間を賢治は見逃さない。機傀を用いて弾丸を生み出し撃ち出して、取り出された銃を弾いたのだ。

「ムムッ!」

 いくらディスが強い霊能力者であったとしても、霊魂が強靭であっても。発射前に道具を落とされたら意味がない。

(やはり勉強しているか。ワタシがメンタルキャノンを使う場合、必ずおもちゃの銃が必要になる……)

 拾おうにも、既に柚好が応声虫で生み出したタランチュラとムカデがそれを噛み砕いて壊している。中に隠されていた霊魂の源である虹色の石は、ケラが地中に運んで行ってしまった。

「どうします? これではあんたは手も足も出ませんね? その手足もここでもぎ取ってクマの餌にしましょう! その方が自然も喜びますし【神代】の脅威もなくなりますから」

 オニヤンマとクワガタを柚好は生み出し、腕にとまらせる。

「………」

 一方のディスは、今度は右の懐に左手を入れた。

「無駄だ! 今度取り出しても俺の機傀がその拳銃を弾く! そして柚好の応声虫が地面に落ちた銃を破壊! 君はもう負けだ!」
「負け? それはキサマらのことだ」

 そう叫んだ直後、ディスの服を内側から何かが突き破った。

「何だ……? 柚好、君の応声虫か?」
「違います。まだです」

 それは空中で軌道を変えて、賢治に迫りくるのだ。

「しまった! 霊魂だ! このヤロウ、服に入れたまま発砲しやがった!」

 放たれたのは一発だけだが、それで十分。賢治はサバイバルナイフを生み出して切るか弾こうとしたが、霊魂がミリ単位でそれを避けて動く。

「ぐわああ!」

 足の太ももに着弾。

「大丈夫ですか?」
「に、見えるか!」

 当たった後も動くことをやめない霊魂。今度は柚好を標的にした。

「えええ? 嫌ですよぉぉぉ!」

 応声虫の虫たちが霊魂を防ごうと飛ぶのだが、それを器用にかわし進む。さらにディスは銃を取り出して構えた。
 が、

「待て!」

 ディスの方から待ったをかけた。

「あ………?」

 同時に霊魂も消える。彼が意識を逸らしたためだ。
 どうやらディスのスマートフォンが鳴っているらしい。

「戦闘中に電話に出やがって! 俺と柚好は、そんなに取るに足らない相手ってことかよ! 舐め腐ってやがるな……」

 出方を伺う賢治と柚好。しかし、

「何? それは本当か、ザビ?」

 銃を下ろし、戦う意思を地面に捨ててしまう。

「どうしたんだ、ディス?」
「あれ、追撃してきませんね……」

 どうやら非常に悪い知らせが耳に飛んできたらしい。鬼のような表情をして、大声で電話しているのだ。

「チッ、そうかい! ならば早急に対処しないといけないようだな、ワタシが作戦を決めるまでキサマはまだ動くな!」

 電話を切ると、その怒った顔を二人に向け、

「この勝負、なかったことにしてやろう!」

 と叫ぶとディスは反転し、足に刺さったカブトムシを霊魂で撃ち抜いて壊してから傷口を慰療で塞ぐと去っていった。

「ふ、ふううう~」

 かなり緊張していたらしく、賢治と柚好はディスの姿が見えなくなると自然と足が曲がって地面に崩れた。

「何があったのかは知らないが、勝手にいなくなった……」
「一応、防衛には成功しましたね。【神代】に連絡です。それとあんたの足、藍山大社の霊能力者に頼んで治療してもらいましょう」
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