第8話 緑色の稲妻 その2

文字数 5,585文字

「んあ?」

 電信柱の上に立っていた岬は、違和感を抱いた。風の向きが急に変わったのだ。もちろんそういう旋風は起こしてない。

「ってことは、相手は、旋風は使えて蜃気楼は無理なのね」

 多分相手は、こちらに向かっているだろう。逃げる選択をするとは思えない。何故なら一人倒せたからだ。こういう相手は、仲間をやられると激昂して歯向かって来る。旋風も蜃気楼もないのなら遠距離からの電霊放で倒せるのだが、今は正確な位置がわからない。

(というか……。相手の旋風がこっちに来てるのよね…)

 ただ、近づいていることだけは理解できる。

「じゃあ仕方ないわね。私も地面に降りて、構えますか!」

 フワッと飛んでスタっと着地。どこからかかって来られても、一人で対処するつもりだ。


「そろそろだ」

 とにかく物陰に隠れながら距離を詰めた。敵の電霊放発射ポイントは紫電が特定し、そこにたどり着いたのである。

「いないみたいだけど?」

 が、誰もいない。周囲には車は一台も走っておらず、一般人すら歩いていないのだ。

「蜃気楼を使われているのか?」
「いいや、それは違うみたいだよ」

 旋風を使っていれば、見えない相手でもどこにいるのかわかる。今、地面の上にはいない。当然電信柱の上にもだ。

「じゃあ、逃げたの?」
「そんな馬鹿な?」

 あり得ない話である。こちらを一方的に攻撃しておいて、近づかれたら中途半端に逃げるのだろうか? 非常に合理的ではない。

「ならどこに……」

 緑祁がそう言おうとした時、地鳴りがした。

「地震だ! 気をつけろ!」
「こんなタイミングで……」

 結構大きな揺れだ。立っていられず、三人とも地に伏した。

「いいや違う! これは地震じゃない! 礫岩だ!」

 遅れて緑祁が気づく。山姫のように礫岩を使える人なら、周囲の大地を揺さぶることはできて当たり前だ。
 そして正解と言わんばかりにアスファルト舗装を砕いて、地中から岬が現れた。

「で、出た! コイツが香恵を!」
「驚いたわ……! 私の電霊放を一発見ただけで位置情報を欺くことまで考え出せるとわね! でもここまでよ!」

 岬が最初に狙ったのは、雪女だ。

「誰かしらね? 名乗って欲しいわ」
「雪女。こっちの人は紫電と、緑祁。きみは?」
「大神岬!」

 沖縄の孤児院出身で、今は京都の聖霊神社で修行している身だ。【神代】の動向には全く興味がなく、指示にも従おうとしないタイプで、霊怪戦争にも不参加だった。そんな彼女だが、この大会には目的があって出場した。

「雪女、大丈夫か!」
「ここは私にまず任せて」

 雪の氷柱を握り、岬に向かって降り下ろす。

「きみが倒した香恵の分だよこれは……」

 しかし華麗に避ける岬。

「霊障合体・炎獄拳!」

 炎をまとった拳が、雪女の氷柱を溶かし折った。

(くっ……)

 このままではマズい。そう感じた紫電と緑祁は加勢することに決める。

「雪女! コイツは三人で倒すべきだ! 今助け……」

 だが思考に反して、足が動かない。いや、筋肉痛のような痛みを感じ、膝が崩れる。

「ううっ! 頭が痛い……! これは………?」
「毒厄? でも、どうやって流し込んだの?」

 二人は何も感じなかった、と思っている。実は違い、岬は既に霊障合体・疫病跋扈を使って彼らに毒厄を注ぎ込み手足を麻痺させ、逃げることも戦うこともできないようにした。ただしそれ以上の毒による攻撃は不可能であるらしく、

「今は私と雪女の一対一よ? 邪魔はしないで! 男ども二人の相手は、雪女を落としたらやってあげるからね~」

 あくまでも時間稼ぎの一部だ。

「そう簡単には、負けない……」


「どう思う、緑祁?」
「雪女なら負けないとは思うけど……?」
「そうじゃねえ。あの岬って女のことだぜ」

 ここに一人で来ている。その意味を考えろ、ということだ。

「チームを組んでくれる人がいなかった……つまりは仲間外れのボッチ。もしくは、本当は四人一チームだったが他のメンバーがここまで来れなかった最後の一人。どっちだと思う?」
「うーん……」

 と、頭痛がする頭で少し考えてから、

「前者じゃないかな? さっきの遠距離電霊放からして、同じレベルの人がいなくてチームが作れなかった……んじゃない?」
「あり得るな、それも。だが俺は、残りの一人説を推すぜ」

 どうしてかを聞かれると紫電は、

「アイツがやっていることはおそらく、他の出場者を刈り取ることだ。何でそんなことをしていると思う? チームの仲間が脱落し自分しかもう残っていないので、他の霊能力者を攻め落としてゴール。最終的な順位を押し上げるって寸法だ」
「あっ、だから順位表に名前がないんだね」

【神代】側が他の出場者を脱落させて身内を優勝させ、賞金を総なめという汚いことをするとは思えない。やるとしても、跡継ぎというそのポジションに収まるべき人物がいるので、彼女の役目ではないはずだ。

「雪女……。頑張ってくれ! アイツを倒せば、もう優勝は目の前だ……!」

 この、紫電の願いは届くのだろうか。雪女はその期待に応えられるのだろうか?


 雪女はまず、雪の結晶を繰り出した。というのもまだ相手の全貌が見えてこないためだ。

(電霊放と礫岩は使える。乱舞と鬼火も。でも蜃気楼は無理。今はそれしかわかってない)

 様子見には、結晶が適任。

「舐めてるわね、あなた」

 この態度に、岬は怒っている。

「手を抜いて勝てると思ってるのなら、後悔しかしないと思うわよ?」
「どうだろうね? きみこそ、一人で私たちと戦おうとしてたじゃん。きみもこっちを甘く見てるでしょう?」

 明らかに、感情を逆撫でする発言だ。しかしそれは雪女の作戦。怒りに囚われ勝負を見失わせれば、勝算があるのだ。
 しかし、

「ま、ここは頭を冷やすわね」

 と言って岬は雪の氷柱を生み出すとおでこに当てた。ひんやりとした感覚が、彼女に冷静さを与える。
 四、五秒すると、

「じゃっ……。行きますか!」

 機傀を使ってメリケンサックを生み出すと、それを握りながら雪の結晶に殴り掛かった。一撃で、分厚い氷が割れた。

「うわっ……」

 これは予想外だ。もう少し手こずると雪女は予想していたのだ。

(もう仕方がない。攻めないといけないタイミング。攻撃は最大の防御って言うし、行くわ)

 雪の氷柱を生み出し、岬に向かって投げつけた。

「危ない!」

 避けるのは難しい。そういう風に投げたからだ。だが岬も回避が不可能と判断するとすぐに、氷柱に殴り掛かって叩き割ってしまう。

「そこだ……」

 凍らせる。雪が岬の拳に付着したその瞬間に。

「効かないわ、そんなの」

 同時に岬も炎獄拳を使って拳を燃やした。そして燃える拳で雪女を襲う。

「くっ……」

 これは辛い。さっき、氷柱は熱に負けて溶けていた。この攻撃、雪女には防ぐ手段がなく逃げるしかない。後ろに下がった。

「えっ?」

 途端に踵に何かが当たって、転んでしまう。その際に見てわかったのだが、地面が隆起している。

「れ、礫岩……」

 音もなく使われていたのだ。相手は自分が後ろに下がると確信していたから、先手を打っていたのである。

「もらったわ!」

 この、態勢を崩した一瞬。岬は一気に駆け寄り、トドメを刺そうとする。

「霊障合体・酸化炎!」

 毒厄を帯びた鬼火が迫る。

(防げないから、炎で攻撃してきたっ)

 でも雪女も、こんなすぐに勝負を諦める女ではない。自分の体が地面に落ちるのなら、逆にそれを利用するまでだ。後ろに向かって雪の氷柱を放ち地面を凍らせ、転ぶ衝撃でその上を滑る。

「ほう、中々やるわね。今ので倒せたと思ったのに」
「だから言ったでしょう? 手を抜いて勝てると思うな、って」
「じゃ……。本気で行こうかしら? 負けて後悔したくないからね!」

 岬はそう言って、機傀で作ったパチンコ玉を上にばら撒いた。

(な、何これ……? 何が始まるの?)

 理解に遅れた。でも、本能が告げている。すぐに逃げろ、と。そして体が勝手に動き、さらに地面を滑って逃げる。

「電雷爆撃! あ、外したわ!」

 パチンコ玉から電霊放が雷のように下に落ちた。

「あ、危ない……」
「やっぱり他人が使ってる技を真似るのは、良くないわね。皇の四つ子が使ってたから強いと思ったんだけど……期待外れも甚だしいわ」

 やっと立ち上がる雪女。周囲の段差に気を配り、大丈夫と判断した場所に足を置く。いくつもの霊障を使える岬とは異なり、雪女は雪一つしか使えない。

(でも、勝ってみせる。香恵をあんな目に遭わせたこの岬は、ここで必ず……)

 闘志が燃える。自分でも熱いと感じるほどだ。
 雪女が勝つには、雪の氷柱を岬の体に通さなければいけない。問題はどうやるか。彼女の目の前で堂々と使っては、鬼火で燃やされたり乱舞で割られたりされてしまう。

(見えないように氷柱を使えば……。背後に回れないのなら……)

 できないことを一つずつ潰していき、勝利の方程式を頭の中で解いた。指と指の間に氷柱を挟み、腕を振ってそれらを放つ。

「何のこともないわ」

 当然、この攻撃は鬼火で防がれる。でも、それでいい。溶かされて水または蒸発してしまった場合はもう操作不可能だが、外れた氷柱は地面に当たってそこを冷やす。

「乱れ撃ち……」

 何度も何度も岬目掛けて投げた。でもその大半はカモフラージュで、本命は地面を冷やすことだ。

(鍾乳石のように上に伸びる氷柱を作って、岬をそこに押し出せば、私でも十分勝てる。今の彼女はまだ、それに気づいてない)

 そして気づかれたら終わりだ。だから、

「どうしたの? きみからは攻めないんだ? 防ぐだけで精一杯ってわけだね」

 少し挑発も入れる。

(確かに雪女の言う通りではあるわね……。通じないとわかった途端に、物量に物を言わせてきた! 氷柱の乱れ撃ちは怖くも何ともないけど、前に進むと防ぎにくくなるわ……)

 岬の表情がちょっと曇ったのを、雪女は見逃さない。

(この女に考える暇を与えては駄目……。今は間髪入れずに攻める。下に気を取らせないようにしないと)

 大きめの氷柱を、両手で持って投げつけた。

「アイイイィイイイイっ!」

 それをメリケンサックをはめた拳で、アッパーして打ち砕く岬。少しジャンプした。着地した時、口元がわずかにニヤついた。

「気づいちゃったわ、あなたの思惑に!」
「は?」

 今、岬はほんの少しだけ上に飛んだ。それだけの動作で、温度差に勘付いた。地面の下と二メートルほど上では、かなり温度に開きがある。それも自然や季節が原因とは思えないほどだ。
 では、何がその差を生み出しているのか。それはさっきから雪女が投げている氷柱である。下を見た。

「やっぱりね」

 地面の上には、もう鋭い氷柱が育っていた。

「バレた………」

 一瞬で雪女の顔の血の気が引いた。岬はその氷柱を全て足で払って折った。

「そこっ!」

 しかも動作が止まってしまっており、岬のビンタを頬にくらった。

「うぐっ……」

 だが何とか、まだ踏ん張る。

「しつこいわね! もう勝ち筋が消えたんだし、降参でもしたらどうなのよ? それともまだ何か手があるわけ?」
「諦めないよ、言っておくけど」

 雪女は看護大学を受験した際、紫電に言われた言葉を思い出した。

「医者が諦めたら、患者は死ぬ。勉強もそれと同じだ。投げ捨てた途端に点数が消える」
「でもさ、どうしても無理って時はない? 今の医学で治せなかったり、そもそも既に手遅れだったりは? そういう時は、どうなの?」
「結果を変えられねえと知ってても、足掻かなきゃいけないんだ。そして足掻いた人にだけ、奇跡は訪れる。何も変えようとしないヤツには掴めない境地、ってのがあるんだよ」

 当時はただ単に、受験勉強から逃げ出さないための根性論だと思っていた。しかし今こうして岬と対峙していると、あの言葉は本当だったと実感した。

(最初から諦めてたら、きっと何もできずに負けていた。でも今は違う。私は最後まで諦めない)

 こんなことを言う性格じゃなかった。一緒に過ごしていた紫電の影響だ。そして彼が心の中の闘志を燃やすキッカケとなった緑祁にも起因している。

(香恵のためにも……そして緑祁のためにも。紫電のためにも、私は、勝つっ……)

 折られた氷柱が彼女の意思に従って、上に移動する。かなり大量に撃ち込んでおいたので、一気に岬の頭上の気温が下がった。

「な、寒い! これは……!」

 反射的に上を向くと、そこには自動車くらい大きな氷の塊が出来上がっていた。後はこれを岬に落としてやるだけだ。

「いっっっっっけえええええええええぇぇぇぇ」

 幸いこの時、地面に残っていた氷柱の根元が再び成長して凍って、岬の足を固定していた。だから彼女にはこれを避ける術がない。

「なっ………」

 次の瞬間、巨大な氷塊がガシャーンという音を立てて落ちた。

「やった……」

 勝利を確信する雪女。決闘の杯を飲んでいるので、相手はこれでも死んではいない。でももう戦える状態でもないはずだ。

「砂と雪の煙でよく見えないけど、多分致命的な負傷はしてないよね? 一応確認して、怪我してたら香恵に治してもらっ……」

 信じられないものを目にした。
 何とこの煙を貫いて、岬が雪女の目の前に飛び出したのだ。

「えぇ?」
「なんてことは、ないわね」

 かすり傷一つ負っていない彼女は、そのまま驚いている雪女に、

「霊障合体・毒蟲!」

 毒を持つカブトムシを生み出して、その角で首を搔っ切った。

「…………」

 毒のせいで一言も発せず、そのまま地面に崩れ落ちる雪女。当然、脱落だ。
 何故岬は無事だったのだろうか。

「氷よりも硬い物は、世の中いくらでもあるわよ?」

 実はあの氷塊が直撃するよりも一瞬速く、霊障合体を使った。乱舞と機傀の組み合わせだ。自分の体を金属レベルの強度にすることができるこの鋼直(こうちょく)で、氷の方を一方的に砕いてやったのだ。だから、なんてことはなかったのだ。
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