第3話 謎に包まれた陰謀
文字数 3,333文字
「ちょっと待ってよ、急すぎない?」
「仕方ないじゃないの」
何と香恵は、緑祁の下宿先に押しかけて来たのである。
「僕の家に、しばらく泊まる……?」
帰り道で香恵がそう言ったのだ。
「もしさっきの子の話が本当なら、私も修練に目を付けられた可能性があるわ。私は身を守る術がないのよ。緑祁、お願いするわ」
「で、でもでも…。いきなり泊めてくれって…」
だが、寝込みを襲われたら後悔することになると言われ、緑祁は納得した。
「何も深く考える必要はないわ。そちらはそちらで普通の生活を送って」
(それができれば苦労しないよ…)
湧き上がる感情のせいで、理性が抑えられるかどうかが緑祁には疑問なのだ。そのことを指摘しようにも、口が動かない。
「じゃあ、先にシャワー浴びてもいいかしら?」
「あ、いいよ…。風呂場なら廊下だよ」
この間、緑祁は大人しくリビングでテレビを見る。電源を入れると、先ほどの事件がニュースに取り上げられていた。でも【神代】のことはどこも触れておらず、原因不明とどの局のアナウンサーも言う。
「霊能力が表沙汰になるわけないもんね…」
香恵のシャワーは早く、体にバスタオルを巻いて出て来た。もちろん緑祁は彼女が着替えるまで手で目を覆う。
「もういい?」
「いいわよ」
恐る恐る手を除けると、ちゃんと服を着た香恵が目の前にいた。
「緑祁も早く入って来なさいよ。これからの作戦を考えておきたいの」
「わかったよ」
いつもは長風呂になりがちな緑祁だったが、香恵が待っているなら話は別。ササっと体、頭、顔の順番に洗って出る。
「今ね、【神代】から情報が回って来たわ」
「何て言ってるんだい?」
香恵によれば、先ほど緑祁が戦った人物は凹谷蒼で間違いない。また、修練の一派が何を企んでいるかも知ることができたようだ。
「でも、ちょっとおかしいのよ…」
しかし事はそう簡単ではない。
まず、先に捕まっていた鎌村峻は、
「修練が、幽霊を自在に操る術があると言った」
と証言。これを聞くと修練の目的は、霊のコントロールであると思われる。しかし蒼は、
「生者の魂をあの世に捧げる」
と言ったのだ。
二人の証言は、かみ合わない。
「どうして? 人の命を奪い、それが霊魂になったら操る……。僕にはそう聞こえるんだけど?」
「そういうことは、今まで【神代】が何度も実験したわ。だから今更やり直す必要はない。それに、たったそのことだけのために、修練が【神代】を裏切るとは思えない……説得力に欠けるのよ」
「そもそも修練はどうして【神代】に反旗を翻したの?」
緑祁からすれば、それが一番わからない点である。
「ことの発端は、不自然な屍亡者の出現よ」
香恵は丁寧にそのことを教えた。
屍亡者の起源は不明である。だからどのように発生するのか、どんな魂がそれに変化するのか、は今の【神代】ですらわかっていない。
だが、一つだけ言えることがある。
「屍亡者は生者の声に耳を傾けることはないわ」
つまりは、制御することは絶対にできないということだ。
「でも、峻は屍亡者をコントロールしていたの」
「それがわかったのは、どうして?」
答えは簡単だ。
元々屍亡者は遺体か幼子から体のパーツを奪う凶悪な存在。各地で現れては、病院を転々とするのだ。そんなものが野放しになっていては危険極まりないので、病院も【神代】と結託して防衛策を考える。
導き出された答えは、病院に結界を張ること。そうすれば屍亡者の侵入は防げるのだ。
「でも、その結界の中に屍亡者が現れた…と言うより、結界の中に持ち込んだ人物がいたの。それが、鎌村峻」
すぐに彼の犯行は暴かれるのだが、その時に興味深いことがわかった。それが屍亡者のコントロールなのである。
「そして、峻に屍亡者を封じ込めた水晶玉を渡して、結界の中に解き放させた人物、それが天王寺修練よ」
自供した峻の証言から、すぐに修練についての捜査が行われた。が、二年前の四国でその活動記録は途切れ、その後を知っている人物は誰もいなかった。部下である峻ですら、つい最近になって修練と連絡を取り始めたのである。だから現在、どこで何をしているかは不明。これは蒼も吐かなかった。
「修練がどうして【神代】の意に背くことをしたかは、本人に聞いてみないとわからないわ。でもこれは、立派な反逆。捕まえてしかるべき罰を与えなければいけないのよ」
「なるほど…。屍亡者のことは始まりに過ぎないんだね。でも、峻って人はどうしてそんなすぐにバレそうなことを? 退院してからコッソリすれば良さそうだけど…」
「それは、修練からのサインよ。『今から【神代】を裏切る。もう準備は整った。お前らの防衛策は無意味だ』っていうね。少なくとも【神代】はそう受け取ったわ」
「そ、それじゃあ…」
それはつまり、修練一派は【神代】に対していつでも攻撃ができるということ。
「【神代】のためにも、速く対処しないといけないわ。今のままだと、私や緑祁の身の安全も約束できないのよ?」
蒼は口を割らなかったが、彼女が修練と連絡を取り合っていないとは考えられない。
「それに今日のあの出来事は、どうやら蒼が森でのことを見ていて、それで私たちのことを知った上での行為だったの。ということは……」
修練の方に緑祁と香恵のことが知られているのだ。それに蒼は、主たる修練が必ずやって来るとも言った。
「仲間想いみたいね。それとも塗られた泥は必ず洗い流すタイプかしら? とにかく私もそちらも修練のターゲットなのよ」
改めてそれを考えると、緑祁はゾッとした。
ならば前もって避難をするべきでは、と緑祁は言ったが、香恵によれば、探している修練の方からこっちにやって来るならそれでいい、と【神代】は考えているらしい。
「私たちの評価は今日の一件でちょっとプラスされたわ。でも総合的にはまだマイナス。私たちにも、修練を捕まえる理由があるのよ!」
霊能力者としてあまり活動してない緑祁からすれば、自分がどう評価されようと知った話ではない。だから本来なら、無視して逃げたいと言うはずだった。
だが、
「そうだね。それなら必ず修練を捕まえよう!」
全然違うことを宣言していた。きっと、香恵への好意が原因だ。それ以外にも、男としての誇りが関わっているのだろう。湧いてきた勇気が、彼に拒否することをさせなかった。
肝心の作戦だが、修練の居場所がわからない都合上、危険を承知で向こうから仕掛けてくるのを待つこととなった。
「返り討ちにすればいいんだよね」
「もちろんよ」
ここで二人は、絶対に修練のことを止める、と誓う。
「【神代】のためでもあるし、だいいち私たちのためでもあるのよ」
「うん。これは譲れない。僕と香恵が協力して修練を倒すんだ!」
二人の決意は固まった。
一方、同時刻のとある場所で動きがあった。彼らは【神代】の電波を秘密裏に傍受している。
「ありゃりゃー。どうやら蒼が負けたようです。どうします、修練様?」
この女の子は平川 緑 。セリフからわかる通り修練の手下だ。緑祁と蒼の戦いのことを、主である修練に説明した。
「蒼を助け出すことはできそうか?」
「無理ですね。連行されたみたいなので、そこは悔しいですが諦めなければいけません」
「そうか……」
静かな返事だったが、確かな怒りも込められている。
「場所は?」
「本州最北端の地、青森です」
「青森? あの場所で、か」
何やら修練には、想いがあるらしい。
「どうします?」
「計画を変更だ」
大胆にも舵を切った。本来なら計画は、別の場所で実行に移す予定だったのだが、修練は青森という場所を聞いて、気が変わったのだ。
「青森に向かう。蒼を倒したっていうその、緑祁や香恵と言ったか? 面白い。試してやろうではないか」
「でもですよ? ここから青森に向かうとなると、遠いです。あ、でも紅が近いですね…」
「向かわせろ。そして緑祁と香恵を手にかけろ」
「いいのですか? 蒼の仇は修練様自らが討つのでは?」
「紅に負けるのなら、所詮はその程度の雑魚。私が出るまでもなかったということだ。その場合でも、青森から計画を発動する!」
指示通り、緑は凸山 紅 に連絡を入れた。一足先に青森に行かせ、そして二人を始末させるのだ。
「仕方ないじゃないの」
何と香恵は、緑祁の下宿先に押しかけて来たのである。
「僕の家に、しばらく泊まる……?」
帰り道で香恵がそう言ったのだ。
「もしさっきの子の話が本当なら、私も修練に目を付けられた可能性があるわ。私は身を守る術がないのよ。緑祁、お願いするわ」
「で、でもでも…。いきなり泊めてくれって…」
だが、寝込みを襲われたら後悔することになると言われ、緑祁は納得した。
「何も深く考える必要はないわ。そちらはそちらで普通の生活を送って」
(それができれば苦労しないよ…)
湧き上がる感情のせいで、理性が抑えられるかどうかが緑祁には疑問なのだ。そのことを指摘しようにも、口が動かない。
「じゃあ、先にシャワー浴びてもいいかしら?」
「あ、いいよ…。風呂場なら廊下だよ」
この間、緑祁は大人しくリビングでテレビを見る。電源を入れると、先ほどの事件がニュースに取り上げられていた。でも【神代】のことはどこも触れておらず、原因不明とどの局のアナウンサーも言う。
「霊能力が表沙汰になるわけないもんね…」
香恵のシャワーは早く、体にバスタオルを巻いて出て来た。もちろん緑祁は彼女が着替えるまで手で目を覆う。
「もういい?」
「いいわよ」
恐る恐る手を除けると、ちゃんと服を着た香恵が目の前にいた。
「緑祁も早く入って来なさいよ。これからの作戦を考えておきたいの」
「わかったよ」
いつもは長風呂になりがちな緑祁だったが、香恵が待っているなら話は別。ササっと体、頭、顔の順番に洗って出る。
「今ね、【神代】から情報が回って来たわ」
「何て言ってるんだい?」
香恵によれば、先ほど緑祁が戦った人物は凹谷蒼で間違いない。また、修練の一派が何を企んでいるかも知ることができたようだ。
「でも、ちょっとおかしいのよ…」
しかし事はそう簡単ではない。
まず、先に捕まっていた鎌村峻は、
「修練が、幽霊を自在に操る術があると言った」
と証言。これを聞くと修練の目的は、霊のコントロールであると思われる。しかし蒼は、
「生者の魂をあの世に捧げる」
と言ったのだ。
二人の証言は、かみ合わない。
「どうして? 人の命を奪い、それが霊魂になったら操る……。僕にはそう聞こえるんだけど?」
「そういうことは、今まで【神代】が何度も実験したわ。だから今更やり直す必要はない。それに、たったそのことだけのために、修練が【神代】を裏切るとは思えない……説得力に欠けるのよ」
「そもそも修練はどうして【神代】に反旗を翻したの?」
緑祁からすれば、それが一番わからない点である。
「ことの発端は、不自然な屍亡者の出現よ」
香恵は丁寧にそのことを教えた。
屍亡者の起源は不明である。だからどのように発生するのか、どんな魂がそれに変化するのか、は今の【神代】ですらわかっていない。
だが、一つだけ言えることがある。
「屍亡者は生者の声に耳を傾けることはないわ」
つまりは、制御することは絶対にできないということだ。
「でも、峻は屍亡者をコントロールしていたの」
「それがわかったのは、どうして?」
答えは簡単だ。
元々屍亡者は遺体か幼子から体のパーツを奪う凶悪な存在。各地で現れては、病院を転々とするのだ。そんなものが野放しになっていては危険極まりないので、病院も【神代】と結託して防衛策を考える。
導き出された答えは、病院に結界を張ること。そうすれば屍亡者の侵入は防げるのだ。
「でも、その結界の中に屍亡者が現れた…と言うより、結界の中に持ち込んだ人物がいたの。それが、鎌村峻」
すぐに彼の犯行は暴かれるのだが、その時に興味深いことがわかった。それが屍亡者のコントロールなのである。
「そして、峻に屍亡者を封じ込めた水晶玉を渡して、結界の中に解き放させた人物、それが天王寺修練よ」
自供した峻の証言から、すぐに修練についての捜査が行われた。が、二年前の四国でその活動記録は途切れ、その後を知っている人物は誰もいなかった。部下である峻ですら、つい最近になって修練と連絡を取り始めたのである。だから現在、どこで何をしているかは不明。これは蒼も吐かなかった。
「修練がどうして【神代】の意に背くことをしたかは、本人に聞いてみないとわからないわ。でもこれは、立派な反逆。捕まえてしかるべき罰を与えなければいけないのよ」
「なるほど…。屍亡者のことは始まりに過ぎないんだね。でも、峻って人はどうしてそんなすぐにバレそうなことを? 退院してからコッソリすれば良さそうだけど…」
「それは、修練からのサインよ。『今から【神代】を裏切る。もう準備は整った。お前らの防衛策は無意味だ』っていうね。少なくとも【神代】はそう受け取ったわ」
「そ、それじゃあ…」
それはつまり、修練一派は【神代】に対していつでも攻撃ができるということ。
「【神代】のためにも、速く対処しないといけないわ。今のままだと、私や緑祁の身の安全も約束できないのよ?」
蒼は口を割らなかったが、彼女が修練と連絡を取り合っていないとは考えられない。
「それに今日のあの出来事は、どうやら蒼が森でのことを見ていて、それで私たちのことを知った上での行為だったの。ということは……」
修練の方に緑祁と香恵のことが知られているのだ。それに蒼は、主たる修練が必ずやって来るとも言った。
「仲間想いみたいね。それとも塗られた泥は必ず洗い流すタイプかしら? とにかく私もそちらも修練のターゲットなのよ」
改めてそれを考えると、緑祁はゾッとした。
ならば前もって避難をするべきでは、と緑祁は言ったが、香恵によれば、探している修練の方からこっちにやって来るならそれでいい、と【神代】は考えているらしい。
「私たちの評価は今日の一件でちょっとプラスされたわ。でも総合的にはまだマイナス。私たちにも、修練を捕まえる理由があるのよ!」
霊能力者としてあまり活動してない緑祁からすれば、自分がどう評価されようと知った話ではない。だから本来なら、無視して逃げたいと言うはずだった。
だが、
「そうだね。それなら必ず修練を捕まえよう!」
全然違うことを宣言していた。きっと、香恵への好意が原因だ。それ以外にも、男としての誇りが関わっているのだろう。湧いてきた勇気が、彼に拒否することをさせなかった。
肝心の作戦だが、修練の居場所がわからない都合上、危険を承知で向こうから仕掛けてくるのを待つこととなった。
「返り討ちにすればいいんだよね」
「もちろんよ」
ここで二人は、絶対に修練のことを止める、と誓う。
「【神代】のためでもあるし、だいいち私たちのためでもあるのよ」
「うん。これは譲れない。僕と香恵が協力して修練を倒すんだ!」
二人の決意は固まった。
一方、同時刻のとある場所で動きがあった。彼らは【神代】の電波を秘密裏に傍受している。
「ありゃりゃー。どうやら蒼が負けたようです。どうします、修練様?」
この女の子は
「蒼を助け出すことはできそうか?」
「無理ですね。連行されたみたいなので、そこは悔しいですが諦めなければいけません」
「そうか……」
静かな返事だったが、確かな怒りも込められている。
「場所は?」
「本州最北端の地、青森です」
「青森? あの場所で、か」
何やら修練には、想いがあるらしい。
「どうします?」
「計画を変更だ」
大胆にも舵を切った。本来なら計画は、別の場所で実行に移す予定だったのだが、修練は青森という場所を聞いて、気が変わったのだ。
「青森に向かう。蒼を倒したっていうその、緑祁や香恵と言ったか? 面白い。試してやろうではないか」
「でもですよ? ここから青森に向かうとなると、遠いです。あ、でも紅が近いですね…」
「向かわせろ。そして緑祁と香恵を手にかけろ」
「いいのですか? 蒼の仇は修練様自らが討つのでは?」
「紅に負けるのなら、所詮はその程度の雑魚。私が出るまでもなかったということだ。その場合でも、青森から計画を発動する!」
指示通り、緑は