第4話 月明かりの残光 その1
文字数 2,671文字
予定より一日遅れて、緑祁と香恵は【神代】の本店である予備校に行った。
「我々もすぐに上野周辺を探索した。手杉山姫の家も訪れたが既にもぬけの殻…。結局件の三人とは出会えず。そっちはどうだ?」
神楽坂満という人物と、空いていた講義室で話し合う。どうやら彼は昨日仲間と共に動いたようだが、何も収穫がなかったらしい。でも緑祁たちの話は信じてくれる方針のようだ。
「僕らもです。逃げるので精一杯でした……」
「それじゃあ仕方がない。前に紫電と競戦をしたお前でも、三人相手じゃ無理ってもんだ。落ち込むことはないぞ」
まず気になったのは、どうして尾行していたのに後ろに回り込まれたのか。
「多分、蜃気楼だ。幻覚を見せる霊障を三人の内の誰かが持っていて、自分たちの姿に周囲の風景を描いていたんだ。疑似的な透明人間になれるから、通りで探しても見つからないんだな」
「なるほど……」
満は黒板に人名を書く。
「お前たちの話が正しければ……」
一人目、手杉山姫。上野に住んでいる霊能力者。来月、上智大学の卒業式を控えている人物だ。霊能力者としての活動は、まあまあ。
二人目、田柄彭侯。短大を卒業後は大手のお菓子メーカーに就職。【神代】には割と活動履歴が残っており、近頃では大晦日に近所のお寺の除夜の鐘を鳴らす役目を担った。
そして最後の一人、俱蘭辻神。一浪して東京薬科大学に進学。
「辻神についてはそれだけですか?」
香恵が首を傾げるほどに情報がない。
「六年前に父親が亡くなっているが、それぐらいだ。しかし病気で死去だし、その死に怪しい点もない。だが逆に、霊能力者としての活動履歴もほとんど空欄……。何故だろう?」
【神代】として働けない理由があるのではないだろうか、というのが満の見解だ。
「きっとそれは、【神代】への報復とか復讐なんだろうけど……。でも彼ら三人に【神代】は、特別嫌がらせをしたことはないぞ? 山姫と彭侯にはちゃんと成果に見合った報酬を出してる。これで怒っているというのならそれは理不尽な逆切れだ」
しかしその原因が何なのかがわからない。
「『月見の会』……」
緑祁は思い出した。昨日三人を見かけたレストランで、辻神がその単語を呟いていたのだ。
「関係があるのか、緑祁君?」
「わかりません。でも、『月見の会』のやり方は間違っていたから滅んだ、みたいなことを言っていたのは確かです。そうだよね、香恵?」
「ええ、そうよ。【神代】を滅ぼすのとは別の目的があるらしいわ」
聞いた会話の内容を思い出し、それを満に教える二人。
「つまりこう言いたいのか? 三人は『月見の会』の末裔だ、と? しかし『月見の会』は確かに三年前に滅んだ。【神代】は戦争終結後、『月見の会』が最初に集落を築いた場所と移動した先である富山の場所を調べている! どちらからも生存者の痕跡はなかった。草一本、虫一匹すらも全部死体だった。私はこの目で確かめたんだ、間違いはない!」
「でもそうじゃないとすると、辻神たちが【神代】に歯向かう理由がわかりません!」
満の言う通り、三人が『月見の会』の元メンバーである可能性は低い。そもそも『月見の会』の霊能力者は誰一人として霊能力者ネットワークに登録されていない。だが辻神たちは違う。誕生日から登録された日に至るまで、記録が残っている。
「いや、待て! さっきから変な名前だと感じていたが……命名規則は『月見の会』と同じだ」
「同じ? どういう意味ですか?」
「『月見の会』は、子供に妖怪や伝説にちなんだ名前を付ける。その方向から見ると、三人が『月見の会』のメンバーでも矛盾しない。辻神たちが改名した記録はないから、生まれた時からこの名前だったはずだ。すると、親は……」
何か引っかかりを感じた満は一旦、極秘資料を確認するために席を外した。その間に緑祁は香恵に、『月見の会』について聞いた。
「江戸幕府が作った霊能力者の秘密結社らしいわ。大正時代に滅んだと言われていたけど、三年前に存続していたことが明らかになって、【神代】に攻撃をした……。この予備校本店もテロのターゲットにされて、私も通ってたし何ならその日に居合わせたのよ。幸いにも私に怪我はなかったけど、この本店への被害は大きかったわ………」
その後、『月見の会』は戦争に負けたために滅びる。【神代】の歴史においては三年前に、『月見の会』の霊能力者は全滅したことになっているのだ。
「前に僕の偽者が慰霊碑を破壊した、『橋島霊軍』と同じような組織?」
「そうね」
大慌てで満が教室に戻って来たのはその直後。
「発見したぞ、二人とも!」
「何をです?」
彼は黒板に書いた三人に、とある要素を付け足した。人名だ。
「……誰のですか?」
「おそらく、三人の先祖だ」
満によると、大正時代に霊能力者ネットワークに登録された人物の中で、辻神たちと同じ苗字、同じ命名規則の名前があるらしい。
「そしてその、三人の先祖の存在が【神代】に認知されたのと同じタイミングで、『月見の会』が生き残っていたことが発覚したんだ。さらに『月見の会』は最初の攻撃を【神代】に行った。その時に必ず現場検証をしていた人物が、俱蘭木霊、田柄火車、手杉雨傘の三人だ」
その先祖と思われる人物たちは、【神代】への攻撃に関与していなかった。だから見逃されていたのだろう。
「これは私の推理だが……」
と前置きし、満は述べた。
木霊、火車、雨傘の三人は実は『月見の会』の一味であり、【神代】の様子を探るためにワザと【神代】に接触したのだ。そして『月見の会』の犯行を隠ぺいした。しかしある時、彼らは時のトップである獄炎に捕まる。処罰などはなかったが、その直後に『月見の会』の存在が明らかになり、【神代】は集落を攻撃。
「三人のその後の足取りはわかっている。どうやら関東地方をうろうろしていたが、集落には戻らなかったらしいな。いいや、自分たちのせい……【神代】に捕まらなければ、『月見の会』が攻撃を受けることもなかったと考えれば、生存の可能性を考慮できても戻れなかったんだろう」
「裏切り者のレッテルを張られるから、ですね。【神代】が攻撃の準備をしているのにそれを知らせなかったから、甚大な被害を生んでしまった…」
香恵が言うと、コクンと頷く満。
「その三人! その血を受け継ぐ者が時代の流れに淘汰されず、いつの日か【神代】へ報いを与えた時に『月見の会』へ凱旋するために、名前のルールを受け継いだんだろう。その子孫が、辻神たちだ!」
三人の正体がわかった。
屈辱を味わった人たちの末裔なのだ。
「我々もすぐに上野周辺を探索した。手杉山姫の家も訪れたが既にもぬけの殻…。結局件の三人とは出会えず。そっちはどうだ?」
神楽坂満という人物と、空いていた講義室で話し合う。どうやら彼は昨日仲間と共に動いたようだが、何も収穫がなかったらしい。でも緑祁たちの話は信じてくれる方針のようだ。
「僕らもです。逃げるので精一杯でした……」
「それじゃあ仕方がない。前に紫電と競戦をしたお前でも、三人相手じゃ無理ってもんだ。落ち込むことはないぞ」
まず気になったのは、どうして尾行していたのに後ろに回り込まれたのか。
「多分、蜃気楼だ。幻覚を見せる霊障を三人の内の誰かが持っていて、自分たちの姿に周囲の風景を描いていたんだ。疑似的な透明人間になれるから、通りで探しても見つからないんだな」
「なるほど……」
満は黒板に人名を書く。
「お前たちの話が正しければ……」
一人目、手杉山姫。上野に住んでいる霊能力者。来月、上智大学の卒業式を控えている人物だ。霊能力者としての活動は、まあまあ。
二人目、田柄彭侯。短大を卒業後は大手のお菓子メーカーに就職。【神代】には割と活動履歴が残っており、近頃では大晦日に近所のお寺の除夜の鐘を鳴らす役目を担った。
そして最後の一人、俱蘭辻神。一浪して東京薬科大学に進学。
「辻神についてはそれだけですか?」
香恵が首を傾げるほどに情報がない。
「六年前に父親が亡くなっているが、それぐらいだ。しかし病気で死去だし、その死に怪しい点もない。だが逆に、霊能力者としての活動履歴もほとんど空欄……。何故だろう?」
【神代】として働けない理由があるのではないだろうか、というのが満の見解だ。
「きっとそれは、【神代】への報復とか復讐なんだろうけど……。でも彼ら三人に【神代】は、特別嫌がらせをしたことはないぞ? 山姫と彭侯にはちゃんと成果に見合った報酬を出してる。これで怒っているというのならそれは理不尽な逆切れだ」
しかしその原因が何なのかがわからない。
「『月見の会』……」
緑祁は思い出した。昨日三人を見かけたレストランで、辻神がその単語を呟いていたのだ。
「関係があるのか、緑祁君?」
「わかりません。でも、『月見の会』のやり方は間違っていたから滅んだ、みたいなことを言っていたのは確かです。そうだよね、香恵?」
「ええ、そうよ。【神代】を滅ぼすのとは別の目的があるらしいわ」
聞いた会話の内容を思い出し、それを満に教える二人。
「つまりこう言いたいのか? 三人は『月見の会』の末裔だ、と? しかし『月見の会』は確かに三年前に滅んだ。【神代】は戦争終結後、『月見の会』が最初に集落を築いた場所と移動した先である富山の場所を調べている! どちらからも生存者の痕跡はなかった。草一本、虫一匹すらも全部死体だった。私はこの目で確かめたんだ、間違いはない!」
「でもそうじゃないとすると、辻神たちが【神代】に歯向かう理由がわかりません!」
満の言う通り、三人が『月見の会』の元メンバーである可能性は低い。そもそも『月見の会』の霊能力者は誰一人として霊能力者ネットワークに登録されていない。だが辻神たちは違う。誕生日から登録された日に至るまで、記録が残っている。
「いや、待て! さっきから変な名前だと感じていたが……命名規則は『月見の会』と同じだ」
「同じ? どういう意味ですか?」
「『月見の会』は、子供に妖怪や伝説にちなんだ名前を付ける。その方向から見ると、三人が『月見の会』のメンバーでも矛盾しない。辻神たちが改名した記録はないから、生まれた時からこの名前だったはずだ。すると、親は……」
何か引っかかりを感じた満は一旦、極秘資料を確認するために席を外した。その間に緑祁は香恵に、『月見の会』について聞いた。
「江戸幕府が作った霊能力者の秘密結社らしいわ。大正時代に滅んだと言われていたけど、三年前に存続していたことが明らかになって、【神代】に攻撃をした……。この予備校本店もテロのターゲットにされて、私も通ってたし何ならその日に居合わせたのよ。幸いにも私に怪我はなかったけど、この本店への被害は大きかったわ………」
その後、『月見の会』は戦争に負けたために滅びる。【神代】の歴史においては三年前に、『月見の会』の霊能力者は全滅したことになっているのだ。
「前に僕の偽者が慰霊碑を破壊した、『橋島霊軍』と同じような組織?」
「そうね」
大慌てで満が教室に戻って来たのはその直後。
「発見したぞ、二人とも!」
「何をです?」
彼は黒板に書いた三人に、とある要素を付け足した。人名だ。
「……誰のですか?」
「おそらく、三人の先祖だ」
満によると、大正時代に霊能力者ネットワークに登録された人物の中で、辻神たちと同じ苗字、同じ命名規則の名前があるらしい。
「そしてその、三人の先祖の存在が【神代】に認知されたのと同じタイミングで、『月見の会』が生き残っていたことが発覚したんだ。さらに『月見の会』は最初の攻撃を【神代】に行った。その時に必ず現場検証をしていた人物が、俱蘭木霊、田柄火車、手杉雨傘の三人だ」
その先祖と思われる人物たちは、【神代】への攻撃に関与していなかった。だから見逃されていたのだろう。
「これは私の推理だが……」
と前置きし、満は述べた。
木霊、火車、雨傘の三人は実は『月見の会』の一味であり、【神代】の様子を探るためにワザと【神代】に接触したのだ。そして『月見の会』の犯行を隠ぺいした。しかしある時、彼らは時のトップである獄炎に捕まる。処罰などはなかったが、その直後に『月見の会』の存在が明らかになり、【神代】は集落を攻撃。
「三人のその後の足取りはわかっている。どうやら関東地方をうろうろしていたが、集落には戻らなかったらしいな。いいや、自分たちのせい……【神代】に捕まらなければ、『月見の会』が攻撃を受けることもなかったと考えれば、生存の可能性を考慮できても戻れなかったんだろう」
「裏切り者のレッテルを張られるから、ですね。【神代】が攻撃の準備をしているのにそれを知らせなかったから、甚大な被害を生んでしまった…」
香恵が言うと、コクンと頷く満。
「その三人! その血を受け継ぐ者が時代の流れに淘汰されず、いつの日か【神代】へ報いを与えた時に『月見の会』へ凱旋するために、名前のルールを受け継いだんだろう。その子孫が、辻神たちだ!」
三人の正体がわかった。
屈辱を味わった人たちの末裔なのだ。