第7話 遅過ぎた懺悔 その2

文字数 3,492文字

 どのくらいの時間が経っただろうか。気が付けば町行く人は減り、周囲には自分だけ。そんな夜道を息を切らしながら、骸は走っている。

「……ここか!」

 池や汽車がある、結構広い公園だ。緑が豊かな場所。【神代】から逃げたのではないなら、このどこかに高師がいるはず。

(いた………!)

 彼は、堂々としていた。池を囲う柵の中に入って、一本の木の幹に手を当てているのだ。
 まだ声はかけない。この距離では逃げられてしまう。忍び足で背後から近づくが、

「来たかい」

 逆に高師の方から、喋った。

「あんた……。雛臥にも謝ってもらうぞ?」
「それは本当に申し訳ないと思う。でも、ここに来ないわけにはいかなかったんだ」
「どういう事情だ?」

 聞いてみると、

「ここを見てくれ」

 高師は骸のことを招き、それを見せる。

「ヤイバ、タカシ…?」

 幹に、名前が掘られているのだ。それは今骸が読んだ通り、ヤイバと高師のものである。

「八年前に大学に入学した後のことだ。二人でここに来た。そこで、名を刻んだんだ。それが今もこうして残ってるんだ」

 樹木の方は、この傷を塞がなかったのだろうか? 違う、二人が込めた思いが、ここに宿っているのだ。だからこの文字の場所にはキノコもコケも生えていない。アリすら避けて通る。
 高師にとってここは、思い出の場所なのだ。出会ってすぐに意気投合し、二人で大学生活を謳歌させると誓った。
 だがその生活は、たった半年で破綻する。ヤイバは冤罪を着せられて精神病棟に閉じ込められ、その罪悪感を抱いた高師はその大学をすぐに辞めたのだから。

「なあ骸? 記憶は色褪せるとよく言うよな? でもこうして残った痕跡は、決して消えない。俺がヤイバと一緒に過ごせた時間は短かったが、確かに存在していたんだ」
「だからあんたがヤイバをはめたことも消せない」

 と、骸は言おうとした。しかし思わず口が閉じた。罵る言葉が喉から出ないのだ。逆に、

「あんたの思いは本物なんだな。ヤイバに対し、本当に済まないことをしたと思っている」

 その気持ちが痛いほどわかった。高師もその言葉に頷いた。

「だから、謝りたいんだ。どうして間違ったことをしてしまったのか。どうして皐のことをヤイバよりも信じてしまったのか。友情を優先すべきだったのに、俺にはできなかった……」

 今更後悔しても遅いことはわかり切っている。でも高師には、悔いることしかできない。せめて、直接会えないのなら二人の友情が確かに存在したこの場所に行き、刻んだ名前に謝りたかったのだ。

「そうなら、先に言ってくれればよかったのに……」

 そういう事情があるなら、骸も雛臥も許可しただろう。何も突然突き飛ばす必要はなかったはずだ。

「言って理解してもらえるとは、思えなくてね。だって、身勝手な発想なんだ。ヤイバが受けた傷は、謝罪した程度で癒せるものじゃないのに、俺は謝っただけで、満足感を味わえてしまう」

 そのことも彼に罪を再認識させた。
 この時、骸は物陰が不自然に動いた気配を感じ取った。

「危ない!」

 何かが飛んできたのを、彼は察知したのだ。だから高師の体を押し倒した。その時、金属の何かが骸の頬を掠めた。

「い、今のは……」
「機傀だ」

 その声が、公園に響いた。

「や、ヤイバ……!」

 高師がその顔を見て、言った。八年前と少し変わっているものの、一目でヤイバと判別できた。

「どうしてこうオマエたちは、自分で戦わない? 文与もそうだ。仲間が逃げたら遠吠えだけしか叫ばない。もっとも神奈と霜子は少し抵抗したが、児戯にも等しいことだった」

 現れてしまったヤイバ。

「お前が!」

 この時の骸の心境は、少し複雑だ。
 ヤイバが本当は悪い人ではなかったことは、もう聞いている。しかし人を既に三人も殺しているのは事実。

(あの目……。俺なんぞ眼中にないって感じだ! 高師のことしか見ていない!)

 きっと緑祁の時も同じだったのだろうと感じた。

「退け! オマエに用はない。怪我したくなかったら、引っ込んでいろ!」
「それをしたらどうなる?」
「高師に、死んで詫びさせるだけだ」

 明確な殺意がある。

「だったら、なおさら退くかよ?」
「ほう……?」

 骸はここで、戦うことを決める。

(高師を守るためじゃない。アイツは後で【神代】に裁かれるべきだ。ここでヤイバに殺されることは、それと全然違う!)

 ポケットから取り出した植物の種を、ヤイバ目掛けて投げた。

「ん?」

 その種はヤイバの体に当たる前に成長し、つるを伸ばして彼の腕を絡めとる。

「アサガオが突然、空気中で成長した? これは噂に聞く、木綿か!」

 それは、草木に関する霊障だ。

「俺のはその上位種、木霊(こだま)だぜ? あんたの機傀とはいい勝負ができそうだ……」
「何をほざきやがる!」

 叫んだヤイバだが、直後に隣に生えていた木が、彼に向かって倒れて来た。

「……? 何だこれは?」

 ヤイバが避けたのでそれは空振り終わる。するとその木は、元通りに戻るのだ。

「そうかこういうことができるのが、木霊か。だがオレを刺し切ることはない」

 すぐに機傀でハサミを生み出し、腕に絡みつくアサガオを切断した。切れないわけではないことを確認すると、ヤイバは骸に向かって、

「大したことがない霊障だな」

 勝ち誇ったかのように言い放った。

「勝手に言ってな……。本当の恐ろしさはここからだ」

 もしも木霊がこれだけで終わる霊障なら、誰もいらないと感じるだろう。だが、そうではない。

「フンっ!」

 ヤイバの手のひらから釘が発射される。目で追える動作だが、骸は何も動かない。これが攻撃であることがわかっていないからということもあるが、それ以上に避ける必要がないのである。

「危ねえな」

 胸ポケットに忍ばせておいたタンポポの種が成長し、顔に迫っていた釘を寸前で絡めとって止めた。

「……………飛び道具による攻撃は、通じないというわけか」

 そうだ。木霊は自分の意思だけでなく、本能でも操作できる。だから脳からの指令よりも先に霊障が発現し、反応速度以上の動きを可能にしてくれる。

「お前はミスを一つ、犯している! それはこの森林公園を戦いの舞台に選んでしまったことだ!」

 叫んだ声に反応するかのように、周囲の木々が一斉に蠢いた。

「ま、マズい!」

 ヤイバはすぐに鉄棒を生み出し、それを地面に突き刺して蹴って自分の体をジャンプさせた。これが少しでも遅れていたら、倒れこむ樹木の下敷きになっていた。
 だが、ジャンプしたのも悪手だった。着地場所には草が生えており、足を着くと同時に雑草が伸びて足に絡みついたのだ。

「むうっ?」

 機傀で生み出せる刃物で切れないわけではないのだが、雑草は先ほどのアサガオとは比べ物にならないほど多く、そしてすぐに再生する。切っても切ってもキリがない。

「終わりにしてやろう、ヤイバ! だが心配することはねえぜ、お前は病棟に戻されるが、【神代】によって高師も皐も裁かれるだろうからよ」
「知っているかのような言い回しだな?」
「聞いたぜ、真実を! お前は八年前、何も悪いことはしていなかった! はめられたんだろう? そこにいる高師に!」

 指をさした骸。だがその先には、誰もいない。

「は………? え、え、えっ?」

 さっきまで確かに高師が立っていたはずなのに、である。

「高師がどこにいるって?」
「おい、さっきいただろう? でも、何で急にいなくなるんだ? まだヤイバを捕まえたわけじゃないのに……」
「オマエにオレが捕まえられるだと? 夢でも見てんのか?」

 ヤイバは丸ノコの刃を複数出現させ回転させて地面を這わせることで、足元の芝を刈った。解放された彼は今度は池の中に足を突っ込む。

(…! この池、水草がない! そもそも木霊ではそれは操作ができねえ! コイツ、予想しているな、しかも鋭い……)

 ここは種を投げて攻撃するのだ。後ろのポケットからホウセンカの種を取り出した。が、突如飛んできた丸ノコを避ける際に落としてしまった。

「どうだ? 流石に素早い植物でも回転中のノコの刃は止められないだろう? もう見破ったぜ、オマエの霊障の弱点……」
「だから、勝ったつもりなのか?」
「勝つ? 負ける? フンっ。そんなことはどうでもいい。今のオレのすべきことはただ一つ!」

 人差し指を立て、

「高師を殺すことだ!」

 それさえできればそれでいいと宣言する。だからヤイバには初めから、戦う意思はない。邪魔な骸さえどうにかできれば……もしくは無視できれば、それでいいのだ。

「おらぁ!」

 大量のパチンコ玉を池に向けて投げつけるヤイバ。その水しぶきが、骸の視線を一瞬だけ遮った。
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