第5話 魂の合流 その3

文字数 5,197文字

 紬と絣が手を合わせた時、あり得ないことが起きた。二人は怪しい光に包まれ、その光が止むと、一人の少女だけがそこに立っているのである。

「紬と絣は……?」
「さっきまでそこにいたヨ? で、でも! 突然、消えた!」

 今ここに立っている彼女の名前は、結。

「紬? 絣? はて、何のこと?」

 平然とそんなことを彼女は言う。

「どういう意味だ? アンタじゃなくて、二人がそこにいたはずだろうが!」
「ちょっと待って彭侯……。まさか!」

 山姫はあることを推測する。それは、紬も絣も最初から存在していなかったということだ。

「あり得るかよ、そんなことが!」
「確か、禁霊術『別』なら可能じゃないの……?」
「き、禁霊術……! だと…?」

 そしてその推理は、正しい。
 結は霊能力者になった際に、禁霊術を行ったのだ。自分を二つに分けて、紬と絣を生み出していたのである。だから二人は、元々は一人の人物なのだ。
 思えば不自然な点がいくつかあった。紬だけが負傷したはずなのに同じ部分を絣も怪我していたり、一方に年相応の知能を感じなかったり、紬と絣について調べても何も出てこなかったり。

「あの山荘で見た魔法陣が、『別』をするための儀式だったってことか!」

 何故結がその儀式を行ったのか、また四人の中で彼女が選ばれたのか。それはわからない。
 しかし今わかることは一つだけある。それは、結は足を怪我しておらず、毒厄も効いていないということだ。どうやら元の一人に戻ると、全て回復するらしい。

「そんなのあり? ズル過ぎじゃないのヨ!」
「だから、禁じられているんだ……」

 疲労感すらも覆せるのか、結は大胆にも一気に彭侯に近づいて、

「さっきはよくもやってくれたわね! お返しよ!」

 彼の目の前で霊障合体・鎌鼬を発現。

「ぐぶっ!」

 カミソリが服を切り裂いて貫通し、何本かが胸に突き刺さった。血が流れる感触が、肌を伝わる。

「コイツ……! くらえ!」

 だが相手から近づいているということは、それは逆に彭侯にとっては攻撃の大チャンスだ。この距離なら、汚染濁流は避けようがない。

「終わらせてやるぜ、くらいな!」

 指先から水を放った。だがその時、結の体に魔法陣が描かれた。おそらく蜃気楼で生み出した即席のものだろう。そして一瞬光ったと思ったら、

「な、何ぃい! コイツ、どうなってるんだ……?」

 結は分裂し、二人になったのだ。もちろん彼女たちは、紬と絣である。

「ううっ!」

 汚染濁流は続行されているので、二人が受ける。即座に発病し、地面に倒れた。すると手を合わせてまた光り、

「よいしょっと」

 結に戻る。

「こんなことが、可能なの……?」

 驚いている山姫。無理もない。かなり短い間で禁霊術を使ってまたすぐに解いたのだから。

「邪魔だわ!」

 理解が追いついていない彭侯に対し、結は容赦なく霊障合体を使う。礫岩と旋風の合わせ技、砂塵(さじん)

「どおおああああ!」

 地面がめくれるほどの風を生み出し、彭侯のことを吹き飛ばした。しかも岩石までおまけで飛んで来る。

「あ、危ないワ!」

 咄嗟に動けたのは山姫だ。岩には岩をぶつける。礫岩を駆使して同じ大きさの岩石を飛ばした。これは彼女の霊障なので、結の砂塵の旋風の影響下にはおかれない。

「っ……!」

 目の前で岩と岩がぶつかり、両方とも砕け散る。彭侯に降りかかった小粒の石は、彼の鉄砲水で洗い流した。

「このまま反撃だ、山姫!」
「任せてヨ! 霊障合体・火炎噴石!」

 地面から、炎に包まれた岩石を噴き出させる。これが当たれば、かなりのダメージだ。

(どうなる……?)

 しかし自分から指示しておいて、彭侯は実はこの攻撃が結に通るとは思っていない。

「通じないんだよ、あなたたちの攻撃は!」

 結がまた、自分の体に蜃気楼で魔法陣を描くとその体が光り、紬と絣に分裂した。

「ぐわあ!」

 直後に紬が前に出て、火炎噴石を胴体で受ける。結構な衝撃があったらしく後方に飛ばされ絣とぶつかる。そしたらまた、元の結に戻ってしまう。

「禁霊術『別』を駆使すればさ、あなたたちからダメージは受けないんだよ。だって元の私一人に戻る時、全ての異常と負傷はなかったことになるんだから!」
「そ、そんな……!」

 山姫は絶望を抱いた。しかし反対に彭侯は、希望を見い出した。

(いいや! 必ず欠点があるはずだ! 諦めるな、オレ! 迷路を解いて答えを見つけ出すんだ……!)

 今はまだ、その答えが何かはわからない。とにかく攻めて弱点を探るのだ。

「攻め続けろ、山姫!」
「え? で、でも……?」
「いいから! オレが弱点を探す!」

 言われるがまま、山姫は火炎噴石を使った。

(ここら一帯を陥没させてれば、流石に倒せる? でもそれじゃあ、結の身が危ないし他の人にも迷惑だワ…。ここは彭侯の言う通りに動いて……)

 何個も何個も燃える岩を噴火させる。

「あはは、打つ手なしって感じね? がむしゃらに攻撃してれば勝てるって本気で思ってる? 馬鹿じゃないの?」

 禁霊術を使うまでもないのか、結は自分に向かって飛ぶ火炎噴石を横にジャンプして避ける。

「うるさいヨ! 勝負はこれから! ぼくも彭侯も、絶対に負けない!」
「その勢いだ、山姫!」

 彭侯が火炎噴石と共に結に近づき、鉄砲水を繰り出した。

「ふんっ!」

 当たる寸前、また禁霊術が発現。二人に分かれた紬と絣が、その鉄砲水を受け止める。

「ただの水? 何だ、だったら使うまでもなかったね」
「はい!」

 そして紬が霊障合体・鎌鼬を繰り出し彭侯のことを退ける。

「危なっ! チクショウ、鎌鼬が厄介すぎて無暗に近づくのは危険だ!」

 あと一歩踏み出していたら、首に丸ノコが直撃していたところだった。しかも危ないのは鎌鼬だけではないのだ。

「砂塵!」

 フワッと、まるで綿が風に吹かれるかのように、自分よりも大きな岩石が悠々と飛んで来る。

「うおおおお! 汚染濁流!」
「無駄よ!」

 どうしても、こちらの攻撃は『別』で分裂されてから受けられる。二人になる前には間に合わない。今の汚染濁流も、紬と絣に当たって病を発病させれたものの、すぐに元の結に戻ってしまい水泡に帰す。一旦彭侯は山姫の側に戻った。

(あと少しで、何かが閃きそうなんだ! それさえ掴めれば! 勝てる!)

 その、ちょっとしたキッカケでいい。それがあれば勝利に一歩近づけるのだ。
 山姫と彭侯を見て結は、

「面倒なことしかしてこないんじゃ、駄目ね。もうお終いにしてしまうわ!」

 フィニッシュを宣言した。

(何をする気だ……?)

 切り札となる霊障合体を使う。地面に手をついて、

「霊障合体・鉱山死原!」

 礫岩と機傀を合わせた。地震がまず起こり、地面がめくれる。その地中から、機傀で作られた槍や剣が飛び出すのだ。

「うおおおおおお!」

 これをくらえば串刺しにされ、死ぬ。本能でも理性でも直感できる。避けなければならないが、地震のせいで動くどころか、立ってすらいられない。その状態の二人に、鉱山死原が砂煙と共に迫りくる。

「こ、こっちに逃げれば!」

 山姫の方が礫岩を使って地面に穴を作り、その中に逃げようとする。しかし鉱山死原はその逃げ道すら、上下左右から鎌を飛び出させて潰してしまう。

「そんな……!」

 次の瞬間、白い煙の中に二人が包まれた。

「鉱山死原は地面と地中にいる者は必ず、串刺しにする! だから私の切り札! さて業戒はどうなったのかしら?」

 その前に、二人の遺体を確認するべきだ。そう思った結は、先ほど山姫と彭侯が立っていた場所に歩み寄る。

「うん……?」

 しかし、あるはずの遺体がないのだ。

「ど、どうして……? 仕留め損なったの?」

 あったのは、大きな岩だ。燃えているから、火炎噴石なのだろう。これがあるということは、山姫は確実に生きている。
 次の瞬間、上から水がその燃える岩に降ってきた。

「きゃっ!」

 それは結に直接当たったのではない、ただ、炎がその水を瞬時に蒸気にし、それを少し吸っただけだ。

「驚かせちゃって、図々しい! そもそもどこに……いっ………」

 おかしい。足が動かせない。頭痛と悪寒に同時に襲われ、吐き気もする。節々が痛み、動くのが億劫になる。

「え、こ、これ……」
「そうだぜ? オレの毒厄は、インフルエンザ級! アンタは見事に発病してしまったってわけだ!」
「な……!」

 辛うじて見上げると、そこから山姫と彭侯が降りてきた。

「地面にいるなら、鉱山死原は逃げられない。なら、上に逃げちゃえばいいワ。礫岩と鬼火で火炎噴石が使えるぼくなら、足場となる程度の岩ぐらい簡単に上に噴き出せる! 後はしがみついていればいい!」

 着地には失敗し、二人は転んだ。でももう関係ない。結は跪いて、動けなくなっているのだから。

「ぐぐ……!」
「思ったんだ。アンタは攻撃が当たる前に禁霊術を使って、二人……紬と絣に分かれてしまう。二人にはダメージを与えてもすぐに元に戻って完全に回復! なら、分かれる前……結に攻撃をしたら? これはオレの予想だがよ、負傷している状態では、『別』は使えない。もしくはその状態で『別』を使うと、二人になった時に異常を引き継いでしまうし、元に戻っても正常までに回復できないんじゃないか、ってな!」

 結がいつも攻撃を『別』を使った後に受けることから、その推理を構築できた。分裂する前にダメージは受けてはいけないのだ。今、彼女は禁霊術を使えない。それは体調が悪すぎるからではない。彭侯の指摘通りだからだ。

「でもアンタ、その欠点を知っているからか自分への攻撃にはかなり敏感だ。なら、最初からアンタを狙わなければいい! オレが汚染濁流を流し込んだのは、この山姫が地面に残した火炎噴石! そうすれば水は一瞬で水蒸気に変わる!」

 そこから先は、完全に賭けだった。汚染濁流が気体になっても効果を維持できるかどうか。だが彼はその賭けに勝ったのだ。きっと蒸気に変わった後すぐに結がそれを吸ったから、間に合ったのだろう。

「く、クソ……。! やるじゃないの、よ……」

 負けを認め意識を失った結は、その場に倒れる。

「ふ、ふう……! 何とか勝ったぜ!」
「やったワ!」

 軍配は山姫と彭侯に上がった。


 辻神とトルーパーは山姫と彭侯と合流。

「大丈夫だったか?」
「ああ、何とか!」
「おいおい、出血してるぞ……。血が、ひいえ!」
「トルーパーさんは血、苦手なのネ……」

 倒した結のことを確保し、山姫がおんぶする。そしてそのまま、予備校の中に入る。

「で、誰が待ってんだっけ?」
神山(かみやま)亜里依(ありえ)だ。確か【神代】の霊能力者の内、孤児院に関する問題の処理に当たっている人だ。この福島が彼女の本拠地らしいからな、ちょうどいい」
「その前にランチタイムにしないか? 腹が減ったぞ?」

 確かに。昼頃到着の予定で動き、予備校の前に来たら結と業戒に遭遇。エネルギーを補充したい衝動に駆られるのは当然。
 辻神は考えた。呑気に昼飯を食べている時に結が目覚めたら、かなり面倒になる。だからトルーパーに日本円をいくらか渡して、

「おまえはこれで好きなのを食べてろ。私たちは当初の目的通り、亜里依に報告しに行く」
「サンキュー、ツジガミ! 金は必ず返すぜ、送金で! ユーロでいいよな?」
「駄目だ、日本円だ」

 食堂のある階で、トルーパーと別れる。

「ありがとうな。おまえがいてくれたから、あの巨大な幽霊に勝てた」
「お互い様だろ? ワタシもキミがいたから、レイショウガッタイが使えた!」

 もう二階上のフロアに行き、会議室で亜里依と合流。辻神と同い年の職員である、純和風な女性だ。彼女は山姫が背負っている結を指差し、

「あの……。その子は?」
「ああ、行方不明の内の一人……猪苗代結だ。さっき予備校の前でやっと捕まえたんだ」
「そうなのですか! それは孤児院に良い報告ができそうで、何よりです!」
「それよりもおまえ、慰療は使えるか? 使えないなら、絆創膏が欲しい。彭侯が負傷しているんだ」
「えええ! じゃあ早く処置しないと、です!」

 急いで執務室に行き、救急箱を持って戻ってくる。その間に結は目を覚まして、

「ここは……」
「予備校だ。おまえが破壊しようとしていた、な」
「そうなの…。じゃあ、業戒はやられちゃったんだ……」

 気弱な声で喋る。もう毒厄は解かれているが、これ以上抵抗する気はないらしい。

「結ちゃん、話を聞かせて! いったい今、何がどうなっているのか!」

 亜里依に聞かれた時、数秒結は黙った。きっと悩んでいるのだろう。

「気にすんなよ。誰もアンタが裏切ったとは思わない。もちろん仲間にもこの情報は教えない。だよな、辻神?」
「もちろん。保護を約束する」

 それを聞くと、結は自分の安全だけは確保されていることを察知。

「じゃあ、最初からでいい?」
「もちろんだヨ!」

 メモ帳を取り出したり、パソコンを起動させたりして事情聴取に備えた。
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