第10話 雷が瞬いた その2

文字数 4,228文字

「どうだ、ハイフーン! これでもまだ、【神代】攻略や俺のスカウトを諦めねえってのかよ?」

 紫電が言うと、

「当たり前だよね」

 と返される。

「ミーには、願いが一つあるからね」

 ハイフーンは言う。

 おそらく人間の誰しもが望むであろうこと。それは、故郷への帰還。ハイフーンは感じている。それは人間という生物が持つ、帰巣本能であると。現にハイフーンの一族は一度イギリスを去った。でも二十世紀になって、結局アメリカから戻って来たのだ。

「みんな帰りたいね、生まれた場所へ………」

 年が変わる前にハイフーンは、とある人物と出会った。名を、深山ヤイバといった。彼は霊能力者であるものの、事情があって日本で暮らすことができなくなって亡命してきたというわけだ。
 ヤイバは言っていた。何があっても日本に戻る気はないと。でもハイフーンは、それは嘘だろうと思った。誰しも故郷に帰ることを願っているからだ。
 詳しい事情を聞くと、教えてくれた。なんでもヤイバは、【神代】という組織に終われているらしい。だから二度と日本の地を踏めないと言うのだ。

「それは、かわいそうなことね。帰れる戻れる場所がないっていうのは、精神的に辛いはずね……」

 ではどうすればヤイバは日本に戻れるのだろうか? それは簡単で、【神代】という組織を【UON】の下において、手配の御触書を破り捨てればよい。そうすればヤイバは、いつの日にか故郷に戻れるだろう。
 一見すると今回の【UON】の作戦はヤイバ一人のために思えるが、実は違う。

「もう数え切れないほど見てきたね、ヤイバのような人を、ね」

 日本だけの話ではないのだ。全然違う国だったり、イギリスから逆に逃げ出したり。そういう人をもう何人もハイフーンは見た。ヤイバはその内の一人でしかない。
 故郷に戻ることが許されなくなった人を見ると、ハイフーンはいつも哀しい感情に包まれる。彼ら彼女らをどうしても故郷に帰してやりたいのだ。
 そんな時、【UON】の上層部が今回の作戦を発案した。ただ、誰も乗り気ではなかった。日本は神秘的な国であり、その霊能力者や幽霊の力は未知数。動員される予定の人数も少なすぎで、これでは勝つ方が難しい。手柄にもならないことは明白で、考え出されたはいいが誰も賛成の挙手をしない状態だ。

「ミーに任せて欲しいね!」

 そんな空気を破壊したのがハイフーン。

「良いのですか?」

 当然、ディスにそう聞かれる。

「一番良いのは勝つことね。でもそれが無理なら、何か手土産を持って帰れば良いね」

 その手土産も、もう手に入った。霊障合体だ。【UON】にはなかったこの概念を持ち換えれば、流石に今の地位を失うことはない。ヤイバたちを故郷に帰すのはまずおいておき、今回は霊障合体の調査をしたことにする。その過程での敗北は、仕方ないことだ。誰も咎めないだろうし、ハイフーンも派遣した八チームに対しては上司として叱っただけで、それ以上は責めなかった。寧ろ霊障合体のことについて、レポートを書かせたほどだ。これだけで十分、堂々と胸を張って帰れる。

 でも、ハイフーンには三つだけ、心残りがある。

 一つは、自分の可愛い部下が傷ついたことだ。これには純粋に怒りしか感じていない。一番面倒を見ていたのがディスのチーム。だから彼らを倒した紫電が憎い。
 もう一つは、日本には結構優秀な霊能力者が多いことに気づいたため、人材が惜しいと感じた。強い霊能力者が仲間になるなら、それに越したことはない。そしてハイフーンが見い出した人物は紫電だった。だから彼は紫電に対し、複雑な感情があるのだ。
 そして最後となるのが、試作段階である、とある霊障の実地テスト。それは、相手が本気であればあるほど良いデータが採れる。

 では、その試作段階のものとは一体何なのか?

「今からユーに見せてやるね! 新しいファントムフェノメノン、ガジェットを、ね!」

 ハイフーンがそう言うと、彼の背中から一個の黒い歯車のような物体が飛び出した。

「ガ…ガジェット? 何だそれは?」

 日本には対訳が存在しない、全く新しい霊障である。

「思い知るがいいね! ミーのガジェットを、ね!」

 宙を舞う歯車…ガジェットは紫電に迫る。

(機傀の延長上の霊障か? いやそうだとしたら、霊障発展か? でも雰囲気が違う!)

 本能でわかる。これは機傀ではないと。

「気をつけろ、雪女! 賢治、柚好! 何か……ヤバい臭いがする!」

 紫電はそう叫ぶと同時に電霊放を撃った。だが歯車は、何と雪の結晶を作り出して防御したのだ。

「甘いね!」

 次に歯車は、その歯の隙間から鬼火を吐いた。

「何なんだこれは………」

 すかさず電磁波のバリアで防ぐ。すると今度は鉄砲水を撃ち出してきた。これは雪女が前に出て、雪の結晶で水を凍らせてガード。

「あの歯車……。霊障を中継しているの?」

 鋭い指摘だ。そしてそれがガジェットの正体。自分の操る霊障を歯車に乗せて使う。しかしそれだけが、ガジェットではない。

「フフフ……。面白くなってきたね。だからもっと楽しませてあげるね、シデン!」

 何と驚くことが起きた。歯車の数が増えたのだ。それは既にある歯車が分身を作ったり、新しいのがハイフーンの体から出現したりした。
 ガジェットの目的。それは霊障の中継だけではない。一人でより多くの霊障を、一度に扱うことだ。

「紫電、右だ!」
「いいえ、左です!」

 賢治と柚好が同時に叫ぶ。つまり左右からガジェットが迫ったのだ。左は機傀の斧を、右は雪の氷柱を繰り出し回転しながら襲い掛かる。

「させるかよ!」

 紫電の電霊放が、二方向に撃ち込まれた。歯車はそれを受け止める。その二つは力を失ったのか、地面に落ちた。

(歯車を攻撃すれば、確かに機能を停止させられるか!)

 しかしそれはほんの一時的なもののようで、すぐにまた飛び上がる。

「紫電、これはもう壊すしかないよ……」
「そうだな。ま、そうしてやるぜ!」
「無理だね」

 紫電と雪女の意見を、否定で断言するハイフーン。その証拠に歯車は雪女の氷柱を、鬼火を吹いて防御した。

「く、来る!」

 また新たな歯車が飛ぶ。それは賢治と柚好の方へ向かう。

「ここで、霊障! 機傀だ!」

 金属バットを出すとそれで振りかかる。が、歯車は電霊放を撃ち出して逆に賢治を痺れさせた。

「うぐぐ……」
「させません!」

 彼の前に、柚好が出る。彼女の応声虫で生み出された様々な虫が歯車に襲い掛かった。角や牙を駆使すれば、この歯車でも破壊できるだろう。だがそれは、その距離まで近づければの話だ。突如霊魂が飛び、虫たちをバラバラに崩してしまった。

「こ、攻守において、完璧です……。この霊障!」

 これがガジェットの恐ろしいところだ。
 ハイフーンが扱える霊障なら、本当に何でもアリ。現に今、突然歯車の動きが加速した。乱舞すらも発揮できるのだ。そして賢治の腕にかすった。それだけで彼は頭痛に襲われ、しゃがんでしまう。毒厄である。

「それだけじゃないんだね!」

 歯車が地面に落ちた、と言うより地中に潜った。そしてその中を移動し、雪女の足元を崩して出てきた。

「きゃあ…」

 礫岩。そして畳みかけるように旋風を解き放つ。

「大丈夫か、雪女!」

 吹き飛ばされそうになる彼女のことを何とか紫電は抱きかかえ、踏ん張った。

「この、ガジェット! くらえ!」

 電霊放を撃ち込むのだ。

「無駄だね」

 それは確かにガジェットの機能を停止させることはできても、完全に破壊するまでには至らない。植物の種を飛ばしてきて、それが成長しつるを伸ばす。木綿だ。

「絡まれたらお終いだ…。危ない」

 雪女の氷柱で、その植物を冷やして枯らす。

「霊障の展覧会か、コイツは!」

 何とかめまいを堪えて立ち上がった賢治が言った。そして、その指摘の通りだ。ハイフーンは【神代】が認知している霊障を全て扱える。しかもそれに加えて、ガジェットである。

「勝ち目がないです、こんなの………」

 応声虫まで繰り出されたので柚好はそれで絶望。

「いいや、勝利の方程式は一筋あるぜ!」

 そんなネガティブな空気をぶち壊すかのように紫電は叫んだ。

「狙うはあの、ハイフーン本人! 歯車がいくらしぶとくても、アイツを倒せばいいだけだ!」

 実際にハイフーンを狙って電霊放を撃つ。だがハイフーンの前に歯車が三個飛んできて、それぞれが頂点になって三角形の氷の結晶を繰り出しガードした。

「無意味だね。ミーはこのガジェットを自由自在に扱えるね」
「やってみせる!」

 紫電は駆け出した。あの歯車に邪魔されないで、ハイフーンに電霊放を撃ち込めば……。その勝利の可能性に、全てを賭けるのだ。
 もちろんハイフーンも黙っていない。ガジェットが機傀の槍を繰り出し邪魔をする。

「退け! 邪魔だ!」

 電霊放を撃ち込んでも、次から次へと歯車が飛んで来るためにキリがない。しかも紫電の死角からも迫って来て、彼の背中に乱舞で一撃入れた。

「ぐはっ!」

 背中を強烈なパンチで殴られた感触だ。

(背骨が曲がるかと思ったぜ……)

 しかも当然と言わんばかりに、毒厄付き。だから紫電の体は地面に倒れる。

「諦めて、【UON】の仲間になったらどうだね? ユーが頷くんなら、その他は見逃してやってもいいね」
「残念だが、俺は! 諦めるって言葉が嫌いでよ……!」

 フラフラの足取りで立ち上がり、一歩進もうとした。それができなかったのはガジェットの猛攻をダウジングロッドとメリケンサックで防ぐので精一杯だったからだ。

「く、クソ……! あと少しなのに!」

 歯車が多くて無理だ。今、ガジェットは九個ある。それが全部紫電を攻撃。ロッドをハイフーンに向ける暇もない。

「ぐがぅああ!」

 またガジェットが一撃、紫電に加えた。今度のは、腹に当たった。反射的に腕が腹部を押さえようと動く。

(もらったね……)

 そのがら空きになった彼の上半身に、ガジェットが迫る。機傀で電極を生み出しそこから電霊放を撃つつもりなのだ。これで、完全に黙らせわからせる。自分の方が圧倒的に上であることを。

「し、しまっ………!」

 だがその最後の一撃は、外れた。氷の塊が飛んできてそれが、歯車を弾いたのである。

「紫電。きみ一人に任せるわけにはいかないよ。私たちも協力する」
「一人で格好つけるんじゃないぜ!」
「ガジェットは私たちに任せてください、全部バラバラにしてみせます!」

 雪女たちだ。見ていられず、手を貸したのだった。
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