第1話 外れた理性 その2
文字数 3,276文字
「はあー。結構ガックシ来るぜ……」
客間に戻った病射は、布団の上に落ちるとともに落胆。大学での勉強とは違い、答えがなければ手応えもない。それがより一層、彼の心を曇らせる。報告日誌に書くことがないのも、心をえぐった。
「明日こそは! 必ず成果を叩き出してやる!」
しかし、この時の病射にはまだ理性があった。正しいやる気が彼の中に残っていた。
だが、そのやる気も段々と失われていく。三組とも、実験が上手くいかないのだ。
「必ず成功させる必要はない! 何をどうしたら失敗したのか、それだけでも良いデータになる!」
覇戒や慶刻はそうやって励ましてくれたのだが、成功しなければモチベーションも上がらない。
「いくらアイディアがあっても、それを実現できなければ意味がない……」
誰もがそう感じ始めていた。そしてそのまま、一週間が過ぎてしまう。
「申し訳ございません、覇戒さん! 何も成果が出ていなくて……。無力な俺たちを許してください!」
柚好たち四人は必死になって頭を下げ、覇戒と慶刻に謝る。しかし、
「気にするな。君たちは、三人分の霊力を一人に集中させることができただろう? 当初の目的からは脱線しているが、それで十分! 失敗にこそ真の価値があるとは思わんかね? そこから研究は発展していくのだよ!」
覇戒は何も咎めない。それは慶刻も一緒だ。
「また今度、何かアイディア浮かんだら頑張ろうぜ?」
再び誘うくらいの余裕を見せた。
「私もごめんなさい。計画書にかかれたこと、何一つできなかった……」
魔綾も申し訳なさそうに呟く。
「いいや! 魔綾君は結構いいアイディアを提供してくれた! これらは素晴らしい財産となる! ここからさらに研究して、それを実現させよう! 無駄なことなど、失敗には一つもないのだ!」
最後に病射の番だ。
(……)
実は病射、自分が励まされないことを察していた。というのも、他の柚好や賢治たち、魔綾とは違い、本当に何もできていないのである。だから褒められる部分がない。
「ごめんなさい……」
「何を言うのかね? 病射君、これは…霊障合体は二つでなければいけない、三つ以上の霊障は組み合わせることができないという事実の発見に他ならない! 実験というものは時として、意図しない結果成果を出す時もあるんだ。落胆することはない!」
意外にも、褒められた。
「一週間、ありがとうございました」
そう言って、病射たちは天秤神社を出た。
「このままで、終われるか!」
しかし病射は、この実験結果が気に食わない。何かをして挽回しなければいけないと使命感に駆られる。
「柚好が言ってた、ガジェット! それを再現できれば、天秤神社に戻れるはずだ!」
彼女が慶刻と話しているのを聞いただけだが、大体のことは理解しているつもりだ。
「まずは場所を……」
詳しくない京都を回って、人があまりいなさそうな神社や寺院を探す。
「おや?」
その時、魔綾と駅ですれ違った。病射と違って魔綾の方は京都観光を楽しんでいた。
(どこに行く気だろう……?)
彼の行き先が気になって、後を追う。
「ここか」
病射がたどり着いたのは、廃神社だ。神主もいなければ掃除や手入れもされていない、拝観に来る人もいない、もう十数年以上も前に捨てられた神社である。
(ここって、まさか!)
先にピンときたのは、魔綾だった。急いで【神代】のデータベースにアクセスする。
(やっぱり! ここはあの、魔連 神社 ! ヤバいところよ……!)
間違いない。魔連神社は強靭な幽霊が住み着いてしまい、除霊ができなかったが故に捨てられた場所だ。そこに病射が、入っていったのである。
「助けないと! で、でも……」
すぐにでも引き返させたい魔綾だったが、霊障が何一つ使えない彼女では、幽霊と遭遇した時に何もできない。だからこれ以上病射の後を追えないのである。
(でも、これくらいは……!)
せめてもと思い、【神代】に救援の要請を出した。
この神社の曰くも、そんなことも知らない病射は境内の中に進んでいく。
「さて、と。歯車はどうやって調達するか……」
腐った扉を開けて本殿に入る。その中は一目で異様とわかる空間だ。壁に札が、びっしりと貼ってある。
「ん?」
壁の札よりも病射の目を引く物が、床に置いてあった。それは壺だ。
「何だ、これ?」
壺には蓋がしてあったのだが、触れてもいないのにそれが突然、外れる。そして中から幽霊が出現した。
「こ、コイツは!」
それは、炎霊だ。炎を身にまとう怨霊である。
「ぐおおおおおおおお!」
自分が入っていた壺を即座に灰に変え、さらに本殿にも引火させる。炎霊は侵入してきた病射を焼き殺すつもりなのだ。
「どうかな?」
しかし、こんな状況だが彼は冷静だった。カバンから何かの道具を取り出した。電子ノギスだ。その爪を炎霊に向ける。
「受けろ! 霊障合体・嫌害霹靂!」
電霊放に毒厄を乗せる。桃色の稲妻が電子ノギスの先端から放たれた。その電気は炎霊が吐き出す火炎に干渉し、中和し、そして無力化する。
それだけではない。毒厄が付与されているので、少し触れただけで病が引き起こされる。炎霊の動きが鈍くなった。
しかも、病射の電霊放は拡散するタイプ。炎と共に広がっていた炎霊の体のそこら中に、命中する。
「ぎいいいいいいい!」
すかさず病射はトドメを刺す。左腕に巻いている腕時計だ。そこから電霊放で、稲妻状のブレードを生み出し、
「おりゃおおおおおおおおおおお!」
一撃で炎霊の顔を真っ二つにしてやった。すぐに炎が消え、炎霊の姿も空気に溶けていく。
幸運なことに、魔連神社は長期間放置されていてその長い時間がこの炎霊の力を弱めていた。だから病射でも勝てたのだ。
「邪魔すんなよな、全く!」
炎霊はすぐに除霊できたのだが、本殿の四分の一くらいが焼けてしまった。ここでは実験は進められないと判断した病射は、外に出る。
その時、彼は見た。
「何だ、あれ……?」
それは霊能力者の集団だ。十人くらいいる。もちろんこれは、魔綾が病射のことを心配して寄越した人員だ。
しかし、
(もしや……。あの幽霊、かなり重要だったのか? おれはそれを勝手に除霊してしまった? 【神代】への、背信行為を?)
この神社の曰くを知っていれば、向かって来る集団が味方であると判断できた。だが知らない病射は、そう考えてしまう。天秤神社での実験の失敗のせいで、心の中が悪い負の方向に流れていたことも起因している。
「逃げねーと!」
焦った彼には冷静な判断ができていなかった。自分が指名手配された感覚に陥った病射は、神社を抜け出して住宅街の奥の方に逃げてしまう。
十数分も走った。
「はあ、はあ! もう、追ってこねーよな?」
周囲を見てみる。誰もいない。それを確認すると病射はしゃがんだ。
「どうする、この後……」
【神代】は自分のことを捜索するだろう。神社で火災を起こした上に炎霊を除霊してしまった。それが、悪行だと感じている。
冷静さを欠いた今の彼は、考えれば考えるほど混乱し、そして悪い方向に思考が進む。
「おれが、犯罪者か? ふ、ハハハハ………」
おかしな発想だ。だが道を踏み外すには十分過ぎる。
「精神病棟送りか、おれが? だったら!」
悪人になってしまったのなら、いっそのこともっと狂ってしまおう。どうせ、【神代】は自分のことを探し捕まえるのだから、元の日常には戻れない。
ちょっとしたことがキッカケで、病射の理性が外れてしまった瞬間である。もう後戻りはできない。
「いなかった?」
【神代】の人員が魔綾に、病射が神社にいなかったことを伝える。
「どうして……?」
わからない。だが同時に、魔連神社に封印されていた炎霊がいなくなっていることも分かった。
(取り憑かれた? だとしたら、助けないと!)
状況が状況なため、魔綾も変な勘違いをしてしまっている。
【神代】の人員たちは、魔連神社の対応に追われることになる。
「だとしたら、香恵に頼もう! 相棒が強いらしいし!」
魔綾はスマートフォンを取り出し、電話をかけた。
客間に戻った病射は、布団の上に落ちるとともに落胆。大学での勉強とは違い、答えがなければ手応えもない。それがより一層、彼の心を曇らせる。報告日誌に書くことがないのも、心をえぐった。
「明日こそは! 必ず成果を叩き出してやる!」
しかし、この時の病射にはまだ理性があった。正しいやる気が彼の中に残っていた。
だが、そのやる気も段々と失われていく。三組とも、実験が上手くいかないのだ。
「必ず成功させる必要はない! 何をどうしたら失敗したのか、それだけでも良いデータになる!」
覇戒や慶刻はそうやって励ましてくれたのだが、成功しなければモチベーションも上がらない。
「いくらアイディアがあっても、それを実現できなければ意味がない……」
誰もがそう感じ始めていた。そしてそのまま、一週間が過ぎてしまう。
「申し訳ございません、覇戒さん! 何も成果が出ていなくて……。無力な俺たちを許してください!」
柚好たち四人は必死になって頭を下げ、覇戒と慶刻に謝る。しかし、
「気にするな。君たちは、三人分の霊力を一人に集中させることができただろう? 当初の目的からは脱線しているが、それで十分! 失敗にこそ真の価値があるとは思わんかね? そこから研究は発展していくのだよ!」
覇戒は何も咎めない。それは慶刻も一緒だ。
「また今度、何かアイディア浮かんだら頑張ろうぜ?」
再び誘うくらいの余裕を見せた。
「私もごめんなさい。計画書にかかれたこと、何一つできなかった……」
魔綾も申し訳なさそうに呟く。
「いいや! 魔綾君は結構いいアイディアを提供してくれた! これらは素晴らしい財産となる! ここからさらに研究して、それを実現させよう! 無駄なことなど、失敗には一つもないのだ!」
最後に病射の番だ。
(……)
実は病射、自分が励まされないことを察していた。というのも、他の柚好や賢治たち、魔綾とは違い、本当に何もできていないのである。だから褒められる部分がない。
「ごめんなさい……」
「何を言うのかね? 病射君、これは…霊障合体は二つでなければいけない、三つ以上の霊障は組み合わせることができないという事実の発見に他ならない! 実験というものは時として、意図しない結果成果を出す時もあるんだ。落胆することはない!」
意外にも、褒められた。
「一週間、ありがとうございました」
そう言って、病射たちは天秤神社を出た。
「このままで、終われるか!」
しかし病射は、この実験結果が気に食わない。何かをして挽回しなければいけないと使命感に駆られる。
「柚好が言ってた、ガジェット! それを再現できれば、天秤神社に戻れるはずだ!」
彼女が慶刻と話しているのを聞いただけだが、大体のことは理解しているつもりだ。
「まずは場所を……」
詳しくない京都を回って、人があまりいなさそうな神社や寺院を探す。
「おや?」
その時、魔綾と駅ですれ違った。病射と違って魔綾の方は京都観光を楽しんでいた。
(どこに行く気だろう……?)
彼の行き先が気になって、後を追う。
「ここか」
病射がたどり着いたのは、廃神社だ。神主もいなければ掃除や手入れもされていない、拝観に来る人もいない、もう十数年以上も前に捨てられた神社である。
(ここって、まさか!)
先にピンときたのは、魔綾だった。急いで【神代】のデータベースにアクセスする。
(やっぱり! ここはあの、
間違いない。魔連神社は強靭な幽霊が住み着いてしまい、除霊ができなかったが故に捨てられた場所だ。そこに病射が、入っていったのである。
「助けないと! で、でも……」
すぐにでも引き返させたい魔綾だったが、霊障が何一つ使えない彼女では、幽霊と遭遇した時に何もできない。だからこれ以上病射の後を追えないのである。
(でも、これくらいは……!)
せめてもと思い、【神代】に救援の要請を出した。
この神社の曰くも、そんなことも知らない病射は境内の中に進んでいく。
「さて、と。歯車はどうやって調達するか……」
腐った扉を開けて本殿に入る。その中は一目で異様とわかる空間だ。壁に札が、びっしりと貼ってある。
「ん?」
壁の札よりも病射の目を引く物が、床に置いてあった。それは壺だ。
「何だ、これ?」
壺には蓋がしてあったのだが、触れてもいないのにそれが突然、外れる。そして中から幽霊が出現した。
「こ、コイツは!」
それは、炎霊だ。炎を身にまとう怨霊である。
「ぐおおおおおおおお!」
自分が入っていた壺を即座に灰に変え、さらに本殿にも引火させる。炎霊は侵入してきた病射を焼き殺すつもりなのだ。
「どうかな?」
しかし、こんな状況だが彼は冷静だった。カバンから何かの道具を取り出した。電子ノギスだ。その爪を炎霊に向ける。
「受けろ! 霊障合体・嫌害霹靂!」
電霊放に毒厄を乗せる。桃色の稲妻が電子ノギスの先端から放たれた。その電気は炎霊が吐き出す火炎に干渉し、中和し、そして無力化する。
それだけではない。毒厄が付与されているので、少し触れただけで病が引き起こされる。炎霊の動きが鈍くなった。
しかも、病射の電霊放は拡散するタイプ。炎と共に広がっていた炎霊の体のそこら中に、命中する。
「ぎいいいいいいい!」
すかさず病射はトドメを刺す。左腕に巻いている腕時計だ。そこから電霊放で、稲妻状のブレードを生み出し、
「おりゃおおおおおおおおおおお!」
一撃で炎霊の顔を真っ二つにしてやった。すぐに炎が消え、炎霊の姿も空気に溶けていく。
幸運なことに、魔連神社は長期間放置されていてその長い時間がこの炎霊の力を弱めていた。だから病射でも勝てたのだ。
「邪魔すんなよな、全く!」
炎霊はすぐに除霊できたのだが、本殿の四分の一くらいが焼けてしまった。ここでは実験は進められないと判断した病射は、外に出る。
その時、彼は見た。
「何だ、あれ……?」
それは霊能力者の集団だ。十人くらいいる。もちろんこれは、魔綾が病射のことを心配して寄越した人員だ。
しかし、
(もしや……。あの幽霊、かなり重要だったのか? おれはそれを勝手に除霊してしまった? 【神代】への、背信行為を?)
この神社の曰くを知っていれば、向かって来る集団が味方であると判断できた。だが知らない病射は、そう考えてしまう。天秤神社での実験の失敗のせいで、心の中が悪い負の方向に流れていたことも起因している。
「逃げねーと!」
焦った彼には冷静な判断ができていなかった。自分が指名手配された感覚に陥った病射は、神社を抜け出して住宅街の奥の方に逃げてしまう。
十数分も走った。
「はあ、はあ! もう、追ってこねーよな?」
周囲を見てみる。誰もいない。それを確認すると病射はしゃがんだ。
「どうする、この後……」
【神代】は自分のことを捜索するだろう。神社で火災を起こした上に炎霊を除霊してしまった。それが、悪行だと感じている。
冷静さを欠いた今の彼は、考えれば考えるほど混乱し、そして悪い方向に思考が進む。
「おれが、犯罪者か? ふ、ハハハハ………」
おかしな発想だ。だが道を踏み外すには十分過ぎる。
「精神病棟送りか、おれが? だったら!」
悪人になってしまったのなら、いっそのこともっと狂ってしまおう。どうせ、【神代】は自分のことを探し捕まえるのだから、元の日常には戻れない。
ちょっとしたことがキッカケで、病射の理性が外れてしまった瞬間である。もう後戻りはできない。
「いなかった?」
【神代】の人員が魔綾に、病射が神社にいなかったことを伝える。
「どうして……?」
わからない。だが同時に、魔連神社に封印されていた炎霊がいなくなっていることも分かった。
(取り憑かれた? だとしたら、助けないと!)
状況が状況なため、魔綾も変な勘違いをしてしまっている。
【神代】の人員たちは、魔連神社の対応に追われることになる。
「だとしたら、香恵に頼もう! 相棒が強いらしいし!」
魔綾はスマートフォンを取り出し、電話をかけた。