第4話 瞞される雷光 その2
文字数 3,528文字
一人ビジネスホテルの一室にいる高師は、窓の外の夜景を見ながら思う。
(ヤイバ……君は今、どこにいるんだい? 本当に、君が神奈を殺したのかい?)
実を言うと信じたくなかった。それは彼が復讐を始めたから、自分の身に危険が迫っているからではない。
「俺は、後悔しているんだ、ヤイバ……。皐の言うことに従ってしまい、君をはめたことを。もしあの出来事がなければ、君とは今頃飲み友達になれていたかもしれないのに…。俺は君の味方をするべきだったんだって、今でも悪夢を見るよ」
夢の光景は、まるでビデオで撮影した記録映像のように鮮明だ。
「オレは、深山ヤイバだ。よろしくな」
「ああ! 俺は山県高師!」
初めて彼と出会ったのは、大学に入学した時、入学式の日、隣に座っていたのがヤイバだった。同じ学部学科であることもわかったので、講義で会うことができる。だから自己紹介をしたのだ。握手をしたのも記憶にある。
「霊能力者、なのか?」
「そうだけど? もしかしてオマエも?」
彼の家に行った時のことだ。数珠や札が部屋にあったので、高師はピンと来た。
「それなら話は早いぜ!」
自分と同じ、幽霊を見ることができる人間。そう思った時、高師はヤイバともっと仲良くなれると直感した。
ちょうど学科には他に三人霊能力者がいて、彼女らとも必然的に接するようになる。
その三人組の中に、皐がいたのだ。第一印象はそこまで悪くはなかった。寧ろ霜子の方が少し煩わしいとすら思ったほどだ。
ある時……確かその年のゴールデンウィークの時、五月の頭と高師は思い出す。ヤイバが、
「大学の安全を確かめておこう」
と言ったのだ。夜にキャンパス内に集まり、良からぬ霊がいないかどうかを探る。
「よし、出て来い!」
ヤイバは式神を持っており、それを召喚した。トラ型のいかにも力強そうな式神だった。名前は思い出せない。彼は式神を従え、実際に悪霊を退治してみせたのだ。
「すごい……!」
この時はみんな霊能力に関して無知で、召喚士でないと式神は作れないと思っていた。ヤイバもそれを、死んだ両親から受け継いだと言っていたので、やはり作るには特別な技量がいると感じた。
悪霊退治中に、ヤイバはもう一つ重要なアイテムを持っていた。それが幸札である。
「これのおかげで、幸運なことがオレには起こりやすいんだ」
式神と幸札。そんな特別な物を所持しているヤイバが、高師にはとても魅力的に見えた。
「それ、ちょうだいよ」
皐が幸札を指差してそう言ったのを覚えている。
「あと、そっちも」
次に式神の札も、寄越せと言った。
「そんなことできるわけないだろう? これは天国にいる両親からもらった大切なものなんだぞ!」
もちろんヤイバは拒む。すると皐は、
「そういうこと言うんだ? へえ…」
と、意味深なことを言った。だが当時ヤイバも高師もその言葉の意味に気づけなかった。
八月に夏休みが訪れると、それぞれプライベートを優先して少しの間集まれなくなった。その期間に皐が高師の家を訪ねて来た。
「相談なんだけど…」
そういう前置きで話は始まる。内容はと言うと、ヤイバが霊能力を使って悪事を働いていることを知ってしまったというもの。
「そんな馬鹿な? すぐに確かめよう!」
電話を手に取ったが、皐がフックスイッチを押して妨害した。
「ヤイバには言わないで! 高師も酷い目に遭うかもしれないよ!」
「も……?」
その言葉に引っ掛かった高師に皐は、袖をめくる。そこには傷があった。
「こ、これは……!」
刃物か先の尖ったもので引っ掻いた時にできる傷だ。ヤイバの霊障である機傀にはそれが十分できるので高師は、
「まさか本当にヤイバが? そんな……」
信じてしまった。
「彼を止めたいの。だから協力して!」
涙目で訴えられたので、高師は首を縦に振って答えた。
「わかった。で、何をすればいい?」
「まず、ヤイバとは連絡を取らないで。証拠隠滅されるかもだし、高師が襲われる! だから、高師は【神代】への告発文を書いて欲しいの」
「具体的には、何を訴えればいい?」
その時に皐は、ヤイバが行ったという悪事を全て教えた。その一つ一つに対し高師は、証拠写真もつけて書類を作成。
「ヤイバを止めないといけない! 俺がしないといけないんだ!」
その正義感が、彼を前へ前へと押し出した。
だがそれは、正義ではなかった。
九月のことである。
「な、なんだこれは!」
霊能力者ネットワークにとある情報が上がる。
「深山ヤイバが、霊障を悪用した疑いで収監?」
目を疑った。だが何度も擦って確かめても、文字列は変化しない。すぐに皐に連絡を入れると、
「ああ、役に立ってくれてありがとうね」
という返事が来た。その時高師は思った。
(ど、どういう意味なんだ?)
思った時には既に体が動いていた。ヤイバが壊したとされる自販機や電信柱に向かい、その霊紋を確認した。
「これは、霜子のだ。ヤイバじゃない!」
破壊活動を行っていたのは、ヤイバではなく霜子。でもその理由が、高師にはわからない。
次の日の夕方、皐からの呼び出しがあった。
「一体、どういうことなんだ?」
怒鳴ったが返事は冷たく、
「何? アタシに文句でもあるの?」
とだけ。その一言で高師は、皐の異常性を理解した。
(そうか、そういうことか……。理由は知らないけど、皐はヤイバが気に食わなかったんだ。だからはめたんだ。その手伝いを、俺はさせられていたんだ……)
皐がみんなを巻き込んで始めたのである。神奈はきっと、彼女の親友だから簡単に企みに乗ったのだろう。霜子と文与をどうやって言いくるめたかは不明だが、霜子が犯行を行って文与が嘘の証言をしたことには変わりない。
(そしてそれが事実であると書いたのは、俺……)
気が狂いそうだった。そんな間違ったことをしている自覚がなかったのだ。
「なんて馬鹿なことを、俺は……」
地面に跪いて後悔した。すると皐が耳元で、
「馬鹿なこと? 違うよ? アタシのためになったんだから、良いことじゃんか」
と囁いた。
「今からでも真実を話そう! ヤイバを解放するんだ!」
怒鳴って返すと、
「それをしたら、アタシたちが罰せられるよ?」
「え……?」
「だってそうでしょ? 霜子が物を壊して、文与が嘘を言って、神奈がそれを無理に通した。それが【神代】にバレたら、ヤイバじゃなくてアタシたちが精神病棟行きだよ? あ、違う。アタシは行かなくていいんだった」
そこが、この計画の悪魔性だったのだ。
皐が行ったことは、周りのみんなを焚き付けただけだ。彼女自身は破壊行為をしてないし、【神代】に嘘もついてないし、権力を利用して報告書の信頼度を上げてもない。
「なにを馬鹿なこと言ってやがる! 君が言い出したんだろうが!」
「何を?」
「何、って……。ヤイバがどうのって!」
「言った? いつ? それさ、録音でもした?」
証拠がない。だからそれ以上の反論はできなかった。しかも仮に【神代】に密告しても、嘘の書類を作ったのはヤイバなのだ。皐は特に何も罰せられずに、自分が裁かれる。この、皐だけは安全圏にいることが異常に悔しい。
「ちきしょう……!」
高師にできることは、ただ一つ。神奈や霜子、文与と共に黙っていることだけだ。
罪の意識はあったし、だいいちこんな人たちと一緒にいたくなかった。だから高師はその年に大学をやめて皐のいない他の大学に入り直したのだ。
(神奈は最初から皐の味方だったから、乗り気だったんだろうな。霜子もだよ、皐のことが最初に出会った霊能力者って言ってたし。でもあの時の表情から察するに、文与は違ったのかもしれない。いやでも、嘘を吐いたことに変わりはないんだ。同じ穴の狢か……)
後悔だけを感じて八年間生きてきた。ヤイバのことを弁明せず、生きてしまった。
「これは、俺に対する罰なのかもしれないな……」
自分が狙われ、殺されるのは当たり前のこと。冷静に高師はそれを受け入れた。
物思いにふけっていると、スマートフォンが鳴った。メールが来たのだ。差出人は骸。
「明日、駅前のカフェで落ち合いましょう。そこで詳しい話を聞きます。よろしくお願いします」
依頼の返事だ。
(………過去を打ち明けるか? それとも暴かれるまで待つか?)
究極の二択を迫られている。
もし、これが当時の高師だったら、
「【神代】に伝えて欲しいことがあります。実は八年前に……」
と返信をしたであろう。だが、時の流れが彼の罪悪感と正義感を薄くさせた。また、今の生活を失いたくないという保身的な思考も、ないわけではなかった。
「了解しました。それではよろしくお願いします」
送られた返信には、罪の告白はなかったのだ。
(ヤイバ……君は今、どこにいるんだい? 本当に、君が神奈を殺したのかい?)
実を言うと信じたくなかった。それは彼が復讐を始めたから、自分の身に危険が迫っているからではない。
「俺は、後悔しているんだ、ヤイバ……。皐の言うことに従ってしまい、君をはめたことを。もしあの出来事がなければ、君とは今頃飲み友達になれていたかもしれないのに…。俺は君の味方をするべきだったんだって、今でも悪夢を見るよ」
夢の光景は、まるでビデオで撮影した記録映像のように鮮明だ。
「オレは、深山ヤイバだ。よろしくな」
「ああ! 俺は山県高師!」
初めて彼と出会ったのは、大学に入学した時、入学式の日、隣に座っていたのがヤイバだった。同じ学部学科であることもわかったので、講義で会うことができる。だから自己紹介をしたのだ。握手をしたのも記憶にある。
「霊能力者、なのか?」
「そうだけど? もしかしてオマエも?」
彼の家に行った時のことだ。数珠や札が部屋にあったので、高師はピンと来た。
「それなら話は早いぜ!」
自分と同じ、幽霊を見ることができる人間。そう思った時、高師はヤイバともっと仲良くなれると直感した。
ちょうど学科には他に三人霊能力者がいて、彼女らとも必然的に接するようになる。
その三人組の中に、皐がいたのだ。第一印象はそこまで悪くはなかった。寧ろ霜子の方が少し煩わしいとすら思ったほどだ。
ある時……確かその年のゴールデンウィークの時、五月の頭と高師は思い出す。ヤイバが、
「大学の安全を確かめておこう」
と言ったのだ。夜にキャンパス内に集まり、良からぬ霊がいないかどうかを探る。
「よし、出て来い!」
ヤイバは式神を持っており、それを召喚した。トラ型のいかにも力強そうな式神だった。名前は思い出せない。彼は式神を従え、実際に悪霊を退治してみせたのだ。
「すごい……!」
この時はみんな霊能力に関して無知で、召喚士でないと式神は作れないと思っていた。ヤイバもそれを、死んだ両親から受け継いだと言っていたので、やはり作るには特別な技量がいると感じた。
悪霊退治中に、ヤイバはもう一つ重要なアイテムを持っていた。それが幸札である。
「これのおかげで、幸運なことがオレには起こりやすいんだ」
式神と幸札。そんな特別な物を所持しているヤイバが、高師にはとても魅力的に見えた。
「それ、ちょうだいよ」
皐が幸札を指差してそう言ったのを覚えている。
「あと、そっちも」
次に式神の札も、寄越せと言った。
「そんなことできるわけないだろう? これは天国にいる両親からもらった大切なものなんだぞ!」
もちろんヤイバは拒む。すると皐は、
「そういうこと言うんだ? へえ…」
と、意味深なことを言った。だが当時ヤイバも高師もその言葉の意味に気づけなかった。
八月に夏休みが訪れると、それぞれプライベートを優先して少しの間集まれなくなった。その期間に皐が高師の家を訪ねて来た。
「相談なんだけど…」
そういう前置きで話は始まる。内容はと言うと、ヤイバが霊能力を使って悪事を働いていることを知ってしまったというもの。
「そんな馬鹿な? すぐに確かめよう!」
電話を手に取ったが、皐がフックスイッチを押して妨害した。
「ヤイバには言わないで! 高師も酷い目に遭うかもしれないよ!」
「も……?」
その言葉に引っ掛かった高師に皐は、袖をめくる。そこには傷があった。
「こ、これは……!」
刃物か先の尖ったもので引っ掻いた時にできる傷だ。ヤイバの霊障である機傀にはそれが十分できるので高師は、
「まさか本当にヤイバが? そんな……」
信じてしまった。
「彼を止めたいの。だから協力して!」
涙目で訴えられたので、高師は首を縦に振って答えた。
「わかった。で、何をすればいい?」
「まず、ヤイバとは連絡を取らないで。証拠隠滅されるかもだし、高師が襲われる! だから、高師は【神代】への告発文を書いて欲しいの」
「具体的には、何を訴えればいい?」
その時に皐は、ヤイバが行ったという悪事を全て教えた。その一つ一つに対し高師は、証拠写真もつけて書類を作成。
「ヤイバを止めないといけない! 俺がしないといけないんだ!」
その正義感が、彼を前へ前へと押し出した。
だがそれは、正義ではなかった。
九月のことである。
「な、なんだこれは!」
霊能力者ネットワークにとある情報が上がる。
「深山ヤイバが、霊障を悪用した疑いで収監?」
目を疑った。だが何度も擦って確かめても、文字列は変化しない。すぐに皐に連絡を入れると、
「ああ、役に立ってくれてありがとうね」
という返事が来た。その時高師は思った。
(ど、どういう意味なんだ?)
思った時には既に体が動いていた。ヤイバが壊したとされる自販機や電信柱に向かい、その霊紋を確認した。
「これは、霜子のだ。ヤイバじゃない!」
破壊活動を行っていたのは、ヤイバではなく霜子。でもその理由が、高師にはわからない。
次の日の夕方、皐からの呼び出しがあった。
「一体、どういうことなんだ?」
怒鳴ったが返事は冷たく、
「何? アタシに文句でもあるの?」
とだけ。その一言で高師は、皐の異常性を理解した。
(そうか、そういうことか……。理由は知らないけど、皐はヤイバが気に食わなかったんだ。だからはめたんだ。その手伝いを、俺はさせられていたんだ……)
皐がみんなを巻き込んで始めたのである。神奈はきっと、彼女の親友だから簡単に企みに乗ったのだろう。霜子と文与をどうやって言いくるめたかは不明だが、霜子が犯行を行って文与が嘘の証言をしたことには変わりない。
(そしてそれが事実であると書いたのは、俺……)
気が狂いそうだった。そんな間違ったことをしている自覚がなかったのだ。
「なんて馬鹿なことを、俺は……」
地面に跪いて後悔した。すると皐が耳元で、
「馬鹿なこと? 違うよ? アタシのためになったんだから、良いことじゃんか」
と囁いた。
「今からでも真実を話そう! ヤイバを解放するんだ!」
怒鳴って返すと、
「それをしたら、アタシたちが罰せられるよ?」
「え……?」
「だってそうでしょ? 霜子が物を壊して、文与が嘘を言って、神奈がそれを無理に通した。それが【神代】にバレたら、ヤイバじゃなくてアタシたちが精神病棟行きだよ? あ、違う。アタシは行かなくていいんだった」
そこが、この計画の悪魔性だったのだ。
皐が行ったことは、周りのみんなを焚き付けただけだ。彼女自身は破壊行為をしてないし、【神代】に嘘もついてないし、権力を利用して報告書の信頼度を上げてもない。
「なにを馬鹿なこと言ってやがる! 君が言い出したんだろうが!」
「何を?」
「何、って……。ヤイバがどうのって!」
「言った? いつ? それさ、録音でもした?」
証拠がない。だからそれ以上の反論はできなかった。しかも仮に【神代】に密告しても、嘘の書類を作ったのはヤイバなのだ。皐は特に何も罰せられずに、自分が裁かれる。この、皐だけは安全圏にいることが異常に悔しい。
「ちきしょう……!」
高師にできることは、ただ一つ。神奈や霜子、文与と共に黙っていることだけだ。
罪の意識はあったし、だいいちこんな人たちと一緒にいたくなかった。だから高師はその年に大学をやめて皐のいない他の大学に入り直したのだ。
(神奈は最初から皐の味方だったから、乗り気だったんだろうな。霜子もだよ、皐のことが最初に出会った霊能力者って言ってたし。でもあの時の表情から察するに、文与は違ったのかもしれない。いやでも、嘘を吐いたことに変わりはないんだ。同じ穴の狢か……)
後悔だけを感じて八年間生きてきた。ヤイバのことを弁明せず、生きてしまった。
「これは、俺に対する罰なのかもしれないな……」
自分が狙われ、殺されるのは当たり前のこと。冷静に高師はそれを受け入れた。
物思いにふけっていると、スマートフォンが鳴った。メールが来たのだ。差出人は骸。
「明日、駅前のカフェで落ち合いましょう。そこで詳しい話を聞きます。よろしくお願いします」
依頼の返事だ。
(………過去を打ち明けるか? それとも暴かれるまで待つか?)
究極の二択を迫られている。
もし、これが当時の高師だったら、
「【神代】に伝えて欲しいことがあります。実は八年前に……」
と返信をしたであろう。だが、時の流れが彼の罪悪感と正義感を薄くさせた。また、今の生活を失いたくないという保身的な思考も、ないわけではなかった。
「了解しました。それではよろしくお願いします」
送られた返信には、罪の告白はなかったのだ。