第5話 精魂を喰らう

文字数 5,460文字

「慶刻、卒業旅行はどうだった?」

 京都にある、天秤神社。そこで慶刻は父である平等院覇戒に感想を聞かれた。

「面白かったよ。かなり散財してしまった! 機会があればまた行きたいくらいだ」
「それは良かった」

 大学の同期の学生と遊ぶ機会はもうないかもしれない。だから今のうちに思い出を作っておきたいという彼の発想は無難だが大切だ。

「んで、そんなことよりも父さん。件の幽霊の情報は?」
「ああ、霊障合体を使う幽霊のことだな?」

 その情報を掴んだために、慶刻は旅行が終わった途端に天秤神社に飛んできたのだ。

「お前の幼馴染が遭遇したらしい。それとは別に、東京でも目撃例が一つ」

 見た話しかない場合、研究はまず進まない。だが覇戒は札を一枚取り出し、

「その都内でのケースだが、対処した霊能力者が貴重なサンプルを採取してくれた! これを基に解析を行うぞ!」
「面白そうだ。どんな感じになるんだろうか……!」

 辻神の報告によれば、霊障だけでなく霊障合体も使用したという。

「幽霊が霊障合体を使うということは、前例がない」
「人間が、もっと言ってしまえば父さんと俺が発見した概念だもんなー。当たり前っちゃ当たり前だ」

 そもそも霊障自体は幽霊が使用する現象だ。霊能力者はそれを自らの力で模倣しているに過ぎない。そこから分岐し、霊障発展と霊障合体に分かれた。だから本来、幽霊が霊障合体を使うことはあり得ない。

「でも理論上は可能性がある。かなり小さいけど……。模倣し返されたと考えるべきか!」

 死んでいる存在の霊が、生きている人の技を真似する。そう考えれば説明ができる。

「これは本当にすごい発見だぞ、慶刻! 技術を確立できれば、霊障が使えない霊能力者に、霊障合体が使える幽霊を使役させることができるかもしれん! 式神よりも手間が少なくなるだろう」
「それだけじゃないだろ、父さん! 霊障の本来の持ち主である幽霊を使えば、三つ以上の霊障を合わせることもできるかも!」

 夢が広がる発見だ。
 しかしそれを実験するにはまず、今回のサンプルである幽霊の特性を調べなければいけない。どんな感情に基づいて行動するのか、どのような特性があるのか。言語は話せるか、意思疎通はできるか。通常の幽霊からどのように進化したのか、どうやって発生したのか。

「そういうことを調べ研き究めるのも、面白いとこなんだ!」
「よくぞ言った、慶刻! 流石は我が家の一人息子だ!」

 親子そろってウキウキしている。
 実験するにあたって二人は、手伝ってもらえる霊能力者を募集する。これは万が一にも実験サンプルが暴走した場合に備える意味もある。早速情報を公開すれば、

「お! 来れるってよ! 今日の夕方には」
「誰だ?」
「病射か……。前にもここに来たことがあるヤツだ。他にも二人来るらしい」
「大丈夫か、ソイツで?」
「実力は十分でしょう。実験が目的じゃないから、失敗とかなさそうだし」


 病射、朔那、弥和の三人が夕方に天秤神社に到着した。荷物は客間に犯せて天秤神社の本殿に移動してもらい、

「よし。じゃあ早速調べてみよう。この幽霊には、どのような特性があるのか!」
「今度は失敗はしないっスよ」
「そもそも実験じゃないんだろ? 新種の幽霊の調査って聞いたぞ?」
「そうなんだ」

 慶刻は札を一枚取り出した。

「この札の中に、件の幽霊が封じ込められている。除霊されない程度に念を入れたから、暴れ回ることはないとは思うが、念のために来てもらったというわけだ」

 その他の説明もする。

「幽霊が霊障合体、ですか?」
「そう。これを解明したいんだ。もちろん研究はそんなところでは止まらない。その先に、様々な利益があるはずだ」

 第一段階としての研究なのだ。
 まず、起源を調べたい。

「ここで使うのは、特殊な地図だ」

 日本地図を広げる慶刻。それは異様な雰囲気を放っている。それもそのはずで、和紙に人間の地で描かれているのだ。

「そして、このコンパスだ」
「ジョークっスか、それ?」

 方位磁石のコンパスの下に、文房具のコンパスが接続されてある。

「霊能力者が使えば、この血の地図と併用して……。幽霊の発生場所を探れるんだ。これは昭和初期には生み出されていた!」

 針の先を、まず京都の天秤神社に置く。

「そしてこの幽霊はどのように移動したのか! 履歴を探れる!」

 磁石の赤い方が、まず東の方……関東方面を指した。

「そこで生まれたのか?」
「いや、そうじゃない。この幽霊が捕まえられたのが、その場所だから…。移動を遡って…」

 東京に針を動かす。次に磁石が指し示す方向を見て、

「ん?」

 慶刻は違和感を抱いた。磁石は西を指している。

「おかしいぞ……? そっちは今いる場所だろう? 過去に遡っているはずだが……」
「壊れてるんじゃないのか? それが」

 それを聞いて朔那が言った。

「そんなはずは…」

 しかしこのコンパスは正常だ。何せ昨日まで普通に使えていたのだから。メンテナンスは怠っていないので、故障しているわけがない。

「まあとりあえず、動かしてみるか……」

 西に針を戻す。だが天秤神社を過ぎ、大阪湾を指した。

「朔那、ここって……」

 それを見た弥和が気づく。

「そうだよな……。ここ、私たちが幽霊を祓った場所だ」
「何? じゃあコイツは元々、大阪にいたのか?」

 違うようだ。磁石が北東を指した。とりあえずその方向にコンパスを動かす。

「おや? 青森……それも八戸周辺か?」

 そこで磁石の動きが止まった。つまりこの幽霊の誕生場所は、青森の八戸であるということ。

「随分と大移動してるんだな、コイツ。青森から大阪に行って、そこから東京に、か」

 得られた情報を随時メモする慶刻。移動する幽霊は珍しくはないが、ここまで大きく動くとなると、

「誰も気づかなかったのか?」

 という疑問にぶち当たる。

「まあそれは一先ず置いておいて、だ。お前らさっき、気になること言ってたよな?」

 大阪で幽霊を除霊した。それもつい最近の出来事。

「馬鹿な? ちゃんと祓ったはずだ! 私が消したんだ、大地讃頌で!」
「大地讃頌……礫岩と木綿の霊障合体か。ん、待て………」

 札と一緒に送られてきた報告書を広げる。そこにはその幽霊が使った霊障が箇条書きされていた。

「病射は、電霊放と毒厄と慰療だよな? 朔那は?」
「礫岩と木綿と薬束だ」
「弥和、お前は?」
「応声虫と旋風です」

 報告されている霊障の内、薬束だけがない。他は三人と共通しているのだ。単なる偶然かと思いきや、

「あの時私は、薬束は使わなかった」

 と朔那が言ったので、確信する。

「この幽霊はお前たちが戦ったのと、同じ個体だ! どうやったのかは知らないが、大阪から抜け出して東京に来たらしい!」
「ちゃんと除霊したはず……! おいおい、そんな馬鹿なことあるか!」
「まあ待て。それをここで議論しても水平線だ」
「待ってください、慶刻さん。報告書によれば、蜃気楼と鉄砲水は? 私たちにはできません。その二つはどこから出たんでしょうか?」

 少し待って彼は、

「東京でコイツを捕まえたのは誰だ?」

 報告書の名前を確認する。辻神の名がある。除霊及び捕獲を担当したのは、彼に加えて山姫と彭侯。

「蜃気楼は辻神の、鉄砲水は彭侯が使った。それをその場で、コピーした……?」

 馬鹿馬鹿しい考えに聞こえなくもないが、そう考えると筋が通っている。

「そうか! だから最初に遭遇した時、アイツは霊障を使ってこなかったんスね?」
「そうなのか、病射?」

 病射は思い出していた。あの時に感じた違和感を。

「ということはこの幽霊は、霊能力者が使う霊障を真似ることができる、ということか」

 そこから慶刻は、経験則で答えを導き出す。

「だとしたら、若くして死んだ者の幽霊なのかもしれない。この論文によれば、生前の年齢が高ければ高いほど、多くの霊障を使えるらしいんだ」

 子供か赤ん坊のレベルの年齢だろうと推測。病射から、人語を話さなかったことも聞いたので、

「やはりそうだ!」

 確信に変わった。

「それで、何がわかるんスか?」
「危険度だ」

 幼い幽霊が死後に成長し、霊障や霊障合体を身につけている。時間が経てば経つほどに強力な幽霊に変わる。

「でも、もう祓われたのでしょう? その札に残されているのが、最後なのでは?」
「そうじゃなくて、こういう前例があれば! 後で同じような事例が起きた時に対処しやすくなるってワケだ」

 だからやはり性質や特性を調査する必要がありそうだ。慶刻は別室から大きめの虫かごを持って来た。その中にはハツカネズミが一匹入っている。

「この虫かごは念を込めて作ってあるから、小さい幽霊なら入れて置ける。そしてネズミに対する反応で、まずは実際に幽霊を見てみようか」

 札を虫かごの中に入れれば、ネズミがそれに噛みついてバラバラに食い千切った。そうすると黒い指が出現。

「どうなる!」

 その幽霊の指先から、火が出た。鬼火だ。それでネズミを攻撃した。すると反撃されて噛みつかれ、二つに千切れる。

「見えているんスか、このネズミには?」
「霊能力はないけど、人間じゃない動物には見えやすい。それはこっちの論文に書いてある」

 そのままネズミに食い散らかされそうだったため、一旦実験を中断だ。慶刻はネズミを別の虫かごに移した。

「ここからが本題だ。この幽霊はどう動く?」

 指しかない。でもその状態で霊障が使える。
 その指は傷口から、体のパーツを再生し始めた。あっという間に手が出来上がる。

「いや待て! 慰療でもそれは無理だ! 失ってしまった体のパーツ……四肢の欠損は、慰療じゃ治せねーっスよ!」

 病射の言う通り。例えば腕が切断されてしまった場合は、その切れた腕があれば元通りにくっつけることはできる。だがその腕がない場合は、傷口を塞ぐことしかできない。今この指がやっていることは、慰療以上の再生能力だ。

「体を再構成できるんだ、コイツは! こんな小さな指先からでも!」

 みるみるうちに手から腕が伸びる。もう肘までできた。

「どうするんスか、これ?」
「この虫かごから外には出れない……はずだ」

 だが、その虫かごが揺れ始めた。

「ヤバそうですよ、これ……」

 弥和にも朔那にも、冷や汗が流れ出る。

(今後の研究材料として申し分ないのだが、ここで被害を出されても……!)

 葛藤する慶刻。自分が研究家じゃなければ、即座に攻撃の指示を出せていた。焦りは感じてはいるのだが、判断を下せない。

「慶刻さん! どうするんスか!」
「わ、わかった……! 病射、これを壊せ!」
「了解っス!」

 腕時計から電霊放を伸ばし、それで虫かごごと幽霊の腕を貫く。そしてその状態で、毒厄を流し込んだ。

「どうだ?」

 毒厄が回り、毒々しく黒ずんだ腕。そして少し動かすとボロボロと崩れる。

「完璧っス。十分に除霊しました」
「終わったか……」

 少し、残念という感情が慶刻の中にはあった。だが同時に、

「大事……事件になる前に対処できて良かった」

 朔那の言う通りでもある。

「これから、この幽霊への対策を考えないとな。体の一部……それも本当に文字通りの指先だけでも残っていれば、そこから元通りの姿を構成できる。完全に除霊するためには何をする必要があるか!」
「今のおれみたいに、毒厄を流し込めば?」
「幽霊がジッとしてくれているとは限らないだろう?」
「なるほど……」

 その研究を病射たちが手伝えそうにはない。だから朔那は、

「今回はここまでだな。全く役に立てなくて、申し訳ない……」
「そんなことないぜ! 安心感は非常に大きかった! それにわかったことだってあるんだから、無意味なことはないさ!」

 天秤神社から身を引く三人に、依頼料の入った封筒を渡した。

「また何かあったら、連絡くださいっスね」
「ああ、その時は頼むぜ!」

 これで解散だ。三人を帰らせた慶刻は、早速、得られた情報をまとめて論文を書き始めることに。
 しかし彼は、あることを確認するべきだった。それは、辻神たちが戦った際に幽霊の体が一部千切れなかったか、ということだ。


 怨完は自分の力を貯めるために、幽霊を自分の体の中に取り込んだ。しかしそれでは限りがある。そう判断した怨完は、

「タベル」

 生きている人に手を出した。忍び込んだ先の病院で、眠っている患者の横まで来ると、その胸に手を置く。

「………!」

 患者の寝顔の表情が曇った。だがそれも一瞬だけで、すぐに心臓の鼓動が止まる。怨完が殺し、生者の精力を自分の中に入れたのだ。今まで以上の力の成長を感じる。
 味を占めた怨完は、さらに隣のベッドの患者にも手を出した。この一室だけでは飽き足らず、フロアの他の部屋にも赴く。

「チカラ、デカイ……。レイノウリョクシャ、コロス……」

 自分と相反する存在は、滅ぼさなければいけない。そうしないと自分が消されてしまう。霊障や霊障合体だけでは、彼ら彼女ら霊能力者に勝つのは不十分だ。怨完は考える。どうすれば、霊能力者に対し不利にならずに戦えるのか、を。
 生者の精魂は食べれば食べるほど力がみなぎり知能も上がる。着実に力を付けた怨完は、

「レイノウリョクシャ、コロス……。タマシイ、クウ……」

 この夜の内に、近くの森の中に移動する。明日になれば患者が大量に、不審な死を遂げたことが病院側にバレるだろう。そしてそれは幽霊の仕業であることも霊能力者は理解する。その際、討伐のために自分に霊能力者が派遣されることも予測できる。返り討ちにするために、森を自分のフィールドにしておくのだ。
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