第12話 摩擦の装飾曲

文字数 4,579文字

 新青森で待機している緑祁はこの日、とある人物に呼び出された。とは言っても、敵陣営の人物が相手ではない。

「ここだ」

 待ち合わせ場所は駅前のカフェだ。そこに一人で来てくれ、と言われてある。まだ相手が見えないので、先に店内に入って注文もしてしまう。
 そのカフェの隣のコンビニで買った新聞を、ホットチョコレートを片手に緑祁は広げた。
昨晩に八戸で起きた出来事が一面に載ってあった。

「集団催眠か? 謎の病気蔓延!」
「証拠は不明! 新種のウィルスが大学研究室から漏れ出した?」
「在日米軍は関与を否定!」
「バイオテロが始まる、日本が終わる」

 様々な疑惑が囁かれている。しかし緑祁は真実を知っている。

「あの皐が、悪霊となって劇仏をまき散らしていた……」

【神代】の報告書を読んだ。正直、皐には一回会ったキリで、良い印象はない。というか、何かしらの感想を抱くまでの関係ですらなかった。

「紫電を殺すために躍起になって、こんなことを! 許せない」

 でも怒りはこみ上げてはこない。何故なら紫電と辻神たちが昨夜の段階で除霊してしまっていたからだ。それ相応の罰を受けたという解釈もできる。

「お、いたか。緑祁!」

 数分後、声をかけられた。相手は範造だ。

「久しぶりだね、範造。元気そうで何よりだよ」
「まあな。これでも健康診断に引っ掛かったことはねえぜ」

 だがそんな世間話をしに来たのではない。範造は椅子に腰かけブラックコーヒーの注文を済ませると、緑祁が畳んだ新聞を指差して、

「皐が死んだ理由は知ってるか?」

 と尋ねる。

「【神代】の報告には……」
「俺の仲間、雛菊が殺したんだ」

 緑祁がスマートフォンを取り出し操作しようとする前に、範造が答えを言った。

「い、今、何て……?」
「関係者にしか話してなかったから、知らないのはわかる。でも事実だ」

 何かしらの原因で命が奪われないことには、人は幽霊にはならない。だから緑祁は当初、皐が事故で亡くなったのだと考えていた。
 しかし事実は違う。

「範造、最初に出会った時、言っていたじゃないか? 富嶽さんが許可を出さない限り、処刑はできない、って!」
「出たんだよ、その許可が」

 簡単なことだったが、凄く意外なことだった。穏健な富嶽が本当に、殺害の指示を出したとは、思えない。

「俺もな、最初に聞いた時は驚いたさ。あの富嶽が、だぜ? 悪い物でも食ったのかとか別の誰かに入れ替わったとか疑ったがよ、事実なんだなこれが」
「そう、だったのか……」

 ショックを隠せない。

「理由は聞いているのかい?」
「ああ。修練とその仲間たちが【神代】に与えた被害は甚大だ。もう野放しにはできねえ。ケジメのつけ方として、命を奪うことを選んだ。そうしないと、この一連の事件は止められない……そういう考えもあったようだな」
「………なるほど」

 確かに劇仏を使って町中を病理に脅かすような人物は、生かしておけない気もする。
 でもここで気になったフレーズが、緑祁にはあった。

「さっき、修練とその仲間たちって言ったね? もしかしてその処刑対象には、修練も含まれてしまっているのかい?」
「そこが、俺が相談しておきてえと思ったポイントだ」

 範造はカバンから封筒を取り出した。その中には書類が一枚入っている。それを広げて緑祁に見せた。

「こ、これは!」
「処刑の指示命令、それを文書化したものだぜ」

 殺害許可証だ。ターゲットは修練で、執行人は範造。富嶽の直筆の署名も書かれ、捺印も押されていた。

「これが下された以上、俺は修練をやる。【神代】の、それも富嶽の命令じゃ逆らえない」

 普通ならここで、範造の意図を読み取るだろう。自分に協力して欲しい。以前修練と対面したことのある緑祁なら、処刑のアシストができるという魂胆だ、誰しもがそう考える。
 緑祁もその一般人的な考えを抱いた。だからこそ、

「僕は、これには協力できないよ」

 と、返事をする。
 修練とは、和解したい。今まで何度もそうやって、敵対した人たちとわかり合ってきた。それが修練に限ってできないはずがない。今ここで範造に協力するということは、その和解のチャンスを自ら捨てることになる。

「俺も実は、そう言うと思っていた」
「は?」

 範造もわかっていて、この話を緑祁に持って来た。

「いいか、よく聞け緑祁! 【神代】は早く事態を終息させたがっているんだ。俺に任されたこの処刑は、言い換えれば、暗殺しろ、って指示だ。俺がやらなければ、他の処刑人に話が行くだろう。でも今のところ、任されているのは俺だけだ。それは貴様にとってもチャンス!」

 だから自分が処刑を引き受け、その間は他の処刑人には参加させない。そして手を下す前に、修練を捕まえろ。そうすれば【神代】も、この許可を無効にするかもしれない。

「その可能性を、緑祁! 貴様が自分で手に入れなければいけない!」

 他の誰かに任せては、絶対に駄目だ。

「でも、心配なことがあるんだ……」

 不安材料が実はある。それも二つだ。
 一つ目は、緑祁が修練と戦って打ち負かせる保証がないということ。

「何を言っているんだ? 二年前に修練をこの新青森で追い詰めたのは、紛れもない貴様だろう?」
「それ、あっているけど正しくはないんだ」

 確かに緑祁は、自分の生死を偽造した修練の真意を暴いて捕まえた。だがその時は【神代】の応援が結構いて、逃げ道を塞いだから、修練が降参したということ。
 実際に戦ったら、どうなるかはわからない。少なくとも鬼火、鉄砲水、旋風の三つは緑祁よりも修練の方が上だ。

「おい、マジかよ? 俺はそんなヤツの処刑を命じられていたのか……! 緑祁ですら、勝利を掴めないかもしれねえ人物……! 圧倒的な実力……」

 そんな人物の暗殺をしなければいけないということに鳥肌が立つ。何故なら範造の今までの仕事は、確保された人物の殺害……言い換えれば戦い合う必要がなく、反撃させることも絶対にない安全な状態での処刑だったからだ。そうでないのなら、自分が負けるかもしれない。

「でも、もっと心配なことがあるよ」
「何、だ?」

 緑祁の最大の疑問、それは修練は自分に復讐しに来るかどうか、わからないということだった。

「…? 蛭児は絵美たちに、皐は紫電にそれぞれ復讐を働いた。だとすれば修練は貴様を襲うだろう? それがどうして、自信なさげに言う?」
「こう言って伝わるかどうかわからないけど、修練はそういうタイプじゃない気がするんだ……。復讐よりも原動力にしている物がある、と思う」

 これはあくまでも緑祁の勘だ。だから根拠はない。しかし、自分の本能がそう告げている。

「それは困るぞ……? だとしたら修練は、どこに行ったって?」

 緑祁に報復しないのなら、修練の目的は何だろうか。

「そのヒントは二年前のあの晩にあるかも」

 スマートフォンで【神代】のデータベースにアクセスする。あの夜に修練は、霊界重合を引き起こしこの世に故霊を招いた。

「この行動は、単なる陽動作戦だよ。事実修練は自分を死んだと思わせるつもりだったからね。あの後に何かしようとしていた、そう考えるとさ、何か他の目的があったはずなんだ」
「なるほど。ならばその目的を先回りすればいいわけだ」

 問題はその、修練の本命が何であるか。こればっかりは本人でないとわからない。

「緑とか、峻を捕まえればわかるかもしれない。でも修練の手下は、きっと修練と一緒だ。そう簡単にボロを出すとはとても思えない」
「緑祁、気になることが一つある」

 同じ画面を見ていて、範造が気づいた。

「修練が故霊と対峙したのは、二〇〇〇年のことだ。この時、アイツの師匠や先輩とも言える霊能力者が亡くなっている。苗字から考えるに、蒼や紅の血縁者だろう。その仇を討つ、のは?」
「それこそ、あり得ない」

 断言する緑祁。

「確かに修練は僕に言った。生き残った自分だけが表彰されて、死んだ仲間のことは誰も気にかけなかった、って。でもあの発言から察するに、彼ら彼女らの命を直接奪ったのは故霊だ。その怒りは故霊にぶつけるべきじゃないかな?」
「言えている……」

 しかも修練はその仇であるはずの故霊を、霊界重合を使ってこの世に招き入れて好き放題に暴れさせた。制御できてはいない手下のような状態だ。

「修練が本気で故霊に仕返ししたいのなら、故霊を除霊する術を模索するよな、普通なら。それをしないということは、故霊に対して恨みは薄いか、ない?」
「かもね」

 考えれば考えるほど、わけがわからない迷路に陥ってしまう。

(答えが見つけられないのなら、迷わない考えない! 当初の目的をハッキリさせるぜ)

 ここで範造が一瞬黙ってから、

「緑祁、一つわかっていることがある。修練が何を企んでいるかは知らねえが、一つ! それは、修練が求めているものは【神代】の法では許されない、ということだ。だからこそアイツは死を隠ぺいしたり、精神病棟から脱走したり……。そして緑祁、貴様は【神代】に従っている」

 その二つが意味することはすなわち、

「緑祁と修練の衝突は避けられないはずだ。近いうちに起こる!」

 ということ。

「そう、だろうね……」

 緑祁も薄っすら感じている。
 二年前に、一度会っただけの人物。少し会話しただけの人物。なのに何故か、分厚い縄で結びつけられたかのような因縁を感じずにはいられない。

「ねえ範造、さっきは、可能性の話をしていたけれど……」

 確かめたいことがある。

「僕が修練を捕まえたら、範造の処刑が行われてしまうんじゃ?」

 普通に考えれば、そうなる。行方が掴めない修練を緑祁が捕えれば、【神代】はここぞとばかりに刑を実行するだろう。当たり前だ。可能性があるという次元ではなく、もはや決定事項。

「そこは、自分で言え。処刑を待ってくれ、と。修練を捕まえたのならばそれはこの一連の事件……修練の乱とでも言おうか? を、解決した一番の功労者だ。意見をする権利くらい、あるだろ」
「不確か、なんだね…」
「だからって、おい! 今更捕まえねえとか対処しねえとかは言えないぞ?」

 それは緑祁もわかっている。自分が修練の相手をしなければいけないことは、当の本人である彼自身が一番理解している。
 だからこそ、悩む。

(僕が修練と和解するには、どうしても対峙しないといけない。そうしたら、絶対に戦わないといけない。負ければ死ぬだろうから、勝たなければいけない。そして勝ったら、【神代】に連行しなければいけない。それをしたら、【神代】は処刑を実行するだろう……)

 では、ヤイバの時みたいに放っておくのか? それこそ駄目だ、それはわかり合うとは程遠い。修練のことを捕まえずにいたら、また過ちを犯すだろう。
 緑祁は思っていたことを無意識のうちに口に出していた。そしてそのボリュームは、向かい合って座る範造にも聞こえていた。とてもか細く、そして悲しさを感じさせる声だ。

(苦しいのは、十分に理解できるぜ、緑祁! だが、そうやって決断して道を切り開かなければ、明日は来ない! 未来は待っているだけじゃ自分のものにはできないんだ!)

 聞こえたが、あえて何も言わない範造。彼は彼なりに、緑祁のことを信じている。だから、緑祁が修練と対峙している間は修練には向かわない。少し離れた岩手で待機するつもりだ。

 二人の会話はこれで終わった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み