第7話 黄金の一喝 

文字数 2,466文字

 裁判が終わった後、緑祁は辻神たちと一緒に移動した。

「この道を進めば……」

 六人乗りの車で、岩苔大社があった場所に向かう。後ろには皇の四つ子が乗る車がついて来ている。とりあえず何か手掛かりになりそうなものを探しに来たのだ。
 大社は焼け落ちたので、燃えカスしか残されていない。

「紫電はまだ、意識を取り戻せてない……」

 これも自分のせいだと、緑祁は感じる。

(僕が……。僕が殺そうとしなければ、紫電は無事だったんだ……)

 自分を責める。それで顔が下を向く。また暗くなって自己嫌悪に陥る。移動中、それの繰り返しだった。

(あまり良くない顔をしているな、緑祁……。オレに何か、できないか…! 応援するだけじゃ駄目だ!)

 隣に座っている彭侯は、かなり緑祁のことを気にしていた。
 目的地に到着しても、緑祁の気分は全く晴れない。

「僕が、こんなことをしていいんだろうか……」
「どうした?」

 ブツブツと呟き始める緑祁。

「辻神たちだけでも、十分にできるはず……。僕がやらないといけないことじゃない…」

 かなりネガティブなことを言っている。

「緑祁? 岩苔大社はこっちでいいんだよネ? 焼け跡だけど、何かはあるはずだヨ。さあ、探そう!」

 元気よく山姫が肩を叩いたのだが、それでも彼の足取りは遅い。

「どうしたのさ?」
「僕、やっぱり帰りたい」
「んふ?」

 弱気な声で、そう言った。辻神たちや皇の四つ子の足が止まる。

「んむむ?」
「ううぬ?」
「ひょれ?」
「あんれ?」
「何だって、緑祁?」
「戻ろうよ、大神病院に。僕には、こんなことをする権利がないんだ」
「馬鹿言うなよ! てめーが雉美たちを捕まえるって、あの裁判で決まっただろうが。今更何を言うんだ?」

 病射が緑祁に向かって言った。彼らは緑祁のためにここまで来ているのだ。それなのその張本人が、やる気のないことを言ったらそれは気に食わない。

「みんなは、勘違いしてるよ……。僕は洗脳されてたんじゃない。マインドコントロールも受けてない。自分の意思で、人を殺そうとした! 香恵や紫電に、殺意を向けてしまったんだ! 自分が、育未や琥珀たちにしたこと……全部、覚えてるんだ、僕は!」

 消えない罪の意識が緑祁のことを追い詰める。洗脳され、自我のない状態だったらどれだけマシだっただろうか。最悪なことに緑祁は、心が闇に染まっていた間の出来事、考えたことなど全て、記憶してしまっている。

「僕は、僕が怖い……。全部、夢であって欲しい……」

 暗黒の記憶があるせいで、前に進めない。精神的にも物理的にも。弱々しく緑祁は、

「辻神が全部、代わりにやってくれないかい……。僕には、無理だよ……」

 と言って、その場にしゃがんでしまった。

「緑祁……!」

 その動きに、辻神は驚く。こんな緑祁の姿は初めて見るのだ。

「立てよ、緑祁……。今はそんな女々しいこと言ってる暇じゃないんだぞ?」

 呆れ気味に朔那が言う。が、緑祁は立ち上がらない。

「僕は………」

 また小声で一人、ブツブツと呟き始めた。

「緑祁……」

 この時、辻神は初めて緑祁の心の脆さを目にしたと感じた。
 誰かのために頑張れる。それが血のつながりがない、会ったことすらもない赤の他人であっても。誰かを助けたいと思い、そう行動する。時としてそれは、敵対していた人物であったりもする。
 しかし今、彼の立場は逆転している。救う側ではなく、手を差し伸べられる側だ。自分が【神代】への背信行為をしてしまい、罪を返上するために動かなければならない。そんな今までの自分とは違う立場に立たされた時、緑祁には何もかもが怖く思えるのだろう。

「立て、緑祁」

 辻神が彼に言ったが、緑祁はまだしゃがんでいる。

「緑祁、今すべきことをするんだ。紫電の意識が戻らないのは確かに心配だ、それはわかる。だが、こんなところでボサッとしていても何も始まらない」
「……やったとしても、目覚めるかどうかはわからないよ……。二度と、目覚めないかもしれないんだ…」
「だとしても! 与えられた任務に従事し、全うするんだ!」
「でも、僕は……」

 何かと、断ろうとする緑祁に対し辻神は、

「いい加減にしろ!」

 彼の胸ぐらを掴んで強引に立たせ、

「緑祁! 自分から逃げるな! 罪の意識から、目を背けるな!」

 彼が焼いてしまった岩苔大社の残骸を見せる。

「起きてしまったこと、してしまったことは……どうやっても、なかったことにはできない! 受け入れるしかないんだ! 自分の過去から、逃げるな! 自分の暗部を認めてこそ、人は成長できる! 前に進めるんだ! いくら否定して拒絶しても、そこで立ち止まったままだ。明日を掴むために……暗い自分を認めろ! 受け入れろ! それも、緑祁! おまえの一部なんだ! 心の闇を制御するんだ! おまえにならできる! 私たちを救えたおまえになら、心の闇を克服できるはずだ!」

 そして再び緑祁に向き直り、辻神は叫ぶ。

「つ、辻神……」
「紫電の病状は心配するな! アイツはそんなにやわじゃない、必ず目覚める! だがその時におまえがこの様では、アイツが何て言う!」

 これが一番、効くと感じる。緑祁にライバルである紫電の姿を想像させるのだ。

「紫電の言葉を想像してみろ! 今のおまえは紫電にとって、相応しいライバルなのか?」

 違う。それは緑祁にもわかる。彼が自分をライバルと据えているのは、強さだけじゃない。信念も含めて、緑祁のことを紫電は認めているのだ。

「自分の全てを信じろ…………! 明日はおまえ自身で、切り開け……!」

 辻神の激励は、緑祁の心に確実に届いていた。だからなのか、

(僕が、前を向かないといけない。昨日までのことを認めて、明日を掴まないといけないんだ……)

 焼け跡を見た。目の前の残骸は、緑祁の暗部そのものだ。

「僕は………。前に進みたい……!」

 罪を受け入れ、過去を認めたい。そのためにすべきことをしたい。そんな欲求に駆られた。
 緑祁の表情が変わった。さっきまでよりも明るくなり始めた。
 辻神から受けた叱咤。それが緑祁の意識を変えたのである。
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