第20話 葬送の鎮魂曲 その4

文字数 5,044文字

 緑祁はこの、冥婚を行いたいのだ。しかもそれは今回の事件の首謀者である修練に対して。彼が今ここでムカサリ絵馬の資料を持っているということはそういうことだ。

「その相手は昨日貴様が言っていた、山添智華子だな? 修練と智華子を冥婚させたい、というわけか」
「はい」

 修練の処刑はもう覆らない。それは緑祁も十分に理解している。わかった上で修練のためにできることを模索した結果、死後の安息を祈ることに決めた。

「だがそれは、禁霊術なのでは?」

 ここで誰かがそう発言した。
 一部の冥婚は【神代】において、禁霊術である『契』に該当する。死んだ人と生きている人の冥婚は、生きている方が死んだ方に引っ張られて同じ死に方をするので、殺人とほぼ変わらない。
 当然それも緑祁は把握している。だから、

「もう、修練を生かして欲しいとは願いません。修練の責任ある死をもって今回の事件を解決とし、その死を現世の罪の償いとすることには、反対はしません。ですが、僕は彼が救われて欲しいと考えています。そうやって彼を救いたいんです!」

 だからこその冥婚、その許可を緑祁は富嶽に求めているのだ。

「修練を処刑した後なら、それは『契』には該当しないのではないですか、富嶽様? 死者同士の冥婚ならば、生きている人には何の影響もないはずです! 実際に行っている地方も今日あるかもしれませんし」

 長治郎が富嶽に発言した。

(よくやったぞ、緑祁……。紫電からのアドバイスはかなり遠回しだったが、たどり着いてくれた!)

 後は緑祁の提案が通るようにサポートすれば良い。
 当然反発する者もいる。

「駄目だ駄目だ、そんなこと! 修練は罪人だぞ? 罪深き魂が、死後の世界で救われるだと? 順当に考えて地獄行きが当然だ!」
「裁いた相手にそんなことする必要はないだろうが!」
「馬鹿らしくてこんな相談聞いてられないぜ!」

 文句を言われても緑祁はもう一歩も引かない。

「大真面目です」
「何だって…!」
「罪人なら、死後については放っておくのですか? 事件に勝った【神代】はそれを祝って、誰も修練の死を悲しまないのですか! 負けた者のことなど、敗れ去った者の顛末など、どうでも良いのですか!」

 そんなことはないはずだ。罪人である修練の死を悲しむ人は、必ずいる。

「さっき、長治郎さんが言っていました。死者同士の冥婚なら【神代】の法には触れない、と。ここで反対されてしまうのなら、僕は一人だけでも儀式を遂行するつもりです」

 強固な覚悟を言葉で表す緑祁。

「いや、待て!」

 ざわつく会議室を静かにさせるために富嶽が叫んだ。

「その儀式、【神代】が執り行う」

 彼は理解した。緑祁の修練への思いを。そして判断した。その儀式は【神代】が行うべきだと。【神代】の力があれば、修練のような強い力を持つ霊能力者でも、完全にあの世へ送り出すことが可能だ。それに緑祁一人では荷が重いだろうし、末端の霊能力者に勝手にそんなことをさせては、格好と面子がつかない。

「本気ですか、富嶽様?」
「ああ、本気だ。死者の安息を願うことだって【神代】、いいや霊能力者の使命・仕事だ。修練は確かに罪人だが、その罪は死をもって償いとする。ならばその死後にまで、罰を持って行くことはおかしい。ここは冥福を祈るべきだ」

【神代】の幹部たちは難色を示したが、富嶽が言うのなら反対意見は言わない。

「書類上は『契』として扱う。だから緑祁、今回限りだぞ? こんな許可はそうそう簡単には出せん」
「それで結構です。僕も修練以外の人を、冥婚させたいとは思いません」
「良かろう。ならば修練の死は吾輩が責任を持って見届けなければな」

 決まった。富嶽が部下たちに指示を出す。

「山添の一族に許可を取れ。最低でも遺骨は必要だ。事情を説明し説得し、必ず準備しろ! そして冥婚……儀式を行う場所は、神蛾島の神蛾神社だ」

 修練の処刑は一週間後、その三日後に神蛾神社で冥婚式と、日程が決められる。

「緑祁、冥婚式の招待客は、貴様が集めろ。【神代】のデータベースにその旨をアップロードせよ。そうすれば必ず、集まってくれるはずだ。少なくとも吾輩は【神代】を代表し、出席する。それと貴様は当日、儀式を仕切るのだ」
「ありがとうございます」

 最後に、緑祁は所持していた死返の石を布袋に入れたまま富嶽に渡した。石はその後封印されるのか破壊されるのかはわからないが、誰にも禁霊術『帰』をやらせない方向で処理される。これでやっと、裁判は終了した。


 裁判が終わってから紫電は緑祁と話した。廊下の椅子に腰かけて、

「昨日のあの感じから、随分と前に進んだようで何よりだぜ」
「でも、かなり緊張したよ……」

 会議室を出てから緑祁はすっとハンカチで汗を拭き取っている。胃もキリキリした。

「俺も雪女も、もちろんだが参加するさ」
「ありがとう、紫電! 紫電と雪女がいてくれるならかなり心強いよ」

 当然だが、ムカサリ絵馬に関する情報を緑祁に提示した香恵も出ることに決まっている。

「後は誰が参加してくれるか、だね……。多くの人に、修練のことを知っていてもらいたい。でも僕の顔で集まるかな?」
「俺も何人か声をかけてみる。ま、【神代】が主催で富嶽さんも参加するんだ、放っておいても大丈夫だとは思うがな」

 辻神と病射が廊下を通りかかった。

「私も、出るつもりだ。当然だが山姫と彭侯も行く。病射、おまえも朔那と弥和を連れて来い」
「そうっスね。言われてみればおれらは修練について、全然知らねえっス。もっと知ってみたい。それなら儀式に参加するのが一番手っ取り早いっスね」

 二人とも修練に会ったことはないが、来てくれると宣言した。
 その後緑祁は香恵、紫電と雪女、辻神たちや病射たちと協力し、決められた日時までに来客を集める努力をした。


 都内のとある場所に、五人の男が集まっていた。その場所の名前は明かせない。今から【神代】の法による刑を執り行うが、それは表の日本の法に違反するからだ。もちろん周囲は既に調査済みで、自分たちしかいない。そしてさらに夜なので、絶対にバレない。
 一人は、富嶽だ。下した責任をもって、この処刑……死を見届ける。満と檀十郎も、富嶽と同じ目的だ。
 だが残りの二人は違う。内一人は範造で、実際に手を下す者。もう片方は修練で、今から死ぬことになる者だ。

「…………」

 範造は修練の顔を見た。彼の処刑はこのような、【神代】の法で決まった者に対して行われる。それはつまり、ターゲットの死が確定しているということ。その場合のターゲットの行動は今までに見てきた経験でわかる。

(最後まで死にたくない、と壊れたように叫ぶか、抵抗するか。それとも諦めてさっさと済ませてもらいたいと思うか。んだが……)

 今の修練はそのどれにも当てはまらない。ただ、申し訳なさそうな顔をしているのだ。

「修練、何か最後に言い残したいことはあるか? 俺は仕事柄、最後の言葉をよく聞く。大抵は恨みつらみで聞き流すことにしているんだが……」

 すると修練は、

「緑祁に感謝を伝えられないことが一番の悔いだ」
「ほう?」

 ただ一言、言えなかった言葉がある。それだけだ。

「私は罪人だ。死という罰に今更恐怖は感じないし、この処遇が不当だとも思わない。だが私の心にポッカリと穴が開いていると言うのなら、それはこの人生、その最後でできなかったことに対する無念だろう」

 そしてその穴を埋めるのが、感謝の意なのだ。
 当然、その希望を叶えるために死刑を中止するわけにはいかない。満は特別な油と骨壺を持ってきているので、修練はここで処刑し遺体も焼いてしまうと決まっている。ここに来たのは五人だが、帰れるのは四人だけ。

「修練! 処刑人としてのプライドだ。死は誰にとっても平等! 俺は苦しめながら殺すことは絶対にしない。たとえ相手がどんな罪人でも、一瞬も苦しませない。痛みも感じ取らせない! その辺は安心してくれ」
「ありがたい」

 もったいぶっている時間もない。

「範造、始めよ」
「了解しました、富嶽さん……」

 富嶽がゴーサインを出すと範造は従った。
 この晩、修練は三十六歳という若さでこの世を去った。


 ついに儀式の二日前になった。この日緑祁と香恵は神蛾島に行くために、東京の港にいた。フェリーの出港までまだ時間がある。

「緑祁!」

 そこに範造が現れた。彼は雛菊と一緒であり、自分の荷物は彼女に持たせ自分は骨壺を抱えている。もちろん、修練の遺骨だ。

「山添智華子の遺骨は、皇の四つ子が持ってくることになっているよ。親族に話をしたら、許可してくれたんだ。生前の恋人と一緒になれるのなら、って感じだ」

 かなりありがたい決断を遺族はしてくれた。

「ちょっと貸してくれ、範造」
「ん、ああ…」

 骨壺を彼から受け取る緑祁。驚くほどに軽いそれは、修練の死を確かに示していた。

(もうこんなに軽くなってしまったのか……。死は一瞬で、死後は永遠……。もう修練はこの世にはいないんだ)

 改めて現実を受け入れる。

(でも、いいんだこれで。修練と智華子さんの冥婚は、これから! これからが本番なんだ!)

 そして自分の覚悟を確認した。やるべきことはもう全部頭に叩き込んである。

「範造も雛菊も、参加してくれるよね?」
「アたりマエだよ、それは。ウンパンするためだけに神蛾島にイくとオモう?」
「思わないわよ」

 雛菊はとある額縁入りの写真をカバンに入れている。それは修練と智華子の、結婚写真だ。【神代】の方で息のかかったカメラマンに作成をしてもらったのだ。現代では写真の形のムカサリ絵馬もあるらしく、それが二人の霊の供養になる。
 フェリーはまたフェロック号だ。もう接岸して乗り込めるため、範造と雛菊の二人はささっと乗り込んだ。

「あ、絵美に刹那! 骸と雛臥じゃないか!」

 四人の姿が見えたので声をかける。彼女たちは緑祁とは親しいが、修練とはあまり関りがないだろう。骸と雛臥ならなおさらだ。それでも神蛾島に行くこと……冥婚式に参加することを選んでくれた。移動に一日……往復で二日もかかる神蛾島なのだ、その他の予定が全て狂ってしまってもおかしくはない。

「行かざるは悔いの極み。死者の霊を供養し弔うことは、我らの宿命だ。行かないという選択肢はない――」

 そのままフェリーに乗り込む。

「緑祁、そろそろ私たちも部屋に行こう。私たちの部屋はフェリーの右側だから、乗り込む人は窓から見えるわ」
「そうだね。行こう」

 香恵の分の荷物を持ち、緑祁は彼女と一緒にフェリーに足を運ぶ。そして部屋の窓際に座って、この船に乗り込む人たちを見ていた。観光シーズンではないが、結構な人が来るらしい。フェロック号は伊豆諸島の島々を回り最後に神蛾島に行くので、その全ての人たちが式に参加するのではないだろう。霊能力者じゃない人ならもっとその可能性が低い。
 できる限り緑祁は前日の夜まで、何度も今回の冥婚式を【神代】のデータベースで告知した。だからなのか彼にはこのフェリーに乗る人が全員、式の参加者に思えた。もしそうなら、誰もが修練と智華子の冥婚を祝ってくれるということだ。

(そうじゃないかもしれない……)

 思い上がった心を落ち着かせるために、心の中でそう呟く。それでも心臓の鼓動は早いままだ。

「緑祁、少し休んだら? 冥婚式が近いから緊張しているのはわかるけど、気が立っているのも良くないわ」
「そうするよ。ちょっと寝るね。夜ごはんの時には起きるから」

 一足先にベッドに潜り込んだ。その後すぐに緑祁は眠ってしまった。
 やがて出港の時間が来た。フェリーは神蛾島へ向け、太平洋を進む。
 午後七時ごろ、緑祁は宣言通り目を覚ました。髪を簡単に整えてから、香恵と一緒に船内のレストランに向かう。

「お、緑祁に香恵!」
「紫電たちも今からご飯かい?」

 紫電と雪女もいたので、一緒に食事を取ることに。

「無駄にエビやカニの料理がおいしいからね、このフェリーのレストラン。他の海鮮料理も安くて味もいい。でもサラダは下手、山菜の使い方がなってない上に値段が高い。ハッキリ言って野菜の腕は私の方がいいよ」
「まあ、雪女は俺の家でメイドの仕事もこなしているからな……。それに海の上のレストランに、野菜山菜を云々は酷だぜ」

 雪女は海鮮丼を注文し、紫電はアサリのパスタを頼む。緑祁はシーフードラーメンに決め、香恵はチャーハンだ。ほぼ同時に料理がテーブルに運ばれたので、

「いただきます」

 食べる。
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