第8話 衝撃の真実 その2

文字数 2,245文字

 緋寒は部屋を四つも予約していた。一つは自分たちが泊まる四人用の和室。また一つは刹那と絵美の部屋。そして、一人部屋が緑祁と紫電の分、一つずつ。緋寒だけが自分たちの部屋に残って【神代】に、偽緑祁が倒されたことを正式に報告するための文書を制作。残る三人の妹はそれぞれの部屋にいた。

「……つまりそなたは、『橋島霊軍』の慰霊碑を破壊したのが緑祁であるということを聞き、青森から飛んできた、ってことじゃな?」
「ああ! ライバルが道を踏み外しちまったんならよ、俺が裁かないといけないからな!」
「で、【神代】には全く連絡をしなかった、と?」
「だからあれが寄霊だったなんて知らなかったぜ」

 紅華は紫電の部屋にいて、彼がどうして長崎にいたのかを聞いていた。

「………最初から【神代】に一言声をかけてさえすれば、偽者の緑祁の討伐を頼めたのに…」
「それってよ、緑祁に協力しろ、って意味か? だったら三途の川で溺れ死んだ方がマシだぜ? 俺は本物の緑祁と決着がつけられるから、来たんだからな! あ、でも…。本物偽者、両方とも俺が倒しちまうってのアリだったか!」
「そなた、偏差値の割に単細胞では?」

 その本物との勝負はまたもお預け。いいやそれどころか、偽者とはいえ緑祁の格好をした存在にやられたのはかなり悔しい。

「だがよ、今の緑祁は戦えるような状態じゃねえ。俺は家に戻って、アイツが立ち直れるまで待つぜ」

 大学の課題もあり、紫電は明日には八戸に戻るつもりだ。
 隣の部屋は、刹那たちがいる。赤実が、

「これで長崎から脅威は去ったわけじゃが、そなたたちはやはり帰るのか?」
「どうしようかしら……。このまま家に戻るのは、どちらかと言うと後味悪いわよね?」

 絵美が刹那に目を向けると、

「同感である。我ら自身の問題ではないが、これは解消しなければスッキリしない靄――」

 頷く。

「では、まだこちらにおると?」
「そうするわ。もうちょっと詳しい事情を知りたいから」

 そして、緑祁の部屋。朱雀がいて、これからどうするかを彼に聞いている。

「僕が一緒にいたのは、偽者の方だったなんて……」
「そなたが偽者と相まみえる前にわたしらはそれを知ったんじゃが、気が散るかもしれないと思ってあえて口を塞ぐことにしたんじゃ。それは謝ろう」
「いや、いいよ。その配慮がなかったら、僕も偽者に勝てなかっただろうからね……」

 実際にその現実を突き付けられると、かなり心が動揺している。それが緑祁自身が、ハッキリと認識できる程度に。

「軍艦島に行くことに危険を感じたために偽の香恵は仮病を使って蒸発したのかもなぁ……。寄霊同士が鉢合わせると、よくないことでも起きるんじゃろうか? あんれ、それとも嫌なことでも察知して行方を眩ませた?」

 それは、わからない。だが緑祁は悩んでいる。

「朱雀、本物の香恵に会うことはできるの?」
「病院の場所はわかっておる。だからしようと思えばできる。が、何をする気じゃ?」

 緑祁は、除霊と答えた。

「刹那と絵美は、こん睡状態になった僕のことをそれで起こしてくれたんだ。それと同じことをすれば、意識を取り戻せるかもしれない!」

 現に緑祁がそれで目覚めたので、希望がある。
 だが、

「それで……どうするのじゃ?」
「え、どういうこと?」
「本物の香恵は、一年前から眠っておるのじゃぞ?」
「だから、意味がわかんないよ!」
「緑祁…そなたが香恵と会ったのは、一か月前。でもそれは偽者の方。本物はその時、既にこん睡状態。それ以前に、会ったことはあるのか?」
「あ……」

 そこまで言われれば、緑祁も言葉の真意を見抜いた。

「本物の香恵は、僕のことを知らない……」

 今まで一緒に積み上げて来たものは全て、幻想に過ぎないのだ。

「仮に本物の方を目覚めさせても、緑祁のことを選んでくれるかどうかはわからぬ。ソッポを向くかもしれん……」

 もしそうなら、本物とは出会わない方が吉かもしれない。それが朱雀の意見だ。

「で、でも! 寄霊は本物とほとんど同じなんでしょう? 性格だって再現できるんだ、一緒にいてくれる………はず……」

 口を動かしているのに、力がなくなった。そもそもその偽者からすら、好意を向けられているとは限らない。利用できるから緑祁のことを使っているだけかもしれないのだ。

「これは本当に言いにくいのじゃがな、緑祁……。本物の香恵とは会わないで、偽者の方を探さぬか? 偽者はそなたのことをよく知っておるし、一年も本物と取って代わっておるのだから……」

 これは、妥協案だ。緑祁の心を折らないために皇の四つ子が考えたのだ。それを説明している朱雀にも、正しくないことを言っている自覚はある。

「…………………」

 緑祁も辛い。その提案を飲む場合、本物の香恵は眠りから目覚められないことを意味している。だが、本物が緑祁と一緒にいてくれるとは限らない。相手からすれば緑祁は、会ったこともないただの赤の他人なのだ。だったら寧ろ偽者の側にいた方が、彼は幸せかもしれない。だがその場合、本物の香恵はどうなる? 自分の幸福のために、黙って寝ていろと? そんなことが言えるはずがない。

(でも……)

 緑祁の心は何度も揺れ動く。どちらを選べばいいのか、わからないのだ。

(どうする? どうすればいいんだ………?)

 こんな時に、横に香恵がいてくれたらと思う。

「わたしらも無理強いはせぬ。緑祁、そなたが一番納得のいく終わり方を選んでくれ」
「なら……」

 緑祁はあることを決めた。

「一度、本物と会ってみるよ……」
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