第9話 悪い後味 その3
文字数 4,157文字
「戻って来たよ、正夫……!」
服も髪もびしょ濡れだが、それでも緑祁は投げ飛ばされた海の中から舞い戻ってみせた。香恵と式神たちは大丈夫そうで、何とか守れている。
「面白い。そうでなくては、倒しがいがない。君に対する私の感情は、海に沈む程度ではないのだからな!」
この、怒り。それが正夫の原動力だ。
「君のような人間に汚染されてしまったこの【神代】……。もはや、手遅れだろう。癌細胞が全身を侵食するかのようだ。君に感化された哀れな人たちは、偽りの優しさを覚えてしまってそれに心酔してしまう」
だから今の【神代】は、もう破滅に向かって歩き出している。その滅びの運命はもう変えられない。
「じゃあ何だい? 【神代】を壊してしまおうって思っているの?」
「壊す? 似てはいるな……」
ここで、正夫は自分の野望を明らかにした。
「新しい組織を作ろうと考えているのさ。【神代】という鎖の繋がっていない、真新しい霊能力者のための秘密結社!」
自分たちが意見しても改善や反映がされないのなら、いっそのこと全ての土台を最初から築き上げればいい、という考えだ。
「もう君も知っているだろう? 私の研究成果……それは、一般人を人為的に霊能力者にする方法だ。これを使えば、霊能力者はいくらでも増やせる」
「仲間を増やして、【神代】を攻撃するつもりなのか!」
「その通りだ。いつの日か、【神代】を越える人員を確保できるだろう。平和で堕落した【神代】には、もう衝突しても勝てる能力がない。ここで消えてもらう」
そして敗北した【神代】を吸収し、新しい組織はより大きくなる。
「何でそんなことを? 僕一人に怒りを向けてたんじゃないのか!」
「ふふふ……。わかった気になっているようだな、緑祁君? 私はな、君も今の【神代】も、気に食わないさ。その両方を潰すとなれば、先に消せる方を消すことは当たり前だろう?」
野望の準備段階として、今の【神代】の雰囲気に馴染み少しずつだが影響力を増している緑祁をまず抹殺することを正夫は選んだのである。そして彼を葬ったら、新しい組織を作る。
「それで新しい組織を生み出して、そこで王様にでもなるつもりなの? 醜いわね」
香恵がその野望を吐き捨てた。
「言ってくれるな。君に何がわかる? 変わることを拒み、堕落することを選んだのは君たちの方だろう? 私は、活気に満ちた【神代】を取り戻そうと思っているのだぞ?」
「要するに、変化を受け入れられないだけよ。時代が変われば以前の考えは否定されるなんて、よくあることじゃないのよ。それこそそちらが私たちよりも年上なら、もっとその目で見ていると思うけど?」
「知ったようなことを言ってくれる……。これだから、君たちにはわからないんだ」
正夫の野望、それは自分がトップに就くことではないのだ。
「私はね、別に王者や指導者になろうとは思っていないさ。世界を支配したいとも思わないし、そんな欲もないんだ。ただ、環境……雰囲気は大切だと思っている。考えてみてくれないか」
もしも【神代】が今よりも生温くなった場合……反旗を翻そうとする者が必ずや現れるだろう。言うことを聞かない人物も出てくるだろう。恐怖とは言い換えれば抑止力であり、そのための力を組織は有しているべきだという考え。
「確かに、間違ってはないかもね。制裁があると聞けば、誰も反対しなくなる。でもそんな自由のない支配が、今の時代に求められるとは思えない!」
「そうだわ! 支配的な世界はもう過去のこと! 現在や未来を見れば、それはもう間違った価値観よ!」
真っ向から反論する緑祁に同調する香恵。
「どうやら君たちは、私にとって本当に邪魔な存在らしいな。ではここで、この世から排除する! 私が作る新しき組織のための礎、踏み台になってもらおうか!」
正夫が手を挙げると、巨大虫がわんさか出現する。
「まだこんなに……!」
まるで彼が新しい霊能力者をいくらでも作り出せることを暗示しているかのようだ。
(この数を押しのけるのは、難しい! さっきクワガタ一匹にだって苦戦したんだ!)
もう迷ってはいられない。相手は自分たちを殺すつもりだし、緑祁たちからしても正夫を逃がせない。
「火災旋風!」
まず、赤い風を繰り出す。流石の虫もそれには弱い。だが足元の砂が不自然な動きを見せた。
「しまった! ケラが!」
地中を通って襲撃してくるケラ。突撃までしてくる。その虫に、[ダークネス]は堕天闇をぶつけて吹き飛ばす。
「ありがとう、[ダークネス]!」
[ライトニング]も負けてはない。精霊光で火災旋風を避けて迫るハチやトンボを破壊する。
「緑祁、少し作戦を練りましょう! 式神たちがいれば、負けることはないわ!」
「でも、どうやって?」
緑祁の使える霊障は三つ。鬼火、鉄砲水、旋風だ。霊障合体も火災旋風、台風、水蒸気爆発の三つだ。霊障合体は個人の中で完結していないといけないので、[ライトニング]の精霊光や[ダークネス]の堕天闇と合わせることはできない。
そしてその霊障合体を駆使しても、巨大虫を退けることがやっと。軍隊のように大勢いる虫たちを乗り越えることは夢のまた夢。
「一つだけ、方法があるわ!」
「な、何……?」
香恵が札を一枚取り出した。
「式神? 香恵、持ってたの?」
「違うわ。これは霊魂の札。霊魂を入れてあって、霊気を駆使して飛ばすの」
それを使えばいい、と彼女は言う。
「僕にできる?」
「大丈夫よ。呪縛と霊魂だけは、アイテムこそ必要だけど誰にでも……それこそ他の霊障が一切使えなくても、できるわ!」
「なら!」
その札を香恵から受け取る緑祁。
「これで僕が使うなら、霊障と合体できる!」
札は三枚ある。それらを前に出して緑祁はその霊魂を操る。
「霊障合体・泡 !」
鉄砲水と霊魂をまず、合体させた。大量の泡が出現して虫を囲い、弾けるときにその体を破壊する。
「何だと……!」
これには正夫も驚いた。その霊障合体を使えるという情報がなかったからだ。
まだ続く。
「霊障合体・天狗 !」
今度は旋風と霊魂の合わせ技だ。見えないが、空気の塊が放たれそれが虫に当たると風穴を開いた。
「ば、馬鹿な……? こんなことが?」
泡と天狗。その二つの霊障合体が次々と巨大虫を倒しているのだ。
「ええい、何をしている! 早くアイツを殺せ、虫たち!」
焦った正夫は命令を出し、虫に攻撃をさせた。
(集まってくる……)
緑祁は待っていた。この、自分に虫が集中する瞬間を。水蒸気爆発では吹き飛ばせないが、まだ鬼火と霊魂が残っている。
「今だ! 霊障合体……焼夷弾 !」
札が炎をまとった。それが吐き出した一つの火球が、まずカマキリに直撃し燃やした。するとそこから更なる火球が吐き出され、近くにいたクワガタとクモを焼く。そしてさらにそこからまた、無数の火が出る。
連鎖的に起きる火炎。これが密集している巨大虫の間で起きるのだから、避ける暇などない。しかもまるで油に引火したかの燃焼であり、体を振った程度では消えない。
「ぐっわ!」
連鎖し続けると、最終的に正夫にも着火。服が燃えている。
「馬鹿な? こんなことが……あり得ない! ももも、燃えている……だと?」
正夫は消火するために恐鳴で虫を生み出したが、その虫も既に燃えているのだ。これでは意味がない。
「ぐおおおおおお!」
メラメラと燃え上がる炎は、巨大虫を全て赤く染めた。その中には正夫もいる。
(まさか、これほどとは……! 私の、負け、なのか………)
その火の中に消えようとしている意識。しかし突然、焼き尽くそうとする炎の方が消えた。
「間に合った!」
緑祁は鉄砲水で消したのだ。
「香恵、慰療を使ってくれ! 結構な火傷を負っているみたいだ」
「任せて」
患部を彼女が撫でれば、ダメージを受けた皮膚が元通りになる。
「何故だ?」
正夫は二人に問う。
「何故私を、助ける? 君たちを殺そうとしているのだぞ?」
「殺意を向けられたからって、人を殺していい理由にはならないよ。僕も香恵も、そう思った。それがそっちの言う、偽りの優しさかもしれない。でも僕はそれを……思いやる心の強さを信じる!」
自分の信念を貫いた結果、正夫の命を助けるという結論に至ったのだ。
「本当に君は、温いな……」
改めて嫌気がさすほどだ。だが彼は潔く自分の負けを認めた。勝負はあった。あの状況を突破する術が、正夫にはない。だから今反撃をしてもまた焼夷弾に焼かれて終わる。
「その温さが、いずれ君の脅威となるだろう……」
不吉なことを何やら言い出す正夫。
「何を言われても、僕は人を殺さない。見殺すこともしないんだ!」
無抵抗な正夫の手足を一応、紐で縛っておく。そして香恵は紫電と辻神に連絡を入れ、ここに招集した。十数分後には彼らが到着。
「終わったな! コイツ、こっちに来ていたのか! 俺の方は空振りだぜ……!」
「私もだ。何日待っても何も来ない。でも解決した…か」
辻神は皇の四つ子をはじめとした【神代】の人員も一緒に連れてきている。
「連行しろ! 聞きたいことがいっぱいある!」
正夫がどうなるかは不明だ。死刑にはならないだろうが、おそらく精神病棟送りになるだろう。
「で、でも……」
緑祁はその行き先に難色を示したが辻神が、
「アイツは野放しにはできない悪党だ。緑祁、諦めろ。厚生の余地もなさそうだし反省の色もゼロ。大体まだアイツの子分の霊能力者が捕まっていない! 事件はまだ、終わってないんだ……」
彼を制止した。
ただ車に押し入れられる前に正夫が、
「これで全てが解決すると思っているかい? 全然違う! 緑祁君、君は何も解決できていないのさ。何も知らずに苦しまない内に死ねればどれだけ幸せだったか、後悔するがいい……」
「さっさと乗り込め!」
「私とはもう二度と会うことはないだろう、緑祁君……。しかし君は、野望に既に渦巻かれているのだ……」
意味ありげな最後のセリフが、緑祁の心の中に残った。
「どういうこと……?」
確かに洋次たちの行方は未だ不明だ。だが、そのことと正夫の言葉は、何か関係があるのだろうか。もしかしたら別のことが、まだあるのではないのだろうか。
勝負には勝利したのだが、最後が納得いかない。後味が悪い感覚を緑祁は抱いた。
服も髪もびしょ濡れだが、それでも緑祁は投げ飛ばされた海の中から舞い戻ってみせた。香恵と式神たちは大丈夫そうで、何とか守れている。
「面白い。そうでなくては、倒しがいがない。君に対する私の感情は、海に沈む程度ではないのだからな!」
この、怒り。それが正夫の原動力だ。
「君のような人間に汚染されてしまったこの【神代】……。もはや、手遅れだろう。癌細胞が全身を侵食するかのようだ。君に感化された哀れな人たちは、偽りの優しさを覚えてしまってそれに心酔してしまう」
だから今の【神代】は、もう破滅に向かって歩き出している。その滅びの運命はもう変えられない。
「じゃあ何だい? 【神代】を壊してしまおうって思っているの?」
「壊す? 似てはいるな……」
ここで、正夫は自分の野望を明らかにした。
「新しい組織を作ろうと考えているのさ。【神代】という鎖の繋がっていない、真新しい霊能力者のための秘密結社!」
自分たちが意見しても改善や反映がされないのなら、いっそのこと全ての土台を最初から築き上げればいい、という考えだ。
「もう君も知っているだろう? 私の研究成果……それは、一般人を人為的に霊能力者にする方法だ。これを使えば、霊能力者はいくらでも増やせる」
「仲間を増やして、【神代】を攻撃するつもりなのか!」
「その通りだ。いつの日か、【神代】を越える人員を確保できるだろう。平和で堕落した【神代】には、もう衝突しても勝てる能力がない。ここで消えてもらう」
そして敗北した【神代】を吸収し、新しい組織はより大きくなる。
「何でそんなことを? 僕一人に怒りを向けてたんじゃないのか!」
「ふふふ……。わかった気になっているようだな、緑祁君? 私はな、君も今の【神代】も、気に食わないさ。その両方を潰すとなれば、先に消せる方を消すことは当たり前だろう?」
野望の準備段階として、今の【神代】の雰囲気に馴染み少しずつだが影響力を増している緑祁をまず抹殺することを正夫は選んだのである。そして彼を葬ったら、新しい組織を作る。
「それで新しい組織を生み出して、そこで王様にでもなるつもりなの? 醜いわね」
香恵がその野望を吐き捨てた。
「言ってくれるな。君に何がわかる? 変わることを拒み、堕落することを選んだのは君たちの方だろう? 私は、活気に満ちた【神代】を取り戻そうと思っているのだぞ?」
「要するに、変化を受け入れられないだけよ。時代が変われば以前の考えは否定されるなんて、よくあることじゃないのよ。それこそそちらが私たちよりも年上なら、もっとその目で見ていると思うけど?」
「知ったようなことを言ってくれる……。これだから、君たちにはわからないんだ」
正夫の野望、それは自分がトップに就くことではないのだ。
「私はね、別に王者や指導者になろうとは思っていないさ。世界を支配したいとも思わないし、そんな欲もないんだ。ただ、環境……雰囲気は大切だと思っている。考えてみてくれないか」
もしも【神代】が今よりも生温くなった場合……反旗を翻そうとする者が必ずや現れるだろう。言うことを聞かない人物も出てくるだろう。恐怖とは言い換えれば抑止力であり、そのための力を組織は有しているべきだという考え。
「確かに、間違ってはないかもね。制裁があると聞けば、誰も反対しなくなる。でもそんな自由のない支配が、今の時代に求められるとは思えない!」
「そうだわ! 支配的な世界はもう過去のこと! 現在や未来を見れば、それはもう間違った価値観よ!」
真っ向から反論する緑祁に同調する香恵。
「どうやら君たちは、私にとって本当に邪魔な存在らしいな。ではここで、この世から排除する! 私が作る新しき組織のための礎、踏み台になってもらおうか!」
正夫が手を挙げると、巨大虫がわんさか出現する。
「まだこんなに……!」
まるで彼が新しい霊能力者をいくらでも作り出せることを暗示しているかのようだ。
(この数を押しのけるのは、難しい! さっきクワガタ一匹にだって苦戦したんだ!)
もう迷ってはいられない。相手は自分たちを殺すつもりだし、緑祁たちからしても正夫を逃がせない。
「火災旋風!」
まず、赤い風を繰り出す。流石の虫もそれには弱い。だが足元の砂が不自然な動きを見せた。
「しまった! ケラが!」
地中を通って襲撃してくるケラ。突撃までしてくる。その虫に、[ダークネス]は堕天闇をぶつけて吹き飛ばす。
「ありがとう、[ダークネス]!」
[ライトニング]も負けてはない。精霊光で火災旋風を避けて迫るハチやトンボを破壊する。
「緑祁、少し作戦を練りましょう! 式神たちがいれば、負けることはないわ!」
「でも、どうやって?」
緑祁の使える霊障は三つ。鬼火、鉄砲水、旋風だ。霊障合体も火災旋風、台風、水蒸気爆発の三つだ。霊障合体は個人の中で完結していないといけないので、[ライトニング]の精霊光や[ダークネス]の堕天闇と合わせることはできない。
そしてその霊障合体を駆使しても、巨大虫を退けることがやっと。軍隊のように大勢いる虫たちを乗り越えることは夢のまた夢。
「一つだけ、方法があるわ!」
「な、何……?」
香恵が札を一枚取り出した。
「式神? 香恵、持ってたの?」
「違うわ。これは霊魂の札。霊魂を入れてあって、霊気を駆使して飛ばすの」
それを使えばいい、と彼女は言う。
「僕にできる?」
「大丈夫よ。呪縛と霊魂だけは、アイテムこそ必要だけど誰にでも……それこそ他の霊障が一切使えなくても、できるわ!」
「なら!」
その札を香恵から受け取る緑祁。
「これで僕が使うなら、霊障と合体できる!」
札は三枚ある。それらを前に出して緑祁はその霊魂を操る。
「霊障合体・
鉄砲水と霊魂をまず、合体させた。大量の泡が出現して虫を囲い、弾けるときにその体を破壊する。
「何だと……!」
これには正夫も驚いた。その霊障合体を使えるという情報がなかったからだ。
まだ続く。
「霊障合体・
今度は旋風と霊魂の合わせ技だ。見えないが、空気の塊が放たれそれが虫に当たると風穴を開いた。
「ば、馬鹿な……? こんなことが?」
泡と天狗。その二つの霊障合体が次々と巨大虫を倒しているのだ。
「ええい、何をしている! 早くアイツを殺せ、虫たち!」
焦った正夫は命令を出し、虫に攻撃をさせた。
(集まってくる……)
緑祁は待っていた。この、自分に虫が集中する瞬間を。水蒸気爆発では吹き飛ばせないが、まだ鬼火と霊魂が残っている。
「今だ! 霊障合体……
札が炎をまとった。それが吐き出した一つの火球が、まずカマキリに直撃し燃やした。するとそこから更なる火球が吐き出され、近くにいたクワガタとクモを焼く。そしてさらにそこからまた、無数の火が出る。
連鎖的に起きる火炎。これが密集している巨大虫の間で起きるのだから、避ける暇などない。しかもまるで油に引火したかの燃焼であり、体を振った程度では消えない。
「ぐっわ!」
連鎖し続けると、最終的に正夫にも着火。服が燃えている。
「馬鹿な? こんなことが……あり得ない! ももも、燃えている……だと?」
正夫は消火するために恐鳴で虫を生み出したが、その虫も既に燃えているのだ。これでは意味がない。
「ぐおおおおおお!」
メラメラと燃え上がる炎は、巨大虫を全て赤く染めた。その中には正夫もいる。
(まさか、これほどとは……! 私の、負け、なのか………)
その火の中に消えようとしている意識。しかし突然、焼き尽くそうとする炎の方が消えた。
「間に合った!」
緑祁は鉄砲水で消したのだ。
「香恵、慰療を使ってくれ! 結構な火傷を負っているみたいだ」
「任せて」
患部を彼女が撫でれば、ダメージを受けた皮膚が元通りになる。
「何故だ?」
正夫は二人に問う。
「何故私を、助ける? 君たちを殺そうとしているのだぞ?」
「殺意を向けられたからって、人を殺していい理由にはならないよ。僕も香恵も、そう思った。それがそっちの言う、偽りの優しさかもしれない。でも僕はそれを……思いやる心の強さを信じる!」
自分の信念を貫いた結果、正夫の命を助けるという結論に至ったのだ。
「本当に君は、温いな……」
改めて嫌気がさすほどだ。だが彼は潔く自分の負けを認めた。勝負はあった。あの状況を突破する術が、正夫にはない。だから今反撃をしてもまた焼夷弾に焼かれて終わる。
「その温さが、いずれ君の脅威となるだろう……」
不吉なことを何やら言い出す正夫。
「何を言われても、僕は人を殺さない。見殺すこともしないんだ!」
無抵抗な正夫の手足を一応、紐で縛っておく。そして香恵は紫電と辻神に連絡を入れ、ここに招集した。十数分後には彼らが到着。
「終わったな! コイツ、こっちに来ていたのか! 俺の方は空振りだぜ……!」
「私もだ。何日待っても何も来ない。でも解決した…か」
辻神は皇の四つ子をはじめとした【神代】の人員も一緒に連れてきている。
「連行しろ! 聞きたいことがいっぱいある!」
正夫がどうなるかは不明だ。死刑にはならないだろうが、おそらく精神病棟送りになるだろう。
「で、でも……」
緑祁はその行き先に難色を示したが辻神が、
「アイツは野放しにはできない悪党だ。緑祁、諦めろ。厚生の余地もなさそうだし反省の色もゼロ。大体まだアイツの子分の霊能力者が捕まっていない! 事件はまだ、終わってないんだ……」
彼を制止した。
ただ車に押し入れられる前に正夫が、
「これで全てが解決すると思っているかい? 全然違う! 緑祁君、君は何も解決できていないのさ。何も知らずに苦しまない内に死ねればどれだけ幸せだったか、後悔するがいい……」
「さっさと乗り込め!」
「私とはもう二度と会うことはないだろう、緑祁君……。しかし君は、野望に既に渦巻かれているのだ……」
意味ありげな最後のセリフが、緑祁の心の中に残った。
「どういうこと……?」
確かに洋次たちの行方は未だ不明だ。だが、そのことと正夫の言葉は、何か関係があるのだろうか。もしかしたら別のことが、まだあるのではないのだろうか。
勝負には勝利したのだが、最後が納得いかない。後味が悪い感覚を緑祁は抱いた。