導入 その2

文字数 4,739文字

 除霊はこの日の夜に実行される。わざわざ墓場に掛け軸を運び、適当な木にかけて広げた。

「これでよし! 貴様らは下がっていろ!」
「え? でも……」
「我輩一人で十分。余計な手を出すな。我輩が貴様を呪うぞ?」
「おい、お前……」
「やめろ、法積。ここは閻治に任せよう。僕たちは黙って見てる。それでいいんだな、閻治?」
「ああ」

 恐太が法積のことをなだめた。しかしいざという時は、危険を顧みずに助け出すつもりだ。一方の慶刻は、

(俺たちの出番はなさそうだな……)

 と、無駄に閻治の提案に口を挟んだりしない。
 除霊が始まる。閻治は鬼火で蝋燭に火をつけ、燃え移らない程度に掛け軸を照らし出し、

「この絵の中にいる者、出て来い」

 語り掛けた。反応はない。

「体が欲しいか? 喋れるようにしてやろう」

 ここで閻治、札……というよりも念が込められていないただの和紙を取り出し掛け軸に押し付けた。すると、

「何だ、お前たちは!」

 黒い人の影が、札を中心として形成される。そして人の声が聞こえた。それも大勢が同時に喋っているように聞こえる。

「出たな……!」

 これが、生霊の声だ。生身の人と何ら変わらない抑揚であり、耳を済ませれば呼吸音まで聞こえそうなくらいにリアルだ。
 そしてその生きているかのような感触が、生霊の除霊を難しくしている点である。死者とは異なり生霊の邪念の根源は今もどこかで生きている人の恨み……つまり、根本的な原因を除霊だけでは排除できないのである。

(今も恨んでおる人物が生きておる……。その者の恨みが止まらぬ限り、生霊は何度でも生まれる…! しかし、一時的に軽減させることができれば! それに、逆に恨みを探知してやる!)

 閻治が考えていることは二つ。一つは率直に、この掛け軸に宿る生霊を除霊すること。もう一つは生霊の恨みを逆探知し、その人物に逆に守護霊を送り込んで攻撃をすることだ。攻撃とは言っても、これ以上の怨みを生じさせないように念を発することを止めるだけ。
 まず、この生霊をどうにかしなければ何も始まらない。

「誰だお前は? どこだここは! あの男はどこにいる?」
「あの男……貴様らが心の底から恨んでおる人物なら、もう死んだ」
「嘘を吐くな! あの男を感じる。恨めしい、怨めしい!」

 最初から期待していなかったが、話はやはり通じない。

(自ら成仏するつもりは、やはりなし。こうなれば……)

 一気に除霊するだけ。閻治がそう考えた瞬間、生霊が先に攻撃をしてきた。

「お前のあの男の仲間なら、死ね!」

 恨みの火炎を吐き出したのだ。

「おお! これは恐ろしい……。だが!」

 しかし反応できない閻治ではない。すかさず鉄砲水を繰り出して消火する。

「危ない、閻治! 水でも消し切れてないぞ!」
「らしいな」

 火炎の量が多く温度も高過ぎるために、水が押し負けているのだ。

「だが、我輩はその、間が、欲しかった!」

 水が炎を消してくれたその一瞬で、彼はポケットに手を突っ込みスマートフォンを取り出した。

「まずは邪魔な火炎を消してやる!」

 そのスマートフォンのイヤホンジャックから、眩い光が飛び出した。電霊放である。

「何だと?」

 電霊放は炎に対し、干渉できる。中和することで、無力化できるのだ。おまけにこの時閻治が放ったのは、拡散電霊放。一部が生霊に直撃した。

「おのれ……! だが我らの恨みは、この程度ではない!」

 生霊の影の数が増えた。これはおそらく、恨んでいる人の数だろう。十数人はいるらしい。その内、最初に現れた者がリーダー格のようだ。

「死ぬがいい! あの男の味方をする者は、みな死んでしまえ!」
「乱暴な言葉だな」

 生霊が増えたというのにも関わらず、閻治は平然としていた。怖くない……というよりも脅威として認識していないのだ。

「しかし、恨まれている人間の味方をしなければならんのは、正直、嫌な感覚だな。手が黒くなる感じ。我輩と関係ない分、なおたちが悪い!」

 でもこれも、やらなければいけない仕事だ。閻治は法積から受け取った藁人形を十体ごそっと取り出し、それにスマートフォンを向ける。

「終われ! 霊障合体・電気(でんき)椅子(いす)!」

 呪いの依り代である藁人形に電霊放を撃ち込んだ。呪縛と電霊放の合わせ技が、電気椅子である。

「ぐうああ! 馬鹿な、我が同胞が……!」

 十体分の影が除霊させられてしまった。

(やはり! あの最初に現れたヤツだけは、こんな小細工では祓えんか。もっと直接叩く必要がありそうか。あるいは……)

 あるいは、怨みを成就させるべきかもしれない。
 閻治が、横に飛んだ。それに反応し生霊は、近くに落ちていた石を飛ばす。

(ポルターガイスト現象か!)

 幽霊が相手ならあり得る話である。【神代】ではまだ、霊能力者が使える霊障として認知されていない……つまり閻治であっても、使用することが不可能。

「……乱舞と機傀の合わせ技、鋼直(こうちょく)!」

 石は閻治の頭にぶつかったが、石の方が砕けた。彼が霊障合体を使って自分の体を金属並みに硬くして防いだのである。

「ずおおおお!」

 そしてその硬くなった拳で、生霊に殴り掛かる。

「ぐううあ!」

 二体分の影を祓えた。

「逃がさん! ここで一気に攻め落とす!」

 間髪入れずに次の霊障合体だ。

「くたばれ、そしてあの世へ崩れ落ちろ! 霊障合体・死灰捨(しはいしゃ)!」

 閻治の周りに突然、雪が降り始めた。この雪はよく見ると白ではなく黒い色で、おまけに毒厄を含んでいるのだ。言葉通りの死の灰が、周囲に降り注ぐ。

「ば、馬鹿な! 我が怨みが! き、消え……ぬおおおおおお!」

 生霊であっても、毒厄の力には抗えない。どんどん体が毒と病に侵され黒ずんでいく。

「ぐあうあ………」

 体が溶け、煙と化していく生霊。最後に残ったのは、札を含んだ頭部だけだった。

「我は、こんなところで消えるわけにはいかぬ、いかぬのだああああ……」
「……なら、一つチャンスをくれてやる」

 閻治は残りの藁人形を大量に自分の足元に置き、蜃気楼を使って偽りのビジョンをそれらに投影する。

「お、お前は!」

 それは、とある男の姿だった。

「貴様らが恨んでおるヤツとは、コイツだろう? 今、完全に消える前に怨みを晴らせ」

 事前に恐太に写真を見せてもらっていたので、恨んでいる人物の見た目だけは把握できていた。

「ふふふ、お前! ここでやっとお前を殺せる、殺せるぞ!」

 どうやら生霊は、それが偽物の幻覚であることに気づけていないらしい。恨んでいる人物が目の前に現れれば、我を失うのは幽霊でも人間でも同じなのだ。

「死ねぃいいい!」

 最後に残った口から、炎を吐き出す。その男……藁人形が、メラメラと燃え灰に変わった。同時に、生霊の姿も空気へ溶けていく。札だけが、その場に残った。

「さてと。本番はこれからだ」

 その札を拾って閻治は言った。この札には、生霊の念がわずかに残されている。それを分析し、恨んでいる人物を特定するのだ。

「それは僕に任せろ、閻治!」

 得意分野で恐太は除霊に貢献する。

「頼むぞ。できれば明日中には」
「午前中までで終わらせる!」

 二日後、閻治は別の市内の商店街にいた。しかし店は少なく、店舗のほとんどでシャッターが閉まっている。それ以外の場所は大体が駐車場になっている。この商店街がこうなってしまったのには、理由がある。

「貴様らが恨む男が、そうしたんだろう? タクシーで来る時、大きなショッピングモールが見えた。それを建てたのが、恨まれていたあの男」

 言い換えれば間接的にシャッター商店街を作ってしまった男だ。これは恨まれても仕方がない。

「だがな、どんなワケがあっても……人の不幸や死を望んでいい理由にはならん」

 そして、その厄介な怨念の連鎖を閻治が止める。

「この辺のはずだ」

 恐太が探知した念の発信源は、この付近である。生霊だったので、ちゃんと生きている人物だ。近くの民家やアパートも見てみる。

「ここじゃないか?」
「そうみたいだな」

 件の民家を探し当てたのは、慶刻と法積だ。閻治と恐太を呼び、

「どうする?」
「入る!」

 インターホンを鳴らしてみる。

「どなたですか?」
「商店街にアンケートを持って来た者です」

 適当な嘘を吐いて、玄関を開けてもらった。中から、中年の女性が出てくる。

「アンケートって?」
「残念だが、君に用はないんです」

 恐太が率先して勝手に上がり込む。

「ちょっと!」
「奥に居ますよね? もう、歩くことすらできないみたいですが、現役時代はバリバリ商店街で働いていた。八百屋でしたね? しかし十数年前に建ったあのショッピングモール。そのせいで、客が激減。ここのお父さんは建設に必死に反対したみたいですが、それも空しく……」

 詳細を語ると、中年の女性は頷いて、

「ああ、父のことを知っているんですか……」

 と答えた。
 女性は閻治たちをリビングに案内し、お茶も出す。

「もう、八年になります。一生懸命工夫や仕事をしていましたが、赤字が続いて店を畳まなければいけなくなりました」

 それから、生きる気力を失ったようになって寝たきり状態に。

「今ではもう話も通じません」
「どうかな?」

 しかしそれに意を唱えるのが閻治だ。生霊の主な根源はこの家の主のものなので、意思疎通はできなくても念だけは持っているはずである。

「慶刻、説明しておいてくれ。我輩は話をしてくる」

 寝室のベッドに、女性の父親がいた。

「我輩、神代閻治という者だ。大学生である」

 返事はない。聞いているかどうかも怪しい。閻治は慰療や薬束を使ってみたが、霊障でも治せないレベルで衰弱している。

(耳が駄目なら魂に語り掛ければいいか……)

 そう思った彼は、老人の手を握った。

「ん?」

 その時に感じたことがある。
 この男性は、怨み恨むということにすがっている。もういつ切れてもおかしくない命の糸が彼をこの世に繋ぎとめているのは、怨みの念があってこそだ。

(もし我輩が、恨んでいる男が死んだことを告げたら……。教えた途端に、命が終わりを告げるかもしれない……)

 この男性は、その男の死だけを望んで生きている。その死を教えれば、もう生きている意味が消える…死ぬ。

「………」

 悩んだ閻治は、何もしないで手を離した。生霊を送りつけたことは許しがたいのだが、目の前のかすれた命を考えると、冷酷な結果を招くことの決断できなかったのだ。
 ただし、何もしないで帰ればまた掛け軸に生霊が湧くので、

「庭を借りる」

 庭に穴を掘って、そこに藁人形を埋めた。さらにその上に、大きめの石を建てた。

「これをいじるな」

 それは、生霊の墓場だ。こうやって処置をしておけば、また男性が生霊を生んでもここに送られて自動的に除霊されるだけ。周りの木々や虫に悪影響が出ないようにもしておいた。


 夕方になってようやく、四人は主婦の長話から解放された。

(許す、か……)

 普通、生霊を生み出す輩は許せない。【神代】の基準からしてもかなり悪質なことをしているからだ。だが閻治は、あの寝たきりの男性を罰する気にはなれなかった。
 怨み恨みをそのままにしたのである。

(これが、許すということなのか……)

 明確な答えがわからない題目に閻治は悩む。その悩みも、彼を成長させる経験となるのである。

「閻治、リベンジはどうするんだ? やるのか?」
「……やらなくてもいい気がする」

 可憐や叢雲との再戦は、しなくていい。閻治は思った。自分よりも優れている者は、この世界やこの世にいくらでも存在する。彼ら彼女らに対して嫉妬の念を送らない、生み出さないこともまた、許すということなのだ。
 閻治と恐太と法積は、恐霊寺に戻る。一方慶刻は、

「父さんが呼んでいる」

 父に呼び出されたので一人、目的地の神社に向かった。
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