第7話 遅過ぎた懺悔 その3

文字数 2,708文字

「……いない?」

 ヤイバがいた場所には、鉄棒だけが残されている。またジャンプして移動したのだ。
 しかし骸は慌てない。既にここは彼のフィールド。木々に探させるだけだ。

(どこにいる……?)

 瞬時に公園内の霊気を感じ、居場所を特定する。どうやら高師は既に園内にはいないらしい。だがヤイバは?

(見つけた……!)

 ここから十数メートル離れた場所だ。そこに立っている。そうとわかった骸はすぐに足を動かした。

「逃がすか、ヤイ………」

 だがそこにあったのは、大量の釘だった。

「しまった! 霊気に騙された!」

 釘に込められた霊気は大量で、それがヤイバ本人と誤認させたのである。木霊による人探しは自分の霊的感覚で行うわけではないので、このように誤魔化しがいくらか効く。

(大体、逃げているはずなのに立っているってのがおかしいことだった!)

 では、本物はどこに消えたのだろう?
 直後、ザパンという音が池の方から聞こえる。

「そ、そうか! 上に飛んだだけだったのか。一杯食わされた……」

 急いで池に戻るも、もう誰もいない。再び木々に問いかけてみても、今度は反応が大量にある。これではどれがヤイバか見分けがつかない。

「……機傀はある程度動かせるのかよ。これじゃあ本人かそれともただの砲丸か、まるで区別がつかない……」

 完全に見失ってしまった。


「ふ、ふう…」

 骸がヤイバと戦っている間、高師は彼に構わず逃げた。そもそも彼を雇った目的は、単純に逃亡する際の時間稼ぎでしかない。極端な話、骸がヤイバを倒せようが逆にやられようが関係ないのだ。

「ここまで来れば、大丈夫……か?」

 付近の三角公園にまで逃げることができた。

「どういうつもりだ、高師……?」

 しかし、逃げ切れたという発想は甘かった。

「何、ヤイバ?」

 振り切れてなかったのである。声がした方を振り向くと、その方角から釘が飛んできて高師の足を串刺しにした。

「ぐわああああああ!」

 足に力を入れようにも、逆に激痛が脳に送られる。そのせいでもう立っていられない。

「見損なったぞ、オマエ。仮にも仲間を見捨てて逃げるとはな」
「あ、アイツは雇っただけのボディーガードだ。書類上だけの関係さ…」
「冷たい発想だな。そうやってオレの偽造工作もしたんだろう?」

 こにれは、違う、とハッキリと答える高師。

「俺は当時、皐の言葉に騙されてしまった。だから間違ったことをしてしまったんだ。この八年間、それを悔いていた! ずっと君のことを覚えていた。病棟に行って面会も頼んだが、当事者であることを理由に断られた! あの大学も罪の意識のせいで辞めた! それくらい、君のことを考えていたんだ!」

 それを聞いたヤイバの反応はシンプル。ため息を吐くと、

「どうして人間は最後の瞬間、命乞いをするのだ? 無駄だとわかっていながら」

 吐き捨てる。

「これは俺の都合のいい命乞いじゃない! 事実だ! 事実、俺は君のことがずっと心配だった! 君と友達でいたかった! 皐さえいなければ、俺と君は親友になれたんだ!」
「もういい黙れ、二酸化炭素を増やすな」

 もうヤイバには、高師の言葉を聞く気がないのである。自分の言うことを聞き入れてくれなかった相手に対し、立てる耳はない。

「最後に言い残したい言葉はあるか?」

 サバイバルナイフを出現させ、その刃を見せつけて言った。

「謝らせてくれ!」

 命乞いはもう、なかった。

「死をもって謝罪にしてやる。他には?」
「ずっと、悩んでいた……。【神代】に本当のことを言うべきかどうかを。でも、勇気がなくてできなかった! 今更頭を下げても遅いのはわかっているけど、本当に申し訳ない気持ちで一杯なんだ。だから一言! 一言でいい! 謝罪をさせてくれ! 聞いてくれ! 言わせてくれ!」

 その気持ち、ヤイバにはわかる。これは本当だ。命が惜しくて言っているのではない。寿命をほんの数秒伸ばしたいから時間を稼いでいるわけではない。
 今まで言えなかったことを初めて、口にしている。高師には、謝りたい意識があったのだ。

 でも、それはヤイバの心を揺さぶるほど強くはなかった。いいやこれは、ヤイバにその謝罪を受け付ける意思がないのだ。だから心が揺れない。少しもかわいそうだとは思わない。
 だから、言う。

「今言うべきことじゃない。だから謝罪を聞くつもりはない」

 ヤイバからすれば、高師が八年間を彼から奪ったことだけが事実。当時に味方をしてくれなかったことは、絶対に動かせないのだ。もし仮にその、申し訳ないという意識があったのならそれは八年前に言うべきであって、今告白するべきことではない。

「地獄の閻魔大王の前で、一生懸命弁明でもしてんだな」

 容赦なくナイフの刃を、高師の首に振り下ろした。


「ん? これは……!」

 遠くから、悲鳴のような声が聞こえた。女性のものらしく、ヤイバでも高師でもない。しかし胸騒ぎが、骸の中でする。行かなくてはならないと直感したし、本能で既に動いていた。
 どうやら誰かが見つけたらしく、彼女は震える手で警察に通報していた。その顔の先にあったのは、首を切り落とされた高師の遺体。

「間に、合わなかった………」

 既に殺された後だった。周りにはヤイバの気配すらない。

「おお、骸!」

 何とか回復できた雛臥も、さっきの悲鳴を聞いてこの三角公園にやって来た。

「駄目だ。既に仏になっている…」
「そう…か…」

 実際にその亡骸を見て、雛臥も察する。ヤイバがまた、人を殺してしまったことを。同時に自分たちは、高師を守ることができなかった。
 骸は雛臥のことを藤崎森林公園に連れて来た。見せたいものがあるのだ。

「この辺の木のどれかに……」

 幹に刻まれた、二人の名前。それはかつてヤイバと高師の間に友情があった何よりの証。亀裂が生じる前の、確かな印だ。

「どれかって、どれだよ?」

 だが、いくら探してもその掘られた名がないのだ。木々に問いかけてみても、反応がない。まるで最初から、そんなものが存在していなかったかのように。

「そうか、そういうことか」

 どうして見つからないのか、骸はわかった。
 二人の友情を、ヤイバが否定したから消えてしまったのだ。

「帰ろう、雛臥。頭、明日病院で検査してもらおう……」

 力なく二人はホテルに戻り、雛臥は頭を冷やし直した。骸はすぐに【神代】に、報告した。その報告書には、音声データも添付されている。

「これで、高師の罪の意識が少しでも昇華されるといいが……」

 裁かれるべき人はもう皐しかいない。だが彼女は、正当な処罰を受けるべきであって、ヤイバに殺されるべきではないのだ。
 そう思うと、増々守れなかったことを二人は悔しく感じる。
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