第2話 未確認霊能力者 その1

文字数 4,039文字

「行方不明者、ですか?」

 都内にある【神代】の予備校の中には、教室の中を隔てて第二の面談室が作ってある。その一席で神楽坂満は相談を聞いていた。

「正確には違うんです……」

 相手は孤児院の院長で、悩みごとがあると言うのだ。それは、

「今年から大学に入る子供たちの内、数人と連絡が取れなくなったんです。孤児院に帰っても来ないのです。急に、です!」
「今も?」
「今朝もメッセージを送りましたが、既読になりません」
「それは心配ですね……」

 だが警察に通報するレベルではない。だから【神代】に相談しているのだ。

「四人、です」

 名前をメモ帳に書き込む院長。

「一人は東京の大学に通うことになったので、こちらの孤児院へ転院する話を勧めました。慣れない一人暮らしよりはマシだと言って、彼も承諾したのですが、その孤児院の方にもいません」

【神代】の運営する孤児院は、大学を卒業するまで……運が良ければ大学院を出るまでいさせてもらえる。さらに大学へ進学する場合、県外でも受験できる。合格した場合はアルバイトしながら自立するか、孤児院を移って通うか選べるのだ。

「子供が社会人になって自立するまで面倒を見るのが【神代】孤児院のモットーです。だからこそ、気になるんです!」
「確かに新学期、それも大学という新生活が始まるのに突然いなくなるのは不自然ですね。明らかにおかしな話だ。旅行とかというわけではないのですか?」
「あの子たちは、そこまで仲が良いわけではありませんので……」

 となると、一緒に家出という可能性も消える。

「その他に何か気になる点は?」
「そうですね……」

 と院長は考え込む。

「いなくなる数日前ですか……。門限を破ったんですよ、四人とも」
「門限? 確かそちらの院ではその年齢だと夜の十時までに帰ってくるのが規則ですよね?」
「はい。でもあの時最初の子は、確か午前三時前だった気が……」
「そんな夜中に外出ですか……」

 ここで満、あることを思いつく。

「失礼ですが……。【神代】の本業をご存知?」
「ええ、もちろん。霊能力者の秘密結社でしょう?」
「結構です。しかしだ、あなたの院の子供には、霊能力者はいなかったはず。これは調査済みなので間違いがない。今、霊能力者ネットワークで彼らの名前を検索してみたが、ヒットなし。要するにそのような用事があったわけではないということ」

 やや八方塞がり気味の時、院長が、

「あ、でも! 確か今年になってから何度か、神主さんが訪れたことがあります」
「それは【神代】がいつもやっている、アレでしょう? 孤児院や児童養護施設だけじゃない。この予備校でも行っている願掛けだ。孤児とは言え、受験生であるので……」
「それが、四回以上来たんですよ」
「そんなに? センター試験前に一回、のはずでは? 誰が来たんです?」
「えーと、確か……。吉備、でしたかね? 苗字しか覚えてませんが、若い男性でした」
「ああ、彼ですね。こちらはネットワークに名前があった。吉備豊次郎、三十一歳、没……? あ、彼は最近、亡くなられたようだ」

 当事者が既にこの世にいないとなると、事情を探るのは難しくなりそうだ。

「となると増々、その行方不明中の四人を探した方が良さそうですね。事件や事故に巻き込まれていなければいいのですが」
「探してくれますか?」
「もちろんですとも。孤児院の子供は【神代】の子供! 日本の貴重な財産! 必ずあなたの孤児院に連れ戻しましょう」

 費用は【神代】の方で賄うとし、満は契約書を作成してその場で印刷し、院長とお互いにサインを書いた。

「よろしくお願いします!」

 先に院長がこの面談室を出て行った。満はというとこの場に残って、

「もういいぞ。出て来い、辻神」

 隔てりの向こう側から、俱蘭辻神が出てきた。

「不思議なこともあるもんだ。人探しとなると……」
「皇の四つ子に任せてみては?」
「それはできない」

 皇の四つ子は監視役なので、動かすには条件がある。監視すべき疑惑のかけられている人物であることと、相手の居場所がわかっていること。この四人の場合、その二つの条件を満たしていない。

「この案件、お前に任せたい。どうだ?」
「大丈夫だ」

 辻神は即答した。彼にも大学生活はあるのだが、

「もう卒業研究以外に必要なことはないし、卒業後は院に進学するから就活もない。それに今の時期はそう忙しくもない。山姫と彭侯も、仕事に支障が出ない程度に手伝わせる」
「ならば決まりだ。あの院長とは約束してしまったのでな、必ず探し出せ。費用は全部、こっちが出す。追加で人員が欲しいならいつでも言ってくれ」
「では、そうだな……」

 ここで辻神は考える。

「ただの家出なら、私たちだけで十分だ。だが心霊犯罪者が絡んでいるとなると話は別。是非とも手伝ってもらいたい人がいる」
「誰だ?」

 満が尋ねると、

「緑祁だ。多分私たちよりも福島、と言うか東北には詳しいだろう。どこにどういう因縁や曰くがあるのか、それも関係しているとなると私たち三人では手こずる……」
「緑祁に援助してもらうとなると……」

 彼本人に直接命令を下せるのは満よりももっと上の立場の場合であるし、かなり重要なことじゃないと無理だ。発注された依頼をこなすのは自由だが、いざ指示を飛ばす場合はまず彼の上司に確認を取らねばならない。【神代】の命令系統では、書類上緑祁の上司は藤松香恵となっている。

「香恵に連絡を入れてみる。許可が出れば、緑祁に電話してみろ」
「了解」

 辻神は前に彼らが宣言した通り、【神代】のために仕事をしてくれている。彼らの上司となったのが、あの時の裁判で彼らを裁こうとした満だった。だが二人の間にはそんないがみ合いは存在せず、辻神は忠実に任務を実行してくれるのだ。

「これが四人の資料だ。持って行け」

 顔写真入りの書類が四つ。

「三人は福島に残り進学、残る一人は東京の国立大学へ、か。学業面での悩みごとはなさそうだな。生活面でも特別苦労している様子がない」

 やはり、この失踪事件には何か裏がある。それこそ、この世ならざる陰謀かもしれない。


「う~ん。予定を入れ過ぎた……」

 自宅でカレンダーと睨めっこをしている緑祁。平日は大学に行くのだが、彼はもう三年生なので、必要な講義は少ない。しかし休日は違う。

「まずは今週末に合唱部でピアノの演奏。次の日がオーケストラ部でヴァイオリン。次の週が軽音楽部のキーボード。室内管弦楽団でもヴァイオリン…」

 役目は助っ人。頼み込んできたサークルの人たちは、緑祁に入部を迫ることはなかった。ただ、新入生に披露するのを手伝ってくれと言われたのだ。そしてこの四月は、新入部員獲得の最大のチャンス。借りれるのなら、猫の手でもいいくらい相手は忙しそうで、断るのが相手に悪そうだった。

「一応楽譜は叩き込んでおいたけど、もう一度確認しておこう」

 幸いにも、楽器は弾けないわけではない。楽譜をもらって、当日までに完成させる。正規の部員並みの猛練習で、今夜のバイトでも好きな曲は弾けそうにない。
 下手をすれば休日の方が平日よりも忙しいという逆転現象が起きている。
 しかしそれ以上に、緑祁は頭を悩ませている。

「あの時、豊次郎って人が死ぬ前に残した言葉……。あれはどういう意味だったんだろう?」

 福島の日新館で、ほんのわずかだけ言葉を交わした人物。彼が死に際に残した言葉。


「他人を思いやることだけが優しさとは限らない。厳しさのない思いやりは他人の心を傷つけ台無しにするだけだ」


 その意味がわからない。いいや言葉通りに受け取れば、他人に対し厳しく接しなければいけない時がある、という意味だろうか。だがそれを、見ず知らずの人に言われる理由がない。

「何が言いたかったんだろう? 僕は豊次郎とは会ったことはないから、迷惑とかかけようがないのに……」

 考えれば考えるほど、あの言葉の意味がわからなくなっていく負のスパイラル。

「ん?」

 その良くない渦を貫くかのようにプルルルルと、スマートフォンが鳴った。知らない番号からの電話だ。

「誰だろう?」

 一瞬悩んだが、出ることを選択。画面をスワイプして、耳元に持って行く。

「もしもし、緑祁か?」
「あ、この声は……辻神?」

 意外な相手だ。

「一体どうしたの? そもそも僕の連絡先を知ってた?」
「香恵から聞いて教えてもらったんだ。んで、ちょっと手伝ってほしいことがあるんだが」

 辻神から説明を聞いた。

「……なるほど、そんなことが起きていたんだね」
「人を探すのなら、人手は多い方がいいと思ったわけだ。費用は【神代】が出してくれるが、どうだ? 休日に少し福島に出かけるだけだから、そんなに難しくはないはずだ」
「その土日がちょっと……」

 今度は緑祁が事情を説明。

「多忙だな。それじゃあ頼みごとをする方が失礼だ」
「え、でも……」
「気にするな。予定を優先して当たり前だ。こっちの件は九だったし、私たちで何とかする」

 変に幽霊が関わるわけではない。任務は行方不明になっている少年たちの捜索だけなのだから、最悪辻神たちだけでもできるという判断。

「でも待って。確かその少年たちって福島出身でしょう?」
「そうだが、どうした?」
「もしも心霊犯罪者が本当に関わっているのなら、心霊スポットやそういうヤバい神社寺院を探してみるのがいいかもしれないよ。東北地方に限定するなら、心当たりがある場所を知ってる」
「そうか! 教えてくれ!」
「うんとね……」

 いくつか、ネットでも有名な場所を伝えた。

「わかった。まずはそこに行ってみよう」
「何もないかもしれないけど……」

 だが【神代】の案件なら、可能性がないわけではないのだ。

「では失礼した」

 電話はこれで切れた。

「僕が悩んでいる間でも、【神代】は動いているんだな……」

 緑祁は、辻神に協力できなかったことを悔しく思いながらも、自分のことに専念することに。

 この時の彼は知らなかった。この行方不明者の事件に、自分が関わることになることを。
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