第6話 拠点強襲 その4

文字数 4,104文字

「面白い……。霊障に頼ってばかりでは、勝てない相手ってことかよ! だが俺と雛菊は、【神代】の処刑人なんだぜ? 霊障だけが武器じゃない!」

 そうだ。二人は札を持っている。それは霊障とは関係ない、除霊用の品物だ。試してみる価値はある。しかし業聖は炎を吐きながら前進してくるので、正面から向かって行っても燃やされ凍らされて終わるだけだ。タイミングを見極めなければいけない。

「私が囮になるわ!」
「いいのか、梅雨?」

 この場で唯一鉄砲水を使える彼女が、それを買って出た。炎は消せるし、冷気の息も防げる。そして何より、自分の身を危険に曝してでも勝利を掴むという覚悟がある。

「キミだけでは心配だ! 自分も行く!」

 万が一梅雨が逃げ遅れた際の保険として、咲も出る。木綿で成長させた草や木を防御に使うのだ。

「任せたぞ、二人とも!」

 二人が業聖と業酷の注意を引くために霊障を使っている間に、範造は雛菊に駆け寄り、

「何枚ある?」
「サンマイ。アナタは?」
「俺は五枚だ」

 合計は八枚。敵幽霊は二体なので、四枚ずつ使える。だから範造は雛菊に一枚分けた。業聖は範造が、業酷は雛菊が担当する。

(一枚でも悪霊くらいは除霊できるんだ……。十分だとは思うが、念のため!)

 隙を突き、まずは業聖に一枚貼り付けてみる。

「グルルルガアアアアアアアアア!」

 少し触れただけでこの悲鳴だ。効いていることを十分にわからせてくれる。だがそのせいで、業聖は範造の方を向いてしまった。

「来る!」

 火炎放射だ。範造は機傀を使おうとしたが、手に持っている札が邪魔で間に合いそうにない。

「くそっ!」

 しかも腕が反射的に顔の前で交差してしまう。これは気休めにもならないことだ。

「危ないわ!」

 その危機に反応したのが、梅雨だ。業聖に当たらないよう鉄砲水を放って、炎を消した。だがその直後に業聖が振り下ろした爪に、背中を切り裂かれた。

「ひゃあああ!」

 そこまで深くはなさそうだが、血が背中から噴き出した。

「つ、梅雨!」
「あ、あんたは除霊に集中しなさいよ!」

 慰療での治療が間に合わず、倒れながらもそう叫ぶ梅雨。彼女の思いと行動を無駄にはできない。

「ぬおおおおおぉ一気に消してやろうじゃあないか!」

 怒りに火がついた範造は、もう勝負を決めることを決断。その様子を伺っていた雛菊もタイミングを合わせ、

「ジョレイする。もう、アキラめなさい…」

 四枚の札を雪で動かし、業酷の冷気をかわして胴体に貼り付けた。

「ギュギョアアアア!」

 範造も残る三枚を業聖に貼る。

「どうだ! この恐竜野郎!」
「ハたして、このヨにノコれるかな……?」

 それは不可能だ。業聖も業酷も、体を回転させたり自分の炎や冷気の息で包んだりしているが、除霊の札を剥がしたり壊したりすることはできない。

「ギャアアアアアアオオオオオオオオオ!」

 断末魔が放たれた。それでもまだ暴れる。

「何という執着! 現世にしがみついていたいのか!」

 暴れ、走り出す。業聖が前に動いた。でもその先には、業酷がいる。業酷の方も動き出した。

「激突するぞ、伏せろ! 逃げろ!」

 衝突する二体の霊。

「サイゴはジメツだね」

 凄まじい霊気が周囲に放たれる。幽霊がよく見えないほどだ。そのこの世ならざる煙が晴れた時、

「な、何……?」

 範造たちは信じられないものを見た。何と二体の幽霊は合体し、全く新しい双頭の恐竜型の幽霊となったのだ。これは公業生(こうごうせい)とでも呼ぶべきか。右のティラノサウルスの頭は火炎放射をし、左のスピノサウルスの方は凍てつく息を吐き出す。

「両方の特徴を踏襲している……? そんなの、ズルいじゃないのよ!」

 この公業生の登場に絶望したのは、範造と雛菊だ。もう除霊の札がない。

(打つ手がない……?)

 仮に札が残っていたとしても、業聖と業酷の除霊に四枚ずつ必要だった。今、合体して生まれた公業生には何枚必要なのか、それすらもわからない。

(ど、どうすれば……?)

 皇の四つ子みたいに、体に引っ付いて読経をするか? しかしこの公業生は鋭い爪を持っていて、それが背中まで届く。そもそも頭が二つあるせいで、近づくことにすらも一苦労だ。

「何すればいいのさ、範造? コイツには? 札はもうないの?」
「ない……。さっきの二体で終わりだと思っていたからだ……。俺の判断ミスだ……」
 膝か崩れ、地面に落ちる範造。負けを悟ってしまったのである。
「範造……。どうにか、しないと」
「だが……」

 何もできない。そう考えた時だ。

「それで良いのか?」

 彼の頭の中に、皇の四つ子の姿が浮かんだ。彼女たちは、

「やりもしないで諦める。それが誇り高き【神代】の処刑人の、すべきことなのか?」

 そんなことを言い、煽ってくる。一番嫌いな人物たちに、馬鹿にされた気分だ。

「うるさい! 貴様らに言われてたまるか!」

 気が付くと、範造は立ち直っていた。

「そうだ! ここでくたばってたまるか! 逆だ! この幽霊を全力で排除してやる! たとえ体が千切れようとも、な!」

 さっきまでの絶望感と恐怖心は、もう心と体に残っていない。

(読経すれば、除霊できる! アイツの体に、直に流し込めばいいだけだ! 皇の四つ子にできて、俺たちにできない? そんなこと、あるか!)

 絶対に除霊する。そう範造は決意した。

「雛菊! 俺が近づくから、援護しろ!」
「リョウカイ」

 横にいる雛菊が霊障を使って、公業生の注意を引いた。その隙に範造が、近づく。だが、

「ギギアア!」

 まだ経を口ずさんですらないのに、公業生は彼に反応して蹴り飛ばした。

「何だと、うぐ!」

 しかし言い換えれば、公業生はそれだけ経を警戒しているということである。木の幹を蹴って地面に上手く着地し、範造は再び公業生へ駆け出す。

「梅雨、咲! 大丈夫か?」

 さっき梅雨は怪我をしていた。流石にもう慰療で治せたとは思うので、雛菊と一緒に気を引いてもらいたい。

「なら派手に霊障を使おう! いくぞ、梅雨!」

 咲が率先し、樹海脈を使用。すると公業生は、

「ウウガガアア! ギャギャララアア!」

 聞くに堪えない音に対し、もがき出した。

「何……?」

 これに範造は違和を感じる。先ほどまでの業聖と業酷には、霊障は通じなかったはず。しかし今、咲の樹海脈が効いている。

「そうか! 先入観に騙されていた!」
「どういうこと、範造?」
「あの幽霊! 合体して強くなったように見えて……霊障への耐性が無くなっている! 霊障が通じるぞ!」
「なんてホンマツテントウなガッタイ……」

 強力な幽霊になる代わりに、一番厄介な霊障耐性が消えている。それならばと、範造たちはさっきとは打って変わって距離を取る。火炎放射や冷気が届かない程度に離れると、

「一斉に攻撃だ! 霊障合体で一気に潰すぞ!」
「マカせて」
「さあ、行くわよ」
「うおおおお!」

 範造の融解鉄と火炎噴石、雛菊の雷雪崩、梅雨の鉄砲水、咲の樹海脈がそれぞれ公業生に直撃。

「ギギヤヤ! ガガアアウウ!」

 断末魔の悲鳴を上げる公業生。いくら丈夫でも、範造たちの霊障合体を一度にくらえば流石に耐えられるはずがない。地面にバタンと倒れこむ。

「トドメだ! 霊障合体・鉱山死原!」

 地面に手を突いた範造。そこから地割れが生じ、公業生を割れ目に飲み込む。その割れ目の中には、鎌や槍や剣がおびただしい数生えていて、公業生を切り刻む。

「ググオオ……」

 公業生は陥没した地面の中から、出て来なかった。

「やったぞ!」

 何とか勝利した範造たち。しかしかなりの緊張と疲労で、みんなしゃがんでしまう。


「どうじゃ?」

 少ししたら、回復した皇の四つ子が後を追いかけてきた。

「……やはり何か、いたらしいな? そして範造たちは、辛うじて倒せたというわけか!」

 状況から察するに、厳しい戦いだったのだろう。
 緋寒はしゃがんでいる範造に手を差し伸べた。

「もう立て! わちきらの任務は、豊雲と剣増の本拠地を探し出すことじゃ。こんなところで休んでいる暇はない!」

 手を差し出された範造は、一瞬、迷った。

(もう、一人でも立ち上がれる……)

 しかし、皇の四つ子の方からこちらに歩み寄ってくれている。何か心境の変化があったのだろう。それに自分が応えなくていいのか。

「……ありがとうな、緋寒」

 悩んだ結果、手を握ることにした。そして引っ張られて立ち上がった。

(ん? 範造がわちきの名前を覚えておるのか? しかも妹たちとの見分けがついておる? 意外じゃな……)

 きっと、考え方が変わったのは自分だけではないのだろう。

「もう少し、奥に進もう。多分洞窟……鍾乳洞は近いんじゃないか?」
「そうじゃな」

 紅華と咲が率先して前に進む。二人の後を追う六人。

(範造たちと、いつかはわかり合わなければならぬ。予想外にそれが早くなっておるのか)
(本当なら、協力したくはない。だが今はそんな子供じみたことは言えない。それに、いつまでもいがみ合ってるのも駄目なんだろうな……)

 緋寒と範造は、口には出さなかったがお互いに同じようなことを考えている。それは緋寒の妹たちの紅華、赤実、朱雀、範造の仲間の雛菊、咲、梅雨も同じだ。共通の敵を前に、心が繋がったのだ。これが一時的なものかそうではないかは、これからの彼ら彼女ら次第である。
 数分歩くと、

「待て! 風じゃ! 風の向きが変わった。温度もじゃ!」

 旋風を使える朱雀が気づく。近くに洞窟があって、そこから冷たく湿り気のある風が漏れている。

「梅雨、蜃気楼を。咲は応声虫で」
「お茶の子さいさいよ!」

 姿と音を誤魔化しながら進むと、緋寒たちはついに見つけた。

「あれが、鍾乳洞……! その、入り口!」

 隠されている様子はない。寧ろ逆に、堂々と崖に開いている。

「今すぐ【神代】に報告じゃ!」
「マカせて」

 雛菊が【神代】に一報を入れる。赤実が実際にスマートフォンで写真を撮って送信もする。

「今、誰も出入りはしておらぬ」
「なら、見張っていてくれ! 既にもぬけの殻かもしれないが、マークする価値はある!」

 そう指示されたので、鍾乳洞の入り口が見えるところで待機した。【神代】の応援が来るまで待つのだ。
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