第5話 犯された禁忌 その1

文字数 3,714文字

 新幹線の座席は、指定席を選ぶ。絵美たちが四人固まって座り、その前後に皇の四つ子が二手に分かれて挟むように席に着く。隣の席に、範造と雛菊。

「こんな乗り物の中で逃げるとは思えないんだけどな……」
「バカにカジョウなんだよ、皇のヨつゴって」

 聞こえる距離で嫌味を言う二人。しかし皇の四つ子の耳には入っていないようで、緋寒は後ろを向いて、

「よいかそなたたち! 蛭児の家の場所はもうわかっておる。赤実がつい最近行ったばかりじゃからな。でも、言いたい注意はそこじゃない。蛭児の言うことにはちゃんと耳を傾けるのじゃ。そなたたちが一方的になってはならん」

 警告を入れる。

「……わかってるわよ!」

 絵美はちょっと大きな声を出して頷いた。

「でもさ、俺たちの言い分を蛭児がちゃんと聞くかな?」

 自分は無関係だと主張しているのだ、きっと真面目に聞いてくれるわけがないと骸は言う。

「少なくとも今のそなたたちよりはまともな人だとは思うぞ?」

 後ろに座っている赤実が言う。

「ははあでもそんなまともな人ならさ、僕たちの話をちゃんと聞いてくれる……んじゃない?」
「希望は抱くに越したことはない――」

 駅に到着後はレンタカーで移動だ。二台借りる。一行は十人いるので、五人ずつに分かれる。

「んで蛭児の家に行って、尋問以外にするべきことは?」
「証拠捜しよ! 架空の依頼のこと、絶対に残っているはずだわ!」

 ほどなくして到着した。赤実が、

「ここで間違いない」

 と言ったので道に迷ったこともない。

「早速、行くか! 覚悟してろよ、蛭児ぉおお!」

 勢いが良いが、やっていることはインターフォンを押すだけ。ピンポーンと鳴った。

「………おい!」
「待って! まだ出てないわ」

 絵美は家の窓を見た。カーテンが閉まっているのは、外からでもわかる。時刻はもう午後で、外はまだ明るい。

「いないんじゃないの? 外出中、とか?」
「あり得る――」

 蛭児も一人の人間なのだ、外に出て買い物したり、それとも他の用事があったりしても、何もおかしくない。

「出ろ! 出ろよ蛭児! 逃げるな!」

 何度も何度もインターフォンを押すが、一向に出る気配がない。

「おい皇、蛭児の家族は?」
「おらん。五年前に妻が死んでから、一人暮らしのはずじゃ」

 この情報は確かで、蛭児が外出中なら誰も出るわけがない。

「皇さえいなければ、これを使えるんだが……」

 範造は隣にいる雛菊にだけ聞こえるようにぼそぼそと呟いた。今彼の右手には、カギが一つ握られている。これは彼の家のものではない。蛭児の家のものだ。でも、合カギではない。たった今彼が、機傀で作り出した偽物の即席のカギ。

「ダメだよね。ユウズウがキかない皇がいるんじゃ」

 二人の言う通り、この場に皇の四つ子がいなければ範造は堂々とドアを開けて中に入っていた。できないのはルールに厳しい皇の四つ子が側にいるから。
 ここで偽物のカギを使って範造が家に入ったら、皇の四つ子は彼のことを心霊犯罪者として【神代】に報告するだろう。

(そういうところが、そなたたちの嫌なところじゃ……)

 しかし緋寒はそれを見ていて、嫌悪感を抱いた。もちろん二人が予想した通り、そのカギを使ったら即刻通報する気である。その視線に気づいた範造は、

「おい刹那! 確か貴様、旋風が使えるよな?」
「いかにも――」
「なら、それを使って蛭児が本当にいないのか、居留守を使っているのかどうかを判別しよう。この家の換気扇はあそこだ……」

 彼が指さしたところに、刹那は突風を使って風を送り込む。おそらく風呂場の換気扇だろう。そこから彼女が操る風が、家の中に隅々まで広がる。

「いない。この家には生物が何も、今はいない――」

 本当に留守であることが判明。

「どうする、絵美? ここで蛭児の帰りを待つか?」

 それだと、いつになるかわからない。

(逃げたの、蛭児は? だとしたら長居しても意味がないわ……)

【神代】から与えられた時間は短く、ここで無駄使いしてはいけない。そう思って骸や雛臥、刹那と相談し、もう移動を開始することに。

「次はどこに行くつもりだ? 蛭児がどこに行ったのかはわからないぞ?」
「もうアイツは関係ないわ!」

 絵美は言う。多分ここに戻って来ることはないだろう、と。自分たちが動いていることを、彼は感じ取ったのだろう。先手を打たれて、逃げられたのだ。

「じゃあどこに向かう?」
「一度、秋田に行ってみましょうよ」
「『ヤミカガミ』の慰霊碑の場所に?」

 何か、手がかりがあるかもしれない。少なくともここで何もわからず、いつ戻って来るかもわからない蛭児を待つよりマシだ。一旦四人は東京に戻って、長距離移動の準備をする。


 秋田の田沢湖近く。絵美と刹那にとっては、二度目だ。

「この辺にあるとは前から聞いてたが、こんな森の中とは……。これじゃあ誰も慰霊碑なんか拝みに来ないだろう…」

 実際に東北地方に住む骸と雛臥ですら、詳しいことを知らない。それもそのはずで、『ヤミカガミ』について、【神代】から特に教えられることがないのだ。どんな人たちがいて、どういうことを目的とし、暮らしていたのか。そういうことが誰にも伝わっていないので、事情を把握していないのも無理はない。ただ、【神代】によって日本から姿を消したことしかわかっていないのである。

「どうだ?」

 前に来た時とは違って今は朝だから、森の中でも日が差していて明るい。

「ここに残された霊紋は、絵美と刹那のものだけ! それは今日も感じる。やはり無実ではないんじゃな?」
「結論を急ぐな、朱雀」
「朱雀じゃない! わちきは緋寒じゃ!」
「どうでもいいだろうがそんなの! 同じ顔しやがって、見分けが全然つかないんだよ、貴様ら!」
「ほくろの位置で判別すればいいんじゃ! 右上! 右下! 左上! 左下!」
「誰が貴様らの顔、ジロジロ見るか!」
「何を…!」

 何と喧嘩を始める緋寒と範造。雛菊や残りの四つ子は二人をなだめるようなことはせず、寧ろ加勢したがっているほどだ。このまま放っておくと本当に取っ組み合いを始めそうなので雛臥と刹那が仲介に入る。その間に、絵美と骸が慰霊碑跡地を調べる。

「何か、あるか?」
「全然ね……。破片が散らばってるだけだわ………」
「何もない?」
「ええ、そうよ」

 大きな残骸は既に【神代】の調査員が回収した。取りこぼされた慰霊碑の小さな破片が、地面に落ちているだけ。

「何も、ない……? アレ?」

 ここで、おかしな点に気がつく絵美。

「ねえちょっと待って! 慰霊碑が壊されたっていうのに、全然幽霊の念を感じないんだけど!」
「…! 言われてみれば確かに……」

 周囲をキョロキョロする骸。周りにいるのは、言い争いをする皇の四つ子と処刑人、そして自分たちだけ。幽霊は一体もいない。
 これは変だ。【神代】が慰霊碑を建てたのは、過ちを繰り返さないためだとか、未来に悲劇を伝えるためだとかではない。

「失われた命を悪霊や怨霊に変化させないために慰霊碑を、獄炎が建てさせたはずよ? 慰霊碑が破壊されてなくなったのなら、その邪念がこの世に戻って来てもおかしくはないわ!」

 でも、それがいない。

「なるほど確かに変だな?」

 違和感に気づかされた範造は喧嘩をやめて、絵美の方を向いて言った。

「普通、清めてくれている存在が無くなれば……霊は力を得ることになるはずだ。それが【神代】に怨みを抱いているのなら、この世に残っていても不思議じゃあない」
「そんなの、最初から成仏されておった、で通じる!」

 緋寒の言うことも正しい。滅ぼされた者たちが既に成仏したのなら、現世に舞い戻ってくることはないからである。

「まあ早とちりすんなよ、皇……。ここは一つ、絵美たちの意見を聞こうぜ? 絵美、貴様はどう考える?」
「どう、って……?」
「もしも蛭児が何らかの目的を持って慰霊碑を破壊した……壊させたとなれば、解き放たれた魂はどこへ行った? 皇の言うように供養され浄化されていたら、壊した時点で貴様らが呪われていないと変じゃあないか? でもそれがない。ってことは、その魂はどこへ行った? 本当にあの世から戻って来ていないだけか?」
「そうね……」

 考え込む絵美。

 多分、『ヤミカガミ』の人たちの魂はどす黒いはずだ。三年前の霊怪戦争を思い出せば、【神代】に攻撃され滅ぼされることの悔しさ哀しさは想像に難くない。しかもおまけに、無理矢理慰霊碑を建てられこの世に戻ることすら許されないとなると、怒りが込み上げてきているはずだ。だが、付近で不審な霊の目撃情報や霊障の話は出ていない。

「えっと……。雛臥と骸が壊したって言う、『この世の踊り人』の方にも行ってみない? そっちを見てから結論をつけても大丈夫よね?」
「すると、高知県にか。まあ飛行機使えば今日中に着けるだろう」
「何も変わらんと思うぞ……」

 ここでも、蛭児のことは何も掴めなかった。だが、慰霊碑に封じ込められていたであろう霊がいないことはわかった。この不自然な出来事、説明できない。【神代】は、自分たちの築いてしまった闇の歴史に祟られることを恐れ、慰霊碑を建ててしかも手を出すことを禁じたのだから。
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