第6話 反撃の電閃 その1

文字数 2,580文字

 日が暮れた瀬戸内海のとある海岸に、その女性は立っている。

「夜になったら行こうと思ったけど……。今出発したら到着まで時間かかるしなぁ、もう出るか! ディスに連絡入れないとねぇ」

 二月だというのに、この女性……ゼブ・イバーノフは半袖だ。彼女はシベリアで二十二年生きてきた。だから寒さに耐性でもあるのか、日本の冬の気候が全然苦ではないのだ。
 彼女の今夜の任務は、海神寺に捕らえられたギルの救出である。それ自体は難しいことではないと考えているのだが、問題が一つ。

「邪魔されたら面倒だなぁ。ギルが負けるぐらいにはシデンとかは強いワケだしぃ」

 使う霊障はもう知っている。相性的にはゼブはちょっと不利だ。
 やはり海神寺の前に着くころには空は暗くなっている。今ゼブは、海神寺の門から二十メートル離れた場所にいる。それはギルから聞いたことが原因だ。

「何か、塀に仕掛けをセッティングしている」

 それが気になって、攻め込む気になれないのである。紫電が設置したのは対霊能力者用のセンサーなのだが、これが地雷かもしれないとゼブは考えており、飛び越えた瞬間に爆発するかもしれないのだ。

「まだか?」

 通信機から仲間の声が飛んできた。

「ワタピには、ワタピなりの作戦があるんだよ! それを今からするだけさ!」
「と言うと、またレイニーデイ作戦か?」
「早くするでちよ?」

 返事はせず、ここで戦うことに集中する。

「アクアシュトローム……! これを雲に撃ち込むのだぁ!」

 実はギルが捕まってから四日が経っているのだが、勇気がなくて踏み込めなかったのではない。空の様子を観察していて、夜に集めの雲に覆われるのを待っていたのだ。彼女の放った鉄砲水は重力に逆らって天まで登り、雲まで届く。
 十分くらいすると雨が降り出した。

「あとは簡単だねぇ。場所を決めておくかぁ」

 近くに高い建物はないか探す。木でもいいのだが、それがあまりないのだ。仕方なくゼブは離れた高い場所に待機する。


 海神寺で待機している紫電は、この天気予報外れの雨に疑問を抱いていた。

「おかしいな? 今日は曇りでも日付が変わる頃には晴れるんじゃなかったのか?」

 すると雪女、

「こっちの天候気候は読めないってことだね。何せ面してる海が日本海でも太平洋でもなく、瀬戸内海だもの」

 西日本だから、東日本出身の自分たちでは天気の変化を予想できないと言う。

「しかし雨だと嫌な気分になるよな、パトロールする気も起きねえぜ……。傘ささないといけねえし、靴もズボンも濡れるし、体は冷えるしよ……。俺はカエルじゃねえからゲロゲロ鳴く気にもなれん」
「なら今日はこれからの警備を考えよう」
「そうだな」

 紫電は思う。ギルの身柄はここにある。【UON】の仲間意識がどれほどかは不明だが、彼のことを放っておくだろうか? 答えはきっと否である。

「もしも俺だったら、全力で取り戻しに行くぜ?」
「そうだよね。普通なら……いや普通じゃなくても」

 だとしたら確実に、二度目以降の襲撃があるはずだ。それに備えなければいけないのである。しかもおそらく派遣される霊能力者は、ギルよりも強いだろう。

(無理を言って仲間を増やした方が良かったか? 緑祁ぐらいは戦力として申し分ねえしよ、今頃後悔するくらいなら…)

 しかし、すぐに首を横に振る。

(そんな弱気じゃ駄目だ! もっと気をしっかり持て!)

 弱い方向に流れそうになった気持ちを何とか立て直した際に、客間の戸が勢いよく開いた。

「敵襲や!」

 道雄が大慌てで走って来たのだ。

「何……?」

 その報せを疑ったのは、紫電である。

「中庭に出たんや! あれは確実に【UON】!」
「でも待って」

 その違和感、雪女も気づく。

「きみ、確か針金を塀に撃ち込んだよね? それに引っ掛からないで入って来たってこと? そんなことが可能なの?」

 何も感じない。

(そんな馬鹿な? 穴でもあったか? いいや、俺はちゃんと見落としがないようチェックした! この海神寺に入ったのなら、絶対に引っ掛かるはずだ! かいくぐれるわけがねえぜ……!)

 すぐに返事はできなかったが、雪女は紫電の表情から、異常事態であることを察知。

「私と紫電が出るよ」
「了解。気いつけてな」

 雪女はすぐに外に出る準備をする。一方の紫電は、

「俺は屋内を回って警戒してみる……」

 ダウジングロッドを持つ手が濡れると、自分の体に電霊放が流れてしまう。だから雨の日は外で霊障を使えないのだ。

「きみは道雄と一緒に、ギルを見張ってて」
「ああ、頼む……」

 紫電は雪女に託し、廊下を進む。雪女は傘をさして縁側から外に出た。

「自分のあの仕掛けは万能やんな? 何でそれが覆うたのかい?」
「可能性としては……」

 もしも囲いを無視できるとしたら、上からの侵入だろうと紫電は言う。二、三メートルおきに針金を塀に仕込んだのだが、それはつまりそれくらい離れると敵を感知できないということ。そして彼は確実に包囲した自信があるし毎日メンテナンスもしているので、

「塀を五メートルくらい飛び越えてこの寺院の敷地内に入ったとなればそれは防げねえ…」

 だが、そんな上からの侵入者がいれば海神寺の人たちが気づくはずだ。いくら雨の日でも、そういう不審な衝撃がわからないはずがない。


「中庭って言ってたけど、どの辺だろう? もう奥の方まで入って来てしまって……」

 いる、わけではないことをすぐに察する。

(い、いる!)

 目の前、十メートルほど先に見知らぬ女の人影が。冬の雨の日だというのに半袖で傘もなければレインコートの類も身にまとっていない、見るからに怪しい。
 そして怪しい人物に雪女は容赦しない。すぐに雪の氷柱を生み出し投げつけた。この時の動きは滑らかかつ無音。向こうは彼女の存在に気づいてないので確実に通る先制攻撃のはずだった。

「えっ……」

 しかし、敵は雪女の方をいきなり振り向くと、なんと同じく雪の霊障を使って結晶を出現させて防いだのである。

「危ないねぇ、バレてないと思ったの? 残念だったぁ! アンタの動きは手に取るようにわかるんだなぁ」

 どうしてなのか、雪女は察する。

「この雨だね? 多分鉄砲水できみが降らせた雨。私は傘をさして歩いているから、その感触を感じ取ったってこと。氷柱が通らなかったのも、雨に濡れたから。違う?」
「正解だよぉ」

 ゼブは言う。
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