第2話 夜の町で その2
文字数 2,865文字
こういう時、冷静にならねばいけない。だがそんな余裕は、緑祁にはない。相手は悪霊だ、そのままあの世に連れていかれる可能性もある。
「どうすれば…!」
頭が真っ白になりそうだ。焦ってしまい、足取りも乱れる。何もないのに転びそうになるぐらいだ。
「待っててくれ、香恵! 必ず救い出す!」
ただそのことだけを考えるために、思ったことをそのまま口にした。
その時だ。緑祁の後ろで自動車同士が激突した。
「後ろにも、悪霊が?」
考えたくない最悪の事態。悪霊は一体だけではない。二体、いる。
(でも、何で二体…?)
事故を引き起こす力は非常に強力だ。だから一体で十分なはず。
今の緑祁にそんなことを考えている暇はない。とにかく後ろから迫ってくる悪霊をまず、鎮めなければいけないのだ。札を手に取り、もう一方の手で鬼火を生み出す。悪霊の方は、ハッキリと緑祁のことを睨んだ。敵として認識したのである。
「く、来る…!」
鬼火の威力を高め、撃った。しかし見られていては、簡単によけられてしまう。現に悪霊は左に動いてかわした。
だが、その動きを読み切った雷が突然、悪霊の体を貫いた。
「何だ、一体?」
空から落ちた雷ではない。この稲妻は、下から上に放たれた。一発では仕留めきれず悪霊の体は一部が焦げ、もがいている。
「もう一発!」
逃げ惑う人とは全く異なる動きをしている人物が一人いた。その人物は男で、ダウジングロッドを両手に持っている。そして再び電撃が発射され、今度は悪霊を煙に変えた。
「よし! これで終わったな。流石は俺、全然苦戦しないぜ!」
自信満々な発言だが、実際に悪霊を退治したので妙な説得力があった。
「おい、お前!」
その人物は、緑祁のことを見た。緑祁も彼と目が合った。
「鬼火を外したのは、下手くそだったからだな。でも安心しろ、俺がトドメをちゃんと刺したぜ!」
その声に対し、緑祁は、
「た、助かったよ」
と返す。
「はあ? それだけかよ? お前、もっと気が利く言葉知らねえの? こういう時は…」
「それどころじゃないんだ。もう一体いる。ソイツが僕の大事な人をさらったんだ」
その男……小岩井 紫電 はそれを聞くと、
「じゃあよ、この紫電様に任せな。お前は大した腕でなさそうだし、引っ込んでていいぜ」
「いいや、僕が行く!」
ここで引いては、霊能力者としてのプライドが許さない。それに逃げたとわかったら、香恵に幻滅されるかもしれない。そう思った緑祁は、紫電の発言に異議を唱えたのである。
「そうかよ。なら、競争だな? 先に仕留めた方が、この事件を治めたとして神代に表彰されるってわけだ」
事態を重く見ていない紫電は呑気にそんなことを言った。
「勝手にすれば……。僕は香恵を必ず助け出す!」
相手をしているのも疲れそうなので、緑祁は香恵を連れ去った悪霊が逃げて行った方面に向かって走る。
「そっちか。じゃあ俺は別の方向から探すぜ?」
ここで、紫電はダウジングロッドを持ち直す。さっきは霊能力で放電したが、本来の使い方もできるのだ。探したい標的の前で開くように動く。今はそれが、悪霊だ。
「きゃっ!」
突然、ビルの上で悪霊が手を離した。香恵はその場に倒れこむ。そしてその屋上には、蒼がいる。
「あんただね? 私の屍亡者を破壊したのは?」
「だ、誰?」
「あんたに名乗って私に得がある? 言うわけないでしょ! でも答えてもらうよ!」
「何を?」
「知ってること、全部! あんたら【神代】が、どこまで修練様に迫っているのかをね!」
この時の蒼は、用件が済んだら香恵のことをビルから突き落とすつもりだった。だから修練の名を言っても問題はないという認識だ。
「もしや、そちらが今回の事件を起こしているわけね? だったら容赦はしないわ」
「そう? でもあんた一人じゃ何もできないよね、違う?」
「………」
無言でいるのは、はい、と答えているのと同じだ。事実香恵は戦う姿勢を見せずに逃げようとした。だがその行く手を悪霊が手を出して遮る。
「逃がさないよ? さあ教えてもらおうか!」
「そちらに教えることは何もないわ…」
「ああ、そう? でも言わないと後悔すると思うよ?」
蒼は、バッグからナイフを取り出した。その刃先を香恵に向ける。
「それで私を脅してるつもり?」
強気に出たのは、香恵の方だ。
「あーそっか。傷は治せるんだよね。じゃあこれは使えないか……。なら」
今度は、札を取り出した。緑祁が持っているのとは書かれている文字が違う。
「こっちだな。生者の魂を封印できる。これに魂吸われたい?」
「遠慮しておくわ」
「まだ強気なの? もう面倒!」
逆に香恵が動いた。バッグから水晶玉を取り出すと、
「あ、それ! 返してくんない?」
「嫌よ」
水晶玉を屋上のフェンスの向こう側に放り投げた。
「何してんだよ、コイツ!」
これには蒼も驚く。
「もういい! ここで死にな!」
完全に怒った蒼は、香恵の命を殺めることに決めた。札を指で持ち、前に突き出しながら香恵に迫る。
(こ、これ以上は逃げられないわ……)
後ろには悪霊がいる。前には蒼。まさに絶体絶命だ。
「死ねェ!」
蒼は札を振り下ろした。だが、
「ああ? な、何……?」
札が香恵に当たることはなかった。何故なら札が焼け落ちてしまっているからだ。持っている部分しか残っていない。
「あんたが? いいやそんなはずはない! あんたがこういうことできるなら、あの男と協力すること自体……。ハッ!」
「気づくのが遅いわよ」
香恵が右を向いた。その視線の先には、何と緑祁がいる。
「ま、間に合った…!」
どうして緑祁はここに気づけたのか。
彼は左手に、水晶玉を持っている。運よく上から落ちて来たのを受け止めたのではない。水晶玉の方が緑祁を持ち上げここに導いたのだ。
「あの水晶玉、もうそちらの思念がほとんど残ってなかったわ。だから私のを入れておいたの。そうすれば緑祁がここに来てくれるってわかってた」
「小賢しい真似を!」
二枚目の札を取り出した蒼だったが、緑祁の放った鉄砲水に足元をすくわれ転び、札が手からすり抜けてしまった。
「あ、悪霊! やれ!」
命令を受けると悪霊が、香恵に手を伸ばす。
「ここには、自動車も自転車もないよ。だから妨害する手は、ないんだ!」
邪魔がなければ、緑祁でも相手ができる。放った鬼火が悪霊の両腕を燃やした。最後の悪あがきをしようと口を大きく開いて香恵に噛みつこうとしたが、彼女はしゃがみ、蒼の手から離れた札を拾った。悪霊はそれに気づかない。
「消えた?」
札に触れた瞬間、悪霊の姿が屋上からいなくなる。
「緑祁、これを鬼火で燃やして!」
「あ、わかった」
すぐに言われた通りにする。札は一瞬で燃え、灰に変わった。
「これで、そちらの霊は消え失せたわね」
「ぐ、何を! まだ私が残ってるじゃない!」
蒼も往生際が悪い。かかって来いと言わんばかりに、緑祁を挑発する。
「どうする、香恵?」
「行って、緑祁! 彼女から事情を聞き出したいわ」
「わかったよ」
夜空の下の屋上で、緑祁と蒼の戦いが始まる。
「どうすれば…!」
頭が真っ白になりそうだ。焦ってしまい、足取りも乱れる。何もないのに転びそうになるぐらいだ。
「待っててくれ、香恵! 必ず救い出す!」
ただそのことだけを考えるために、思ったことをそのまま口にした。
その時だ。緑祁の後ろで自動車同士が激突した。
「後ろにも、悪霊が?」
考えたくない最悪の事態。悪霊は一体だけではない。二体、いる。
(でも、何で二体…?)
事故を引き起こす力は非常に強力だ。だから一体で十分なはず。
今の緑祁にそんなことを考えている暇はない。とにかく後ろから迫ってくる悪霊をまず、鎮めなければいけないのだ。札を手に取り、もう一方の手で鬼火を生み出す。悪霊の方は、ハッキリと緑祁のことを睨んだ。敵として認識したのである。
「く、来る…!」
鬼火の威力を高め、撃った。しかし見られていては、簡単によけられてしまう。現に悪霊は左に動いてかわした。
だが、その動きを読み切った雷が突然、悪霊の体を貫いた。
「何だ、一体?」
空から落ちた雷ではない。この稲妻は、下から上に放たれた。一発では仕留めきれず悪霊の体は一部が焦げ、もがいている。
「もう一発!」
逃げ惑う人とは全く異なる動きをしている人物が一人いた。その人物は男で、ダウジングロッドを両手に持っている。そして再び電撃が発射され、今度は悪霊を煙に変えた。
「よし! これで終わったな。流石は俺、全然苦戦しないぜ!」
自信満々な発言だが、実際に悪霊を退治したので妙な説得力があった。
「おい、お前!」
その人物は、緑祁のことを見た。緑祁も彼と目が合った。
「鬼火を外したのは、下手くそだったからだな。でも安心しろ、俺がトドメをちゃんと刺したぜ!」
その声に対し、緑祁は、
「た、助かったよ」
と返す。
「はあ? それだけかよ? お前、もっと気が利く言葉知らねえの? こういう時は…」
「それどころじゃないんだ。もう一体いる。ソイツが僕の大事な人をさらったんだ」
その男……
「じゃあよ、この紫電様に任せな。お前は大した腕でなさそうだし、引っ込んでていいぜ」
「いいや、僕が行く!」
ここで引いては、霊能力者としてのプライドが許さない。それに逃げたとわかったら、香恵に幻滅されるかもしれない。そう思った緑祁は、紫電の発言に異議を唱えたのである。
「そうかよ。なら、競争だな? 先に仕留めた方が、この事件を治めたとして神代に表彰されるってわけだ」
事態を重く見ていない紫電は呑気にそんなことを言った。
「勝手にすれば……。僕は香恵を必ず助け出す!」
相手をしているのも疲れそうなので、緑祁は香恵を連れ去った悪霊が逃げて行った方面に向かって走る。
「そっちか。じゃあ俺は別の方向から探すぜ?」
ここで、紫電はダウジングロッドを持ち直す。さっきは霊能力で放電したが、本来の使い方もできるのだ。探したい標的の前で開くように動く。今はそれが、悪霊だ。
「きゃっ!」
突然、ビルの上で悪霊が手を離した。香恵はその場に倒れこむ。そしてその屋上には、蒼がいる。
「あんただね? 私の屍亡者を破壊したのは?」
「だ、誰?」
「あんたに名乗って私に得がある? 言うわけないでしょ! でも答えてもらうよ!」
「何を?」
「知ってること、全部! あんたら【神代】が、どこまで修練様に迫っているのかをね!」
この時の蒼は、用件が済んだら香恵のことをビルから突き落とすつもりだった。だから修練の名を言っても問題はないという認識だ。
「もしや、そちらが今回の事件を起こしているわけね? だったら容赦はしないわ」
「そう? でもあんた一人じゃ何もできないよね、違う?」
「………」
無言でいるのは、はい、と答えているのと同じだ。事実香恵は戦う姿勢を見せずに逃げようとした。だがその行く手を悪霊が手を出して遮る。
「逃がさないよ? さあ教えてもらおうか!」
「そちらに教えることは何もないわ…」
「ああ、そう? でも言わないと後悔すると思うよ?」
蒼は、バッグからナイフを取り出した。その刃先を香恵に向ける。
「それで私を脅してるつもり?」
強気に出たのは、香恵の方だ。
「あーそっか。傷は治せるんだよね。じゃあこれは使えないか……。なら」
今度は、札を取り出した。緑祁が持っているのとは書かれている文字が違う。
「こっちだな。生者の魂を封印できる。これに魂吸われたい?」
「遠慮しておくわ」
「まだ強気なの? もう面倒!」
逆に香恵が動いた。バッグから水晶玉を取り出すと、
「あ、それ! 返してくんない?」
「嫌よ」
水晶玉を屋上のフェンスの向こう側に放り投げた。
「何してんだよ、コイツ!」
これには蒼も驚く。
「もういい! ここで死にな!」
完全に怒った蒼は、香恵の命を殺めることに決めた。札を指で持ち、前に突き出しながら香恵に迫る。
(こ、これ以上は逃げられないわ……)
後ろには悪霊がいる。前には蒼。まさに絶体絶命だ。
「死ねェ!」
蒼は札を振り下ろした。だが、
「ああ? な、何……?」
札が香恵に当たることはなかった。何故なら札が焼け落ちてしまっているからだ。持っている部分しか残っていない。
「あんたが? いいやそんなはずはない! あんたがこういうことできるなら、あの男と協力すること自体……。ハッ!」
「気づくのが遅いわよ」
香恵が右を向いた。その視線の先には、何と緑祁がいる。
「ま、間に合った…!」
どうして緑祁はここに気づけたのか。
彼は左手に、水晶玉を持っている。運よく上から落ちて来たのを受け止めたのではない。水晶玉の方が緑祁を持ち上げここに導いたのだ。
「あの水晶玉、もうそちらの思念がほとんど残ってなかったわ。だから私のを入れておいたの。そうすれば緑祁がここに来てくれるってわかってた」
「小賢しい真似を!」
二枚目の札を取り出した蒼だったが、緑祁の放った鉄砲水に足元をすくわれ転び、札が手からすり抜けてしまった。
「あ、悪霊! やれ!」
命令を受けると悪霊が、香恵に手を伸ばす。
「ここには、自動車も自転車もないよ。だから妨害する手は、ないんだ!」
邪魔がなければ、緑祁でも相手ができる。放った鬼火が悪霊の両腕を燃やした。最後の悪あがきをしようと口を大きく開いて香恵に噛みつこうとしたが、彼女はしゃがみ、蒼の手から離れた札を拾った。悪霊はそれに気づかない。
「消えた?」
札に触れた瞬間、悪霊の姿が屋上からいなくなる。
「緑祁、これを鬼火で燃やして!」
「あ、わかった」
すぐに言われた通りにする。札は一瞬で燃え、灰に変わった。
「これで、そちらの霊は消え失せたわね」
「ぐ、何を! まだ私が残ってるじゃない!」
蒼も往生際が悪い。かかって来いと言わんばかりに、緑祁を挑発する。
「どうする、香恵?」
「行って、緑祁! 彼女から事情を聞き出したいわ」
「わかったよ」
夜空の下の屋上で、緑祁と蒼の戦いが始まる。