第6話 拠点強襲 その3
文字数 3,824文字
業剣を倒した直後、後ろから、
「何があったんだ、これは!」
声がした。
「やっと来たのか、範造たち……!」
右肩を押さえながらフラフラと立ち上がる緋寒。ようやく範造たち四人がここに来てくれたのである。
「一体どういう状況なのよ、答えなさいよ!」
幽霊の体はもうここにないので、梅雨たちからすると何もない空間で皇の四つ子たちが傷ついたように見える。
「幽霊じゃ! おそらく、豊雲か剣増が設置した幽霊……!」
そう告げると緋寒の膝が力を失いガクンと曲がる。
「大丈夫か!」
慌てた範造は彼女の体を支えた。今は敵対や憎悪など気にしている暇ではない。
「ふ、不思議じゃな。そなたがわちきを支える……か」
「不本意と言えばそうだがよ、こんな状態の人を放っておくほど俺たちは腐ってはない!」
雛菊も梅雨も咲も、それぞれ朱雀、紅華、赤実に手を貸す。
「朱雀は、イリョウがツカえるよね……?」
「もちろんじゃ、すぐに手当てを……。ううっ!」
腕を動かすと、激痛が全身に駆け巡る。まずは朱雀は自分の怪我を慰療で治す。でも失った体力までは戻らず、雛菊の肩を借りて姉たちの方に駆け寄る。
「皇の四つ子! あんたたちを倒すのは私たちの役目だ! こんなところでボロクソにされてんじゃないわよ!」
「そうだ、梅雨の言う通り! 勝負はお預けだ。まずは体を治し体力を戻すことだな……!」
悪態を吐きながらも、朱雀をサポートする四人。
「そなたたちに、この先を託すぞ」
「先……?」
緋寒は指を差し、続ける。
「あっちの方向から、霊障が通じぬ二体の幽霊が現れた! つまりその先に、守りたい何かがあるということじゃ!」
しかし今の疲弊し切った自分たちでは、探索には行けない。だから仲の悪い範造たちに残りの任務を託すのだ。
「………」
少し黙る範造。緋寒の言葉を疑っているのではない。
(皇の四つ子なら意地でも、自分たちが行く! って言いそうだがよ……)
落胆しているのではない。少しジーンと来ているのだ。まるで共通の敵の討伐を、ライバルに託すその意思と態度に。
「貴様らの任務、俺たちが引き継いだ! ここで休んでいろ!」
「範造……。キを、つけましょう……」
「さあ行くわよ! やってやるわ!」
「見つけ出してやろうじゃないか、豊雲と剣増のアジトを、な!」
前に進むことを決めた四人。
道なき道を進む。険しい山で、油断していると転びそうになる。
「大丈夫か、みんな?」
「平気だ!」
まだ、大きな声で返事をする元気がある。
(もっと奥か? 鍾乳洞……って言うんだから洞窟なんだろうが、ならば崖を探した方がいいのか?)
それとも、入り口だけは地面に穴がポッカリと開いているだけなのかもしれない。寛輔と結は、鍾乳洞が本拠地と教えてくれたが、入り口については聞かれなかったからか言わなかった。
「どの辺なのよ、その鍾乳洞ってのは?」
「さあ……」
あてもなく、ただ皇の四つ子に言われた方向を探索している。今梅雨が愚痴を呟いたように、確かに今のところ成果はない。しかし、
「何だあれは?」
範造たちは木々の隙間から、何かを見た。それは肉食恐竜のような姿をしている幽霊だ。二体いる。
「いる……! 皇の四つ子は正しかったようだな……」
その二体の幽霊のさらに奥の方に、黒い空間がある。あれは坂に開けた洞窟だ。ついに範造たちは、敵の本拠地を探し当てたのである。二体の幽霊……業聖 と業酷 は、門番なのだ。
「まずは【神代】に報告よ! ここに人員を派遣してもらうわ!」
「ああ、やってくれ梅雨! 電波入ってるよな、まずは皇の四つ子を招集だ! 俺と雛菊は……」
あの、目障りになるであろう門番を潰す。
「ちょっと本気か? 強そうだぞ? さっき皇の四つ子が、ボロボロになっていた。それくらいの強さの幽霊かもしれないんだぞ?」
「咲、怖いのか?」
「じゃなくて!」
確かに今、それをする必要がないというのはわかる。門番を倒してしまうと、見つかったことを察知して豊雲が他の場所に逃げてしまうかもしれない。それか、新しい幽霊を配置してガードを固めるかもしれない。
「でもな、入り口を見張れるここの安全を確保しておきたい! 最低限皇の四つ子がここまで来るまで、豊雲か剣増が出て来ないかを見ていればいいんだからな」
「他に入り口があったらそれも無駄になってしまうぞ?」
「かもな……。しかし俺は、皇の四つ子が苦戦する幽霊にちょっと興味がある」
「何て面倒くさい理由だ……」
だが、それは咲も気がかりなこと。自分たちを倒せる実力を持つ皇の四つ子が、あれほど苦戦していたのだ。
「でも豊雲と剣増が、そういう危ない幽霊を生み出していると思うと……確かに、今のうちにできることはしておいた方がいいかもな!」
咲は納得。
「近づくなら、私の蜃気楼が一番だわ!」
梅雨もやる気だ。彼女が蜃気楼を使って四人の姿を誤魔化し、それから動き出す。よく見ると二体の幽霊は、業聖はティラノサウルス型、業酷はスピノサウルス型をしている。
「きっと、一番強い幽霊を配備してるんだろうぜ……!」
本拠地の入り口を守るという重要な任務を、弱い幽霊が従事するわけがない。事実、この業聖と業酷は、豊雲が生み出した八つの業の中で一、二番目に強い幽霊だ。
「そう言えばさっき、皇の四つ子が言ってたな? 霊障が効かない幽霊だった、だっけ?」
「そんなのが、このヨにいるの……?」
「アイツらは嘘だけは吐かないはずだ」
目の前の幽霊も、その類かもしれない。その場合の対処方法を範造は雛菊たちと相談しようとした。
「ん?」
業聖が、こちらを向いた。
「おい、梅雨……。蜃気楼は、少しの音は誤魔化せるんだよな?」
「当たり前じゃないのよ! それができなかったら、目晦ましにもならないわ!」
「じゃあ、何で今……俺はあのティラノサウルス型と目が合っている……?」
「はあ?」
梅雨も彼が向いている方を見ると、やはり目が合った。
「えっ! どうして……? 足音、呼吸音、話し声は誤魔化しているのに……!」
存在がバレている。隠ぺいできていないのだ。
「グワオアアアアア!」
とてつもない咆哮だ。
「マズいぞ! 来る!」
業聖の雄叫びを聞き、業酷も範造たちの接近に気づいた。
(霊障が効かないって、そういうことかよ!)
非常にマズい事態だ。霊能力者が自分に使っている蜃気楼すらも暴かれるのだ。
「ガアアオオオオオオ!」
そして業聖が、口を大きく開いた。叫ぶだけためとは考えにくい。
「ナニか、クる……」
雛菊のその予想は、当たった。業聖は口から炎を吐き出せるのだ。一瞬にして目の前の木が丸ごと燃えて炭になる。
「あ、危ない!」
幸い、事前に動けたので今の一撃は避けれた。
「攻めろ! 霊障合体を使え!」
もう、戦わないという選択肢はない。まずは範造が、霊障合体を使って攻める。鬼火と機傀の合わせ技である、融解鉄だ。手のひらから溶けて燃えている金属を繰り出した。
(どうだ……?)
融解鉄は、業聖の体に当たった。しかしその直後に消滅してしまう。おまけに業聖の体には、傷を受けた痕跡すらない。
「これが、霊障の効かない幽霊か!」
皇の四つ子によれば、読経が通じるらしい。しかしこんな凶暴そうな見た目の幽霊に対し、隣で経を唱えるのは危険極まりない。まずはどうにか動きを止めなければいけないのだ。
業聖ばかりに気が向いていると、業酷もまた口を開けて息を吐いた。水色の、冷たい冷気だ。触れた草が凍ってしまうほどである。
「コイツは氷のブレス! 炎と氷の二体か!」
二体とも二足歩行で機敏に動くため、後ろが取りづらい。
「グガアアアアアアア!」
業酷が駆け出し、雛菊と梅雨の前に出た。
「クるなら……ヤる!」
冷静だった雛菊は、霊障合体・雷雪崩を放つ。電霊放を雪に反射させ、何度も相手を攻撃するのだ。
「ガウウ!」
と業酷が叫ぶと、放ったはずの雪と電霊放が一瞬で消えた。
「え……?」
突然のことに焦ってしまう雛菊。業酷の口が開いたが、反応に遅れる。
「あ、危ないわ!」
ここで梅雨が間に割って入って、鉄砲水を繰り出し水の壁を生み出した。それが業酷の吐き出す息に曝されると、氷に変わって地面に落ちて割れる。
「間一髪だったわ……。大丈夫、雛菊?」
「あ、ありがとう……。アナタがいなかったら、ワタシはシんでたかも……」
「お礼は後でいいわ!」
とにかく、近づいているこの状況は最悪だ。まずは距離を取る。炎と氷の息が届かないくらい離れた。だが敵を前にして、下がる業聖と業酷ではない。
「ガルルルロオオオオオ!」
雄叫びを上げながら追いかけてくる。
(やはり咲の言う通り、触らない方が良かったか? 【神代】の援軍を待った方が……)
一瞬、範造はそう考える。しかし、
(いいや、それでは駄目だ! 騒ぎに乗じて、豊雲や剣増が逃げてしまう! やはりこの幽霊は今ここで、この世から除霊する!)
弱い方向への考えは捨て、今この状況に集中する。
まず、この二体の幽霊には霊障が通じない。当たってもダメージにならないし、何なら雄叫び一つでかき消せてしまえる。次にこの二体は、霊障のような特技がある。業聖の場合は炎、業酷は氷の息だ。この特殊な息による攻撃は、こちらの霊障で防ぐことはできそうだ。
最後に、この二体の弱点だ。皇の四つ子曰く、読経に弱い。それも体に密着すればかなりの効果であるらしい。それ以外の除霊方法は、わからないとのこと。
「何があったんだ、これは!」
声がした。
「やっと来たのか、範造たち……!」
右肩を押さえながらフラフラと立ち上がる緋寒。ようやく範造たち四人がここに来てくれたのである。
「一体どういう状況なのよ、答えなさいよ!」
幽霊の体はもうここにないので、梅雨たちからすると何もない空間で皇の四つ子たちが傷ついたように見える。
「幽霊じゃ! おそらく、豊雲か剣増が設置した幽霊……!」
そう告げると緋寒の膝が力を失いガクンと曲がる。
「大丈夫か!」
慌てた範造は彼女の体を支えた。今は敵対や憎悪など気にしている暇ではない。
「ふ、不思議じゃな。そなたがわちきを支える……か」
「不本意と言えばそうだがよ、こんな状態の人を放っておくほど俺たちは腐ってはない!」
雛菊も梅雨も咲も、それぞれ朱雀、紅華、赤実に手を貸す。
「朱雀は、イリョウがツカえるよね……?」
「もちろんじゃ、すぐに手当てを……。ううっ!」
腕を動かすと、激痛が全身に駆け巡る。まずは朱雀は自分の怪我を慰療で治す。でも失った体力までは戻らず、雛菊の肩を借りて姉たちの方に駆け寄る。
「皇の四つ子! あんたたちを倒すのは私たちの役目だ! こんなところでボロクソにされてんじゃないわよ!」
「そうだ、梅雨の言う通り! 勝負はお預けだ。まずは体を治し体力を戻すことだな……!」
悪態を吐きながらも、朱雀をサポートする四人。
「そなたたちに、この先を託すぞ」
「先……?」
緋寒は指を差し、続ける。
「あっちの方向から、霊障が通じぬ二体の幽霊が現れた! つまりその先に、守りたい何かがあるということじゃ!」
しかし今の疲弊し切った自分たちでは、探索には行けない。だから仲の悪い範造たちに残りの任務を託すのだ。
「………」
少し黙る範造。緋寒の言葉を疑っているのではない。
(皇の四つ子なら意地でも、自分たちが行く! って言いそうだがよ……)
落胆しているのではない。少しジーンと来ているのだ。まるで共通の敵の討伐を、ライバルに託すその意思と態度に。
「貴様らの任務、俺たちが引き継いだ! ここで休んでいろ!」
「範造……。キを、つけましょう……」
「さあ行くわよ! やってやるわ!」
「見つけ出してやろうじゃないか、豊雲と剣増のアジトを、な!」
前に進むことを決めた四人。
道なき道を進む。険しい山で、油断していると転びそうになる。
「大丈夫か、みんな?」
「平気だ!」
まだ、大きな声で返事をする元気がある。
(もっと奥か? 鍾乳洞……って言うんだから洞窟なんだろうが、ならば崖を探した方がいいのか?)
それとも、入り口だけは地面に穴がポッカリと開いているだけなのかもしれない。寛輔と結は、鍾乳洞が本拠地と教えてくれたが、入り口については聞かれなかったからか言わなかった。
「どの辺なのよ、その鍾乳洞ってのは?」
「さあ……」
あてもなく、ただ皇の四つ子に言われた方向を探索している。今梅雨が愚痴を呟いたように、確かに今のところ成果はない。しかし、
「何だあれは?」
範造たちは木々の隙間から、何かを見た。それは肉食恐竜のような姿をしている幽霊だ。二体いる。
「いる……! 皇の四つ子は正しかったようだな……」
その二体の幽霊のさらに奥の方に、黒い空間がある。あれは坂に開けた洞窟だ。ついに範造たちは、敵の本拠地を探し当てたのである。二体の幽霊……
「まずは【神代】に報告よ! ここに人員を派遣してもらうわ!」
「ああ、やってくれ梅雨! 電波入ってるよな、まずは皇の四つ子を招集だ! 俺と雛菊は……」
あの、目障りになるであろう門番を潰す。
「ちょっと本気か? 強そうだぞ? さっき皇の四つ子が、ボロボロになっていた。それくらいの強さの幽霊かもしれないんだぞ?」
「咲、怖いのか?」
「じゃなくて!」
確かに今、それをする必要がないというのはわかる。門番を倒してしまうと、見つかったことを察知して豊雲が他の場所に逃げてしまうかもしれない。それか、新しい幽霊を配置してガードを固めるかもしれない。
「でもな、入り口を見張れるここの安全を確保しておきたい! 最低限皇の四つ子がここまで来るまで、豊雲か剣増が出て来ないかを見ていればいいんだからな」
「他に入り口があったらそれも無駄になってしまうぞ?」
「かもな……。しかし俺は、皇の四つ子が苦戦する幽霊にちょっと興味がある」
「何て面倒くさい理由だ……」
だが、それは咲も気がかりなこと。自分たちを倒せる実力を持つ皇の四つ子が、あれほど苦戦していたのだ。
「でも豊雲と剣増が、そういう危ない幽霊を生み出していると思うと……確かに、今のうちにできることはしておいた方がいいかもな!」
咲は納得。
「近づくなら、私の蜃気楼が一番だわ!」
梅雨もやる気だ。彼女が蜃気楼を使って四人の姿を誤魔化し、それから動き出す。よく見ると二体の幽霊は、業聖はティラノサウルス型、業酷はスピノサウルス型をしている。
「きっと、一番強い幽霊を配備してるんだろうぜ……!」
本拠地の入り口を守るという重要な任務を、弱い幽霊が従事するわけがない。事実、この業聖と業酷は、豊雲が生み出した八つの業の中で一、二番目に強い幽霊だ。
「そう言えばさっき、皇の四つ子が言ってたな? 霊障が効かない幽霊だった、だっけ?」
「そんなのが、このヨにいるの……?」
「アイツらは嘘だけは吐かないはずだ」
目の前の幽霊も、その類かもしれない。その場合の対処方法を範造は雛菊たちと相談しようとした。
「ん?」
業聖が、こちらを向いた。
「おい、梅雨……。蜃気楼は、少しの音は誤魔化せるんだよな?」
「当たり前じゃないのよ! それができなかったら、目晦ましにもならないわ!」
「じゃあ、何で今……俺はあのティラノサウルス型と目が合っている……?」
「はあ?」
梅雨も彼が向いている方を見ると、やはり目が合った。
「えっ! どうして……? 足音、呼吸音、話し声は誤魔化しているのに……!」
存在がバレている。隠ぺいできていないのだ。
「グワオアアアアア!」
とてつもない咆哮だ。
「マズいぞ! 来る!」
業聖の雄叫びを聞き、業酷も範造たちの接近に気づいた。
(霊障が効かないって、そういうことかよ!)
非常にマズい事態だ。霊能力者が自分に使っている蜃気楼すらも暴かれるのだ。
「ガアアオオオオオオ!」
そして業聖が、口を大きく開いた。叫ぶだけためとは考えにくい。
「ナニか、クる……」
雛菊のその予想は、当たった。業聖は口から炎を吐き出せるのだ。一瞬にして目の前の木が丸ごと燃えて炭になる。
「あ、危ない!」
幸い、事前に動けたので今の一撃は避けれた。
「攻めろ! 霊障合体を使え!」
もう、戦わないという選択肢はない。まずは範造が、霊障合体を使って攻める。鬼火と機傀の合わせ技である、融解鉄だ。手のひらから溶けて燃えている金属を繰り出した。
(どうだ……?)
融解鉄は、業聖の体に当たった。しかしその直後に消滅してしまう。おまけに業聖の体には、傷を受けた痕跡すらない。
「これが、霊障の効かない幽霊か!」
皇の四つ子によれば、読経が通じるらしい。しかしこんな凶暴そうな見た目の幽霊に対し、隣で経を唱えるのは危険極まりない。まずはどうにか動きを止めなければいけないのだ。
業聖ばかりに気が向いていると、業酷もまた口を開けて息を吐いた。水色の、冷たい冷気だ。触れた草が凍ってしまうほどである。
「コイツは氷のブレス! 炎と氷の二体か!」
二体とも二足歩行で機敏に動くため、後ろが取りづらい。
「グガアアアアアアア!」
業酷が駆け出し、雛菊と梅雨の前に出た。
「クるなら……ヤる!」
冷静だった雛菊は、霊障合体・雷雪崩を放つ。電霊放を雪に反射させ、何度も相手を攻撃するのだ。
「ガウウ!」
と業酷が叫ぶと、放ったはずの雪と電霊放が一瞬で消えた。
「え……?」
突然のことに焦ってしまう雛菊。業酷の口が開いたが、反応に遅れる。
「あ、危ないわ!」
ここで梅雨が間に割って入って、鉄砲水を繰り出し水の壁を生み出した。それが業酷の吐き出す息に曝されると、氷に変わって地面に落ちて割れる。
「間一髪だったわ……。大丈夫、雛菊?」
「あ、ありがとう……。アナタがいなかったら、ワタシはシんでたかも……」
「お礼は後でいいわ!」
とにかく、近づいているこの状況は最悪だ。まずは距離を取る。炎と氷の息が届かないくらい離れた。だが敵を前にして、下がる業聖と業酷ではない。
「ガルルルロオオオオオ!」
雄叫びを上げながら追いかけてくる。
(やはり咲の言う通り、触らない方が良かったか? 【神代】の援軍を待った方が……)
一瞬、範造はそう考える。しかし、
(いいや、それでは駄目だ! 騒ぎに乗じて、豊雲や剣増が逃げてしまう! やはりこの幽霊は今ここで、この世から除霊する!)
弱い方向への考えは捨て、今この状況に集中する。
まず、この二体の幽霊には霊障が通じない。当たってもダメージにならないし、何なら雄叫び一つでかき消せてしまえる。次にこの二体は、霊障のような特技がある。業聖の場合は炎、業酷は氷の息だ。この特殊な息による攻撃は、こちらの霊障で防ぐことはできそうだ。
最後に、この二体の弱点だ。皇の四つ子曰く、読経に弱い。それも体に密着すればかなりの効果であるらしい。それ以外の除霊方法は、わからないとのこと。