第10話 繰り返さないために その1

文字数 4,473文字

「あっ!」

 式神の札が、かなり熱くなり出した。それは触れている緑祁たちが、違和を感じるほどにだ。

(頑張れ、[ライトニング]! 負けるな、[ダークネス]!)

 その願いが通じたのか、札から何かが飛び出した。邪産神である。花織と久実子の猛攻に耐え切れず、札の中にいられなくなったのだ。

「グウウウウ! 人間どもめ……!」

 突然姿を現した邪産神に、最初に反応したのは可憐だった。彼女は緑祁が構える前に、紫電がダウジングロッドに手を伸ばすよりも速く、札扇を開いて邪産神の体を切った。辻神が電霊放を撃とうとした時には、彼女は行動を終えているほどに刹那的な行動だった。

「ふがっ! な、何が起きて……!」

 切られた邪産神にも何が起きているのか理解できていない様子。緑祁たちは少し離れて、真っ二つになった邪産神を取り囲む。

「戻って来たな、邪産神! これで終わりだぜ!」

 最後の一体。上下に分かれた体の内、下半身の方が崩壊しはじめ空気に溶けていく。

「再生しない? どういうこと?」
「この札扇はね、ただ切れ味が良いだけじゃないわ。除霊用の札も混ぜて作った! だから切ると同時に、除霊も叩き込める!」

 だから、邪産神の性質を封じ込めることができたのだと可憐は言う。

「こ、こんなことが……人間どもに! おのれ、おのれぇええええええ!」

 最後の抵抗を見せる邪産神だったが、それも可憐には通じない。迫りくる霊障をくぐり抜け一気に懐に入り込むと、

「はああっ!」

 一気に首を切り落とした。

「リギイイイイ………!」

 上半身も消滅し、頭部のみとなった。この状態では邪産神は何もできず、頭は空しく地面を転がり、緑祁の足にぶつかって止まった。

「邪産神………」

 相手は人の命をいくつも奪ったのだし、自分の命も危なかったのだから、だから自業自得としか思わない。しかし緑祁の中にある感情が芽生えた。

「かわいそうな、幽霊だ……」

 産まれて来たかっただろう。その望みを絶たれ、幽霊となるしかなかった。死後にこれだけ強靭な幽霊になったのだから、産まれていればかなり優秀な人材になり得たはずだ。
 そう思うと、ここで切り潰して除霊して終わり、というのはあっけなさ過ぎる。

「可憐、待ってくれ」
「何を?」

 札扇を構えた状態で、緑祁は可憐に言った。

「慶刻が言っていたじゃないか、邪産神は一旦札か提灯に入れて運んで安全な場所で除霊させよう、って。あのフェリーに乗っていたのなら、そっちもその話は聞いていたよね?」
「そうだけど、最初から私がトドメを刺すつもりなの。それが一番、安心できる方法」

 だから今ここで切り刻んで除霊すると可憐は言いたい。しかし、

「待ってくれないか、可憐……」
「何で?」
「成仏させてやりたいんだ、僕は」

 緑祁はしゃがみ、邪産神の頭に手を当てて、

「邪産神は悪霊だし、その中でも質の悪い方だ。それは僕も異論はない。でも見方を変えれば、産まれて来たかっただけなんだ。邪産神は僕にそう言った。根っからの悪じゃないはずなんだよ」

 語り出す。彼の言葉を遮ろうとする霊能力者がいたが、可憐が札扇を振って黙らせる。

「一人でずっと、寂しかったと思う。もうこれ以上傷つけるのは、かわいそうだよ」

 その話を聞いた可憐は、

「お人好しな性善説ね。この邪産神のせいでどれだけの命が理不尽にも奪われたと思っているの?」

 呆れながらそんなことを言う。でも彼女は札扇をしまい、提灯を取り出して、

「でも、あなたの言うこともわからなくはないわね」

 それを緑祁に渡す。その提灯の中に邪産神を封じ込めろという意味だ。そしてそれは、ここでは除霊をしないということでもある。

「成仏させたいんでしょう? だったらいい場所があるわ」
「どこ?」
「この島じゃないから、一旦邪産神を持ち運べる状態にして。フェリーに戻るわよ」

 言われた通り緑祁は提灯を邪産神の頭に重ね、中に入れた。そのまま、みんなでフェリー組が来た道を遡って港まで行く。


「これに入れて」

 小型のジュラルミンケースを渡された。まじないが込められて作られているらしく、曰く付きの物品を安全に入れておけるのだ。提灯をそのまますっぽり入れると、

「今から向かうのは、神蛾島よ」
「どこ、そこ?」

 港の海図を見る。八丈島からさらに南に進むと、そこに孤島があった。

「ここが、神蛾島。【神代】の始まりの島」
「始まり……?」

 緑祁は詳しく知らない。しかし隣にいた紫電は、

「初代代表だった神代詠山がこの島出身だったんだ。【神代】のひな型を作ってから、本土に渡ったんだよな? 確か江戸か明治の時代だったはず」

 知っていて、緑祁に教えてくれた。

「【神代】が誕生した場所なのか!」

 そこなら、成仏させるのにはかなり適した場所かもしれない。

「ここから行くとなると、船で十六時間ぐらい? あの島には空港がないから、移動だけでかなり時間がかかるわ。でも、儀式を行うには十分な力のある場所よ。島民たちも【神代】への理解があるわ」
「香恵は行ったことがあるの?」
「高校時代に一度だけ。雰囲気は悪くないわ。でも、気候が熱いのよね。一年中蚕やヤママユガが生育できる環境ってことは、そういうことなの」

 本土に戻る人たちもいて、その人たちは荷物を回収した後に別のフェリーを港で待つ。一方緑祁たちと一緒に神蛾島に行く人たちはそのままフェリーに残る。移動の間、ジュラルミンケースの鍵は可憐が持っているので、船の上で誤って邪産神を解放してしまうことはない。

「緑祁、新しい和紙をやるぜ」
「いいのかい、紫電?」

 式神の札は少しぼろくなっていた。それを見かねた紫電が、札を移すように緑祁に言ったのだ。

「ありがとう! [ライトニング]と[ダークネス]も喜んでくれているよ!」

 新しい和紙に名前を筆ペンで書き直し、移した。これで式神が壊れる心配はなくなった。


 フェリー、フェロックは南に進む。その間長治郎が緑祁たちを大広間に集めた。

「神蛾島って言うのは……」

 もっと詳しい説明を聞くためだ。

(【神代】の発祥の地、か……。まさかそんな場所に、私たちが行くことになるとはな……)

 辻神は少し複雑な心境である。でも今彼らは【神代】への忠誠を誓ったので、もう報復の意志はない。寧ろ【神代】についてもっと学習したいという意欲が出る。

「島には、養蚕の歴史がある。【神代】は当初資金繰りに困っていて、島の産業を利用・発展させるために当時本土にあった山繭財閥の力を借りた。その養蚕場、製糸場が今も現存しているんだ」

 島の歴史はそれほど古くはない。江戸時代ころに誰かが訪れた。その人の名前は残されていない。ただ明治時代に本土に来た人物の中に、【神代】を名乗る者がいた。

「これを辻神の卒業旅行にするか?」
「いいネ! それ!」

 山姫と彭侯はやや呑気だ。でも本命の成仏には必ず参加する。

「良さそうな島ですね。たくさんの情報を持ち帰りたいです」

【UON】のシザースは思わぬ訪問に歓喜していた。

「南の島なら、二月でも海水浴ができるんじゃねーか? なあ、朔那、弥和?」
「でも水着がないぞ?」
「多分島で売ってるでしょう? その心配はいらないよ」

 病射たちは、もう観光気分だ。
 パワーポイントを使いながら長治郎は説明を続けた。それが終わると一同は各々の部屋に戻った。

「ちょっと外の風を感じてくるよ」

 緑祁は香恵にそう伝え、個室を出た。もう朝方で、登り始めた太陽の光が眩しい。

「お、緑祁! ここにいたか!」

 紫電も同じく外の潮風と空気を吸っていた。

「一時は何を言い出すかと思ったぜ?」
「ああ、それね……」

 彼に疑問をぶつけられた。確かにあの時の緑祁の発言はちょっと不自然だ。敵対している邪産神に、慈悲を送るのは普通ではあり得ない発想。

「邪産神は、あれが最後の一体じゃないと思うんだ……」

 それは、コピーの邪産神がまだ残っているという意味ではない。

「この事件が繰り返されるかもしれない、ってことだな? 確かにそれは言えているぜ。世界中探せば、新たな邪産神の種はいくらでも見つかるだろうし。そもそも前にも似たような事件があったかもしれねえぜ」

 邪産神の誕生は、今回が最初で最後ではないかもしれないのだ。

「繰り返させたくないんだ……。独りよがりでもいい! 一度しっかりと成仏させて供養して、黄泉の国へ送ってあげたい!」
「………どうして、そう思うんだ?」
「邪産神が独りぼっちってことを認識したら、急に昔の僕を見ている気がしたんだ」

 聞かれた時、緑祁はすぐに答えを用意することができた。でも、前もって準備していたわけではない。

「紫電は知らないとは思うけど、僕は全然……香恵や紫電たちと出会うまで、仲が良い人が学校とか近所にいなかったんだ。どんな人でも一人は辛いよ。邪産神もきっとそうだったに違いないさ。産まれてくることすらできず、幽霊になった後も誰のことも頼らず……」

 それが、かつての自分の姿と重なったのである。だから、何か優しいことをしてあげたいと感じた。邪産神を野放しにするわけにはいかないので祓うしかないのだが、傷みをこれ以上感じさせたくない。優しく、この世から送り出してあげたいのだ。

「……なるほどな。俺ではそういうこと、思いつくことすらできねえぜ。悪しきは罰するのが常だと思ってるからよ」

 その感情が正しいかどうかはわからない。でも紫電には、緑祁の心が理解できた。

(辻神たちにも情けをかけたらしいし、この優しさは緑祁が持つ強さなんだな……)

 成仏させて、墓も作りたい。それができる場所が神蛾島だ。一見すると敵対した幽霊を祀ることになるが、【神代】に連絡したところ、大丈夫と回答された。つまり緑祁の意見は受け入れられたということである。

「繰り返すことになるかどうかは、俺たちにはわからねえさ。でもお前が言うように、繰り返さない、させないという思いが大切なんだろうな」

 到着まではまだ数時間ある。緑祁と紫電は眠たくなってきたので、部屋に戻った。
 部屋では香恵に、

「緑祁、紫電と話をしていなかった?」
「あれ、甲板にいたの?」
「見かけたのよ、後ろ姿を」

 彼女からすると、ライバル同士が喋っているように見える。少し不自然にも感じた。

「紫電は、立派だよ。僕とは真逆だけど、僕の気持ちをわかってくれた! それにライバルとは言っても、何も険悪なムードなわけじゃないさ。戦う必要がないなら、普通に喋るよ」

 そういう平和な時代に生まれて良かったと思う。一昔前の神代標水の時代だったら、緑祁の主張は拒絶されていただろう。

「仲が良いのはいいことね。人同士のわだかまりが無くなれば、邪産神のような幽霊もこれ以上は産まれて来ないと思うわ」

 人の感情が悪い幽霊を生み出すこともある。生霊がそれだ。邪産神も言ってしまえば、人の負の感情が生み出した幽霊と考えられる。事実邪産神は、緑祁たち生きている人間を憎んでいた。緑祁たちも邪産神に怒りを向けた。その負の連鎖を断ち切るためにも、邪産神のことを成仏させて供養したい。
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