第3話 情熱の譚詩曲 その2

文字数 4,678文字

 十時前には精神病棟に到着した。雲の切れ間はいくつかあるが、月は新月なので見えないようだ。

「よし、俺と雪女は入り口の方を見張る。緑祁と香恵と寛輔は反対側、骸と雛臥は敷地内に入れ!」

 その際、車が一台彼らの近くに来た。停車すると中から病射、鉾立朔那、骨牌弥和が降りてきた。

「おお、間に合ったかお前ら!」
「久しぶりっスね、緑祁に紫電!」

 病射と合流できたので、計画を変更。四チームに分かれることができるなら、精神病棟を東西南北から囲む。

「辻神からは何か?」
「さっき、洋次たちがマイクロバスに乗り込んだって」
「動き出したか……」

 となるともう、十時に式神が暴れ出すのは決定的だ。

「辻神に、追いかけるよう言ってくれ」
「もう伝えたわ!」

 ならばここは、洋次たちに邪魔させないことを選ぶ。幸いにも辻神たちも車なので、追いつけるはずだ。実際に辻神もそう思い、彭侯に、

「あのバスを追いかけろ! 抜かせるか?」
「ここの道路の速度制限じゃ無理だ。でも振り切らせねえぜ!」

 アクセルを踏ませた。

(何とか電霊放の射程圏内に入れば……! 狙うはサイドミラー! 運転手に電霊放を撃ち込んで、痺れさせてバスを止める!)

 既に方程式は出来上がっているのだ。助手席の窓を開けてドライバーを取り出し、目の前を走るマイクロバスを睨んだ。しかし、

「ん、何だ……?」

 バスの方の後部座席の窓が開いた。誰かが身を乗り出したのだ。

「あの顔は……秀一郎か!」

 何故彼が、跡を追いかける辻神たちの車を、窓から乗り出して見ているのか。理由は一つしかない。それに勘付いた辻神は、

「彭侯、ブレーキ踏め!」
「あ?」

 叫んだが遅かった。秀一郎は何か黒くて丸い物……松ぼっくりを大量に道路にばら撒いたのだ。それらは彼の霊障・木綿で一気に巨木に成長し、

「わあああああ!」

 道路を塞いでしまった。当然彭侯は急ブレーキをかけたが間に合わずに突っ込む。

「おがああああああああ!」

 非常に鈍く大きな音がし、車が大破した。何とか車から抜け出した辻神は山姫と彭侯を引っ張り出す。車が燃え始めたのでもっと安全な場所に下がる。

「怪我は? 大丈夫か?」
「いてててて……。腕が、腫れてる。でも折れてはいなさそうだけど、でも痛い!」
「ぼくの方は大丈夫だヨ。でも、持ってたノートパソコンは真っ二つだワぁ……」

 怪我は後で霊能力者の誰かに慰療を使ってもらうとしても、今の一手で完全に見失ってしまった。

「ちくしょう秀一郎のヤツ! 何台スクラップにすれば気が済むんだ! しかもこんな邪魔な物を捨てて行きやがって!」

 一般人の車もお構いなしという大胆な攻撃だった。立ち上がって走ろうとした辻神だったが、足首に激痛が走る。身を乗り出そうとしていたせいで、変な風にぶつけてしまったらしい。

「これ以上の追尾は無理だ……。緑祁に連絡をしなければ…。山姫、スマートフォンは無事か?」
「うん、大丈夫。今からかけるネ」
「助かる。私は救急車と消防を呼ぶ。他にも事故った車や人があるはずだ……」

 洋次たちの妨害は失敗してしまった。その報告を香恵から聞く緑祁。

「辻神が……! 相手も必死なのか!」

 不安なことが一つ増えた。腕時計を見て時間を確認する。まだ十時には、十分早い。

「でも洋次たちが動き出したってことは……。もうそろそろ、ここまで来るのか……」

 病棟で暴れ出す予定の式神に加え、修練の脱獄を助ける洋次や峻。相手が増えた。
 そのまま周囲と病棟の様子を伺って時間が過ぎる。

「そろそろ、かな………?」

 寛輔も時計を見た。秒針が十二に迫る。

「十時だ!」

 叫ぶと同時に、病棟の方で爆音がした。

「ついにこの時間になった……!」

 まるで逢魔が時だ。ブーンという羽音がしたので上を見ると、軽自動車くらい大きなスズメバチが何体も飛んでいる。

「アレが式神か! 寛輔、どういうチカラがあるんだい?」
「わ、わからない……。僕は式神の制作に関わってないし、召喚されたところも見てない。ごめん……」
「謝ることはないよ、寛輔。式神には気の毒だけど、破壊してしまえば解決だ」

 指で狙いを定め、指先に第六感を働かせる。

(多分鬼火が効くんじゃないかな……?)

 指先から火の玉を撃ち出した。が、それは進んでいくとある点で消滅してしまう。

「駄目だ。結界が邪魔で鬼火が飛んで行かない! あのスズメバチ型の式神が病棟の上空を飛んでいる限り、こっちから手出しができないぞ……」
「おびき寄せるのはどう?」
「やってみる」

 真上に鬼火を撃った。花火のように弾ける火炎に数体反応し、緑祁たちの方に向かって飛んで来る。

「うおおおおお!」

 雄叫びを上げながら、迫ってくる式神に緑祁は霊障を使う。

「焼け落ちろ! 鬼火だ、くらえ!」

 手のひらから放射される炎。一体くらいならば飲み込んで燃やし尽くすことくらいは可能だ。これを見た式神は、一旦距離を取る。

「寛輔、確か雪の氷柱が使えただろう? 投げてみてくれ!」
「え、でもこの距離じゃ届かないんじゃ?」
「アイツに、じゃない! 僕にくれ! とにかく多く!」
「は、はああ?」

 半信半疑だが言われた通り、雪の氷柱を生み出して緑祁に投げつける。緑祁はそれに対し、片手に鬼火、もう片方の手に鉄砲水を繰り出して両手を合わせ、

「よし、いいぞ! 霊障合体・水蒸気爆発だ!」

 技を繰り出し氷柱を爆風で、式神の方向に跳ね返した。

「上手い!」

 今ので二体は蜂の巣のように串刺しにして破壊できた。しかしまだ残っている。

「あ、逃げて行く……!」

 式神の役目に霊能力者の排除は含まれていないのか、それとも自分たちでは対処できないと判断したのか、スズメバチ型の式神は逃げ出した。だが急に動きが止まる。

「今だ、緑祁! 僕が呪詛凍結で止める!」

 寛輔のおかげだ。呪縛の藁人形に雪を使って、式神の動きを止めたのだ。

「ナイス! これなら……」

 火災旋風で一気に殲滅できる。

「そうれぇえ!」

 腕を振り上げると同時に、渦巻く赤い風が彼の手から放たれる。それに動けなくなった式神は巻き込まれ消滅。

「いい感じだ。でも……」

 まだまだ大量に飛んでいる。

「複数体いるタイプの式神ね、これは。数の暴力で、相手の対応を遅らせるつもりよ」
「じゃあ、相手をしない方がいいかもしれない」

 緑祁たちには気づいていないので、無視することにした。辻神からの連絡によれば、洋次たちが近づいているらしいので、そっちを警戒する。

(洋次や峻は、修練を連れて逃げることが目的なはず! だったら彼らを邪魔すれば、その目論見は崩せる! それでいこう!)

 道路の方を見た。交通量はそう多くないので、来たらすぐにわかる。手で空気を仰いで旋風を起こし気流を読むが、まだ近づいて来る車はない。

「緑祁、危ない!」
「わっと!」

 香恵の忠告に反応し振り向くと、彼の後ろにカブトムシが飛んでいた。しかも角からバチバチと電流を漏らしながら。

「これは! 間違いない、霊障合体・蚊取閃光だ! ということは、洋次が近くにいる?」

 ここで疑問を抱く緑祁。近づく者は何もなかったはずだ。なのに本当に突然、蚊取閃光のカブトムシが出現した。
 実は、結が蜃気楼を使っていたのだ。だからマイクロバスを肉眼で発見することができなかった。音は洋次が応声虫で誤魔化しているので、聞き取ることも不可能。おまけに結は旋風も起こして空気の流れすらも隠ぺいしている。だから緑祁たちは今、マイクロバスが真横を通過したことに気づけなかったのだ。

「ぬおおおお! 鉄砲水だ!」

 そのカブトムシは水流で押し流し、ブロック塀に叩きつけて壊した。

「流石だな、緑祁」
「この声は……洋次!」

 電信柱の後ろから姿を現した洋次。

(これで洋次と戦うのは、三度目だ……!)

 だから、彼が使う霊障は全て頭に叩き込んである。でも洋次は、緑祁に対策してくるので同じ手は通じないだろう。

「香恵、寛輔、下がっててくれ。洋次の相手は僕がする!」


「クソ、キリがねえな……」

 紫電と雪女は苦戦していた。いいや状況的には、式神から攻撃を受けてはいない。しかし数が一向に減らない。倒しても倒しても、病棟の方から無限に湧き出てくる。

「どうなっているんだろうね…? 香恵や朔那たちは大丈夫かな……」
「今は信じるしかねえぜ。とにかくコイツらを叩き潰せば!」

 倒せば、計画を止められる。その考えは病射や朔那、骸と雛臥も同じだった。それもそのはずで、病棟を囲う高いブロック塀のせいで、内部の様子がわからないのだ。建物の中で式神が暴れ回り、扉や壁や天井を壊しまくっていることにも気づけない。それに目の前にスズメバチ型の式神がいるので、無意識のうちにそちらにだけ注意を払ってしまう。

「建物の方から音がするのは、コイツらが群がって攻撃しているんだ。だったら数を減らして、こっちに攻撃を集中させる。それで邪魔ができるはずだ」

 その思いが、スズメバチ型の式神に対する攻撃の手を止めさせなかった。


「………きさまへの対策はある」

 洋次は緑祁にそう言い、腕を振った。その軌跡が、ギラファノコギリクワガタやヘラクレスオオカブトに変わる。もちろん蚊取閃光で作っているので、帯電している。

(何を仕掛けてくるつもりだ……?)

 あの虫たちなら、水蒸気爆発で弾き飛ばせる。しかしそれは洋次もわかっていること。虫をけしかけることはしない。

「ここは、これだ…」

 札を二枚、取り出した洋次。それを見た緑祁は、

(新たな式神か? い、いや! 洋次が使う札と言ったら……!)

 すぐに耳を塞いだ。その直後、洋次は足元に向けて一枚を使った。霊魂の札であり、応声虫と合わせて、

「音響魚雷だ」

 信じられない爆音が鳴り響いた。

(あっ!)

 音が繰り出される。それは前もってわかっていた。なのに音源……下を反射的に向いてしまう。

(それが、音響魚雷の恐ろしいところだ…。わかっていても、音に反応してしまう!)

 もう一枚は上に向けて撃ち出した。

「く……!」

 音響魚雷が再び炸裂。凄まじい音が、耳を覆っている手を通過して鼓膜を貫いた。もちろん音響魚雷の効力には抗えず、上を勝手に向いてしまう。

「ぐぐ…! 耳がおかしくなりそうだ!」

 でも自分の声がちゃんと聞こえている。音は拾えているのだ。即座に視線を下ろした。

「うん……?」

 洋次は動いていない。だが、音響魚雷を使ったからには何かしら作戦があったはずだ。注意深くして観察してみると、

「あれ……?」

 洋次の周囲を飛んでいたカブトムシやクワガタが、いない。

「どこにやったんだ、蚊取閃光は?」
「さあな…」

 直後、背中が痺れた。

「ぐわっ!」

 振り向くと後ろには、大量のカブトムシとクワガタが蚊柱を形成していた。その内の一匹が、緑祁の背中に突進したのである。

(虫を僕の後ろに移動させたのか! でも……)

 しかしその蚊柱のさらに後ろに移れば、水蒸気爆発で全部洋次にぶつけることができる。だが緑祁が動くと蚊柱も動いた。

「背中が丸見えだぞ、きさま!」
「なぁああ!」

 その隙に洋次がヘラクレスオオカブトを握り、緑祁の首筋に放電。

「洋次……! うおお、火災旋風だ!」
「フン」

 咄嗟に放った火災旋風は、洋次のカブトムシの角でかき消される。それから距離を取られた。

「…………」

 ここまでされれば流石に緑祁も状況を理解した。

(一直線上にいる! 洋次、僕、蚊柱の順番だ……! この位置関係で水蒸気爆発を使っても、蚊取閃光のカブトムシたちを洋次にぶつけることはできない! これが狙いだったのか、しまった!)
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