第2話 あり得ない怪異 その1

文字数 3,009文字

 陸に戻って来た紫電たち。

「さ、寒いな……。熱がドンドン空気に持っていかれるぜ……。気化熱ってやつだ」

 電霊放は炎に干渉し中和し無効化できる。だが逆に火を起こすことはできない。だから暖を取るには適さないのだ。このままでは凍死するかもしれないぐらいには、体が冷えている。

「ならもっと冷やそうか?」

 雪女がそう言い、紫電の服に触れた。すると服の水分が一瞬で凍りつき、少し動けば全部砕け散って地面に落ちた。

「そんな北海道みたいな乾かし方ができるのか!」
「兄さんがよく、集落でやってた。天日干しよりも速くて楽ちんだって」

 寒さから抜け出せた二人はまた防砂林を抜け、道路に出る。

「あれ、おかしいな? ここで待っていると言っていたはずなのに」

 しかし、執事の車がない。周囲を見渡しても事故があったり、警察がパトロールしていたりの痕跡がなく、本当に忽然と消えた感じだ。

「電話は……死んでるね」

 雪女は携帯を取り出したのだが、海の水にやられている。当たり前だが紫電のも電源が入らない。

「しょうがねえな、待つか。どうせトイレに行きたくなってコンビニにでも寄ってるんだろうぜ? 俺たちの携帯が壊れてなければメッセージを送ってたに違いねえが……」

 これは紫電たちに非があるので文句は言えない。
 暇つぶしをしようと紫電は双眼鏡を取り出し、星空の方を見た。

「八戸じゃ光が邪魔で見えねえが、ここはよく見えるぜ」

 雪女にも貸す。

「あ、あれしし座だね。おおぐま座も見えるよ」
「どれのこと?」
「間にこじし座があるでしょ? やまねこ座にきりん座もあって……」

 星座に強い雪女。『月見の会』では天体観測は夜の暇つぶしの定番だったので、その知識が彼女の中で生き残っているのだ。逆に疎い紫電は話について行けていない。

「んん?」

 その彼女が覗きこんでいる双眼鏡の視線の先を、黒い何かが横切った。

「鳥……にしてはデカい。飛行機かな?」
「夜なら光ってるぞ? 違う何かじゃねえのか?」
「何かって、何?」

 双眼鏡を紫電に戻した。彼女が先ほどたまたま見かけたその何かを、彼も見ることができるかどうかは怪しい。でも紫電は覗き込む。

「え……!」

 恐ろしいことに、その黒い何かはこちらを睨みつけているのだ。双眼鏡越しに、目が合った。
 するとそれは、こちらに向かってゆっくりと降りてくるのだ。

「ねえ紫電、何かが来るよ……」

 彼の肩を揺さぶって雪女が言う。

「わかってるぜ、こっちでも見える。だがアレは、何だ?」
「幽霊じゃないの?」

 そうだろう。雪女でなくても同じ意見を出すに違いない。

「だ、だがよ……」

 でも正確な答えがわからないのだ。羊のような角が生え、そして大きな翼を持ち、足先は蹄。体は人間のようである。

「こんな見た目の霊は、知らねえ……」

 直後、二人の下にそれは降り立った。

「グオオオオオオオ!」

 おぞましい咆哮だ。聞いているだけで鳥肌が立つ。

「何だコイツは……? ほ、本当に幽霊なのか?」
「それには間違いないはずだよ。でも……」

 でも、今まで見たことのあるどの幽霊とも似ていない。
 口を開いたと思ったら、火を吐き出した。雪女は驚いて後ろに下がったが、紫電はダウジングロッドを展開し、電霊放の電磁バリアでそれを防ぐ。

「炎の幽霊?」

 と思えば今度は、強靭な拳を地面に突き立てる。振動で二人の足が一瞬だが浮いた。

「違う! コイツは……一体…?」


 二人が遭遇したこの幽霊は、厄魔(やくま)と呼ばれるものだ。しかし日本にはいない。だから紫電たちはその性質が全然わからないのである。

「と、とにかく! 幽霊は除霊だ!」
「そうだね」

 冷静な判断。炎の攻撃が止むと紫電は電霊放を撃ち込んだ。

「ギャオオオオッス!」

 翼に命中。だがあまりダメージにはなっていないようだ。

「雪女! あの羽を氷柱で壊せ! 飛べなくするんだ」
「了解」

 雪女は指と指の間に雪の氷柱を生み出して挟み、腕を振ってそれを投げつける。

「キオ!」

 だが厄魔も馬鹿ではない。太い腕でガード。氷柱はそれに刺さったのだが、貫けるほどの威力はなく、厄魔が手で払って全部地面に落ちる。

「マジでコイツは何者だ?」

 幽霊の相手をする時に重要となるのは、その対象の情報である。性質がわかれば攻め方も変わる。【神代】では既に対処法が確立されているのだ。
 だが厄魔は違う。あらゆる特徴が、今までの常識に当てはまらない。

(電霊放を撃てば、倒せるか?)

 とにかく紫電はダメージを入れることを選んだ。だから電霊放を放ったのだ。

「グギャアア!」

 その稲妻は容易く厄魔の胴体を貫いた。

「どうだ!」

 決まった。二人は思った。しかしそうではないことをすぐに思い知らされることになる。
 何とその穴の開いた場所から、全然違う狼のような幽霊が飛び出した。同時に穴は何事もなかったかのように塞がったのである。

「どういうこと、これ?」
「知らん! 俺に聞くな、こっちが聞きてえぐらいだこんなの!」

 これが厄魔の性質だ。弱点以外の場所に大ダメージを受けると、子分となる幽霊を生み出しその傷を修復するのである。

「予想以上に厄介そうだぜ、これ!」

 その性質を知らない紫電は、厄魔には電霊放自体が効かないのだと間違った判断をしてしまう。

「雪女! アイツの顔に氷柱を撃ち込めば……」
「やってみる」

 しかし狼の霊がそれを妨害しようと動く。雪女に噛みつこうと飛んだのだ。

「うるせえぞ、この!」

 それは電霊放で対処。本体とは違い再生能力を持たない子分の霊はこれで処理可能だ。

「今だ、雪女!」

 言われるまでもない。雪女は氷柱を撃った。

「ギョエエオ?」

 それは先ほどのとは比べ物にならない大きさと太さで、厄魔の顔を貫通。

「向こう側の景色が見えるぐらいの穴が開いたぜ! これは流石に……」

 その希望的観測も甘い。今度は蛇が飛び出し、また傷が塞がる。

「コイツ……。故霊か?」
「それは、何?」

 紫電本人が遭遇したわけではないが、除霊不可能な幽霊がいるという話は前に聞いたことがあった。彼のライバル、永露緑祁が遭遇した故霊がそうだ。
 その話を雪女にすると、

「でも、ああいう幽霊を吐き出すことがあるって話は聞いてないよ?」
「俺もそれは変だと思う」

 違うのではないかと言われ、そうだと頷く紫電。これはきっと、故霊ではないのだろう。

「だったら! 除霊は可能なはずだぜ!」

 まずさっき生まれた子分の蛇を電霊放で破壊。厄魔は火を吐いてきたが、電磁バリアで身を守る。

「氷柱も通じないのか?」
「それは違うと思う……」

 柔軟な考えを持てたのは雪女の方だった。

「見た感じ、受けたダメージを幽霊にして跳ね返すんじゃない? だから電霊放も効いてないんじゃなくて、意味がないってこと。それは私の氷柱も同じ……」
「そんな幽霊、聞いたことがねえ! そもそも幽霊なのかどうかも怪しい見た目してるぜ……」

 次に紫電が考えたのは、式神説。これは十分にあり得る話だ。

「チカラは、ダメージを動物に変換してしまう……! こんな都合の良い式神がいるってかよ!」

 守ってばかりでは芸がない。だから紫電は攻めに転じる。電霊放を撃つのだ。狙いは羽の根元。

「そおりゃああああ!」

 鋭い稲妻が走った。

「グッ!」

 それは羽を根元から砕いたのだ。

(だが、再生は……よし、しない!)

 どうやら再生能力は胴体と頭部のみに有効であるらしく、羽は失われたらそれで終わりだった。
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