第3話 飛来した花 その2
文字数 3,238文字
(この海神寺の中に入れるわけにはいかない!)
まだ、花織と久実子は正門付近にいる。海神寺を戦いの舞台にしたくはないので、これ以上進ませない方針で相手をする。
「美人の顔を傷つけるのはあまりしたくない。でも、骸に手を出されて黙っているわけにもいかないよ。焼き払ってやろう! くらえ!」
雛臥が手のひらから繰り出した鬼火、いや業火 ではどんなものでも焼ける自信がある。それを放射した。
「すごいですね、これは!」
花織もその威力に関心を寄せるほどだ。
「当たれば、の話だが!」
けれども二人は火炎が飲み込むよりも速く動き、避けた。後ろに生えていた街路樹が一瞬で消し炭に変化。久実子の言う通り、当たれば確実に仕留められる力はあるのだ。
(骸は……?)
顔を向ける。まだ立ち上がれていない。ブロック塀に叩きつけられたせいで、気を失っているのだ。
(ならば僕だけでこの二人の相手を。一人の方は謎の光を生み出すけど、もう一人は?)
力任せの一手が通じなかったのなら、次にすべきは観察。相手の性質を見て弱点を看破するのだ。
「いいですよ。わたくしの力を見せてあげましょう!」
花織が挙げた左手から、光が漏れ出す。
「精霊光 か。あんたのそれに敵う者はいないしな、いい一手だ」
「セイレイコウ? 何だそれは?」
雛臥は初めて聞く単語に驚く。いいや、こちらの世界の誰も…それこそ【神代】の霊能力者であっても、知らない霊障なのだ。おそらくは隣接世界にのみ存在する霊障。光を我が物にする特技。
「今度はわたくしの番です!」
その光を球体にして、撃ち出した。
「さっき、骸に仕掛けたアレか!」
ならば、当たるわけにはいかない。まずは業火を噴射し、消せるかどうかを試す。
「駄目か!」
しかし赤い炎をものともせず、精霊光は直進してくる。
「くっ!」
しゃがんだ。すると精霊光は下に動いた彼の動きを追わないで、真っ直ぐ進んで寺院の門に直撃、それを一部破壊した。
「追いかけることはしない…。そういう光だな! ならば相手は簡単だ!」
雛臥が見抜いた通り、精霊光は曲がれない。対して彼の業火は生き物のようにしなり、動かせる。アドバンテージがある、そう思ったその時、
「ぐゎあは!」
何かが横から、雛臥にぶつかった。
「花織だけに任せるわけにはいかないんでね。あたしも参加させてもらおう」
久実子だ。彼女が乱入し、何かを彼にぶつけたのである。
「あたしの堕天闇 で、あの世に送ってやるよ」
(何なんだ、この子のダテンアン? それも初耳だ!)
情報の足りなさに普通は絶望する場面だろう。だが雛臥は違うことに恐怖した。
花織の側には久実子がいる。二人は常に一緒だ。
(二対一…! これは辛い! 骸が意識を取り戻してくれれば…)
この圧倒的不利な状況を打開するには、それまで持ちこたえるしかないのだ。
(してみせよう! 火が燃えている限り、希望は消せないんだ!)
手と手を合わせ、それから離す。そうすることで炎の壁を作り出した。そしてそれを動かし、相手に押し付けるのだ。
「この壁を越えられるか!」
だがこれは、悪手だった。
「ぐがっ!」
突如壁を突き抜けてきた精霊光が、彼にぶつかる。壁は防御に優れているという先入観があった故に、自分の身は大丈夫と思い込んでしまっていた。だから避けるのが遅れたのだ。
(しまった! これではどこから攻撃してくるのかがわからない! 壁は消さないと!)
手を下げれば火の気は消える。しかし目の前に二人の姿がない。
「どこから攻撃してくる?」
構えた。だが、数秒経っても何も起きない。
逆に、後ろの方から悲鳴が聞こえる。
「何だって! 僕のことを無視したのか!」
この時の花織と久実子、もう雛臥は敵でないと考えている。だから炎の壁という大げさな一手を仕掛けてきている間に、海神寺の方へ向かったのだ。
冷静に考えることは、できなかった。これは雛臥が血が上りやすい人間だからではない。こちらの世界に由来を持たない正体不明の人物が、寺院を攻撃しようとしていると考えていると、自然と焦るのだ。
「させないぞ!」
火球を飛ばした。だがそれは久実子の放った堕天闇に打ち消された。
「あんたは黙っていろ! この世界が何なのか、この寺院に隠されている気がする。それを暴く」
「いいや、もう一度だ…。くらえ!」
雛臥の瞳は、確かに久実子姿を捉えていた。だが、一人分だけだ。彼女の近くに花織がいないことに気づけなかった。久実子一人を追いかける雛臥の動きは、ちょっと離れたところにいる花織にでも容易く予想ができる。
直後、撃ち出された精霊光が雛臥に直撃した。
「………」
境内の庭に吹っ飛ばされ、木に叩きつけられる雛臥。
「さてこれで邪魔者は消えましたね。では久実子、探りましょう」
「うむ、わかった」
海神寺は二人の侵入を許してしまったのだ。
ちょうど二人は書庫に入った。だからこの世界の知識をいくつか吸収する。
「なるほどです。こういう歴史が……つまりはわたくしたちがいた世界とは、やはり明確に違うんですね」
「だが、科学が世界を牛耳っているらしいな。それが気に食わない」
ただ、肝心な隣接世界の概念は学ぶことはできない。
「そこまでだ!」
その倉の入り口に、雛臥が立っている。傷は浅かったのですぐに起き上がれたのだ。
「何でしょう? もう貴方には用はないんですけど」
「この寺院から出て行ってもらおう。君らはこの世界にいるべき存在じゃないんだ!」
その発言に違和感を抱いた久実子。
「その話を詳しく聞かせてもらおうじゃないか」
「隣接世界のことを知らないのか?」
「それ、何でしょうか? 初めて聞きますね」
雛臥は隣接世界について、少しかじった程度だ。だから完璧に説明できるわけがない。
「この世界の隣にあるのが、君らの世界だった。そこに帰れ!」
「方法は? どうするんです?」
(知らないのか…?)
今後は逆に雛臥の頭に疑問符が。
(じゃあ、どうして二人はこちらに? やっぱり実験の影響かな? でも、失敗したんじゃないのか? も、もしや!)
そう、そのまさか。予期せぬ次元の歪みが、花織たちのいる隣接世界とこちらの世界を一時的に繋いでしまったのだ。二人はそのごく短い時間に、こちらの世界にやって来たのだ。
「教えてくださいよ? できないのなら、久実子…」
「わかってる」
久実子の堕天闇が、書庫に解き放たれる。本が、棚が勝手に動き出す。
「うおおおおお!」
しかもそれら全てが、雛臥に向けて倒れてくるのだ。燃やすわけにはいかないので、すぐさま書庫から脱出した。もちろん入り口の扉は閉じるが、その扉ごと花織は精霊光で吹っ飛ばす。
「この寺院を破壊しましょう。科学に精通する人は、あることを教えてくれました。自分たちと敵対する存在は、徹底的に潰して構わない、と。彼らにはわたくしたちと同じような血は、流れていないらしいのです」
放たれる精霊光が、堕天闇が、海神寺の建物を襲う。
「待て、二人とも!」
その声の主は、何と増幸だ。直接止めに入ったのである。
「増幸さん、危険だ! 逃げてください!」
「いや待て雛臥君! 彼女らには知る権利があり、私には教える義務がある」
実験を執り行った張本人だからこそ、増幸には責任感があるのだ。
「二人とも、真実を知るならこれ以上海神寺を荒さないと約束してくれ」
花織も久実子も頷いた。
それを確認して、増幸は二人に教えた。
二人は多分、実験が思わぬ結果を生んだためにこちらの世界に来てしまったであろうこと。
こちらの世界と二人の世界は似ているが、同じではないこと。故に辿った歴史や培った文化にも差異が見られること。
「そしてこれが一番重要なんだ…。君たち隣接世界からの来訪者は、こちらの世界に魂を残せない。だから死亡したその瞬間に、魂が消える。それを避けるためにも、私たちのこの寺院の管轄に入ってくれ!」
彼からすれば、偶然こっちに来てしまった二人の身を案じるのは当たり前だ。
まだ、花織と久実子は正門付近にいる。海神寺を戦いの舞台にしたくはないので、これ以上進ませない方針で相手をする。
「美人の顔を傷つけるのはあまりしたくない。でも、骸に手を出されて黙っているわけにもいかないよ。焼き払ってやろう! くらえ!」
雛臥が手のひらから繰り出した鬼火、いや
「すごいですね、これは!」
花織もその威力に関心を寄せるほどだ。
「当たれば、の話だが!」
けれども二人は火炎が飲み込むよりも速く動き、避けた。後ろに生えていた街路樹が一瞬で消し炭に変化。久実子の言う通り、当たれば確実に仕留められる力はあるのだ。
(骸は……?)
顔を向ける。まだ立ち上がれていない。ブロック塀に叩きつけられたせいで、気を失っているのだ。
(ならば僕だけでこの二人の相手を。一人の方は謎の光を生み出すけど、もう一人は?)
力任せの一手が通じなかったのなら、次にすべきは観察。相手の性質を見て弱点を看破するのだ。
「いいですよ。わたくしの力を見せてあげましょう!」
花織が挙げた左手から、光が漏れ出す。
「
「セイレイコウ? 何だそれは?」
雛臥は初めて聞く単語に驚く。いいや、こちらの世界の誰も…それこそ【神代】の霊能力者であっても、知らない霊障なのだ。おそらくは隣接世界にのみ存在する霊障。光を我が物にする特技。
「今度はわたくしの番です!」
その光を球体にして、撃ち出した。
「さっき、骸に仕掛けたアレか!」
ならば、当たるわけにはいかない。まずは業火を噴射し、消せるかどうかを試す。
「駄目か!」
しかし赤い炎をものともせず、精霊光は直進してくる。
「くっ!」
しゃがんだ。すると精霊光は下に動いた彼の動きを追わないで、真っ直ぐ進んで寺院の門に直撃、それを一部破壊した。
「追いかけることはしない…。そういう光だな! ならば相手は簡単だ!」
雛臥が見抜いた通り、精霊光は曲がれない。対して彼の業火は生き物のようにしなり、動かせる。アドバンテージがある、そう思ったその時、
「ぐゎあは!」
何かが横から、雛臥にぶつかった。
「花織だけに任せるわけにはいかないんでね。あたしも参加させてもらおう」
久実子だ。彼女が乱入し、何かを彼にぶつけたのである。
「あたしの
(何なんだ、この子のダテンアン? それも初耳だ!)
情報の足りなさに普通は絶望する場面だろう。だが雛臥は違うことに恐怖した。
花織の側には久実子がいる。二人は常に一緒だ。
(二対一…! これは辛い! 骸が意識を取り戻してくれれば…)
この圧倒的不利な状況を打開するには、それまで持ちこたえるしかないのだ。
(してみせよう! 火が燃えている限り、希望は消せないんだ!)
手と手を合わせ、それから離す。そうすることで炎の壁を作り出した。そしてそれを動かし、相手に押し付けるのだ。
「この壁を越えられるか!」
だがこれは、悪手だった。
「ぐがっ!」
突如壁を突き抜けてきた精霊光が、彼にぶつかる。壁は防御に優れているという先入観があった故に、自分の身は大丈夫と思い込んでしまっていた。だから避けるのが遅れたのだ。
(しまった! これではどこから攻撃してくるのかがわからない! 壁は消さないと!)
手を下げれば火の気は消える。しかし目の前に二人の姿がない。
「どこから攻撃してくる?」
構えた。だが、数秒経っても何も起きない。
逆に、後ろの方から悲鳴が聞こえる。
「何だって! 僕のことを無視したのか!」
この時の花織と久実子、もう雛臥は敵でないと考えている。だから炎の壁という大げさな一手を仕掛けてきている間に、海神寺の方へ向かったのだ。
冷静に考えることは、できなかった。これは雛臥が血が上りやすい人間だからではない。こちらの世界に由来を持たない正体不明の人物が、寺院を攻撃しようとしていると考えていると、自然と焦るのだ。
「させないぞ!」
火球を飛ばした。だがそれは久実子の放った堕天闇に打ち消された。
「あんたは黙っていろ! この世界が何なのか、この寺院に隠されている気がする。それを暴く」
「いいや、もう一度だ…。くらえ!」
雛臥の瞳は、確かに久実子姿を捉えていた。だが、一人分だけだ。彼女の近くに花織がいないことに気づけなかった。久実子一人を追いかける雛臥の動きは、ちょっと離れたところにいる花織にでも容易く予想ができる。
直後、撃ち出された精霊光が雛臥に直撃した。
「………」
境内の庭に吹っ飛ばされ、木に叩きつけられる雛臥。
「さてこれで邪魔者は消えましたね。では久実子、探りましょう」
「うむ、わかった」
海神寺は二人の侵入を許してしまったのだ。
ちょうど二人は書庫に入った。だからこの世界の知識をいくつか吸収する。
「なるほどです。こういう歴史が……つまりはわたくしたちがいた世界とは、やはり明確に違うんですね」
「だが、科学が世界を牛耳っているらしいな。それが気に食わない」
ただ、肝心な隣接世界の概念は学ぶことはできない。
「そこまでだ!」
その倉の入り口に、雛臥が立っている。傷は浅かったのですぐに起き上がれたのだ。
「何でしょう? もう貴方には用はないんですけど」
「この寺院から出て行ってもらおう。君らはこの世界にいるべき存在じゃないんだ!」
その発言に違和感を抱いた久実子。
「その話を詳しく聞かせてもらおうじゃないか」
「隣接世界のことを知らないのか?」
「それ、何でしょうか? 初めて聞きますね」
雛臥は隣接世界について、少しかじった程度だ。だから完璧に説明できるわけがない。
「この世界の隣にあるのが、君らの世界だった。そこに帰れ!」
「方法は? どうするんです?」
(知らないのか…?)
今後は逆に雛臥の頭に疑問符が。
(じゃあ、どうして二人はこちらに? やっぱり実験の影響かな? でも、失敗したんじゃないのか? も、もしや!)
そう、そのまさか。予期せぬ次元の歪みが、花織たちのいる隣接世界とこちらの世界を一時的に繋いでしまったのだ。二人はそのごく短い時間に、こちらの世界にやって来たのだ。
「教えてくださいよ? できないのなら、久実子…」
「わかってる」
久実子の堕天闇が、書庫に解き放たれる。本が、棚が勝手に動き出す。
「うおおおおお!」
しかもそれら全てが、雛臥に向けて倒れてくるのだ。燃やすわけにはいかないので、すぐさま書庫から脱出した。もちろん入り口の扉は閉じるが、その扉ごと花織は精霊光で吹っ飛ばす。
「この寺院を破壊しましょう。科学に精通する人は、あることを教えてくれました。自分たちと敵対する存在は、徹底的に潰して構わない、と。彼らにはわたくしたちと同じような血は、流れていないらしいのです」
放たれる精霊光が、堕天闇が、海神寺の建物を襲う。
「待て、二人とも!」
その声の主は、何と増幸だ。直接止めに入ったのである。
「増幸さん、危険だ! 逃げてください!」
「いや待て雛臥君! 彼女らには知る権利があり、私には教える義務がある」
実験を執り行った張本人だからこそ、増幸には責任感があるのだ。
「二人とも、真実を知るならこれ以上海神寺を荒さないと約束してくれ」
花織も久実子も頷いた。
それを確認して、増幸は二人に教えた。
二人は多分、実験が思わぬ結果を生んだためにこちらの世界に来てしまったであろうこと。
こちらの世界と二人の世界は似ているが、同じではないこと。故に辿った歴史や培った文化にも差異が見られること。
「そしてこれが一番重要なんだ…。君たち隣接世界からの来訪者は、こちらの世界に魂を残せない。だから死亡したその瞬間に、魂が消える。それを避けるためにも、私たちのこの寺院の管轄に入ってくれ!」
彼からすれば、偶然こっちに来てしまった二人の身を案じるのは当たり前だ。