第5話 赤い大地の襲撃 その3

文字数 2,515文字

(手加減はしているよ、僕は傷つけたくないから! だからそっちは痛みに反して、髪の毛一本も切れてはいない!)

 だが感覚神経に訴える威力。

(いいぞ! あとは彼女を捕まえれば。少しでも気を失わせて、意識を飛ばせば霊障も使えなくな………)

 今度こそ勝利を確信した緑祁だったが、痛みを感じた山姫には、

(こ、殺されちゃう……!)

 その恐怖の感情が芽生えてしまっていた。だから礫岩で穴を掘ると、その中に入って逃げる。

「ま、まだ悪足搔きを……」

 でもこの土は、旋風を使えば掘れる。すぐに掘り返す緑祁だったが、土の下が赤くなっているのを見るとワザと尻餅を着ける。直後に火炎噴石が飛び出した。

「危ないところだった……。だけど山姫、勝負はあったよ! そっちの負けだ! 早く観念して出て来るんだ!」

 何度でもそう叫ぶ。でも山姫の姿は現れない。

(どうなっているんだろう…?)

 噴石が飛び出したのは一度きりだ。その後は何もない。緑祁は地面に耳を当てた。ガサゴソという音が、段々小さくなっていく。

(何かが遠ざかっている? でも何が………って、山姫か!)

 礫岩を使える彼女なら、できる。なんと山姫は穴を掘って地面の中を通り、この場所から逃げ出したのである。

「……しまった! まさか、こんなことをして逃げるだなんて……!」

 予想もできなかったことだ。

「緑祁!」

 香恵が彼のところに駆け寄ると、緑祁は糸を切られたマリオネットのように力なくその場に崩れた。

「酷い怪我ね。でも大丈夫よ、私の慰療で……」

 香恵が彼の肩を撫でると、骨も間接も血管も筋肉も元通りだ。

「駄目だ、逃げ切られたよ……」

 勝ってはいた。ただ、必ずしも勝利が緑祁の目的を満たしてくれるとは限らない。その空しさに襲われて、

(僕では、山姫たちを救うことができないのかな……)

 緑祁は悔し涙を流した。


 富山の廃村に、空蝉と琥珀はいた。

「る、る………。ルクセンブルク!」
「クール」
「………ルノワール!」
「ルール」

 暇つぶしにしりとりをしているようだが、空蝉の表情は暗い。

「ル攻めはズルいぞ、卑怯者!」
「それがしりとりの必勝法でござる」

 二人がいるのは廃村と言われても、にわかには信じがたい場所だ。民家は形を残しているのだが、生き物の気配をまるで感じない。手入れがなされなくなった畑には雑草が一本も生えず、井戸の水にはボウフラの一匹もいないのである。

(初めて来たが、『月見の会』の集落跡地……。ここって、こんなに禍々しい雰囲気なのか! 霊怪戦争の爪痕からこの場所に自然が戻るまで、あと十五年はかかるとみた!)

 その集落跡地の中央に、石碑が置いてある。そこに掘られた文章を見てみよう。

「『月見の会』ここに眠る。栄華を極めし者たちはいづれ廃れる。これは自然の摂理であり、人類が繰り返す歴史でもある。【神代】は彼らを苦しめたが、彼らもまた、【神代】を苦しめたのだ。それは許されざることだが、同時に褒めるべきことでもある……」

 石碑には他の文面も刻まれてはいるのだが、慰霊碑の割には霊怪戦争については【神代】側の視点からの意見しか書かれていない。

「しかし空蝉、本当にここに来ると思うでござるか? 昨日の夜、山姫が緑祁の前に出たで候。千葉と富山では地理的に結構な距離がある。もしも辻神たち三人が『月見の会』の慰霊碑を狙うなら、房総半島にある方へ先に行くのが自然な気がするでござるが?」
「でも、満さんが守れって言うんだ。あの三人の身柄を確保するまでは、ここを死守するぞ」

 無論琥珀もそのつもりだ。
 また暇つぶしを始めようとした、その時、

「おい空蝉! 応声虫を使うでござる! 何かただならぬ気配を感じるで候」

 琥珀が命じた。

「もう使っている! カブトムシを五匹出した! あっちの廃屋の陰に何かいる!」

 カブトムシたちは翅で羽ばたき、空蝉の指令通りに物陰を攻撃した。

「? 空振り? 気のせいか?」

 いや、違う。
 突如その廃屋が崩れた。そして中から幽霊が出現したのだ。

「出やがった!」

 それは、迷霊だった。二人を睨みつけると凄まじい声で、

「ビャアアアアアアン!」

 と咆哮する。

「怖気づくとでも思っているでござるか? 逆で候! 貴殿を倒したくて仕方がなくなった!」
「ここに来たこと、後悔させてやるぜ大馬鹿!」

 すぐに戦闘態勢に入る二人。空蝉は手と手を合わせ、琥珀は半田鏝を握る。
 まずは音だ。幽霊が嫌う音を応声虫で奏でる。

「グググ……」

 動きが少し鈍くなった。

「そこでござる!」

 電霊放が瞬いた。その一閃は迷霊の右肩を貫き、砕いた。

「よし、いいぞ!」

 さらに畳みかける空蝉。応声虫を使ってクワガタを生み出すとその崩れた部分をさらに破壊させる。

「ギギギ…?」

 二人を襲った迷霊はさほど強くないらしい。これに苦戦しているのだから。

「どうする、琥珀?」
「トンボを作るでござる! これを持たせるで候!」

 リュックから取り出したのは、大量の電池だ。それを生み出されたトンボが掴んで、迷霊の周りを飛ぶ。

「トドメでござる! 電霊放!」

 応声虫が中継する電池が、稲妻を噴いた。電池と電池が電撃で繋がり、電霊放の網目が形成された。それをまともに受けた迷霊は、

「ギャッガアアアアアアー!」

 と断末魔の悲鳴を上げて、その体がこの世から崩壊する。

「よし、いいぜ! くそったれ!」
「ナイスコンビネーションでござる!」

 完璧に祓えた。二人は腕を組んだ後にガッツポーズをした。
 しかし直後に妙なことに気づく。

「襲ってきたのは迷霊だけか?」

 というのも、最初に感じた気配は人間のものだったのだ。

「探してみるでござる」

 こういう時、応声虫は便利だ。空を飛べる虫を生み出しこの元『月見の会』の集落全体をまんべんなく探る。それこそ虫一匹逃さない。
 でも、誰もいない。野生動物すら、一頭も通りかかっていないのだ。

「気のせいだったでござるか? まあいずれにせよ、満さんに連絡を入れなければいかん! 空蝉、貴殿は向日葵たちに電話を」
「任せろ」

 腑に落ちない感触だが、二人の任務は慰霊碑の防衛。だからここから離れて探索に出かけるわけにはいかないので、ここは【神代】の指示を待つ。
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