第2話 あり得ない怪異 その2

文字数 3,261文字

「もう片方は私がもらう……」

 雪女も氷柱を出し、残っていた左側の翼を穴だらけにした。
 これで厄魔は飛行能力を失った。

「ギャガウ!」

 だが一番厄介な再生能力と子分の排出能力は未だ健在。

「どうやって戦う、本当に!」

 きっと、腕を撃ち抜けばそこからも再生するだろう。足も同じだ。となると、攻めようがない。

「弱点があるはずだ。問題はそれがどこか! 見る限り、羽はちょっと違ったみたいだな…?」
「だったら、手当たり次第に調べてみよう」

 雪女が前に出た。氷柱を展開し、それを厄魔目掛けて飛ばす。

「グオオオ?」

 今度のは腕を前に出して防いでも、貫通するほどの威力だ。

(でも、すぐに元通りに……)

 思った通り、傷が塞がる際に動物の幽霊が出て来る。犬、猿そしてトカゲ。

「それは俺が掃除するぜ」

 電霊放なら子分は倒せるので、紫電はその処理に回った。

「今のでわかったことがあるよ」

 と雪女。

「何だ?」
「体には弱点がない」

 シンプルだが、言っていることはかなり乱暴だ。

「腕も足も胴体も顔も、すぐに再生してしまう。ってことは、そこを攻撃しても意味がない。だから体には弱い部分……ダメージを与えることができるところがないんだ……」
「でもさっき、羽は壊せただろう?」
「そう……だよね……?」

 それがまた、二人の頭を困らせた。
 体に弱点がないように見えて、羽の方は再生しないのである。

「どういうこと?」
「だから俺に聞くなって!」
「やっぱり式神なのかな……?」

 雪女はそう言った。そう考えるのが一番自然に思えたからだ。

「俺は違うと思うぜ?」

 だがその発想は、紫電にとっては不自然。

「どうして?」
「式神は札と一心同体。札が壊れれば、式神も壊れる。逆に式神を壊せば、札も……」

 つまりは、式神本体は破壊できるということ。でも目の前の厄魔にはそれができない。ということは式神の定義に当てはまらないので、違うという判断。

「ま! こっちも式神を使うってのもありだな」

 紫電は三枚の札を取り出した。それぞれに[ヒエン]、[ゲッコウ]、[ライデン]が封じ込められている札だ。

「出て来い! そして一緒に戦ってくれ!」

 三体の式神が召喚された。

「グルル……」

 これに驚いた厄魔は後ろにジャンプ。

「俺の式神のチカラを説明しておくぜ。[ヒエン]は風! [ゲッコウ]は水! そして[ライデン]は炎だ! それぞれ自在に操れるんだ!」

[ヒエン]は飛び回って風を起こし、厄魔を切り裂いた。[ゲッコウ]は水で厄魔が吐いた火を消し、そこに[ライデン]が炎で攻め込む。見事な連携だ。
 でもそれも通じていない様子で、傷が回復すると同時に大量の子分が生まれる。

「駄目なの……」
「いいや、効果はあったみたいだぜ?」
「え……?」

 紫電はその一瞬を見逃さなかったのだ。

「角を見ろ!」
「つ、角?」

 羊のような角が頭に一対生えている。それは[ライデン]の炎に晒されても形を維持している。

「平気に見えるけど?」
「そうじゃねえ! さっきからコイツは表向き、ダメージだけは受ける! 受けた後に回復し、動物の幽霊を生み出している! が! あの角だけは違う! [ゲッコウ]! 角を撃て!」

 言われた通り[ゲッコウ]は水の弾丸を角目掛けて撃ち出した。厄魔はそれを避けようと動いたが、[ライデン]の炎のせいで空気が揺らめき、正確な距離感を掴めていない。
 水が角の先端に当たった。

「ギャゴエエエエエ!」

 この世のものとは思えない悲鳴が、厄魔の口から飛び出した。

「やはりな! 角には再生能力はねえ! しかも見た感じ、かなりの手応えだ! アイツの弱点は、あの角だ!」

 それがわかれば攻略はグッと簡単になる。

「グ、グルルオオ!」

 しかし弱点がバレた厄魔は、当然だが守り抜くように戦うことを選ぶ。まずは大きくジャンプして[ライデン]の炎から抜け出した。

「[ヒエン]、[ゲッコウ]、[ライデン]! お前たちはよくやったぜ! でももう一仕事頼む! コイツが生み出した動物の幽霊を任せたぞ!」

 後は紫電たちだけでも十分と判断。

「さあ! 終わりにしてやるぜ、お前!」


 戦いは終わりに近づいていた。
 厄魔は角を守りながら戦うのだろう。

(しかしな! 俺の電霊放の命中精度はすごいぜ? あんな角程度、撃ち抜くなんて容易い!)

 でもそれに負けない自信が紫電にはある。

(私も、加勢する。紫電だけに任せられない)

 雪女も狙う。

「グググ……」

 少し間をおいてから厄魔は、

「グギャオオオオ!」

 唸って拳を握りしめて二人に襲い掛かった。

「力任せな……! だが!」

 紫電はそれを紙一重でかわす。雪女は雪の結晶で防御。

「今だ! 電霊放!」
「雪の氷柱……」

 電霊放と氷柱が角に命中し、弾けた。

「グワワアアアアアアアアアオオオオオオオオオ!」

 頭を何度も何度も地面にぶつける厄魔。相当痛いのだろう。

「安心しな、長引かせねえよ。もうあの世に送り返してやるさ」

 紫電が構え、電霊放を撃とうとしたその時だ。

「ギシャアアアアアアアン」

 厄魔の拳が飛んできたのだ。

「な…!」

 それは、あり得ないことだ。腕の長さは把握しているので、距離的に届かないはず。にもかかわらず、パンチが迫る。

「危ない」

 間一髪、雪女の結晶がそれをガードした。そして厄魔に視線を戻すと、

「自分で自分の腕を千切ったのか、コイツは!」

 右手首の先がない。今向かってきた拳は、切り落とされたそれだったのだ。
 しかもそれも傷であり、子分を吐き出しながら再生する。

「無敵かコイツは! 何でもありの幽霊……。ある意味犠霊よりも厄介だ…!」
「でもカラクリさえわかれば、怖くはないね。紫電、やっちゃいなよ」
「ああ、任せろ」

 がむしゃらに動く厄魔であったが、それでも紫電は角だけに狙いを定めて電霊放を撃った。その一発だけでもう片方の角も爆ぜ、厄魔の体は断末魔を上げることもなく煙のように空気に溶けて消えた。同時に吐き出した子分も消滅。

「除霊、完了だ」


 執事の運転する車がここに戻って来た。

「申し訳ございません!」

 どうやら厄魔のことが見えていたらしく、車ごと襲われそうになったから夢中でアクセルを踏んで逃げていた、とのこと。

「それはしょうがねえぜ。謝る必要はない。俺たちこそさ、あんな幽霊がいるとは知らずにお前を放置してしまったんだ……」

 反省すべきは自分の方だと言う紫電。

「でも、あんなの予想のしようがないよ……」

 雪女の言うことももっとも。

「紫電様、そもそもアレは何という幽霊だったのですか?」
「それを【神代】に聞くためにも、お前の帰りを待っていたんだ」

 社内には予備用のスマートフォンとタブレット端末がある。それで【神代】のデータベースにアクセスし、幽霊の特徴を検索。

「……該当、なし?」

 条件に一致する霊は、そこにはなかった。

「どういうことでしょうか?」

 執事はこれに混乱。幽霊ではないのか、とも言う。
 だが紫電と雪女はおおよその事態を把握していた。

「幽霊船の件も合わせて考えるべきだな」

 そうすると、自ずと答えは見えてくる。

「あれは、日本にはいない幽霊だったんだ!」
「どういうことですか?」

 ここで事情を説明。

「俺たちはあの幽霊船の存在を怪しんだわけだが……。あれはただ現世に舞い戻ったんじゃねえ! 誰かを乗せて、日本にやって来たんだ!」

 そしてその誰かが放ったのが先ほどの厄魔、ということである。

「おそらくその人たちは、この場所がバレることを警戒していて防衛をあの幽霊に頼んだんだろうね。ここさえ守ってくれれば、いつでも幽霊船に乗って逃げることができるから」

 だから三人は、日本にいては出くわすことがないあり得ない怪異と遭遇したのだ。

「すると紫電様、雪女さん! 怪しい人物が、この日本に?」

 頷く紫電。

「【神代】がこのことを把握しているのか、それともまだなのか! すぐに連絡を入れなければならねえぜ……」

 スマートフォンで緊急ダイヤルに電話を入れる。

「もしもし? 幽霊船の調査を依頼された小岩井紫電だが……」
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