第10話 二色の結末 その1
文字数 2,917文字
大地を割って出て来たのは、頭部に鶏冠を持つ巨大な肉食恐竜のような姿をした幽霊だった。
「何だコイツは?」
「式神……じゃないよ。紫電が召喚した幽霊?」
「そんな馬鹿なことはしねえぜ、ルール違反だろうが。それより……」
そんな言い争いをしている暇ではない。この霊は二人を見るや否や、
「キュッパオオオオオオオン!」
叫んだ。
これを見ているのは、緑祁と紫電・改だけではない。
「マズい、犠霊だ!」
真っ先に長治郎がその存在に気が付いた。
「何それ…?」
雪女が聞くと、彼の代わりに刹那が、
「古の犠牲者の霊、その集合体である。行き場を無くした魂が集まり、巨大な霊魂となってこの世にしがみつく、哀れな存在だ――」
おそらく、周囲で生じた黒い残留思念がこの巌流島に流れ着いて成長し、顕現したのだろう。
長治郎は二人に向かって叫ぶ。
「中止だ、中止! 戦いを一度中断しろ! 犠霊は危険すぎる!」
同時に、空蝉や向日葵、冥佳、琥珀に命じる。
「二人の安全を確保するんだ。アイツの対処は俺が行う! いいか、あれは……」
だが、
「そんな横槍はいらねえぜ」
紫電・改が言った。
「…何?」
「手を出すなよ、長治郎さんよぉ。俺と緑祁の戦いを邪魔するヤツは、片付ける!」
「協力しようよ、紫電!」
「本当ならそんなこと、したくはねえけどよ……。緑祁、お前と組むなら神に逆らって地獄に堕とされた方がマシだ。でも今はしょうがねえか!」
意見が一致したので二人は、共に戦うことを選ぶ。この霊を祓うことが目的ではない。さっさと片付けて勝負を再開させるのだ。
「危険すぎるぞ、う、うお」
近づいてきた長治郎を爪で弾き飛ばした犠霊。あくまでもターゲットは二人なのだ。きっと、自分を倒せるであろう存在がここでは二名しかいないことを本能で察したのである。
両腕を地面に叩きつけ、咆哮する。
「グワワワアアアアアワアアアアンッ!」
その目は緑祁と紫電・改を捉えていた。
「行くぞ、緑祁!」
「紫電、言われなくても!」
対する二人も、犠霊を睨んでいる。
犠霊は大きいが、下半身が地面に埋まったままだ。
(そんなに素早く動けるとは思えない。ここは僕が!)
緑祁が前に出て、鬼火と旋風で火災旋風を生み出した。素早い炎の風が、犠霊を襲う。しかし、
「キギャシャン!」
腕が動くとその風圧で、火災旋風がかき消されてしまった。
「面倒な……!」
紫電・改はダウジングロッドを構え、暗黒電霊放を撃った。これは流石に腕を振るだけでは防げない。見事に犠霊の右肩を破壊し腕を落とした。
「邪魔するからこうなるんだぜ? 緑祁、あの落ちた腕を壊してしまえ!」
「わかってるよ!」
動かない腕なぞ怖くはない。緑祁の鬼火がそれを焼き払った。
しかし、
「バリュアアアアン」
何と犠霊が叫ぶと、切り落とされた腕が再生した。しかも二本も。
「切断したと思ったら腕が増えた? ヒドラかコイツは!」
(完璧に退治するには、一発で仕留めないといけないってことだ……。僕にはできそうにないかもしれない……)
緑祁は思う。自分の操る鬼火、鉄砲水、旋風では犠霊を祓うのは難しいかもしれない、と。だが同時に、紫電・改ならできる。暗黒電霊放ならやれる、とも。
「紫電、作戦があるよ!」
「おう何だ?」
緑祁は簡単に説明した。自分が囮になるから、その間に紫電・改は電霊放をチャージして、一撃で犠霊を破壊してくれ、と。
「わかったぜ。でも、気をつけろよ緑祁! 祓うのに相打ちして死んだってのは全く笑えねえからな?」
「僕が犠霊に負けるとでも?」
作戦は決まったので、緑祁は紫電・改よりも前に出る。紫電・改は少し下がって、電霊放を貯め始めた。
(霊鬼があってもちょっと時間がかかるか?)
予備の電池も数個動員し、電力を確保。しかしそれでもすぐには撃てない。
緑祁はまたも火災旋風を使う。
「こっちだ、犠霊!」
同時に鉄砲水も撃ちこむ。やはり大したダメージになっていない。
「グルオオン」
犠霊が大きな口を開いた。そこから黒い煙が吐き出される。
「こ、これは……?」
焦げ臭い匂いがする。火災の時に出る煙を吐いている。ということは、一酸化炭素が混じっているのだ。
(吸っては駄目だ! 死ぬ!)
旋風を起こしてその煙を切り裂く。一呼吸でもしたら赤血球と結びついてしまうので、手で鼻と口を押さえながら下がった。また火災旋風はその煙のせいで酸素を供給できず炎を失い、振り下ろされた爪が風すらも切り裂いてしまった。
「ズガアアアオオオオオン!」
この動きが鈍くなった瞬間を犠霊は逃さない。大きな爪が空を切って緑祁に襲い掛かる。
「うぐわああ!」
避けられずに彼に直撃。一撃で緑祁は地面に伏した。
「で、でも! 怯んではいられな! 紫電がトドメを刺すその瞬間まで時間を稼がないといけないんだ!」
ここまでくると完全に根性である。痛みを無視し精神力で立ち上がり、今度は台風で攻める。一酸化炭素は水に溶けないが、今はそれでいい。敵の攻撃を防げないが、今の緑祁にとって優先すべきは防御よりも攻撃…陽動だ。
「ググッン?」
犠霊が口を閉じた。
「え……?」
困惑している緑祁。台風は直撃したが、それほどの威力があったとは思えないのだ。
(どうして、攻撃をやめ……)
理由は犠霊の目を見てわかった。
紫電・改の方を向いている。
「な……! どうしてバレたんだ? 僕の実力不足?」
これは違う、紫電・改が使用している霊鬼のせいである。
この世ならざる霊鬼が憑依している紫電・改の存在は、犠霊にとっても特別。でもその彼が目の前にいないのだ、不自然に感じるだろう。そして辺りを見回したら、ダウジングロッドを向けて突っ立っているのを発見したので、そちらを向いて吠える。
「ウギャアアアアルルルアアン!」
「し、紫電!」
電霊放を撃て、と緑祁は叫んだ。しかし、
(駄目だ。まだフルチャージじゃねえ! 今撃っても、犠霊を破壊できねえぜ……。もっと集中させねえと……)
紫電・改は悩んでしまう。そしてその一瞬を犠霊はやはり見逃さない。二本に増えた右腕で彼を襲う。
「ぬおおお!」
連続で振り下ろされる爪。足場がガタガタになって紫電・改はよろめく。
「チクショウ! もう撃つしかねえぜ! くらいな、暗黒電霊放!」
これ以上はもう電力を集中できないと判断した紫電・改は、発射を選択。紫色の電撃が放たれた。
「グブンッ!」
それは犠霊の首に直撃し、一部を砕いた。
「やった……!」
勝利を確信する緑祁。しかし紫電・改は冷静で、
(いや、駄目だ。手応えはあったが、威力が足りてねえぜ。祓えるほどの電霊放じゃねえ。ってことはもしかして……)
その、嫌な予感が的中する。何と砕け散った首の一部が再生する際、二本目の首が生えたのである。
「双頭になりやがったぞ、コイツ! 不死身なのか……いや、幽霊だから死とは無縁か!」
「こんなの、どうやって倒せばいいんだ……?」
その方法は一つ……地面から生えている胴体を破壊することである。そうすればいくら犠霊であっても、再生不可能。文句なくこの世からいなくなる。
しかし今の二人にはそれが弱点であることに気づけない。知識がないからだ。
「何だコイツは?」
「式神……じゃないよ。紫電が召喚した幽霊?」
「そんな馬鹿なことはしねえぜ、ルール違反だろうが。それより……」
そんな言い争いをしている暇ではない。この霊は二人を見るや否や、
「キュッパオオオオオオオン!」
叫んだ。
これを見ているのは、緑祁と紫電・改だけではない。
「マズい、犠霊だ!」
真っ先に長治郎がその存在に気が付いた。
「何それ…?」
雪女が聞くと、彼の代わりに刹那が、
「古の犠牲者の霊、その集合体である。行き場を無くした魂が集まり、巨大な霊魂となってこの世にしがみつく、哀れな存在だ――」
おそらく、周囲で生じた黒い残留思念がこの巌流島に流れ着いて成長し、顕現したのだろう。
長治郎は二人に向かって叫ぶ。
「中止だ、中止! 戦いを一度中断しろ! 犠霊は危険すぎる!」
同時に、空蝉や向日葵、冥佳、琥珀に命じる。
「二人の安全を確保するんだ。アイツの対処は俺が行う! いいか、あれは……」
だが、
「そんな横槍はいらねえぜ」
紫電・改が言った。
「…何?」
「手を出すなよ、長治郎さんよぉ。俺と緑祁の戦いを邪魔するヤツは、片付ける!」
「協力しようよ、紫電!」
「本当ならそんなこと、したくはねえけどよ……。緑祁、お前と組むなら神に逆らって地獄に堕とされた方がマシだ。でも今はしょうがねえか!」
意見が一致したので二人は、共に戦うことを選ぶ。この霊を祓うことが目的ではない。さっさと片付けて勝負を再開させるのだ。
「危険すぎるぞ、う、うお」
近づいてきた長治郎を爪で弾き飛ばした犠霊。あくまでもターゲットは二人なのだ。きっと、自分を倒せるであろう存在がここでは二名しかいないことを本能で察したのである。
両腕を地面に叩きつけ、咆哮する。
「グワワワアアアアアワアアアアンッ!」
その目は緑祁と紫電・改を捉えていた。
「行くぞ、緑祁!」
「紫電、言われなくても!」
対する二人も、犠霊を睨んでいる。
犠霊は大きいが、下半身が地面に埋まったままだ。
(そんなに素早く動けるとは思えない。ここは僕が!)
緑祁が前に出て、鬼火と旋風で火災旋風を生み出した。素早い炎の風が、犠霊を襲う。しかし、
「キギャシャン!」
腕が動くとその風圧で、火災旋風がかき消されてしまった。
「面倒な……!」
紫電・改はダウジングロッドを構え、暗黒電霊放を撃った。これは流石に腕を振るだけでは防げない。見事に犠霊の右肩を破壊し腕を落とした。
「邪魔するからこうなるんだぜ? 緑祁、あの落ちた腕を壊してしまえ!」
「わかってるよ!」
動かない腕なぞ怖くはない。緑祁の鬼火がそれを焼き払った。
しかし、
「バリュアアアアン」
何と犠霊が叫ぶと、切り落とされた腕が再生した。しかも二本も。
「切断したと思ったら腕が増えた? ヒドラかコイツは!」
(完璧に退治するには、一発で仕留めないといけないってことだ……。僕にはできそうにないかもしれない……)
緑祁は思う。自分の操る鬼火、鉄砲水、旋風では犠霊を祓うのは難しいかもしれない、と。だが同時に、紫電・改ならできる。暗黒電霊放ならやれる、とも。
「紫電、作戦があるよ!」
「おう何だ?」
緑祁は簡単に説明した。自分が囮になるから、その間に紫電・改は電霊放をチャージして、一撃で犠霊を破壊してくれ、と。
「わかったぜ。でも、気をつけろよ緑祁! 祓うのに相打ちして死んだってのは全く笑えねえからな?」
「僕が犠霊に負けるとでも?」
作戦は決まったので、緑祁は紫電・改よりも前に出る。紫電・改は少し下がって、電霊放を貯め始めた。
(霊鬼があってもちょっと時間がかかるか?)
予備の電池も数個動員し、電力を確保。しかしそれでもすぐには撃てない。
緑祁はまたも火災旋風を使う。
「こっちだ、犠霊!」
同時に鉄砲水も撃ちこむ。やはり大したダメージになっていない。
「グルオオン」
犠霊が大きな口を開いた。そこから黒い煙が吐き出される。
「こ、これは……?」
焦げ臭い匂いがする。火災の時に出る煙を吐いている。ということは、一酸化炭素が混じっているのだ。
(吸っては駄目だ! 死ぬ!)
旋風を起こしてその煙を切り裂く。一呼吸でもしたら赤血球と結びついてしまうので、手で鼻と口を押さえながら下がった。また火災旋風はその煙のせいで酸素を供給できず炎を失い、振り下ろされた爪が風すらも切り裂いてしまった。
「ズガアアアオオオオオン!」
この動きが鈍くなった瞬間を犠霊は逃さない。大きな爪が空を切って緑祁に襲い掛かる。
「うぐわああ!」
避けられずに彼に直撃。一撃で緑祁は地面に伏した。
「で、でも! 怯んではいられな! 紫電がトドメを刺すその瞬間まで時間を稼がないといけないんだ!」
ここまでくると完全に根性である。痛みを無視し精神力で立ち上がり、今度は台風で攻める。一酸化炭素は水に溶けないが、今はそれでいい。敵の攻撃を防げないが、今の緑祁にとって優先すべきは防御よりも攻撃…陽動だ。
「ググッン?」
犠霊が口を閉じた。
「え……?」
困惑している緑祁。台風は直撃したが、それほどの威力があったとは思えないのだ。
(どうして、攻撃をやめ……)
理由は犠霊の目を見てわかった。
紫電・改の方を向いている。
「な……! どうしてバレたんだ? 僕の実力不足?」
これは違う、紫電・改が使用している霊鬼のせいである。
この世ならざる霊鬼が憑依している紫電・改の存在は、犠霊にとっても特別。でもその彼が目の前にいないのだ、不自然に感じるだろう。そして辺りを見回したら、ダウジングロッドを向けて突っ立っているのを発見したので、そちらを向いて吠える。
「ウギャアアアアルルルアアン!」
「し、紫電!」
電霊放を撃て、と緑祁は叫んだ。しかし、
(駄目だ。まだフルチャージじゃねえ! 今撃っても、犠霊を破壊できねえぜ……。もっと集中させねえと……)
紫電・改は悩んでしまう。そしてその一瞬を犠霊はやはり見逃さない。二本に増えた右腕で彼を襲う。
「ぬおおお!」
連続で振り下ろされる爪。足場がガタガタになって紫電・改はよろめく。
「チクショウ! もう撃つしかねえぜ! くらいな、暗黒電霊放!」
これ以上はもう電力を集中できないと判断した紫電・改は、発射を選択。紫色の電撃が放たれた。
「グブンッ!」
それは犠霊の首に直撃し、一部を砕いた。
「やった……!」
勝利を確信する緑祁。しかし紫電・改は冷静で、
(いや、駄目だ。手応えはあったが、威力が足りてねえぜ。祓えるほどの電霊放じゃねえ。ってことはもしかして……)
その、嫌な予感が的中する。何と砕け散った首の一部が再生する際、二本目の首が生えたのである。
「双頭になりやがったぞ、コイツ! 不死身なのか……いや、幽霊だから死とは無縁か!」
「こんなの、どうやって倒せばいいんだ……?」
その方法は一つ……地面から生えている胴体を破壊することである。そうすればいくら犠霊であっても、再生不可能。文句なくこの世からいなくなる。
しかし今の二人にはそれが弱点であることに気づけない。知識がないからだ。