第1話 大会開催 その2

文字数 3,164文字

 三月一日の海に面する壇ノ浦の朝は、この世ならざる雰囲気が蔓延していた。でも幽霊が出現したわけではない。

「多いね、参加者……」
「当然よ。十億もらえるかもとなれば、みんなやる気だわ!」

 出場資格を持つ霊能力者のほとんどが、ここ壇ノ浦に集結しているのだ。古戦場には仮設テントまであるが、まだ受付開始前らしく無人。

「あ、緑祁!」

 聞き覚えのある声がした。その方向を向くと、

「紫電じゃないか! そっちも来ていたのか!」

 小岩井紫電がいる。隣には稲屋雪女も。

「当たり前だろ? ただ戦って勝ってゴール目指せば、十億! こんなおいしい話が他にあるか? 乗るっきゃねえぜこれには!」

 緑祁にとって、彼は最大のライバルだ。だがそれは言い換えれば、最も心強い相手。そしてそれは、紫電からしても同じ。それを察した香恵は、

「ねえ紫電、そちらが良ければの話なんだけど……」

 と誘う。

「何だ?」
「チームを組まない? 四人まで組めるなら、私に緑祁、そちらお二人で。これなら十分強いチームになれるわ」

 それは、共闘しようという提案だった。

「俺が、緑祁と? 馬鹿言えよ? 俺はこの大会に緑祁が出るだろうから、ぶっ倒しに来たんだぜ? そんなの却下だ!」

 即答する。彼の燃え上がるライバル心を考えれば当然の返事。

「ちょっとそんなに熱くならないで、考えてみてよ。紫電、ここで妥協すれば、大会開始前にライバルが一人減らせるよ?」

 しかし冷静に誘いについて考える雪女。彼女も緑祁が十分強いことを知っているので、悪くない提案だと感じている。

「だが、それじゃあ……」

 渋る彼に、

「それに緑祁が最後まで勝ち抜ける保証も、きみが緑祁に勝って賞金を得られる保証もないじゃない?」
「確かにそうか」

 考えてみれば、もし緑祁に勝てなかったら当然優勝には手が届かない。負ければ一銭も得られないのだ。しかしここで緑祁と組んで一緒に戦えば、ライバル同士の決着こそお預けだが、勝ち抜く可能性が高い。

「賞金はキッチリ山分けだろうな?」
「当然だわ」
「どうする雪女?」
「私に聞かれても……。最終的な判断をするのは、きみだよ。でも私はこの提案、乗った方がいいと思うけど?」

 雪女はチラリと緑祁の顔を見た。彼の表情はハラハラしている。

(この誘いが断られたら、紫電と戦わないといけなくなるからだね。緑祁としてもそのリスクは避けたいはず)

 ついに紫電が折れる。

「わかった! だが今回だけだぜ? 俺とお前が協力するのは、これが最初で最後! それでいいな!」
「もちろんだよ」

 緑祁も頷いた。

 緑祁と紫電。相反する二人がここで、手を組んだのである。

「僕は霊障、鬼火と旋風と鉄砲水の三つだ。これに加えて霊障合体があるから、かなり戦闘に向いてるよ」
「俺は電霊放だけだが、誰にも負けない自信があるぜ?」
「私は雪。攻撃も防御もこなせるよ」

 それぞれが自分のアピールポイントを自慢する中、香恵は下を向いている。

「私は、慰療と薬束だけなんだけど……」

 霊障が攻撃的ではないから、追い出されるのではと心配しているのだ。しかし、

「慰療と薬束? じゃあ、無病息災が使えるのか!」
「そ、そうだけど……」

 ここで紫電と雪女は必死になって、

「なら香恵! お前は絶対に必要だ!」
「そうだよ、よろしくね、香恵」

 引き留めに回る。無病息災がいかに厄介かを知っている二人からすれば、それを使える香恵の存在は下手をすれば緑祁よりも大きい。

「本当に大丈夫? 私で、いいのよね?」
「寧ろ、いてもらわないと困るんだが?」

 香恵の、チームへの参入にみんな異議はない。

「よし、これで結成だ! 俺たちのチーム!」
「うん!」

 勝負に期待が持てる。


 他の霊能力者の面々も、チーム作りをしている。

「お前、こっち来ない?」
「駄目駄目、もう定員オーバーだ」
「俺、あっちに入ろうかな?」
「いや、もうそっち埋まったってよ!」

 その中には、緑祁にとって見覚えのある人物もいた。

「絵美に刹那じゃないか。久しぶり!」
「緑祁、久しぶりね。九月に会って以来ね!」

 廿楽絵美に神威刹那。彼女たちもチームを組もうとしていて、

「おお、大鳳雛臥に猫屋敷骸! こんなところにいるとは! お前たち、何かした? 二月に俺が手伝ってもらおうと思った時、できなかったんだが?」
「それ、僕も疑問に思ったよ。何をやらかしたんだい?」
「私たちじゃないわよ! それに真犯人は捕まえたから、セーフ!」

 もっと詳しく説明をした。緑祁も紫電も、絵美たちが悪い人物ではないことを熟知しているので、

「それは災難だったな」
「言ってくれれば、僕が力になったのに! どうして黙ってたのさ?」

 彼女たちの身を案じ、潔白の証明のためなら力を貸せたと言う。

「頼める状態ではなかったのである――」

 今度は刹那がそれを説明。理由が理由なために、二人は納得。

「悪いな緑祁、俺たちは四人で出場するんだ。お前の席は用意できないぜ?」

 骸がそう言うと、

「十分だよ。僕は紫電と組むから」
「何だって?」

 返事を聞いて、雛臥が驚いた。

「強いライバルができたな……。極力、遭遇しないように移動しようぜ」
「なにを弱気になってんのよ? 一々ビクついてたら、勝てる勝負も勝てないわよ!」
「しかし、意外。緑祁と紫電が手を組むとは、全く想像できぬこと――」
「そうでもないよ?」

 と緑祁。

「僕はここに来る前から、できれば紫電とチームを組みたいと思ってた。今回は紫電とは戦えないけど、これは賞金が発生してしまうレースだ。お金のために、紫電を相手にしたくないんだ。紫電とは、霊能力者として男として人間としての誇りだけを賭けて、戦いたい!」

 実は話しかけたのは香恵だが、最初に発案したのは緑祁である。

「よく言った、緑祁!」

 この発言に当の紫電は大喜び。照れながら彼の肩を叩き、

「流石は俺のライバル! 精神面が一味二味違うぜ!」

 ニヤつく。

「ん……?」

 だが突然その表情が固まる。

「どうしたの、紫電?」

 何かを見つけたらしい。それを雪女が見ると、彼女もフリーズした。

「おい、お前ら!」

 込みいる人をかき分けて、紫電と雪女が進む。緑祁と香恵はその後をついて行く。

「まだ日本にいやがったのか、【UON】!」

 そこには外国人が六人いた。その中で一番偉いディス・ラウージャが、

「おやおや? キサマはくそったれジャパニーズのシデンじゃないか?」
「それはこっちのセリフだ!」

 怒鳴る紫電。

「誰かさんが、帰りに使おうと思ってた船を沈めちゃったからな。仕方なく日本に残ってるんだ。ちょうどこの大会、国籍不問……つまりは霊能力者ネットワークに登録されてなくても出場できるらしいじゃないか? ここでワタシたちの強さをアピールすれば、【神代】も交渉のテーブルにつくだろう? 故郷に凱旋できるわけだ」
「まだ、諦めてねえのかよ。ていうか大会の情報はどうやって掴んだ? それこそ霊能力者ネットワークがないと知ることすらできねえはず……!」
「ああ、それなら。向こうから教えてくれたんだ」

 二人だけで話が盛り上がっている横で、香恵が雪女に、

「知り合いなの?」

 と質問。

「負の知り合い、かな? あのスペイン人がディス・ラウージャ。イギリス人のギル・スコールズ、ロシア人のゼブ・イバーノフ、ドイツ人のジオ・フリーデル。イタリア人のガガ・アネーリオに、スウェーデン人のザビ・フェーバリ。みんな、【神代】を攻略しようと日本にやって来て、私と紫電が戦ったんだ」
「私の関係ないところでそんなことが、あったのね。全く知らなかったわ……」

 このままでは口喧嘩がヒートアップしそうなので、とりあえず紫電をディスたちから引き剥がす。

「アイツら! 絶対もう一度、コテンパンにしてやっぞ! なあ、緑祁!」
「それ、僕知らないし……」
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