第17話 桃源の交響曲 その1

文字数 4,553文字

「どうしましょうか?」

 八戸に向かった緑に続いて、福島へ赴いた峻までもが戻って来ない。連絡することもできないことを考えると、【神代】側に捕まってしまったということだろう。

「やはり峻を向かわせるべきではなかった……」

 石を壊すことに関しては、完全に罠だった。情報の信憑性も怪しかったし、何よりも、死返の石が自分たちにとって危険を冒してでも取り返したいくらい大切な物であることという認識を、相手に知られた。
 ここから【神代】は自分たちを見つけ出し捕まえることに向け、作戦をいくらでもひねり出せる。対する自分たちは、【神代】が出す情報の真偽を吟味しつつ行動しなければいけない。

「今上がっているのは……」

 紅がタブレット端末を見る。その画面によれば、石の破壊に関する情報は消されている。

「何もないです」

 それ以外のことは何もわからない。あの石がどこに運ばれ、保存されているのか、それともやはり破壊されたのか、それすら不明だ。

「………紅、その画面を閉じろ」

 修練は静かに命じ、紅は応じた。【神代】の情報網を参照して行動しては駄目だ、手のひらで踊らされてしまう。

「でしたら、こっちから攻めましょう」

 そう提案するのが蒼。

「もう私たちが手段にこだわる必要なんてないでしょうよ? 立派なテロリストみたいなものです。だったら! 強引にでも!」

 かなり乱暴な発想だが、行き詰ったこの状況を打開するには、もうそれしかない。

「……緑祁、か」

 ぼんやりと、心の中で顔が浮かび上がった。二年前に一度、会っただけの人物。でも強烈な印象がある。

「緑祁が、どうかしましたか?」
「何となくだが、気になるな……」

 理由はよくわからない。だが、頭から彼の名前と顔が離れない。

「ならば! 修練様の不安を私が消してきますよ」

 名乗り出たのは、紅だ。彼女は再びタブレット端末を立ち上げ、霊能力者ネットワークを開くと、

「住所は載ってないですが、電話番号の市外局番からわかります。更新履歴もだいぶ前だから、間違いなくここ! あの緑祁を捕まえて人質にしましょう。死返の石や緑と峻と交換すればいいのです」

 粗い作戦を立てる。

「本当に大丈夫? 私も行く?」
「いいですよ、蒼。私一人で全然オーケーでしょう。だってアイツのこの住所……大間町近辺には、他の霊能力者は住んでいません。だからすぐに駆け付けること自体が無理! 奇襲をかければ倒せます!」

 相手が準備を整える前に、潰す。それが彼女のプランだ。

「わかった。任せたぞ、紅」
「はい! 今度は負けません!」

 修練としては、緑や峻の二の舞を踏ませたくはない。だが本人がやると言っている以上、その活気を摘んでしまうのも申し訳ない。苦しいがここは彼女に任せる。


「荷物はこれでいい?」
「ええ」
「あ、待って。勉強道具も持って行こう」
「わかったわ」

 緑祁と香恵はキャリーバッグに着替えと日常品を詰め込んでいた。今から安全な場所……紫電の実家である、小岩井家の豪邸に向かうのだ。修練たちに復讐心があるとわかっている以上、自分も狙われるかもしれない。そして彼の身の回りの一般人に被害は出せないので、避難するのである。

「でも、八戸に行くのにどうして病院に向かうんだろう?」
「さあ? 救急車で移動なのかしらね」

 だが、待ち合わせ場所に紫電が提案してきたのは、県立の中央病院だ。新青森駅からは離れているので、新幹線は使わないのかもしれない。

「ま、行ってみればわかるって紫電も言ってるし……」

 荷造りは完了。今から向かうとメッセージアプリで連絡を入れた。タクシーに乗って病院に向かう。駐車場に着くと、職員が待っていてくれた。

「こちらです」

 どうやら病院の建物の方には寄らないらしい。誘導される方向が違うのだ。増々混乱する緑祁と香恵。
 しかしその理由もすぐにわかった。

「こ、これで行くの? 本気なの?」

 香恵は驚いて、大声を出してしまった。無理もない。目の前でスタンバイしているのは、ヘリコプターだ。

(交通費はどうなっているんだ? こんなことに燃料を使っていいのか!)

 もっと衝撃を受けた緑祁は言葉も出ない。

「さあ、乗れよ」

 中から紫電が出てくる。雪女はいない様子で、彼がキャリーバッグを積極的に機内に運び込む。

「初めて乗るわ、私……。飛行機だって滅多に乗らないのに、ヘリコプターなんて…」

 恐る恐る足を機内に運び込む香恵。紫電からヘッドホンを手渡され、席に座りシートベルトを装着する。緑祁は、

「パイロットは、免許を持っているのかい? 操縦するのは、紫電じゃないよね?」
「は? 当たり前だろ、そんなこと。俺が操縦できたらおかしいだろうが」

 念のため確認しておきたいことを聞くと、安堵して乗り込んだ。

「ようし! さあ行くぞ! 流石の修練どもも、空路じゃ手も足も出せまい! 八戸の俺の家まで、ヒトっ飛びだぜ!」

 バババババ、とローターの音が激しくなった。同時に機体が浮き上がる。どうやら移動はゆっくりらしく、少しずつ夜空を進む。三十分もすれば、小岩井家の豪邸に着陸だ。

「ビニール袋をちょうだい……」

 顔色がとても悪い香恵はエチケット袋を欲した。どうやら彼女には、ヘリコプターの揺れは合わないらしい。緑祁も少し緊張しているのか、明らかに口数が少ない。対して紫電の態度は、まるで何事もなかったかのようで、

「こっちに進むと、中に入れるようになっている。二人には、前にも泊まった客室をあてがったから、自由に使ってくれ。ただし! 外出はできるだけ避けろ。いつどこで修練とその残りが襲ってくるか、わからねえからな。現に緑のヤツは、ここを襲撃してきた! 辻神や病射たちは八戸駅の周辺を徹底的に見張ってくれているから、もうこれ以上怪しいヤツはこの地域にすら入れさせねえぜ!」

 ガンガン喋れる。
 部屋に案内された二人はまず、荷物を下ろし上着を脱いだ。

「香恵、大丈夫かい?」
「少しは落ち着いたわ……。今度からは酔い止めを常備しないと駄目ね。でも、二度とヘリコプターには乗りたくない!」

 まだ気分が完全に回復し切れていない様子だ。夕飯はこの小岩井家の豪邸でごちそうになる予定なので、それまで香恵はベッドで横になる。緑祁は一旦部屋を出て紫電のところに向かった。

「平川緑は、どんな人だったの?」
「そうだな……」

 昨日ここに攻め込んできたのは、自分とは直接の面識がない相手。緑祁としては結構興味がある。

「多分、本当は悪いヤツじゃねえよ」

 彼はそう答えた。

「復讐が人をおかしくするだけだ。それは緑祁、お前の方が良くわかってるんじゃねえか?」
「ああ、そうだね。ならば残ってる紅や蒼……修練も、本当は真面目な人はなずだ」

 その考えに紫電は一部賛同するが、

「修練はどうだか? 正直喋ったことはねえから、俺にはサッパリだ」

 修練に関しては口を濁した。

「紫電にはまだ何も喋っていなかったね、そう言えば」
「ん? 何だ?」

 緑祁は彼に、協力も邪魔もして欲しくないから、話した。修練のことを救いたいことを正直に。

「それってよ、【神代】側としては修練の命はどうする気なんだ? 皐の時みたいに密命が出てたりするんじゃねえか」

 処刑命令に関しては漏らしたくなかったが、そのことを紫電は察知した。

「修練を救いたいから止める、捕まえる。それは立派だと思う。だが【神代】側が処刑を望んでいるのなら、命は諦めねえといけねえんじゃねえか」

 もちろん彼も、殺害に繋がるから緑祁に対し修練と戦うな、とは言わない。寧ろ自分から因縁に決着を求める態度は、素晴らしいものだと感心する。しかし味方がいないのでは、実現できない望みでもある。

「僕が、言うよ」

 緑祁は強張った声でそう言った。

「修練のことを、処刑しないで欲しい。命を奪わないで欲しい、って。それを受けて【神代】がどう判断するかはわからない。でも、僕が庇わなければ誰も修練の味方をしてくれない」

 意見を述べることは禁止されていないのだから、緑祁にだって発言権はある。

「………わかった」

 胸の奥の決意を聞いた紫電は、静かに答えた。だからこそ、ハッキリと宣言する。

「俺はそれに対して、協力も妨害もしねえ」

 冷たく突き放すとか、自分の立場を守りたいからではない。緑祁だけの力を信じたいのだ。

「紫電……。僕もそう言ってくれると思ってたよ」

 そしてそれこそ、緑祁が紫電に望んでいた答えだった。自分一人で因果を断ち切る。それを認めてくれたからこその、彼のあの返事だ。
 二人の会話はそれで終わり、緑祁は紫電の部屋を出た。

「………」

 だが紫電もちょっと素直じゃない。緑祁の思い……心の中を聞いてしまったからこそ、自分にもできることがあるのではないかと模索してしまう。しかし霊能力者の割には世俗や風習の事情に弱い彼では、ベストなアドバイスや陰ながらの支援応援は難しい。
 そこでスマートフォンを取り出した。電話する相手は長治郎だ。

「もしもし? 何だ、紫電?」
「言いづらいことなんだけど……」

 詳しいことは言えないので、相談内容も具体的にはならない。だが、

「死人が救われる方法って、何かあるか?」
「ほう? 誰か、成仏させたい人でもいるのか?」
「いや、そうじゃねえけど……」

 長治郎も詳しく聞き出そうとしない。素早く察し、

「多くは言わなくていい。俺の方で何か調べておこう」
「助かるぜ」

 そう言って電話を切る。


 この日の夜、紅が動き出す。目的は緑祁への奇襲だ。相手に反撃どころか考える暇を与えず、一気に打ち負かし人質にする。短期決戦を挑むのである。

「何か、拍子抜けですね……」

 この町に来る際、彼女はかなり緊張していた。緑の話によれば、紫電は自宅にバリケードを設けていたらしい。そういう迎撃準備を緑祁も施していたら作戦は順調に運ばない。だが、今はその心配とは真逆だ。周囲に誰かが潜んでいる気配なし。幽霊の姿もなし。式神もなし。自分の足取りを邪魔する要素が何一つないのだ。だから丸腰の相手に攻め込んでいる気分に陥った。

「それとも、これも緑祁の作戦でしょうか?」

 ハッキリ言って、絶対に違うと断言できる雰囲気。電話番号を手掛かりに、事前に調べた家を探す。その前で車を停める。

「ここですね」

 目の前の家の表札には、『永露』の二文字が。ここで間違いない。周囲を歩いて様子を伺ったが、時刻の関係上か、照明は消えている。中にいる人は既に寝ているのだ。

「鍵はかかってますよね。でも、これを使えば……」

 紅はある物を懐から取り出す。それは式神の札だ。

「出てきてください、[カルビン]!」

 その札から、十センチくらいの式神が出現した。見た目はサソリに似ているが、よく見ると違う。腕が鋏ではなく、棘が複数並んでいる。遊泳脚がある。尻尾の先にハサミムシのような鋏がある。
 ピョンと紅の手から地面に降りると[カルビン]と名付けられた式神は、玄関の戸をよじ登って郵便受けから内部に侵入し、器用に鍵をカチャっと回して開けチェーンも外す。

「小さいからって、侮ってはいけませんね。こういうことをするのに、凄く便利なわけですよ。では! 永露家に入りましょう……。お邪魔します」

 人目も気にせず、堂々とドアを開けて中に入る。
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