第2話 復讐の野心 その1

文字数 3,340文字

 人間には、タイプがある。それは人種や言語でくくるのではなく、ある個人を中心とした場合に二通りにできるということだ。

「仲良くなれる奴と、仲良くなれないヤツだ。もっと言えば、許せるヤツと許せないヤツ!」

 許せる人とは、自然と仲良くなれる。でも許せない人とは不可能だ。

「ムカつくんだ。あの顔! 思い出すと無性に腹が立つ!」

 鉾立(ほこたて)朔那(さくな)は京都工芸繊維大学の学生食堂で、友人兼従妹の骨牌(こっぱい)弥和(みわ)に怒りをぶつけていた。

「で、でもさ朔那……。今頃怒っても意味がないよ?」
「あるさ! ここで復讐してやる! それでいい!」
「そんなの駄目よ! 復讐なんてしても、何も始まらない……寧ろ終わってしまうわ!」
「ならば、私はアイツを殺して死ぬ! 喜んで心中してやる!」
「ちょっと……」

 朔那が恨んでいる人物、それは上杉左門である。

「私もその怒りはわかるよ? でも、鎮めてよ……。朔那、そんなことは忘れて明日を生きようよ」
「忘れるだと、笑わせるな!」

 怒鳴ると同時に、テーブルを叩いた。朔那の体にもその振動が伝わり、ツーテールにしている髪が揺れる。

「あのな、弥和……。これはケジメだ。私なりの、アイツとのケジメ! それを済ませないといけないんだ」
「で、でも……」

 弥和は何とか、朔那の怒りをなだめようとする。当然だ、復讐など、許されることではない。日本の法も、【神代】の法も、許してくれない。

「弥和、お前はいいのか? あんなことをされて、忘れてしまえるのか?」
「確かにそうだけど、でも……」
「思い出せ、弥和! 怒りを、呼び覚ませろ!」

 朔那は弥和にも協力してもらいたいのだ。しかし当の彼女は復讐には否定的で、

「私は……」

 前に進めない。朔那の手を取れない。

「考え直してよ、朔那!」
「それは私のセリフでお前がすべきことだ!」

 弥和としては、過ぎてしまったことは、例えそれが自分が被害を被ったことであっても、忘れて前に進もうと思っている。だが朔那は違う。過去のしがらみを解決しないと前進できないのだ。

上杉(うえすぎ)左門(さもん)に、天罰を! 天誅だ!」
「だけど……」
「でももだってもクソもない!」

 相手が謝ってくれるのなら、それで解決できる。だがそれを未だにされていない。ということはつまり、左門には謝罪の気がないのである。

「忘れたのか弥和! 私たちがされたことを!」


 朔那と弥和はいとこ同士だ。幼い頃は二世帯住宅で暮らしていた。
 しかし小学生だったある日、二人の両親は蒸発してしまう。家に残された二人を迎えに来たのは、児童養護施設の職員だ。

「お母さんは? お父さんは? 弥和の親は?」

 聞いても、何も返事が返ってこない。理由も知らぬままに、朔那と弥和は孤児院に入った。

「よろしくね、朔那ちゃん、弥和ちゃん」

 孤児院は二人のことを温かく受け入れてくれた。

「ここは二人と同じ境遇の子供たちがいるから! 安心して!」

 しかし、孤児院に移ったせいで生活に不自由が生じてしまう。

「おい朔那、孤児院にいるんだって? 親が消えたんだってな?」
「夜逃げですかね~?」

 学校の同級生たちの反応が、急に冷たくなった。ただそれは担任のおかげで、そこまで悪くなることはなかった。

(どうして、家からここに移らないといけなかったんだろう?)

 それを不思議がった朔那は、かつての自分たちの家に行ってみた。

「上杉……?」

 表札の名前が変わっていた。知らない人物の苗字がそこに、書かれていたのだ。それに高級車も家の駐車場に置いてあった。
 この時の朔那はまだ、

「引っ越したから、新しい人が家に入ったんだろう」

 と判断していた。
 だが中学に上がる頃、彼女は弥和と一緒にとある話を聞いてしまう。

「鉾立さんと、骨牌さん、かわいそうだよね。両親が借金のせいでいなくなるって、結構辛いよ」
「そうだよな。下手したら、それを背負わないといけなくなるかもしれないんだから。でもあの二人は霊能力者らしいし、将来には困らないとは思うが……」

 職員たちの会話だ。朔那と弥和はそれを聞いても、職員に追求はしなかった。ただ、

「自分たちの両親が突然いなくなったのには、公にできない理由がある」

 ということだけは理解した。
 その理由を探ることになった二人。だが積極的だった朔那に対し、弥和の方はこの頃から控え目だった。
 深夜に職員の部屋に侵入して、棚の資料を漁ったこともあった。昼間に隙を見て、施設のパソコンを覗き見ることもした。それくらい、二人は情報を必要としていたのだ。

「見つけたぞ、弥和……」

 たどり着いた真実、それは、

「朔那と弥和の両親は借金を背負わされ、返せなかったために夜逃げした」

 ということだった。これなら職員たちが溢した話とも矛盾しない。
 が、

「借金? そんな様子はなかったけど?」

 弥和が疑問を抱く。それも当然だ。二人はかつて二世帯住宅で暮らしていたし、貧乏ではなかった。寧ろ同年代の友人と比べると、裕福な方だったのだ。それに家のある土地は、彼女たちの先祖が残してくれた場所だ。
 自分たちの記憶が借金と結びつかないのである。

「弥和、私たちの元家に行ってみよう。あそこに住んでいる、上杉とかいう人が、何か知っているかもしれない」
「ええ、でも……」

 首を縦に振れなかった弥和は混ぜずに、朔那は一人であの家に向かう。しかし既に更地になっていた。
 情報源が途絶えたので、これで二人の調査は本来なら終わるはずだった。だが大学生になった時、進展があったのだ。

「朔那、上杉さんって知ってる?」
「上杉? 私たちの家に引っ越したヤツだろう? それがどうかしたのか?」
「その人かどうかは知らないんだけど、小耳に挟んだの」
「何を?」

 弥和はサークルの新歓で、ある話を聞いたのだ。

「私たちが暮らしていたあの家。あそこで生活していた先輩がいるんだって」
「何?」

 それは聞き出さなければならない。そう思った朔那は、その件の先輩を呼び出した。

「ああ、僕が前に住んでいた家? 大きな二世帯住宅だったけど……」

 その先輩は悪い人ではなく、話を聞かせてくれた。

「いつ頃だったかな? 小学生の頃だった気がするけどさ、一族であそこに引っ越したんだ。でも中学になった後また他の場所に引っ越したんだけど」
「何で、ですか?」
「…うん?」

 朔那は事情を話した。その家にはかつて、自分たちが住んでいたということを。しかしある日、両親が突然いなくなって追い出されてしまったということも。

「そ、それじゃああの噂、本当だったのか!」
「その、噂って?」
「あ、ああ……。あくまでも一族の中での噂だよ? 左門っておじさんがいてさ、その人が、前の住民を借金まみれにして追い出したって」

 先輩はそこまでしか知らなかった。事実だと思っていなかったから、無理もない。

「上杉左門という人物が、根幹に関わっているってことですね?」
「そうなるね。でもあの人、今どこに住んでるんだろうか? あまり関りがなかったから、良くわからない……。ごめん」
「いいえ、ありがとうございました」

 先輩の話は貴重だった。点と点を線で結び、事実が段々浮き彫りになってきたのだ。

「上杉左門という人物が、何らかの方法で、何かしらの理由で、私たちの両親に借金を背負わせた! これが事実!」
「でも、何で? どうやって?」
「ここからさらに調べる必要があるな……」

 幸い大学生になって、割と自由に動けるようになった。それに【神代】の依頼をこなせば調査費用は賄える。ここまで来たのなら興信所や探偵事務所もフル活用し、真実を追求した。
 まず最初にわかったことが一つ。それは、朔那と弥和の両親は既に亡くなっていたということだった。

「どうして……?」

 心中であるらしい。とある樹海で、練炭自殺を図ってしまったのだ。それは朔那たちが中学生の時に起きていた。

「遺書などは残っていないらしい。無縁墓地に埋葬されてしまっている、って」
「きっと、借金のせいだ。元を辿れば、上杉左門が原因か! でも左門のヤツは、一体何をしたんだ?」

 借金を背負わせた。それはわかっている。だが何をしてそれをしたのかが、まだわかっていない。
 朔那も弥和も、並行して調査をした。その結果、十年前に何が起きたのかがやっとわかった。
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